目覚めさせられた人ですね
ーーー私にはヴィルフェルム様の瞳は宝石のように綺麗に見えます。
苛烈に輝く紅の瞳に射抜かれると同時に、初対面の時にユリアーナ嬢が言っていた言葉が脳裏に蘇る。
ーーー血のようなだなんて、あまりにも情緒に欠けた物言いですわね。
身分などお構い無しにヴィルフェルムを守るように立ちはだかった小さい存在。
ーーーそれに穢れだなんて!殿下のその考えの方が汚れているのではないですか?
守るのではなく、ヴィルフェルムを切り捨てることで自分の居場所を守ることしかできなかった私に、ユリアーナ嬢は眩し過ぎた。
まるでユリアーナ嬢に自分の醜さ全てを見透かされているような気がして、沸き上がってきた畏怖と焦り。
そして、その強さを前に自分の矮小さを突きつけられているような気がして、嫉妬と羨望が止まらなかった。
負け惜しみで吐き捨てた台詞が、彼女に何もダメージを与えないことを悟っていながら、ぶつけずにはいられなかった幼い自分。
変わらない私。
変わらないユリアーナ嬢。
そして、変わったヴィルフェルム。
あまりの己の滑稽さに嘲笑を浮かべた私に、ヴィルフェルムが訝しげに瞳を細めた。
その分かりやすい表情に、あぁやっぱり、と思う。
ーーーやっぱり、人形なんかじゃない…。
「ーーーーー兄貴っ!!」
バァンっというけたたましい音を立てて、再度扉が開かれる。
「って、うわぁ!姉御!?えぇ?どうしたの!?」
「…助太刀が必要か?」
「………兄貴。気持ちは分かるけどさすがにアラン殿下殺しちゃうのはヤバい」
入ってきた途端かしましく騒ぐ面々たち。
順にサミュエル、キリアン、ニコルである。
その面子をちらりと一瞥したヴィルフェルムは、意外なほど剣を素早く納めたかと思うと、くるりと私に背を向けた。
「…殺しはしない。私としてはそうしてやりたいくらいだが、きっとアナがそれを望まない」
「うわぁ、どこまでも姉御至上主義」
「己の気持ちを押し込めて無為な殺生をしないとは…。さすが俺の兄貴」
「判断基準がそれって…」
ヤバくないか?というニコルの呟きは、もっともだと思う。
だが、と言葉を切りつつ私を肩越しに振り返るヴィルフェルムの瞳には、まだ冷めやらぬ殺意が揺らめいていた。
「次はない」
吐き捨てるようにそう言うと、ヴィルフェルムはニコルたちに、見るな、近づくな、触るな、と威嚇しつつユリアーナ嬢を抱き上げ、転移で姿を消した。
ヴィルフェルムたちが消えた空間を呆然と見つめていた私に、ニコルがゆっくりと近づいてくる。
「あなたも、姉御に目覚めさせられた人ですか」
はっと顔を上げると、ニコルはふっと苦笑を浮かべる。
「大の男に泣くほどのダメージを与えたということは、さすが姉御。ただでヤられるなんて、らしくないと思っていたんです」
ニコルに言われて、初めて頬が濡れていることに気づく。そして、その言葉に思わず笑いが漏れる。
どうやら、ユリアーナ嬢は普通の令嬢とは違うらしい。
それをグッと拭って開けた視界は、これまでと違って輝いて見えた。
「ヴィルフェルムは、忌まわしい人形なんかじゃない。
ーーー私の、弟だ」
そう言葉にしたとき、あんなに澱んでいた胸の内が浄化されたような気がした。