私の弟は
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「お、お前…!どこから!!」
目の前に音もなく、ユリアーナ嬢を守るように立ったその姿に、驚きのあまり言葉が続かない。
「ルー様…」
ほっと息をつくようにユリアーナ嬢が呼んだ名は、忌まわしい私の腹違いの弟のもの。
だが、ヴィルフェルムが来たからといって何をそんなに安心しているのかが分からない。
なぜなら、ヴィルフェルムはこの国で一番疎まれている存在だから。
そんなやつを味方につけたところで、大して何もできはしないのに。
表情も顔に出ない、何を考えてるか分からない、感情のない人形のような面白味のない弟。
皆から邪険にされ、避けるように人前に姿を現さず、王族としての務めも果たせぬ役立たず。
あぁ、ただでさえ忌まわしいのに、何て陰気臭い。
本当に、なぜただの穀潰しを野放しにしているのだ。
早々に処分してしまえばいいものを。
そんなことを考えている私を、ヴィルフェルムは感情のない瞳で一瞥した後、ユリアーナ嬢の声に導かれるように後方を確認した。
そして、次の瞬間スッと細まるヴィルフェルムの瞳。
それから、ゆっくりと私に返ってくる、やつの視線。
それは、先程までの人形のようなものではなかった。
そこにあるのは、嵐のような怒りと明確な殺意。
「ひぃ!」
どうせいつものように、何も言わず立ち去るのだと高を括っていた私に向けられた、その禍々しいほどの凄まじい威圧感。
人形のような存在だったはずのものから発される圧倒的な力に、足が竦む。
へたり込んだ床の上で、何とかヴィルフェルムから距離をとろうとするが、全く思うように動けない。
そうして四苦八苦する私の目の前で、ユリアーナ嬢がぷつりと糸が切れたかのようにヴィルフェルムの腕の中へ倒れこんだ。
ヴィルフェルムは、倒れこんだユリアーナ嬢を優しく抱き止め、大事なものを扱うように優しく抱き締めた後、ユリアーナ嬢の顔の前に手をかざした。
ヴィルフェルムの手から放たれた、淡く優しい光に照らされたユリアーナ嬢の唇は、切れていたのが嘘のように傷が治り、表情も和らいだものになった。
その光景を茫然と見つめる私の胸に去来するのは、狂おしいほどの寂寥感だった。
なぜなら、その光の温かさを知っているから。
そして、甦る幼い頃の記憶。
それは、私とヴィルフェルムがまだ幼子の時のもの。
ーーー
「ヴィルフェルム!」
私の声に、花に水をあげていたヴィルフェルムが振り返る。
「また来たの」
いつものように感情のない声で小さく呟かれたそれに、私はカラカラと笑って返す。
「だっておまえは、べんきょうしろ!けんのたんれんしろー!なんていわないだろ」
「…」
私の言葉に返事はせず花を眺めるその横顔に構うことなく、私は、なんでだろう、と呟く。
「なんで、わたしとおまえはおなじなのに、わたしばっかりあれしろこれしろいわれるんだろう?」
「…」
「つかれるんだよなあ。もとめられてばっかりってのもさぁ」
「…」
「でもさ、おまえのとこにくると、なんでかこころがかるくなるんだ」
いつもくさいじってるだけだからかなあ、と私は背伸びをしながら、後ろの芝生へ倒れ込んだ。
「草じゃない」
「あ!へんじがかえってきた!」
「…」
達成感に溢れた笑顔を見せる私を、ヴィルフェルムは呆れたように一瞥すると、また草花の手入れに励む。
弟のその様子に、時々自分の方が兄だということを忘れそうになる。
同い年だから、本当は兄も弟もないに等しいものだけれど、自分より数歩先をヴィルフェルムは歩いているのだと感じることが多々あった。
その時はまだ、すごいなあという純粋な尊敬の念だった。
かさり。
私の視界の隅で、何か緑のものが風に揺れた。
「あ、これなんだろう?」
まるで刀のようにシュッと鋭く伸び、美しい造形をしている珍しい葉に、魅入られたように手を伸ばす。
「触るな!」
これまでに聞いたことないような、鋭いヴィルフェルムの声にびくりとして、葉先に手が触れたその時。
ざくり。
指先を襲う鋭い痛みと血の温かな感覚に茫然とする。
「いたい…」
一言呟くと、じわじわと痛みと恐怖が溢れだし、癇癪を起こしたように泣き出す私に、ヴィルフェルムが珍しく慌てたように近づき、傷口を確認する。
「あれは刀草だ。ちょっと触っただけでも、本物の刀以上にスパッと切れるから、触るなと言ったのに」
「ぞ、ぞんなのじらないぃぃい!
なんでそんなあぶないものがあるの!ヴィルフェルムもけがしちゃうじゃないかあ!」
今思えば、あの刀草は不法に侵入し、ヴィルフェルムを害そうとする者から自身を守る術だったのだろう。
だが、それを当初の私が知るはずもなく、うわーん、と泣き叫ぶ私を、ヴィルフェルムは珍しく困ったように見つめていた。
そして、恐る恐る私の怪我をした手をとると、反対側の手をその上に翳した。
涙を拭いながら、何をするのかと見つめる私の前で、ヴィルフェルムの手が淡く光り、その光が私の手を優しく包み込んだ。
「わあ」
思わず感嘆の声を上げる間に、みるみるうちに手の痛みはなくなっていく。
そして、光が消えると傷も消えていた。
最初に感じたのは、驚きと他人に関心がないヴィルフェルムが自分を癒してくれたということへの嬉しさ。
しかし、次に感じたのは、焦りと恐怖だった。
父上と母上を取られるのではないか。
ヴィルフェルムのこの力を知れば、今の状況が逆転して、今度は自分が独りになるのではないか。
そんなのはぜったいいやだ!
「ば、ばけもの…!」
「…」
そう言って、逃げるように去る私に、ヴィルフェルムは何も言わなかった。
それから、私はヴィルフェルムが更に孤独になるように振る舞った。
そう、全ては自分が独りにならないために。
ーーー
ヴィルフェルムの優しさを踏みにじった後味の悪さは、今も胸に残っている。
先程の光景で、それが古い傷跡が痛むようにジクジクと胸の奥を突く。
好きだったんだ。
本当は。
仲良くしたかったのに、歪んだ思いからいつの間にか私もヴィルフェルムを傷つける者となってしまった。
これまでのヴィルフェルムに対する自分の行いが次から次に思い起こされる。
そして、それらがさらに私を追い詰める。
愕然とする私を横目に、ヴィルフェルムがユリアーナ嬢を静かに横たえる。
そして、その次の瞬間には目の前にヴィルフェルムの紅い瞳が輝いていた。首筋に、チクリと鋭いものが当たっていることに気付く。
かちゃりと耳元で剣が鳴る。
覚悟を決めたように、ゆっくりと顔を上げた私を、苛烈な光を放つ紅い瞳が貫いた。