上手くいかない
おかしいわ。
だって、そうでしょう?
ルー様が危険に晒されたときに、じゃじゃーんと現れてすちゃっと敵を倒して、あの紅の瞳から驚きと称賛の眼差しをもらうはずだったのに。
全部ルー様に教わってたら、手の内全部把握されて驚きと称賛の眼差しから遠ざかる一方よ!
これではいけないわ。
「そうと決めたら!」
気合いを入れて立ち上がる。
後ろで椅子がひっくり返る音がするけど、気にしない気にしない。
「図書館で自己学習よぉーーー!」
ーーーーー
「この時間、さすがに閑散としてるわね。
嫌みも言われないし、嫌がらせもされないし、集中するにはもってこいってね!
さてさて、何から勉強しようかしら…」
何気なく図書館の中を見回した私の目に、一人の人物が映り込む。
「げ…、アラン殿下…」
認識した瞬間、反射のように回れ右をして帰ろうとした私だったが、相手は既に私の姿を捉えていたようで、ゆったりとした足取りで近づいてくるところであった。
「久しぶりだな、ユリアーナ嬢」
声を掛けられたところで、気づきませんでしたおほほほほーと言い逃れする道も塞がれた。
小さく諦めの息をつき、観念してアラン殿下へと目を向ける私に、アラン殿下はうっそりとした笑みを浮かべた。
その笑みに言い知れぬ恐怖を感じつつも、ここは貴族令嬢の端くれとして、動じずに笑顔を浮かべる。
「これはアラン殿下。ご機嫌よう。
私ごときに声をかけていただけるなど、身に余る光栄ですわ」
「…」
何も返答をしないアラン殿下。
その瞳は暗く濁っており、私を見ているようで見ていない。
何だろう、とても気味の悪さを感じる。
「殿下、お加減でも悪いのでは?
もうそろそろ戻られた方が…。
お伴の者はどちらに?」
呼んで参りますと言いかけたその時、澱んでいたアラン殿下の瞳が怪しく煌めく。
「アラン殿下…?」
私の問い掛けに、くっと自嘲するように笑った殿下は、その瞳に怪しげな光と怒りを湛えて私を射抜いた。
「伴…か。
貴様があいつの婚約者となってから、急に私の周囲が変わった。
私の元へではなく、あんなに忌避していたあいつの元へ皆集う。なぜだ?
あんなに気味の悪いものに、なぜ皆近づく?
あいつより私の方が価値があるというのに!!!!」
「…っ!」
最後は叫ぶように言いながら、殿下は一気に私を壁際まで追い詰め、強い力で私の顎を掴んだ。
「いっ、た…」
壁に押し付けられた背中と掴まれている顎がギシギシと軋む。
「お前か?
お前が何かしたんだな?
私の側近たちに、暗示でもかけたのか?」
「ちが…っ」
問い掛けとともに背中にも顎にも圧が加わる。
背中はともかく、顔に痣でも残ったらどうしてくれるんだ!
このキチガイ野郎ー!
なんて、火に油を注ぐ言葉を投げつけられるはずもなく。
静かに痛みに堪える私に、アラン殿下は尚も質問をぶつける。
「それならなぜ私から皆離れていく?
こんなに価値のある私から!!」
「そ、んなの知らな…!」
こいつ、エゴイスト!
まさにエゴイスト!!
いや、ナルシストなのか?
こんな状況じゃなければ、その思い上がりをけちょんけちょんにぶちのめしたいところだ。
そして、本当にこんな状況じゃなければ、ルー様の魅力と素晴らしさと尊さを存分に語り尽くして、どこに価値がないというのかと説教交えてプレゼンしたいくらいなのに!
何度も言う!
こんな状況じゃなければ!!!!
それに、因果応報。
つまり、この現状は他者からもたらされたものではなく、己のこれまでの行いの結果だと思うのだ。
それを自分の何がいけなかったか振り返りもせず、反省もせず、人のせいにしてばかりの時点で底が知れる。
そりゃ人も離れていくっつうの!
心のうちでアラン殿下に対する怒りをぶちまけている最中、突然アラン殿下から感情という感情がするりと抜けた。
今まで激しい感情を湛えていた、その瞳からも。
「…っ?」
「………そうか」
ふと、殿下の声質が変わる。
怒りの詰問からのその静かな変化に、ぞわりと悪寒が走る。
「お前が私の物になればいいのだ。
そしたら、また皆私の元へ戻ってくる!
ふ、はははは!そうだ!そうに違いない!」
そう言ったアラン殿下の顔には、陰鬱な笑みが浮かんでいた。
やだやだ、冗談は顔だけにして。
え、嘘。本気?
アラン殿下の手が私の胸元へ伸びる。
そして、ーーーーーー。
ーーーーービリッビリビリィッ!!!!
盛大な衝撃と音とともに、ドレスは破られた。




