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7・感情と理性



フィザさんとエリューシャさんに少し話をした後、俺はギルドを出た。人混みはこのままかと思っていたが、フィザが一喝するとほとんどが離散していった。さすがは管理官だ。


まずは情報収集だ。やることは変わらない。と言ってもそのほとんどがスマホを使えば住んでしまうことだが、地理、魔法、倫理、物価物流など生きていく上で知っておくべきことは山ほどある。出来ることならば大きな図書館などで実際の書物などと擦り合わせながら確認していきたい。


ふと村の様子を見ると、昨日と比べ明らかに活気が満ちていた。具体的にどんな効果が出たのかはまだ分からないが、それでもあの魔法がプラスに働いているのはよく分かる。


「ふう」


レストの自室に入り、ベッドに腰掛ける。今が何時かは分からないが、自堕落な生活を送ってきた俺としては少々寝足りない。しかし1度ミナに起こされたのにまた部屋で寝ているというのも体裁が悪いのは確かだ。


ーーー仕方ない、始めるか。


スマホを取り出す。まずは地理……と思ったその時。


「ユウスケ、いる!?」


ティナの声だ。何やら慌てているようだが、物音から察するに1人じゃないようだ。


「ああ、いるよ」


「入るよ!」


こちらの返事も聞かずにドアを壊す勢いで開けるティナ。いや俺の部屋ってわけじゃないが、宿のドアをそんなぞんざいに扱っちゃダメだろう。

息を切らすティナの隣にはこれまた綺麗な女性が立っていた。その横には親父さんもいる。


「えーと、何かありました?」


「何かって、ほら見てよ! お母さんの具合が良くなってるの!」


言われた通り、ティナのお母さんは特に悪そうな様子もなく、至って健康体に見える。体が弱いと聞いていたが、魔力の流れも問題はなさそうだ。


「え、ああ、おめでとうございます?」


良いことだが、それを俺に報告しに来る脈絡が分からない。

いや、そういえば昨日の夜にティナに言ったか。


「ユウスケでしょ!? あのお星様! あれがお母さんに触れた途端に具合も良くなるし魔力も戻るし……凄いよユウスケ!」


ちょっと興奮しすぎじゃないか。すこし落ち着いて欲しい。


「落ち着きなさいティナ。ユウスケくん、昨日のアレをやったのは君かい?」


「いいえ、俺じゃないです」


エリューシャさんとフィザさんには明かすと決めたが、この人たちにまで話す必要は無い。元より2人には俺の能力を隠すために明かしたのだ。こうもペラペラと喋っては噂になってすぐに広まってしまう。


「でも……!」


「お人好しな神様が見てたりしたんじゃないか? それでこの村を助けてくれたとか」


ぐっ、と言った様子でティナは口を噤む。ようやく隠したいという俺の姿勢が伝わったようだ。


「だから俺にお礼を言うのはお門違い。礼を言うなら、そうだな……ユースティティアって女神様に言っておけばいいよ」


「ユースティティア様と言えば、正義を司る神様のことですね」


そこで初めてティナのお母さんが口を開いた。


「その通りです」


「もしかして貴方は……いえ、何でもありません。では、あなたの言う通り女神様に感謝しましょう」


ティナのお母さんは穏やかな笑顔でそう言った。その前に何を言おうとしたのかは分からないが、聞かない方が身のためな気はする。何となくだが。

親父さんとお母さんの2人は軽く頭を下げ戻っていったが、ティナはなおのこと不服そうな顔をして部屋に残った。怪訝な顔で俺を見つめている。


「ティナ?」


「なに」


「戻らないのか?」


「べつに」


はあ、分かりやすいやつだ。昔の俺の姉貴によく似てる。機嫌が悪くなると体育座りして目が細くなるあたり。


俺にも前世では姉がいた。姉といっても父親の再婚相手が連れてきた、血の繋がりのない義姉だ。関係はお世辞にも良いとは言えず、俺が学校で浮いた存在だったこともあって口を交わすことはほぼ無かった。

ただそれでも同じ屋根の下で暮らしている以上、多少のトラブルは起こる。俺が間違えて姉貴のプリンを食べてときなんか、丁度こんな顔で駅前の高級プリンをねだられたものだ。

思い出してクスリと笑ってしまった。


「ティナ」


「何よ」


「今から俺が話すこと、他の誰にも喋らないって誓えるか?」


ティナは驚いたような顔をしてこちらを見つめた。こいつになら、喋ってもいいかもしれない。そう思った。

ペラペラと喋ってはいけないと思った直後にこれだもんな、意志薄弱ってのも否定は出来ない。


「うん、誓う! 約束するよ!」


「昨日のアレをやったのは確かに俺だ。ユースティティアっていう星の神様の力を借りて、俺がやった」


「星の神様……ってことは神性魔法!?」


「さあ、それは知らんが。とにかく、俺は普通じゃない。良い意味でも悪い意味でも」


大きな力を持つ者はそれだけで色んなものを引き付ける。幸福も絶望も、善も悪も。


「ここに長居する気も無い。俺はやる事があるから」


まずはギルドの恩恵が受けられるように何かしらの功績を残さなければならない。何をするのがギルドにとって得になるのかも含め、より多くの情報がほしい。


「そうなんだ……それはちょっと残念かな」


いずれこの村を出る旨を伝えると、途端にティナは大人しくなった。


「そうなのか?」


別に俺は特別金持ちという訳でもない。約束通りこの村の魔力も回復させたし、結界も張った。ティナが貴族とやらに絡まれることもないだろう。


「昨日の夜はほんとに楽しかったし、結婚だって……」


そこまで言われてギョッとした。てっきり昨日のアレは冗談だと思っていたから。ましてや村の魔力問題も解決したし、俺と結婚する理由なんてないはず。


「その、ユウスケは冗談とか村を助けてもらう口実とかって思ったかもしれないけど、私的には本気でユウスケならって思ったし……」


生まれて初めての女の子からの告白だが、思いのほか俺は冷静でいられるようだ。これも意志薄弱スキルの効果かと思うと少し腹立たしいが、だとしたら意志薄弱スキルというのは『冷静になる』という効果が主なのかもしれない。

冷静でいられるからどうという訳でもないのだが、俺は突然転生し未だどう生きていくかも決めていないのだ。さすがにおいそれと首を縦に振る訳にはいかない。


「ティナ……気持ちは嬉しいけど結婚は出来ない」


何より俺は、たぶん他人ってのを信頼できるように作られてない。あの爺さんのことを信頼できてるのは……自分でもよく分からない。

人を嫌うのは慣れていたが、人を好いたことはない。誰かを好きになるという感覚が理解出来なかった。


「俺にはやらなきゃいけないことがある。それにその……結婚とかはもっとこう、お互いを深く知ってからさ……」


「ふふっ」


どうにか上手いこと説得しようとしていると、ティナは突然笑い出した。

ひょっとしてからかわれていたのかと、訝しげにティナを見つめる。


「ごめんごめん、そんな顔しないでってば」


「真面目に言ってんだぞ……」


「私だって真面目だよ? ただ、ユウスケってやっぱり優しいよね」


「俺がか?」


優しいなんて言葉、生まれてこの方言われた覚えがない。そりゃそうだ、周りのことなんて気にせずに生きてきたんだから。


「うん。断りたいのに、私を否定しようとはしない。だから言葉が上手く出てこない。でしょ?」


柔らかい笑顔でティナは言う。俺は小さく溜息を吐いて答える。


「買いかぶりすぎだ。俺はそんなにできた人間じゃない」


ここでティナを傷付けてギクシャクしたら、そのあとが面倒だからだ。表面的には優しく見えていても、本心では打算で動いている。感情で動く自分を理性が嘲笑っているみたいに。


昔からそうだ。

何かを失敗した時、後悔した時、それを思い出す時。『こうすれば良かった』『ああしなきゃ良かった』と何度も何度も思う。過ぎ去ったことだと分かっていても、記憶が胸を締め付ける。

辛い経験をした自分を、可哀想だと思う自分がいる。それを嘲笑う自分がいる。俺が俺を見て、その俺を俺が見ている。


ーーー本当の俺は、どれなんだ?


分からない。


自分がどうしたいのか、分からない。


俺に正義の心なんてものがあるのか?


神様の使いなんて俺に務まるのか?





「ユウスケ?」


「あ……ごめん、何だっけ」


「……ユウスケ、今日は一緒に寝ない?」


二度目の驚き。この子は一体何を言ってるんだ。


「いや、何でそうなるんだよ」


「ああ変な意味じゃないよ。ただ同じ布団で寝ようってだけ」


「いやそれでも十分変だと思うんだが」


「まあまあ、じゃそういうことで!」


ティナは勝手に納得すると満面の笑みで飛び出して行った。いや何に納得したのかも分からんが。


やや煮え切らない気分のまま、俺はまた村の散策に出た。

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