4・レスト
ウィキで見た情報では土地の魔力が枯渇しているとあったが、村そのものが廃れてしまうほどの影響があるというわけではないみたいだ。日が沈み、村の中もそこそこ静かになってきている。とはいえ時々目に入る酒場や商店はまだまだ賑わっているし、住民達が痩せ細ったりしている様子も見られない。魔力が土地にどんな影響を与えるのか、早いうちに調べておいてもいいかもな。
商店、恐らくは青果店の店主に話しかけてみる。コミュニケーションが得意ではないとはいえ、今日1日で本当に色々なことがあったからこの位は、な。
「こんにちは。ここら辺に宿ってありますか?」
「おう兄ちゃん旅の人かい? 宿ならこの道を真っ直ぐ行って突き当たりを右に曲がると見えてくる『レスト』ってとこがいいぜ。飯も美味いし給仕も……まあそこは行ってからのお楽しみだな!」
「ふむふむ」
食事も出来て、なおかつ美味いってのはいい情報だ。いくら天下のyamazonとはいえ、すぐに食べられるお惣菜までは取り扱っていないだろう。せいぜいお菓子かプロテインバーか保存食。1日や2日ならそれだけでも食い繋げるが、しっかりしたものが食べられるならそれに越したことはない。
「分かりました、行ってみます。ありがとうございます」
「おう、ちょっと待ちな兄ちゃん」
軽く頭を下げ立ち去ろうとするところを、ニヤッと笑った店主に引き留められる。
「はい?」
「今日はいいリンゴが入ってんだ。オマケするから買ってかねえか?」
リンゴか。確かに良い色をしてる。好きな果物だったし、言われたら急に食べたくなってきたな。
「分かりました、2つください。それと桃も1つ」
「はいよ! 桃は1つオマケしとくぜ! えーと、銅貨4枚だな」
「はい、どうぞ」
スマホから銅貨を取り出す。少し村を歩いた時にも思ったが、少なくとも普通に生活をするだけならば金貨は高価すぎるようだ。単価は銅貨で払えるものがほとんどだし、纏め買いをするとしても銀貨で払いきれないほど買うこともまずないだろう。どこかで両替でもしておいた方がよさそうだ。
「あいよ! またよろしくな!」
元気な店主に手を振り、店を後にする。買った果物を袋のままアイテムボックスアプリに収納すると、便利なことにリンゴ、桃、紙袋の3つに分けてくれた。
ひとつ気になるのは、アイテムボックスの中は時間の概念があるのかどうかだ。この中なら時間は進まないとかなら、わざわざ保存食ばかり買わなくても普通の食品がいつでも保存できる。その代わり、生きたものを入れておくことは出来ない。逆なら生物も保存できる可能性がある。人や生き物を『モノ』として捉えるのは抵抗があるが、怪我人を急いで運ぶ時なんかはスマホに入れて走る方が背負うよりは楽に決まっている。
ーーーまあ要検証ってことだな。
確か宿はこの突き当たりを右に曲がって見えてくる店だったよな。たぶんあれのことだ、店名も教えて貰った通り。
店の前まで来た。どうやら1階部分が酒場兼食事処、2階よりも上の階が宿泊施設になっているらしい。ちょうど夕飯時を迎えている酒場はとても賑わっている。
とりあえず入ろうと店に足を踏み入れた時、横から可愛らしい、そして聞き覚えのある声が聞こえた。
「いらっしゃいませ! あれ、お兄ちゃん!」
「ミナ、だっけか」
ミナだった。見た感じ体も心も問題無さそうだ、ちゃんと2人で家まで帰れたんだろう。小さなエプロンを付け、懸命に料理を運んでいる。さっきの青果店の店主が言ってた給仕がどうこうってのは、たぶんミナのことだ。小さいながら頑張って働いている看板娘ってとこか。
「うん! あのね、ミナね、ちゃんとお礼が言いたかったの! 待ってて、パパとお姉ちゃん呼んでくる!」
そう言いながら、ミナは料理を届けるなり厨房の奥に引っ込んでいった。残された俺は少なからず酒場の視線の的に。
気まずい、と思いカウンター席の端っこに腰掛ける。ぼっち飯自体はすっかり慣れたものだが、人からの視線はやっぱり苦手だ。
「なあ、あんた」
声のする方を見ると、何やらゴツいおっちゃんが。何やら気難しい顔をしている。
「はい、何でしょうか」
「あの子になんかしたのか?」
「いや、なんかしたと言うよりは通りがかった時に盗賊に絡まれてたので助けただけですが……」
あの時は逃げたが、別に隠すような事でもない。それよりも今は余計な誤解を解いて、穏やかに食事がしたい。
「なっ、本当か?」
「え? はい」
「あーーーっ!!!」
次から次へと何なんだ一体……。
突然困惑したおっちゃんに俺も困惑していると、今度は厨房の奥から女の子の大きな声。もちろん聞き覚えのある声だ。
肩より少し長い金髪をポニーテール風にまとめ、料理で少し汚れた白いエプロンに身を包んだ女の子。あの時盗賊たちに縛られていた、ミナのお姉さんだ。
「やっぱり、あの時の!」
「ってことは、本当にコイツが……?」
俺の言葉など挟む余地もなく、会話は進む。
「うん、そうだよ。私とミナを助けてくれた旅人さん」
おっちゃんが口を開けたままこっちを向く。よくわからんのでとりあえず頷いておく。
するとおっちゃんはニイッと笑い、大きな、本当に大きな声で叫んだ。
「おいお前らァ! この旅人がレストの看板娘2人を助けてくれたヒーローらしいぞ!」
一瞬の静寂ののち、酒場は大騒ぎ。「すげえな」だの「ありがとう」だの、まさに阿鼻叫喚。結局のところ、俺を口実に騒いでいるだけにも思える。端の席を取って正解だった。
「はい、お水。お兄さん、何も言わずに居なくなっちゃうんだもん」
目の前にはエプロンを外し、給仕服姿になったミナのお姉さんがいた。
「まあ恩を売るためにやったことでもないからな」
好きに生きろとは言われたが、俺はれっきとした神の使いだ。少なくとも目の届く範囲の奴らくらいは守ってやりたい。
「そっか……お兄さん良い人だね。すご~く強いみたいだし、もしかして冒険者さん?」
「ああ、登録はさっきしてきたばっかりなんだけどな」
「そうなんだ。ま、とにかく本当にありがとう。今日は食事? それとも宿泊?」
「両方でお願いしたいな」
「オッケー! 待っててね、腕によりをかけるから!」
そういうと、ミナのお姉さんはまた厨房に引っ込んでいった。それと入れ替わりで隣の席に来たのはミナ。高めのカウンター席に座るのは難儀なようで、仕方ないので手を貸してやる。
「お兄ちゃん、助けてくれてありがとう!」
小さい子の純粋な笑顔ってのは眩しい。こんだけ可愛ければ看板娘って呼ばれるのも納得がいくし、守れてよかったとも思える。
「どういたしまして。これからはもっと気を付けるんだぞ?」
「うん、気を付ける!」
頭を撫でながら言う。ミナもそう返事をしたが、正直なところ難しいというのは分かっている。ただの農村に警備隊が付くなんてそうそう無いだろうし、魔力の枯渇しているこの土地にどれだけの価値があるかも分からない。
「こんにちは」
ミナの頭をいじくり回し小さな手と戯れていると、カウンターの中からまた新しい人が。
「あ、パパ!」
「あ、こんにちは」
俺が挨拶を返すなり、親父さんは頭を下げた。
「この度は娘たちを助けて頂き、本当にありがとうございます」
「いいんですよ。頭を上げてください」
何度かそう言うと、親父さんはようやく頭を上げた。
「この子達は、私と妻の宝物なんです。私の命にも変えられないものを守っていただき、本当に……」
少しだけ胸が痛くなった。
俺は、俺も、父さんと母さんにこのくらい愛されていたのかな。俺が死んだ時、悲しんでくれたのかな。
「失礼ですが、奥さんはどちらに……?」
母さんのことを思い出すと同時に、テンプレ展開の予想が。たぶん酒場にいないところを見ると。
「ああ、妻は病気で休んでいます。体が弱いので皆さんにもよく心配をおかけするんですが、大丈夫です」
「……」
まあ大丈夫じゃないフラグだよなそれ。けどまあ、とりあえず今は俺の方から関わっていく必要はないか。
「はい、お待ちどうさま! 今日のオススメのチーズハンバーグです!」
「ん、ありがとう」
親父さんが厨房に戻り、少しの間ミナと遊んでいると料理が運ばれてきた。大きめのハンバーグは鉄板の上でジュウジュウと食欲をそそる音を立てている。
「いただきます」
ナイフで切り分け、中から零れるチーズを肉に絡めて口へと運ぶ。溢れる肉汁と肉に混ぜられた調味料、香辛料の旨みが堪らない。そしてそれをしっかりと支えるチーズの濃厚な味。肉もチーズも、今までにないほどの味だった。
「うん、美味い」
「良かった~! あ、お部屋は2階の一番奥の部屋にしといたよ! これが鍵ね」
「ん、ありがとう。いくら?」
口元を拭きながらスマホを取り出す。
「んーん、お金はいらない。お父さんとも話してあるし、お礼ってことでタダでいーよ!」
「おお、そりゃ助かる」
申し訳ない気もするが、こういう時は素直に好意に甘えるのが世渡りのコツだ。と誰かが言っていた気がする。
俺はしばらくの間、美味な食事を楽しんだ。