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04 学園王子と腰巾着

 

 俺――レノア=ミリアンは緊張していた。


 久しぶりの学園。


 しかも女子制服。



 見慣れた学園に女子制服で通うなど自分がまるで変態になった気分のようになるが、ヴィーに行くと約束した手前、行かねばなるまい。


 元々ヴィーの腰巾着として恥ずかしくない容姿を保つ努力はしてきたつもりだが、女となっては勝手が違う。


 メイドたちには「嗤われないよう死力を尽くして可愛く盛ってくれ!!」と頼み込み早朝からああでもないこうでもないと長々と支度を手伝わせてしまった。


「あんな子いたか?」

「可愛い……」

「なぁお前声かけてみろよ」


 引きこもり中に歩き方も矯正して付け焼き刃だがレディの動作を身に付け、しゃなりしゃなりと清楚に歩けば生徒たちは誰も俺が呪いで女になったレノア=ミリアンその人だと気付かなかった。



 ……俺は何と戦っているんだ。




 努力の方向性を見失いながら校門に差し掛かると、少し遠巻きに令嬢たちが群れの様にあちこちからある一点を見つめていた。


「レノア!」


 その見つめられていた一点であるヴィンセント王子ことヴィーは俺を見つけると微笑み駆け寄ってきた。



「ヴィー、どうしてここに」


「レノアが来ると言っていたからな。待っていた」


 今をときめくヴィンセント王子が得体の知れない女に笑顔で駆け寄ったのだ、辺りがざわめくが当たり前。



 エスコートするように俺の腰を支えて教室まで案内をする。


 令嬢たちの金切り声が聞こえてきそうで俺は怖いよ……!


 俺としては出来ればもう少し静かに復帰したかった……。



「誰? 元王族の姫かしら……」

「ヴィンセント様、やっぱり想い人が出来て……」

「あんな笑顔の王子初めて見た……」




 ――……そう思っていたんだけど、意外にも令嬢たちは静かだった。


「ヴィーの近くに見知らぬ女がいるのに令嬢たち静かじゃないか?」


 もしかして同じ令嬢が犯した呪い事件から少し自重を覚えたんだろうか。



「もうお前が居るから近寄ってきた女は全てもう近寄ってこない程コテンパンに切り捨てた」


「んな……っ!!」


 早速やらかしてやがる……っ!


 娘の後ろにはパパがいるんだぞ馬鹿!!



(ヴィーがやらかした令嬢を調べて『呪いのせいで神経質になっちゃってたんです』ってフォローいれとかねえと……)


 俺は早速頭を痛めながらも教室にたどり着いた。



「えっ、誰……!? 留学生……!?」

「か、可愛い……」

「可憐だ……」


 ザワザワと騒めく教室にどう切り込んで良いのか悩んだが、こういうのは恥ずかしがったら負けだろう。



「この前まで休学していたレノア=ミリアンだ。姿形は変わったが変わらずよろしく頼む」


 礼は流石に男用の礼をした。


 頭を上げると驚きの顔に溢れているクラスメイトたちがいた。



「ま……っ! じかよ!! レノア=ミリアンって、確かにヴィンセント王子の身代わりに呪いを受けたとは聞いてたけど!!」


「すっごく可愛らしいわ! レノア様!! 化粧荒れしてないからお肌も綺麗!!」


「なんだよもお〜〜!! 男にちょっといいなとか思っちまったじゃねーか!!」


「は、はぁ……」



 そこまで交流の無かったクラスメイトたちから詰め寄られるが、後ろにいたヴィーが後ずさりした俺をキャッチし迫られるのを防いでくれた。


 流石に王子に詰め寄るのは不敬だから一定の距離から話しかけてくるだけでヴィー様々だ。



 あるクラスメイトは教室を飛び出し、広め、一気に教室の外は人で溢れた。


「うおー、アレが腰巾着かよ」

「全然イケる」

「でも男だぞ」

「今は女じゃんか」


 完全に見世物状態だ。


 まあ最初はどうしてもそうなるよな……そうわかってて気合入れてお洒落してきたわけだし。


 そんな生徒たちも絶対王子ヴィンセント様が「不快だ」と一言言えば蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。


 散らしたりするのはいつもは俺の役目だったんだけど……俺には「調子乗んなこの腰巾着!」とか言い返してたのに、ヴィーなら一言で鎮まるのか……と、発言力の違いをまざまざと見せられた。


『心配いらない』の言葉通りヴィーが守ってくれてるようで頼もしい。






 しかし物珍しいのか喋ったか記憶も定かではない者たちが沢山話しかけてくる。


「俺覚えてる? 係で一緒になったことあるんだけど」


「は、はあ……」


「はーーっ!! もったいねー! ホントに男!? 女だったら絶対付き合ってたのに! あっ 今は女か☆」


「…………」



 自慢じゃないが俺はヴィーの取り巻きをやっていた、ヴィーに近付くものを排除する嫌われ者でまともに友達もいない。



「なあレノアちゃん〜」


「レノアさんにはよくヴィンセント様のお話をしていただいて――……」



 みんなも『王子の取り巻き』という認識で『レノア=ミリアン』として見てたヤツなんていないだろう。


 だから正直今の自分が注目される状態は非常に苦手だ。



 一日とにかく人目に晒され疲れ果てた放課後、帰る為に廊下を歩いていると、また男子生徒数名に囲まれた。


 ヴィーがいないので道を塞がれ通るに通れないし、帰るにも後ろにも囲まれて動けない状態になっていた。


 貴族のお坊ちゃんだ、普通の令嬢にはこんなことしないだろう。


 ほぼ見知らぬ人ではあるが元男であるという気安さからレディファーストはしてもらえなかった。



「なあ……ぶっちゃけ女の身体って『どう』なの?」


 下心しかないにやにやと薄気味悪い顔でたずねてくる。


「どう……って、言われても」


 下品な笑いに不快指数はうなぎ登りだ。



「自慰とかした?」


 認識の違いだ。相手は多分軽い冗談のつもりなのだろう。


 だが、『気持ち悪い』と思う、セクハラと怯える女性の気持ちが初めて理解できた気がした。


「ちょっとおっぱいとか揉ませてくれよ! 減るもんじゃないし!」


 そうほぼ見知らぬ男子数名に囲まれて頭を下げられている。


 普通に考えて気持ち悪い。



 ヴィーにされた時は多幸感しかなかったから「女って快楽に弱いんだな」とかエロ本の見過ぎみたいなことを考えていたのだが、それは昔からの付き合いの、好感度も高いヴィーだからであって、今は大柄な男達に囲まれて性的な欲求を求められ恐怖しかなかった。


「そ、それは……ちょっと……」


「なんでだよ!! 男ならわかるだろ!! この浪漫!!」


 浪漫をぶつけられる女性の身にもなってくれ。


 どんどん詰め寄ってくる男子生徒たちに若干の焦りを覚え始めたところで、壊れんばかりの大きな音で扉が開いた。



「お、王子……」


 多少引き気味の男子生徒と同じく俺も殺気の籠った目の座ったヴィーに内心ビビった。


 ツカツカと俺と男子生徒達の間に押し入り



「レノアはこの俺と結婚を前提とした関係を築く約束がある。陛下にも認可は得ている」



「…………ひっ!」


 そう言って俺の制服についていた王族から贈られるブローチを見せる。


 えっ? そっちの意味で贈ってたの?



「俺の求婚者にいたずらに不埒な行為を働いた場合、どうなるか……よく考えて行動する様、他の者にも伝えろ」


「は、はひぃ!!」


 殺気の籠ったヴィーに射殺されない様に男子生徒たちは逃げるように学習室を出て行った。



「助かったよヴィー、俺じゃあどれだけ怒っても効き目なかっただろうからさ……」


 へらへらとお礼を言うとまだヴィーの怒りは収まっていなかったようで俺が怒られた。解せぬ。


「なんで俺から離れた!!」


「なんでって……」


 学校だし、ずっと一緒にいる方が難しいだろう。トイレだってある。



「朝からそうだ!! ずっとお前は色んな男に話しかけられて……」


 怒りが収まらないようで頭を掻きむしっている。ここまで怒るヴィーも珍しい。



「お前そんなに友達いないだろう!!」


「おい失礼なこと言うなよ」


 事実だけどさ。



「…………」


「…………」


「……今まで俺がレノアを独り占めしていたから」



 焦った。


 と。


 まだ頭を軽く掻きながら不機嫌を隠せていなかった。




 え。



 あの天下の王子様が?


 俺が独り占めするなんて到底無理な大人気の大陸一の王子様が??


 俺を独り占め出来なくて拗ねている???



「…………」


 ちょっと顔が緩んでしまった。危ない。


 あっちは独り占めなんて出来て当然の世界で生きてきた男なんだから、思い通りに行かなくて拗ねてるも同義なんだろうけど、ついにやけてしまう。



「まだ求婚中としか言えない身がはがゆい……っ!」


 なんでも手に入れてきた王子様にとって思い通りになっていないものにイラつきを覚えているんだろう。


 わかっているのに、ものすごく可愛いとか思ってしまう。


「ヴィー……」


「……俺だってまだ婚約者でもなく、あいつらと同じようにレノアに触っていたというのに、その、すまない」


 俺から見たらヴィーも同じような立場であると落ち込み始めた。


 あの!


 ヴィーが!!



 なんだか急激な愛しさに襲われ抱きしめたい衝動に駆られる。


 くそ……っ、これが母性本能ってやつか……!!



「……さっきの奴らは確かに気持ち悪かったけど……、別に、ヴィーは嫌じゃ無かったっていうか……」


「本当か!?」


 俺がそう言うと暗かったヴィーの顔は途端に明るくなる。


 自分がヴィーの気分を上げ下げしているのかと思うと、なんとも言えない高揚感に包まれる。


「だから、ヴィーは大丈夫……」


 そうもごもごと言いながら俺は身体がふわふわするというか、そわそわする。


「レノア……」


 幸せな気分を禁じ得ない。




「あ!! でもさっきの奴らに俺とヴィーの関係バラしちまったじゃねーか!」


 俺はやっちまった! というポーズで頭をおさえた。



「今後もお前が男だと思って変なことをしてくる奴が出てこないとも限らないだろう。俺ほど虫よけに使える男もいないぞ」


 大陸一の王子様を虫よけとか贅沢すぎんだろ。



『俺がその気になるまで待つ』とは言ってるが陛下の認可や学園への周知など外堀が埋められすぎている。


 だからといってヴィーとの結婚が絶対嫌というわけでもなく、むしろ結婚するならヴィー以外ありえない。


 それなのに『うん』と言えないのは自分だけがヴィーを本当に好きになってしまうんじゃないかという恐怖からだろう。






「ヴィー、そろそろ帰らないとだろ?」


「ああ……もうそんな時間か」


 ヴィーの腰巾着をしていた男の頃の記憶で、ヴィーのルーチンワークは把握済みだった。



「時間とらせてごめんな。ヴィーは忙しいんだから無理すんなよ」


 次期王と期待されているだけあって、ヴィーの生活は忙しい。


 だからと言ってまだ実権があるわけではなく王の仕事ぶりを後ろで見て学んだり、簡単な政の仕事をまわされたりして慣れさせていっている段階だ。


 王に付いて学んでる時は流石に一緒にはいれないので別室で勉強待機させられていたが、仕事を任された時は資料集めやら雑事を手伝って物凄く大変だったのを覚えている。



 人の人生を左右するような決定をヴィーはして、今後もしていくんだと感動した記憶がある。


 俺は従うだけの人間だから、酷く眩しくて、こんな人が俺のすり寄り先なんだと誇らしかったな。



 ヴィーが試験も兼ねた仕事に手を抜くわけがないから、俺まで面倒みるのは相当無理をしているだろう。


「いや、レノアと居るときが休憩時間のようなものだ」


「猶更悪いじゃねーか! 今度はちゃんと寝てなきゃ!」


 そう慌てるとヴィーは「はははっ」と爽やかに笑ってみせた。


 笑顔も眩しいくらいに王子様だった。







「そういえば側近、誰にしたんだ?」


 大陸を統一した国の王子様となれば、女もよりどりみどりだが、未来の臣下である男も沢山いた。


 ただ媚びへつらうだけで特に優秀でもない俺を取り巻きから外し、優秀な者を学校にいる今のうちに側近候補として近くにあてがうのは悲しいかな非常に良いタイミングだった。



「どいつもこいつも使えないやつらばっかりだ」


「ええ!?」


 ヴィーは不機嫌そうに鼻をふんと鳴らし目を閉じている。


 どういうことだ? 大陸中の俊英ばかりが揃った粒ぞろいの側近候補たちだぞ?


 俺如きで満足していたヴィーは誰が取り巻きになっても満足度は上がりこそすれ下がりはしないだろう。



 これは俺が謙遜しているわけではなく、自他共に認める評価だ。


『一緒に育っただけの能無し腰巾着にまとわりつかれてヴィンセント王子が可哀想』とずっと陰口(面と向かって言ってきた者もいたが)を言われていたものだ。


 女になって登校するのもそんな陰口を言う連中にまたなにか言われるんじゃないかとヒヤヒヤしていたのが大きかったのだが、幸いなことにそんなことを言ってくる者たちはいなかった。


 ……俺の女装(?)が完璧で文句の付け所がなかったからかな! なんて調子にのってみたり。




 しかし気に入る側近が一人も居ないのはおかしい。


 ヴィーの性格上、俺に遠慮しているという可能性は低いから純粋に気に入る側近が居ないんだろう。


「なあ、側近候補たちとはサロンで話してるんだろ? 俺も付いて行っていいか?」


 元側近として気付くところもあるだろうし、と言うと「あまり男ばかりの場所に連れて行きたくないのだが……一人にするよりはマシか」と、渋顔だがヴィーは了承してくれた。




 王室用の豪華で煌びやかなサロン。


 ここでヴィーが主催した友達作りパーティ……という名の側近面接会が何度か行われているらしい。



 ここに入れるのは数々の査定をクリアした選び抜かれた側近候補のみ。


 リストを見ても、全員なんらかの事柄で名前を聞いたことがあるような方々ばかりだった。



 ……こうやって見ると、確かに無名の俺じゃあ力不足と言われても仕方がない。


 しかしこれは、俺が居なくなりこの人たちがヴィーの下につけば鬼に金棒!ヴィーの将来には絶対的にプラスになったとも言える。


「レノア、あまり見たくないだろう。無理はしなくてもいいぞ」


「いいや大丈夫! ヴィーの未来の為に出来るだけプラスになるような側近を見つけないとな!」


「レノア……」



 自分の欲望よりヴィーの将来!


 ……なんて言えるのはヴィーに結婚を申し込まれて、違う形でも一緒に居られる安心感があるからなんだけど……。


 我ながら現金だ……。




 サロンに入ると流石もう皆集まっていたようで、ヴィーを迎えた。


「今回は元側近のレノアも連れてきた」


「皆さま初めまして。レノア=ミリアンです。何か私に力になれることがあればご協力させてください」


 そういうとサロン内でどよめきが起きる。


 えっ、俺なんかした?




 その後は滞りなく進み、思い思いに喋りたい者たちと社交をする場となった。


 ヴィーは俺に一緒にいて欲しいようだったが、元腰巾着の俺が一緒にいたら意味ないしヴィー抜きでなら聞ける話などもあるかもしれない。


「レノア殿……いや、嬢、の方がいいのかな」


 そう思っていたら話しかけられた。



「どっちも違和感ですから、さんか呼び捨てでお願いできたら嬉しいです」


 呼び止めてきたのは宰相の息子。


 文官志望の学生だというのに今の時期から様々な画期的政策を立案しては可決されたり、今から会議に出席することを許されることもあるなど一目置かれている存在。



「なら僕にもそうしてください」


 そう人の良さそうな笑顔を向けてくるが切れ者の文官と思うと素直に受け取ってよいものか……。



 宰相の息子ほどの出来る文官見習いであれば次期王のごますりなど不必要かといえばそうでもない。


 どんなに良い政策をしても陛下によしといってもらわねば可決しない。



 そんなことが起きない為にヴィーの側近として仲良くしておくことは有益だと思ったのだろう。


 少なくとも名誉が欲しくてゴマするような者ではないのだし、側近として悪くないとは思うのだが……。




「ここにいるサロンの皆、お前のことを褒めていたぞ」


 そう話に入って来たのは屈強という言葉の似合ういかつい男、騎士団長の息子だ。


 代々騎士の家系で強さをモットーとしている。


 騎士団長の息子も例外ではなくずば抜けた戦闘センスとパワー、統率力でヴィーと同じく未来の騎士団長と言われている。


 有事の際、騎士団と王の連携は大変重要だ。仲良くなって悪いことはない。


「私を……ですか?」


 こんなオールスターメンバーに褒められるようなことを俺が出来るのか?



「正直、お前のことを過少評価していた」


「えっ、えっ?」


 ぐったりと項垂れる騎士団長の息子。


 頭を疑問でいっぱいにしていたら知的な宰相の息子が眼鏡を押し上げながら説明してくれた。



「レノアさんがいなくなって初めて、ヴィンセント王子とはどういう方なのかを皆が知りました」


「……ああ~~……」


 なんとなく言いたいことはわかってしまった。



「ヴィンセント王子は強く、賢く、民に優しく、素晴らしい王子だ」


「ですが、それはレノアさんが居て初めて成立していました」


 なんでもヴィーは俺の休学中、俺の役割に成り代わろうとする輩には俺にしか見せなかったワガママ高慢っぷりを発揮して切り捨てまくったらしい。



「ヴィーは結構ハッキリいうので……」


 怖がられないように気を付けろと忠告していたし、俺にヘイトを向けさせることで相対的に優しい王子という印象操作もしていた。




「しかしゴマすりだけしか出来ない者たちはサロンに呼ばれていない」


「それは……なんかすみません……」


 多分あいつはゴマすりが側近の標準装備だと思っているのだ。



「レノアさんの後釜になろうと近寄った者には『レノアなら出来た』『レノアなら言わなくても察する』とひたすらダメ出しした後に王子に出来損ないのハンコを押されて帰されるんです」


「う、うわぁ……」


 大陸を統一した英雄王の息子、未来の王様に『使えない』なんて言われたら貴族のエリートコースである宮廷仕事は諦めるしかないだろう。



 相当酷だ。



 もしかしたら俺の女装(?)が完璧で文句の付け所がなかったからではなく、ヴィーのワガママに弱って俺に喧嘩を売ってくるような馬鹿がいなかっただけなのかもしれない。




 正直、俺がヴィーを甘やかしてしまっている自覚があった。


 無能な俺がヴィーに必要にされる為に必死すぎて、ヴィーが『アレがほしい』と抽象的なことを言っても『これか?』と長年の勘をフル動員してお世話してしまっていたのだ。


 能力のある側近志望の少年たちにいきなり熟年夫婦よろしく察して尽くせなんて無茶な要望だ。




 そして、更に……


「我が国の王子、ヴィンセント様はなんでも一人でこなしてしまう天才だ」


 俺はコクコクと頷いた。あれだけ毎日見せつけられたら頷かずにはいられない。



「戦いだって学生の中じゃ上の強さの俺でさえも殿下に傷一つつけられない」


「ちょっとやそっとの側近じゃあの方は満足しないでしょう」


 つまり、ヴィーの能力が高すぎてついていけず今まで挫折を味わったことのないような側近候補たちは心を折られたと。



 ゆゆしき話だ。国は一人じゃまわらないのだから、仲間は多い方が良い。


 しかし優秀が故にヴィーの存在を、圧倒的な才能を身近に感じ孤高になってしまう。



「俺は一日側にいただけで殿下に圧倒され、自分の無力感に打ちひしがれた。しかしレノア殿はそれを生まれてからずっと耐え続けていただけではなく周りの防波堤になっていた」


「いや、それは俺とヴィーの差がありすぎるから打ちひしがれもしないってだけなんじゃ……」


「圧倒的な差を認められる器というのも立派な長所の一つなのですよ」



 競争社会にいる人間たちは相手を認める力がなければ嫉妬や憎悪で押しつぶされてしまう。


 王子の隣で暮らしてきたというのにそんな蹴落とされた絶望や嫉妬を一切味わっていないあたり、俺もヴィーに守られ甘やかされて育ってきたのだと感じた。


 ヴィーに媚びる者たちが来ても結局ヴィーは俺を選んでくれていたから。




「僕たちは能力にかまけてレノアさんを軽視していた。改めて謝罪をしたい」


 宰相の息子に合わせて騎士団長の息子や近くの男子がヴィーに不審がられない程度に頭を下げた。


 謝罪を受け取り直ぐに頭を上げさせる。


 こういう内輪揉めは出来るだけ王族にバレずに済ませたいものだ。厄介になるから。



 しかし、俺は考えた。


 ヴィーが圧倒的な上に側近に求めるものが違いすぎる。



 これだけのオールスターメンバーが集まってるんだから、みんなそれぞれヴィーより優れている点はある筈だ。


 それが謎の気遣いを求められて心が折れている。


 歪ませてしまったのは間違いなく俺で、それを正せるのも俺だけだと悟った。



 ちょっと待っててくれと二人に言い、真っ直ぐにヴィーの方に歩いた。


 それに気付いたヴィーが嬉しそうにするが、俺はヴィーを叱り飛ばす。ヴィーを叱り飛ばすというより、どうしてもヴィーといたかった自分を叱っていた。



「お前な! サロンに集まった優秀な人材に何雑用お茶汲み係させようとしてんだよ!」


 サロンはシン……と静まり返り、ヴィーも驚きで固まる。



「レノア」


「俺の代わりっていっても今の年齢じゃ自分の補佐や将来一緒に国を背負って立ちたい奴らが集まってるんだから! 俺がやってた、気配りがどうのとかは、もういらないんだよ……」


 今まで離れたくなくて才能も無いのに雑用で誤魔化して取り巻きやってた俺のせいだ。


 みんな自分で自分を全否定した俺を察したのだろう、少し憐れみの目をされているようで辛い。



「……そうだな、気配りはお前がいたな」


 そうヴィーは優しく笑った顔が、暖かすぎてなんだか泣きたくなった。


 下を向いて誤魔化すとヴィーの手が頭に乗った。




「――……せっかくこれだけ将来有望な奴らが揃ってるんだから、将来やりたいことを語っていったらどうだ? なにか掴めるかもしれないし」


 涙を拭いあわあわと取り繕うと、「そうだな」とヴィーが号令すればサロン内の男子たちは「おおー!」と片腕を挙げた。









 それからのサロン内は各々が目指す夢の大討論大会の様になっていた。


 政に興味関心があるヴィーも熱くなって参戦したりして、「無礼講だから発言を許す!」と議論に花を咲かせていた。



 うんうん。側近ってそういう熱い議論が出来る高め合える友情だったりを築くもんなんだよ。


 俺は恥ずかしながら専門用語をさっぱり理解出来ずヴィーの横で様子を見て熱くなりすぎたら止めたりする進行役をやっていた。



 まだまだ語りつくせぬ! と言った様子ではいたが「今日はお時間になりますからここで終わりにしましょう」と言えば「また次回こういう機会を設けよう!」とヴィーの強い言葉に男子たちの雄々しい声が響いた。


「色んな話題が出ましたから、一つに絞ったディベートにするのもいいですね」


 と、いつの間にか書記のように宰相の息子が会話をまとめていた。



「レノアは進行役だったが発言したかったことはあったか?」


 我慢して進行役に甘んじていたのだと心配されたのだろうが、いやいやとんでもない。


 あんな高度な話題に入ったら馬鹿が露呈してしまう。



 俺は当たり障りないコメントで乗り切ろうと笑顔の発言で誤魔化した。


「大人になったら腹芸やらでこんな真っ直ぐな意見は言えなくなってしまうから、だから今こうやってみんなで腹を割って話し込む様は……なんというか、青春って感じで眩しかった。楽しかったよ」



 たしかに……と、どこからともなく賛同の声が聞こえ、拍手が鳴り響いた。


 ヴィーも満足げに頷いている。


 完全に誤魔化しのセリフだったのだが、いい感じにまとめられたならよかった。

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