03 色欲王子と腰巾着
※大分いちゃついておりますので注意してください。
――幼い頃からずっと一緒だった俺とヴィーはお互いのことはそこそこ知り尽くしていた。
ヴィーの性癖が結構尖っていることとか。
割と無難というか普通の好みだった俺にヴィーは色んな新しい扉というエロ本を持ってきた。
英雄色を好むとはよく言ったものだ。
しかし彼は王子で、いくら好みでも貴族令嬢の色仕掛けに引っかかって手を出したら即責任問題に持っていかれて既成事実を盾に一生を共に過ごさなくてはならなくなる。
それ故にヴィー……――ヴィンセント=スカイフォード王子は完全無欲の潔癖王子――奇しくも女の子の理想の綺麗な王子様として更に好意を寄せられることになった。
ハニートラップには本人も相当気を付けていて、色事が大好きなはずなのに禁欲生活を強いられ色仕掛けしてくる令嬢に対しては殺意すら覚える始末……大変気の毒だった。
擦り寄り先の王子がそんな苦労をしているのに腰巾着の俺が青春を謳歌出来る筈もなく、等しく禁欲生活となった。
これのおかげでお互いの仲間意識が芽生えた気もする。
健全な男の子として当然の好奇心。
それが発散出来ない中で、友人が女の身体になったなら。
――ちょっとは触ってみたくなるだろう。
「……っ ヴィー、さすがに、これ以上は ヤバいって っ」
「大丈夫だ。責任ならとるから……っ」
「とられても困る……っ!!」
俺も「俺なら触り放題だし」みたいな軽い気持ちで触らせてたのが悪かったのだが、どこまでが『セーフ』なラインなのかわからなくなってきていた。
俺だって健全な(元)男の子。
自分とはいえ女の身体、快感には興味があり、止めるタイミングを完全にミスった。
「ヴィー、っなんか、触るの上手くない……?」
ただ服の上から胸を揉まれているだけなのだが、痛すぎず弱すぎず、実に良い塩梅だった。
手馴れてる……。
胸を揉むのに技術ってあるんだ……と女になって初めて知った。
「女に手玉に取られぬ様、女の扱いも学ばされている」
「うそ……童貞仲間だと思ってた……」
俺はずっと信じてた仲間に裏切られたようなショックを受けた。
どんなにヴィーがかっこよくても「こいつ童貞なんだな……」ってさもしくも心の安寧を得ていたというのに。
女の扱いまで完璧だったら一体なにがダメなんだよコイツはーーーっ!
じたばたと逃げようとするが「もういいだろう」と俺を離そうとしなかった。よくないって!
もう俺は半泣きでヴィーに懇願した。
「そ、その気に、なるまで…… 待つ って ぃったぁ……」
「……っ」
その声を聞いてヴィーの手は止まり、俺を解放した。
た、たすかった……
高圧的なヤツではあるが、しっかりと約束は守るつもりらしい。
ただ盛り上がっていたのに水を差されて恨むような目でこちらを見つめてきていた。
「レノア……覚えてろよ……!」
「……っ」
基本的にイエスマンである俺が反抗的な態度なのが気に食わないのか、かなりお怒りのようだ。
興奮状態なのか息が荒く、俺もその雰囲気にあてられ怯えながらもドクドクと心臓が高鳴る。
「結婚したら今の百倍いじり倒して抱き潰してやる……」
「し、親友になんてこというんだ」
そうは言っても初めて親友に直接的な性的に見られている発言を受けて、新しい扉が開いたかのように――正直かなり興奮した。
(結婚したらこれ以上のことを、ヴィーに俺の身体を好き勝手にメチャクチャにされるんだ……)
心臓がたまらなくドキドキしている。
今すぐされても大人しく身体を開いてしまいそうなくらいにチョロい自分と男のプライドの残りカスのような理性が戦っていた。
顔は熱いし息も荒く、変な汗まで出てきた。
今まで親友だった男にそんなことを言われているという背徳感のようなものすら快感に感じて、俺って結構変態だったんだなと恥じた。
俺も感じているのがまるわかりなのか、ヴィーはニイっと笑って言葉で押してきた。
「……レノアお前、確か『ドM』だったな。レノアには特別だ、結婚したらお前の好きなプレイをしてやってもいいぞ」
「なっおま!」
俺がヴィーの好みを網羅しているということは、逆も然り。
昔からヴィーに振り回されて生きてきた腰巾着のせいなのか、相手に征服されていると安心した。
普通は反動で女くらい征服してやりたいという欲求が強くなるものだが、天職だったのかなんなのか……。
不用意にヴィーに近付く者には厳しく接することも必要だったこともあって、周りからは結構キツイ性格だと思われているだろうが、本当はなんにしても従うほうがすきだった。
「開発されるのが好きなんだったか? お前も結構マニアックだよな」
「~~っ! お、お前が! とんでもない本ばっかり仕入れてくるから変な知識がついちゃったんじゃんか!」
幼馴染の親友とは恐ろしい……!
知られたくないことまで全部バレている。
「レノア。俺の目を見ろ」
ヴィーの顔は整いすぎてて時に冷たくうつることがある。
美形の顔は怖いというのは強く理解できる原理だ。
わざとであろう蔑むような、しかし『プレイ』であることが丸わかりなくらい甘い瞳に雷が落ちる程の衝撃を受けた。
す、すごい……! 全部従ってしまいたい……!!
そんな絶対的な屈服感を味わい、色んな面から男としてのプライドを踏みにじられる快感に酔いしれた。
「――……さっ、流石に勘弁してくれ!」
本能に負けるのだけは嫌だ!
正直、女の身体特有の甘い疼きが苦しいし、本能では今すぐヴィーにめちゃくちゃにされてみたい。
それは理性を失った俺の性的欲求であり、ヴィーの為にはならない。
ヴィーが好きで大切だからこそ、誠実でありたいと思うのだ。
強制的な見つめ合いで顔に熱が集まりすぎて涙まで滲んできた。
そうしたら不承不承と仕方のないようにヴィーは手を離してくれた。
ほっとはしたが、ヴィーとしては面白くないようで不貞腐れている。
「……そ、その……いや、相当……よかったから、危なかったよ……」
不機嫌になった王子をついよいしょしてしまう腰巾着の性。
ぼそぼそとヴィーを擁護する為に自分はドMですと自己紹介する姿はドM以外の何者でもないだろう。
「そのまま落ちとけばよかっただろうが」
そうは言いつつも少し機嫌は戻ったようだ。
「メス堕ちした拍子で婚約者になった王妃とか嫌すぎるだろ」
この国の未来の王妃なのだからもうちょっと真剣に選んでくれ。頼むから。
少し乱れた衣服や髪をいそいそと整えていると、それを見ながら少し真面目にヴィーは俺に現実を突きつけた。
「女になったお前が、この俺以上にお前を幸せに出来る男などいるわけないだろう。俺にしとけ」
俺は言葉に詰まる。
幼い頃から気のおける幼馴染で英雄王の息子、未来の王様候補。
絶対に生活には困らないし、なんだかんだと優しいヤツだ。大切にもしてもらえるだろう。
『俺にとっては』これ以上居ない相手だ。
「……俺は幸せになるかも知んねえけど、ヴィーはどうなるんだよ」
「俺か?」
怪訝な顔をするヴィーに俺は決死の思いで反論した。
「ヴィーは女がもう嫌だから俺にしたいのもわかってるけど、俺は保身の為にヴィーと結婚したくないんだ」
「レノア……」
大切だから、お前を利用したくないんだ。そう言ったらヴィーの険しい顔も少し収まる。
「ヴィーの事を男の時から親友として好きだから、女としても好きになりたいというか……俺だってお前を幸せにしたいんだよ」
ただのお役目から俺たちは時間をかけて正しく親友になれた。
今のままじゃ結婚もただのお役目なんだ。
「……つまりお前が心の底から俺の女になりたいと思えるようになれればいいんだな?」
ふむ……と考えるように言ってくる親友の言葉に、確かにまるで俺を女に完堕ちさせてから嫁にして欲しいみたいな発言で恥ずかしくなってきた。
M男と揶揄われてはいたが、モノ扱いで愛玩されるようにいじめられるのがとても甘美でたまらないのは事実で……今の異質な状況で俺は何を考えてるんだ……。
こんな自分に死にたくなった。
「ま、まあ……もう男にはもどれないからな。俺に他に選択肢なんかねえよ」
俺は恥ずかしさのあまりつっけんどんな返しになってしまうが、ヴィーは冷静に、真剣な顔で考えるように、悩ましい顔をしていた。
それだけで絵になる男はずるい。
ヴィーの嫁になるのが一番幸せなのだってわかってるし、他の男と結婚するくらいなら出来れば俺だってそうなりたい。
だから、凡人の俺が、女から逃げる為に結婚するヴィーも幸せにするにはどうしたらいいのか必死に考えてるのだ。
「俺は、お前と結婚出来れば充分幸せだ」
と、打って変わって優しく抱きしめて口説いてきた。
そりゃ苦手な女を妃に選ばなくて済むなら充分幸せだろうけどさ。俺が言いたいのはそこじゃないんだよ。
「ヴィー……」
そう思いつつも俺はヴィーの身体の心地よさに身を委ねるように腕を背にまわし、身体を摺り寄せようとした。
が、
それはヴィー本人に剥がされた。
抱きしめた腕が剥がされた俺の目の前にあったのはヴィーの王子様然とした凛々しい顔。
「わかった。レノア、俺はお前を大切にする。お前を一人の女性として接し、親友だからとお前にいたずらに触れて楽しむようなこともしないと誓おう」
「えっ」
「レノアも俺のご機嫌とりに俺好みの格好をしなくても良い。俺がお前を口説きに行くのだからな」
「ま、待って……」
えっ、何もしてこないの?
俺はヴィーが衣服を整え直す様をポカンと見てることしか出来なかった。
(そうだ……コイツすげーいい奴だった……)
ヴィーは俺がいやいや言っても無理矢理セクハラするようなそんな飢えた無体な男じゃない。
そ、そんなぁ〜……っ!!
我ながら言ってる事とやってることが一致していないが、結婚とか責任はとれないが、好き勝手されてはみたいのだ。
発想が女性のそれではないが、当たり前だ。俺男だし……。
ハッキリと俺を女性扱いして結婚したいと言うヴィーは、女はもうこりごりだから俺にしたいのだとはわかっているが、心の中では欲望に負けまくっている俺には眩しかった。
そんな煩悩にまみれた俺に気付かないヴィーは、はあと軽くため息をついて
「お前に優位を取られないようにあと頷くだけにさせたのに、優位を取られるなんてな」
俺だって全然優位なんてとれてないよ……。
ただヴィーを幸せにしたいだけなのに、誰も幸せにならないヴィーと俺の我慢大会が開催されてしまった。
◇
「ヴィー……本当にダメだって……」
自分の部屋のベッドよりも雰囲気のある天蓋付きの豪華なベッドの上に、俺とヴィーはいた。
――……あれ? なんでこんなところにいるんだ?
「何がダメなんだ?俺の好みの服を着て、触らせて……終いには身体もこんなになってるじゃないか」
「俺たち、親友なのにっ! こんな……っ」
背徳感がぞくぞくと俺の身体を駆け巡り、更に昂らせる。
「顔が赤いぞ。お前はドMだからなあ。いやいやと言いながら責められたいんだろう?」
顎を掴まれ顔をヴィーの眼前に固定される。
「ゔ、ヴィー……」
いつもよりも堂々と、高圧的で、加虐的なヴィーに腰巾着が骨の髄まで叩き込まれている俺はただ従うことしか出来ず、「まるでペットの様だな」と鼻で嗤われても喜びで震えることしか出来なかった。
「大丈夫だ……お前の事は全部わかってる。直ぐに女にしてやるからな……」
「ヴィ、ヴィー……っ! おれ、俺……っ!」
覇王の様な風格をしたヴィーに征服され興奮で頭が沸騰したように煮えたぎっていた。
「レノア、わかってるな?」
「は、はいっ おれを ヴィーの……っ」
◇
「――……最悪だ」
目が覚めるといつものベッド。
いつもの自分の部屋。
勿論一人だった。
「親友を! おのれの欲望の捌け口にしてんじゃねー!! っよ!! 俺!!」
頭を抱えこむように掴みグシャグシャとかき乱した。
人生で一番自己嫌悪した夢かもしれない。
幼い頃から、腰巾着として側を離れなかった俺はもちろんヴィーと風呂に入って全身見たこともあるし、猥談でよくある股間の大きさ比べなどもした仲だ。
だからというか、夢なのにめちゃくちゃリアルに描写できるくらい知り尽くしている。
英雄王の息子だけあってヴィーはどこもかしこも完璧で、それは身体でもそうだった。
俺が男の頃のサイズとは比較にならないサイズの立派なモノをお持ちで、完全体を見たときは「しゅごい……」と呟いた程だ。
もうそれがバッチリ夢に反映されていた。
「ああ〜〜!! めっちゃ恥ずかしーーーっ!!」
俺は男でまだギリギリ男としての理性で保ってはいるが、親友なのにヴィーに色んなことをされたくてたまらないのだ。
女性になったら色々されてみたいという好奇心も、性に多感な男なら誰もがまずそこを考えるだろう。
なにより身を任せられる、男の時から男として惚れていた親友がいて、しかもテクもあって、それが自分の好きなプレイを手伝ってくれると明言してくれた。
ヴィーが次期王様という大切なお身体じゃなければ試しに遊びで一発お願いしてたかもしれない。
「遊びで王妃になられたら民もたまったもんじゃねえよ……」
この不真面目な脳内をどうにかしなくてはヴィーを幸せにするどころじゃないぞ。
俺は両頬をばちんと叩き、目を覚まして布団から出る決意をした。
◇
ヴィーが遊びにくるとレディになる為の猛特訓から解放されてのんびりと過ごせた。
「そろそろ引きこもりも退屈だろう。学園内も落ち着いたから、戻って来い」
「大丈夫なのか?」
学園で起きた呪いの件で相当動揺は広がってるだろう。
そんな中で話題の中心とも言える俺など珍獣を見られる様に見物されそうだ。
「大丈夫なようにしておいた」
その言葉に安心感と不安感が一気によぎる。
コイツは常人より発想が斜め上なところがあるから、いつも俺がストッパーになっていた。
そんなヴィーを一人で自由にさせた状態……。
「なんか凄い心配になってきた……」
「だから心配は要らないようにはしたと言っただろう」
ものすごーーーく心配だ……。
「そういや、件の令嬢はどうなったんだ?」
引きこもっているが故に外からの情報は一切無く、自分をこんな姿にした張本人の行く末すら知らずにいた。
普通はメチャクチャ怨んでいるのだろうが……ヴィーのおかげで怨む暇もなかった。
その俺を忙しくさせているヴィーは、引きこもりの俺の部屋に訪れては今日も今日とて求婚しに来ている。
「未遂とはいえ王族に呪いをかけようとしたんだ。お家ごと断絶、平民落ち……関りが深い者は死刑だな」
相当重い罰だ。一族全員巻き添えは特に辛いだろう。
「……学園生活してると距離の測り方間違えやすいよな」
ヴィーにすりよってくる者たちには、学園内の生徒同士としての付き合いと勘違いしている者が多く、なかなかに気安く接するヤツがいる。
「レノアは俺に寄ってくる者に相当手を焼いていたな」
思い出したのかからかうように笑われた。
「笑い事じゃなかったっつーの」
(『ここでは王子ではなくイチ学園生徒だ』とか言って『王子だから』ヴィーに寄ってきてる。ダブルスタンダードな奴が多すぎる!)
俺が追い払おうとすると「この腰巾着」と罵ってくるし、思い出してもイライラする。
腰巾着で何が悪い!
まあそれを言ったら俺もすり寄りと変わらないが、こっちは正式な手順を踏んですり寄った者である。
列にズルして入ろうとしたら怒るのは当たり前だ。
ヴィーが気に入ったのなら「上手くやりやがって……」と諦めもするが、そうでないのなら追い払うのも立派な腰巾着の役目とも言える。
「レノアが俺の周りで威嚇する姿はなかなか面白かったぞ」
「お前な……」
愉快そうに笑う王子の顔だけみたら甘く爽やかで、令嬢たちもコロリと落ちるだろう。
「そういう意味ではお前だけ居れば学園生活は事足りたな」
そう言いながら憂いを帯びた瞳を覗かせるのはずるい。
今ヴィーは他の遊び相手役……いや今の年齢になるといわゆる取り巻きを選んでいる真っ最中だろう。
聞いてはいないがなんとなくはわかる。
人生をかけたお役目を、立派に果たしたとはいえ、盗られるのは……正直あまりいい気分ではなかった。
「……俺、また、学園行くからさ」
だから、俺でいいじゃんか。
そう言いたいのをグッと我慢した。
「……母上、本当にこっちの制服を着ないといけないんですか?」
「貴方の気持ちもわかるけれど、ヴィンセント様の婚約者になるかもしれない者が男子制服では困るでしょう」
「なによりこの制服を用意して下さったのは英雄王たる我が王とそのお妃様なのだ」
着ないわけにはいくまい。と言われれば、腰巾着親子に選択肢は一切無かった。
貴族の学園は、女子には女子制服、男子には男子制服が用意されていた。
新しい女子制服には王族の関係者であることを示すブローチが付けられていた。
多分復学する際いじめなどにあわないように陛下が慮って下さったんだろう。
有難いが少し気が重い。
俺との約束の手前まだ公にはされていないがヴィーの父と母、つまりこの国を統一した稀代の英雄王と王妃様から結婚の許可が降りてしまい、あまつさえ女子生徒の贈り物まで頂いてしまったのだ。
王様たちもヴィーが昔言っていた『呪いを代わりに受けた忠臣と結婚』という言葉の響きはヴィーの株を最も上げるだろうと。
王子の取り巻きをやるほどの家格もある我が家は家格も申し分なし。
姑になる現王妃様とは子供の頃からヴィーと同じ我が子の様に可愛がっていただいていた為、嫁姑問題も一切なし。
「ガッツリ外堀埋めてきてるじゃねーか……」
ヴィーめ……と唸りながら女子制服を睨む。
家族たちや仲の良い人たちなら何着ても嗤ったりはしないだろうが、学園では沢山の生徒に見られることになる。
浅いながらも交流のある友人……いや知り合いか、もいる。
俺を『腰巾着』と馬鹿にしてた者からしたら裏で大笑いのネタだろう。
考え始めたら少々憂鬱になってきた……。
俺は今後の自分の扱いを憂いながら、ため息を飲み込みながら女子制服に袖を通した。