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02 英雄王子と腰巾着

 

 数日後、ヴィーから王都周辺の魔物狩りに行くから一緒に行かないかと手紙がきた。


 身代わりの呪いを受けて以来、俺は一躍時の人となり、下手に学園にも外もうろつけず屋敷で読書をして日々を過ごしていたので外に出れるのは嬉しく即了承した。



「レノア」


「おう」


「なんだその恰好は……っ!」


 俺を迎えにきたヴィーが珍しく頭を抑えるように顔を顰めていた。


「何って……お前好きだろ。こういう恰好」



 新しい生活の用意をし始めた俺は、手始めに女性服やらの、女性としての必需品を揃えた。


 昔から王子の腰巾着として恥ずかしくない見た目でいなければと外見には気を遣っていた。


 ヴィーは勇ましい御父上である国王陛下とお美しい王妃殿下の遺伝子の良いところを余すところなく頂いた端正な顔だった。


 それの隣に並べなんて公開処刑にも程がある。



 俺だって腰巾着なりに男としてプライドはあったからカッコよくなろうと努力した。


 ……結果はヴィーが女嫌いになるほど群がられて俺にはお見合いゼロ件という悲しい結果だったわけだが……。



 それは置いといて、そうじゃなくなっても次は王子から求婚されてる身として外見に気を遣わなくてはならない。


 だからそのヴィーの一番好みの服をチョイスしたというわけだ。


「それは……、そうだが……一応求婚しているのは俺になるのに、何故お前が俺の好みの服を着るんだ?」


「はっ!! しまった!!」


 長年の腰巾着としての性が……!


 ヴィーのご機嫌を取らせたら世界一な俺は、ヴィー好みのファッションを完全に理解していた。



 胸元の大きくあいた谷間の目立つ可愛い服に、ミニスカートにニーソックス。


 ピンクい、実にあざと~い服が好きなのだ。こいつは。




 令嬢たちに「好みのタイプは?」と聞かれれば清楚だったり淑やかだったり耳障りの良い返答をしていたヴィーだったが、王子であろうと思春期男子。


「せっかく俺好みの服を着てくれたということは、触っていいということだよな!?」


 二人きりの時は思いっきり堂々としたオープンスケベ野郎。


「いいけど、いつもとのその変わりよう、令嬢たちが泣くぞ」


「理想像を押し付けてくる奴らなんか知るか」


 女になった俺は幸か不幸か顔を埋めがいがあるたわわな乳をしており、許可を出すと同時にヴィーは引き寄せられるように躊躇いなく胸に顔を埋めてきた。


「ほんと遠慮ないな!!」


「こんな機会なかなかないだろう!!」



 結構くすぐったい。くすぐったさで身をよじるがヴィーにガッチリと抱きすくめられていて動けない。


 女の子の力は弱い弱いと聞いていたが本当に筋肉がないんだと痛感する。


 殆ど抵抗も出来ずくすぐったさで時々変な声が出たり息が上手く出来なくて荒くなったりした。


 人の顔が自分の胸にあるのは慣れない気がする。



「……お前は結婚したいのかしたくないのかどっちなんだ」


 満足したのか冷静になったのかヴィーは俺に説教をしてきた。


「いきなり人の胸に顔を埋めてきた奴が説教すんなよ」


 なんだか理不尽な気がして言い返したが、ヴィーはあくまで上から目線だった。



 無言で見つめてくるヴィーにため息をつきつつ返事を返す。


「正直結婚は思い浮かばないけど、ヴィーがこういう恰好好きだったなと思ってさ」


 ゴマすり得意な腰巾着が身に染み付いているのか、ヴィーが喜びそうだなと思う恰好を選んでしまった。


 素直にそう説明すると未だに頭を悩ませながら「無理にでも婚約しとくんだった」とキレられた。なんでだよ。



「いや、まあもう約束したからな……お前が気が進まないので無ければいい……って待て」

「なんだよ」


 はあと盛大にため息をつかれたと思えば打って変わって真面目な顔でこちらを見た。


「……レノア、お前『俺の好み』の恰好をしていると言ったな。……なら……」


 ヴィーは静かに俺のミニスカートを見た。正しくはミニスカートの『中にあるもの』だ。

 面と向かって言われると流石に気恥ずかしい。



「……まあ……ヴィーと言ったら、そうだけどさ……」


「つまり今そうなのか!?」


 ガシッと俺の肩を掴んだ。痛い。



 この王子様は大の紐パン好きだった。



 男子といえば必ずする猥談では紐パンの話を熱く語る……、令嬢たちの百年の恋も冷めるであろう性癖を俺は知っている。


 なんかノリでつい買って履いてしまったわけだが、


「まさかそこをつっこまれるとは思わなかったわ」


「いやそこは聞くだろう普通」



 いつもの外交用のキリっとした王子様顔をして「俺の為に用意したのなら俺が見れないというのはおかしいのではないか」と交渉に乗り出してきた。


 どれだけ見たいんだ。紐パン。


「わ、わかったから、そこから動くなよ」

 じりじりと近付いてくるヴィーに後退りながらも牽制をかけた。


 熱意に圧されて見せることになったのだが、自分でスカートをたくし上げるのは……なかなかに恥ずかしい。


「おお……!」


「何やってんだ俺は……」


 自分で紐パン履いて自分でスカートたくし上げて親友に見せるって、どんな変態だよ俺……。


 大絶賛で拍手をされたが男のままでいる自信がどんどん削られていってる気がした。


 ……まあ……ヴィーが喜んでるならいいか……。





 ◇




 茶番もそこそこに、俺たちは目的の外出をすることになった。


「ヴィンセント様、馬車は……」

「いや、必要ない」


 行く場所も魔物退治なので、徒歩で向かう。


 英雄王であるヴィーの父ならともかく息子のヴィーの顔はそこまで周知されていない為、変装もなく冒険者のフリをして王都から出ようとすると門兵が声をかけてきた。


「お出かけですか」

「ああ。近くで魔物が悪さしていると聞いてな」


「おお……っ!」

「ヴィンセント王子が魔物を退治して下さると……!」

「ありがたい……!」


 そんな声をざわざわとしている周囲から漏れ聞いた。



 ジロジロと見られているからそこそこバレてはいるのだろうけれど、知っていても知らぬふりをするのがお約束みたいなものになっている。


 時々隣にいる装備も心許ない少女はなんだと怪訝な目で俺を見てくる人は居たが、やっぱり声はかけられなかった。


 それよりいつもの腰巾着がいないのはみんなどうでもいいのかよ……とほほ……。



「俺の呪いの件は貴族には広まっているが市井には出ていないみたいだな。堂々と歩いていても大丈夫そうだ」


「だからといって一人でうろつくなよ」


 今の身は一人でいたら暴漢に襲われてもおかしくない。


 そう言われて女の子って大変だなと改めて感じた。



「いつも思うんだけどさぁ、大陸を統一した国王の息子が護衛も無しにこんなとこ歩いてていいのか?」


「護衛がいた方が邪魔だったのはレノアだって知ってるだろう」



 どこからそんな力が出てくるのか、ヴィーは誘拐や暗殺をしようとやってきた者たちは全て返り討ちにして、所属を聞き出しどんどん粛清していった。


 今ではすっかりそんな馬鹿な真似をする輩はいなくなっている。


「父も今後の為に釣り出して一掃しろと言っていたからな」

「……」


 もうちょっと安全なやり方で一掃してくれとも思うが、力があるならあれが一番効率が良かったのだろう。


 英雄王の息子は伊達じゃなかった。



 そんな話をしつつ俺たちは森を歩き、目的地へと向かう。


「あれが魔物の巣か」


「結構大型の魔物が多いな……」


 これは手こずるわけだ……と集落のような巣を崖の上から眺めた。



「レノア、ここから動くなよ」


 そう厳命されヴィーは一人で大きな剣を携え歩み進んだ。



 俺は男の頃は弱いながらも剣を使っていたが、女になってからは重たくて振り回せそうになかった。


 もしもの時の為の短剣を渡され、いつものように荷物持ちという名のマジックバックを下げているだけの、正しく腰巾着をやっていた。



「ヴィー。……気をつけてな」

「ああ」


 そう俺にふっと笑った後、そこから消えるような速さで崖下の巣に飛び込み、俺が見える速さでは二体ほど真っ二つになっていた。



「いつみてもすごい……」


 まさに爽快、といった剣太刀筋でバッタバッタを魔物を殲滅していく。


 小さい頃から一緒で、隣で剣の素振りをしていたのにヴィーの強さは規格外だった。


 遊び相手役ではあったがあまりの実力差に早々切磋琢磨は出来ないと教育係には見切りを付けられたのを覚えてる。


 だから戦闘ではただの賑やかし要員となっていた。



 初めてヴィーの戦う姿を見た時は正義のヒーローみたいで痺れた。


 そうヴィーに伝えたら「そうか」と照れ気味に返され、持ち上げ役としてはちゃんと仕事が出来てほっとした。



 昔に思いを馳せつつヴィーを眺めていたら、ふと目が合った。


 なんだかドキリとして「ヴィー……」と手を振ろうとしたら瞬間ヴィーは俺の後ろにいて背後に居たらしい狼と思われる亡骸から剣に付いた血を振り払っていた。


「悪い。気付くのが遅れた」

「い、いや……有難う」


「もう少しで終わるから、そしたら素材集めを手伝ってくれ」

「わ、わかった」


 そう言ってまたヴィーは崖下へと降りていった。



(め……めちゃくちゃカッコイイかよ……!!)


 不覚にも物凄いドキドキしてしまった。


 いつも助けてもらっていたし、その度にカッコイイなとは思っていたのだが……。


 告白されたからか、意識し始めたからなのか。


(女の姿で守られるのって、なんか、なんか、違う!!)



 いやいやいや、ヴィーは男も惚れるくらい男らしい男の中の男だから!


 だから俺が惚れるというのは男として惚れるということで……あれ?


 よくわからなくなってきた俺はヴィーが帰ってくるまでに赤くなった顔をどうにかしようと狼の魔物の素材を調達し始めた。




「結構量があるから目ぼしい素材だけとってあとは騎士団とかに任せたほうが良さそう……」


「思ったよりいたな」


 流石に二人では限界がある。魔物の山を見て悟った。


 久しぶりの戦闘でヴィーもテンションが上がったのだろう、逃げた魔物も俺が見る限りじゃいなかった。


 それなのにヴィー当人は返り血も殆ど浴びておらず、余裕が見てとれる……。



「レノア」

「ん?」


 見渡す限りの魔物の山を眺めていたら、ヴィーがじっと俺を見つめてきた。



(ああ……!)


 戦闘では俺は完全なお荷物なのだが、毎回こうやってついてきていた。


 それは腰巾着として当たり前の言葉なのだが、ヴィーはそれを聞きたがった。



「ヴィーはやっぱり強いな。かっこよかった!」


「そうか」


 俺はいつものように感想を言い、それに少し得意げに笑うヴィーは昔と変わらない。


 こんなに強くても褒められたいなんて、ちょっとかわいいなと思ったりする。




 なんだかおかしくてふふと笑ったら、ヴィーは「やはり良いな」と俺を抱きしめてきた。


「ヴィー!?」


「うん。凄く良い」


 さっきの今で心が女になりかけてるんだからやめてくれと内心で思っていたら、手が腰の辺りまで降りてきた。


「これは……スカート越しの紐パンの感覚……!!」


「ヴィー、それ俺以外でやったら捕まっても文句は言えないからな!」





 ◇





 人の噂も七十五日。


 時が過ぎれば少しは過ごし易くなるだろうと言われ、俺はまだ引きこもっていた。



 父と母や兄は英雄王の息子たるヴィーからの求婚宣言に大慌てで俺を立派な『令嬢』にすべく淑女の歩き方から動作仕草を教える先生を付けられて、ヴィーが来る時間以外は猛特訓を強いられていた。


「ヴィンセント王子がお前の粗雑さに幻滅する前になんとかしなくては……!」


 そんなの長年ずっと一緒にいるんだから付け焼き刃にしかならねえよと思いつつ、


「レノア。貴女の今度の『お役目』はヴィンセント王子の婚約者です。王子に泥を塗るようなことはあってはなりませんよ」


 腰巾着は遊び相手から婚約者に名前を変え、また『お役目』をもらった。


「……はい」


 そう言われたら真面目にやるしかないだろうが。




 ◇




 朝、ゆっくりと起きる準備を整えてようとベッドからのそりと起きたところでメイドが慌てて俺の部屋へ入ってきた。


「レノア様! 大変です、ヴィンセント王子がやってきて……!」


「えぇ!?」


 いきなりの王子の来訪である。


 メイド3人がかりで用意を手伝ってもらい、大慌てでヴィーの元へ向かった。


「おはよう、レノア」


「ヴィー! 来るなら言ってくれれば良かったのに……!」


「前からよく来ていただろう?」


 確かにヴィーは突拍子もないことを思いついたと良く我が家に押し掛けてきていた。


 男の頃は顔を洗って服を着替えたりするだけで済んでいたが女性はなにかと用意が必要だった。



「おまえなあ、早朝女の家にいきなり押し掛けてくるやつがあるか。女は化粧やら服やら髪型やら一式の用意にめちゃくちゃ時間がかかるんだよ」


 俺も女性になって初めて気付くことばかりだったが、女性は冗談じゃなく支度に時間がかかる。


 気を抜いた支度と気を入れた支度は印象がかなり変わる。


 なのに男は気を入れた支度を『普通』としてラインを定めているのだから時間と手間暇がかかるのは当たり前だ。



「俺はレノアの化粧の無い姿も見たことがあるし、そのままでも十分だった。化粧がなくてもかまわないのだが」


 確かにヴィーは他の令嬢から逃げられればいい訳で、俺の外見などには一切興味はないだろうが、王族へのすり寄りで生きているウチからしたらそんな気の抜けたこと許されるはずがない。


「一応婚約者候補であるお相手にボロボロな姿をみせるわけにはいかないだろ」


 ヴィーの想いが無いのに俺だけ必死にお洒落して恋愛ごっこしてるのがなんだか虚しかった。



 はあと疲れ果てたような声が出るがそれは超特急で用意してくれたメイドたちも同じだろうに涼しい顔で控えていた。


 女としての年季が違う……と、少し尊敬した。


 それを聞いたヴィーはいつもの調子でウチに来てしまったことを素直に詫びる。


「成る程……まだどこかお前が男だったという気持ちが抜けていなかったようだ。すまない」


「いやいいって。そっちのほうが俺も喋りやすいし。でも用意大変だから一言連絡してから来てくれ」


「ああ、わかった」



 こんなところにも異性と同性の違いが現れるのか……と複雑な気持ちになりながらも、メイドが用意してくれた紅茶を一口飲んだ。バタバタしていた朝を乗り切って飲んだ紅茶はあたたかくてホッとする。


「……なんかレノア、雰囲気というか……動きが変わったか?」


「さっすが王子様。お前のせいで両親から令嬢のレッスンだって叩き込まれてんだよ」


 そう言うとヴィーは「成る程……」と言って俺をまじまじとそれを複雑な顔しながら黙ってみているヴィーを不思議に思い首を傾げた。



「すまない。俺のせいで更に負担をかけさせてしまったか」


 自分と結婚することで楽になると思っていた。と、ヴィーは申し訳ないようだった。


「いやいーよ。次の『お役目』が決まって両親たちも安心できたしさ。むしろ感謝してるよ」


「…………」


 ヴィーの申し訳ないような目線は少し反省したような態度だった。



「……思えば俺は女になり不安なはずのお前に無体ばかり強いていて、俺はお前を慰めるどころか、こうやって追い込むことばかりだ」


 朝からの押し掛けに結婚の強要、しかも元男で親友だから裏切らないだろうという打算的で、俺たちの関係に恋愛なんて存在しない。




 ヴィーは自信があるが故の高慢で、自分の正しさを信じる自己中心的なところがあった。


 王という重責を背負うならそれくらい自信に溢れていたほうが良いと俺は思っているけれど、短所でもあることには変わりない。


 それが反省してるということはちょっとは成長したんだな、と全肯定腰巾着野郎としても嬉しくもなった。



「昔からお前の無茶ぶりに振り回されてんだから、今更だろ」


「女の呪いの後、俺はお前の落ち込んだところも見たことがなかった」


 しょんぼりと言った意外なヴィーの言葉にキョトンとした。



 確かに女になったのはビックリしたが、俺はヴィーの為に生まれてきたと言い聞かされて育ってきた取り巻きの腰巾着。


 男が惚れる男とは上手くいったもので、俺は男の頃からヴィーの為に死ぬというのなら本望だと思っていた。



「俺は騎士じゃないけどさ、ヴィーに忠誠を誓ってるからヴィーを守れたことを誇りに思いこそすれ、落ち込んだりは浮かばなかったな」


 敢えて言うならもう腰巾着が出来ないことがショックだったくらいだ。


 国の王子の側に控えるということは自分を捨てて国に尽くすことと同義、自分の自主性なんかより国が大事に決まってる。



 そう当たり前の様に返すとヴィーの身体は小刻みに震えた。


「レノア……お前ってヤツは……っ!」


 ヴィーはなにが琴線に触れたのか感動したように俺の肩を掴み


「やはり俺の妻はお前以外に存在しない! 結婚してくれ!!」


 と、何度目かの求婚をしてきた。



 そうハッキリと言われると照れはするが、元は友人ということと流石に何度もされると慣れてくるもので、ヴィーを諫めた。


「幼い頃から一緒にいるから信頼できるのはわかるけどさ、俺が腰巾着として生まれてきたように他の令嬢だってヴィーと結婚するために生まれてきた娘がうじゃうじゃいるんだぞ?」


王族の懐に滑り込めれば、社交界でも発言力が増し、家格も上がる。



 今から十数年前、この王族の価値が釣り上がったこの国で、一つの大事件が起きた。


 多大な影響力のある王族の、しかも正妃の初めての懐妊が発表されたのだ。


 男なら確実にお世継ぎ、女でも王族と接する機会が増える。


 貴族の中では似合いの娘、息子を作ろうと一大ベビーブームが訪れた。



 その、産まれる前から世界に多大な影響を与えた赤ん坊は、ヴィンセント=スカイフォード。


 今目の前にいるこの男だ。




「興味無い」


「自分の生きてる意味である王子にそんなことを言われたら令嬢たちが可哀想すぎるだろう」


 哀れみの目を向ける俺につとめて冷めた目をしているヴィーは何かを思い出すように遠くをみた。


「あいつらはそこまで考えて俺に取り入ろうとしているようには見えないぞ」


「…………」



 令嬢たちは皆ヴィーを想ってはいるのだが、いかんせんヴィーが魅力的すぎるのだ。


 端正な顔に強くて、頭も良く、次期国王と評された世界が祝福しているかのような男。


 こんなお買い得品が一点限りで近くにあるのだ。


 令嬢たちも親からのプレッシャーは凄かっただろう。


 それにより令嬢たちが我を忘れてヴィーの愛を得ようと必死になって壮絶なバトルが繰り広げられてしまった。


 ヴィーが令嬢に対して冷たくなり、俺が場をせこせこ取り繕う苦労をしていた苦い記憶もある。


 そんな背景を知ってるだけにそれ以上は何も言えなかった。




「レノアは今日何やってたんだ?」


 ヴィーは話題を変えようと当たり障りない雑談を振ってきた。


 そうして欲しいのなら俺は何事も無かったかのようにその話題に乗る。



「この国の貴族名鑑を見てた。暗記は得意な方だからな。社交界では知識があった方が何かといいだろ?」


「……そういや、レノアに助けられたことがあったな」


 ヴィーはソツなくなんでもこなすが、好き嫌いはある。


 どうも興味の無いことに関して記憶力を割くことが嫌いらしく、人の名前をところどころ覚えてない。



 一度だけ社交界でヴィーが名前が出てこなかった貴族の名前をそれとなく教えてやったことがあった。


 あの時はヴィーの補佐が出来たって嬉しくて、それから事あるごとに国のどうでもいいような雑学を頭に詰め込むようになった。



「俺は小手先の口八丁で生き残るタイプだからな」


「確かにお前は細やかな雑事が得意だな」


 俺は嫌いだが、と言うヴィーは渋い顔をしていた。


 大局を見ているヴィーと、ただヴィーの役に立ちたい俺はまさに真逆だろう。


 生まれた時から腰巾着なだけあって相手を覚えたり持ち上げたりマメな社交力には自信がある。


 さっきも言った様に機嫌を損ねたヴィーの婚約者候補たちのご機嫌伺いのお手紙やヴィーが憎まれないように手を回す仕事だってしていたくらいだ。



 正直俺は文官も武官も向いてない。


 親には「有能じゃなくても王になるヴィンセント王子の心を和ませるような人心を掴む貴族になれ」と言われていた。


 言わば王様を笑わす宮廷道化みたいなもんだ。



「女の戦場が社交界なら、この姿でもヴィーに役立つことが出来るだろ」


 そういう意味では女になっても使える武器で良かったな。


「レノア……」


「俺は今だってヴィーの味方なんだから、頼れよ」


 取り巻きになれなくなったからと言って戦力外通知は悲しすぎる。


 これからも俺はなんとか自分がヴィーに出来ることを探していくだろう。



「……レノア」


 ぐいと肩を手で寄せられ身体が動き俺は「うお」と色気の無い声を出す。


「もう俺の妻になっても大丈夫だろう。早く結婚させろ」


「何が大丈夫なんだよ無理だよ」


 未来の王妃だぞ王妃!




 何がヴィーの気分を盛り上げたのか、元々距離は近かったが抱きしめてきた。



 王族の洋服からは上品な香がして、嫌な気分にならなかった。


 それどころか鍛えられた筋肉が服越しからもわかり、ものすごくドキドキする。


 それなのに昔から嗅ぎなれた、友人の匂いはひどく安心して、このままずっと居たいような気分で背中に手を回し身体を預けていた。


 そのままヴィーの手は次第にずれていき――……

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