01 親友王子と腰巾着
「お前はヴィンセント王子の為に生まれてきたんだよ」
王子の遊び相手役というお役目は、いつも王子の側で接待して遊びで負けてあげたり褒めそやしたり、自尊心をくすぐってよいしょして気持ちよ~くさせる役。
いわゆる腰巾着だ。
生まれる前からヴィンセント王子の遊び相手役として大抜擢されていた、赤ん坊からの筋金入りの腰巾着。
それがレノア=ミリアン。俺だ。
俺は王子のご機嫌を伺うためだけに生まれてきた存在で、王子の言う事は絶対で、俺の世界の中心は王子だった。
だから
「レノア!」
だから、身代わりになるのは当たり前だろ?
「レノア……っ! 俺の代わりに……女になるなんて……」
そう、俺は親友でありこの国の王子であるヴィンセントの身代わりになり、女になる呪いにかかった。
◇
この世界にはなんともえぐい黒魔術、『呪い』が迷信ではなく存在していた。
魔法などと違い、呪いは一度受けると元に戻ることはない。
「レノア、身体に異常はないのか」
ヴィンセントことヴィーは見舞いに俺の家に訪れてきていた。
万が一、ということで他に異常はないか王族権限でしっかりと検査してもらった。
さっきまで検査を受けていたので俺は寝間着姿でベッドに入り起き上がるように座っている状態だった。
ヴィーはご丁寧に見舞いの花まで持って検査後一番に駆け付けてくれた。
流石イケメンは花束が似合うぜ……。俺は少し遠い目をした。
腰巾着をやっていた俺の一番の幸運は、すり寄り先の王子が『とんでもなく良いヤツ』だったことだろう。
「あぁ。おかげさまで腕利きの神官様に診てもらえたからな、呪い以外なんの異常もないってよ」
――大陸を統一し早十数年、権力が一箇所に集まったスカイフォード国は文字通り栄華を極めていた。
大陸を統一した英雄王と名高い王族とお近づきになれれば生活が変わるほどの名誉や富が築ける。
貴族にとって王族との接触は熾烈という言葉では生ぬるい程の、血で血を洗うような泥沼の蹴落とし合いがそこにはあった。
そしてその英雄王の息子、ヴィンセント=スカイフォードは涼やかな凛々しい顔のとんでもないイケメンで、英雄王の血を引いてスペックも全てにおいてとんでもなく高い。
まあずっと横で見てた俺としてはそれは本人の努力の結晶でもあると思うんだけど……。
そして男の俺から見てもヴィーはかっこよかった。
皆が次代の王と認め、尊敬を集めていた。
貴族たちが社交界での人脈を作る場として設けられている学園でもヴィーの周りに人が絶えない。
何度俺が散らしても寄ってくるし、その度にヴィーを独り占めしたいのだろうとやっかまれた。
ちげえよ!! ヴィーがやったら角が立つから俺がやってるの!! これが俺の役目なの!! 腰巾着の悲しい宿命だ。
しかし俺は親が昔からの英雄王の仲間だったというだけでこの地位につけた、ただのラッキーな凡人。やっかまれて当然だろう。
金も名誉もルックスも全て揃ったヴィーはそりゃあとんでもないくらいモテた。
生まれた時から一緒にいるのに嫉妬する気も起きないくらい、ステージが違っていて、むしろ誇りにさえ思っていた。
……ヴィーの腰巾着は俺の天職だったのかもしれない。
令嬢たちも狂った様にヴィーを追い掛け回し、キャットファイトが絶えなかった。
果てはヴィーの前で令嬢たちが髪を引っ張り合い、ドレスを引き裂き……腰巾着の俺でさえドン引きだったんだ、本人なんて女性不信にもなるだろう。
そこからヴィーは女性に平等に冷たくなり、その中の一人の令嬢が「自分に振り向いてくれないのならいっそ……」と黒魔術に手を出した。
「しっかし毒や即死系の呪いじゃなくて女になる呪いだなんてなあ。その令嬢はなんでこんなことしたんだ?」
ヴィーはベッドの横に用意してあった椅子に腰かけ、俺と対話する姿勢をとった。
「――王族の男が女になるということは跡継ぎの継承権をはく奪、或いは繰り下げられることになる。殺しはしないが社会的に殺される」
あとは純粋に毒や即死系の呪いの触媒を令嬢では集められなかったのだろうと推測された。
「成る程……しかしなんちゅうえぐいやり方だ」
ヴィーのせいで一切婚約の申し込みがこなかった俺が言うのもなんだが、なんて女運の無いヤツなんだ。
のほほんと返事をすると険しい顔でヴィーは言及してきた。
「貴族のお前だって同じだろう」
「俺には兄上が居るし、元々跡継ぎの予定じゃなかったんだ。ヴィーが呪いを受けるより事態は重くはない」
婚約の申し込みもなかったから悲しむ婚約者もいないし、お国の為に身を張ったと褒められこそすれ後ろ指さされるようなことにはならないだろう。
「そういう問題じゃあないだろう!」
「そういう問題だよ」
ヴィーは綺麗な顔を歪めて俺に怒るが、俺は敢えて突き離した。
「俺だってどれだけ不釣り合いな腰巾着と言われようが、腰巾着なりの誇りを持って側にいたんだ」
「レノア……」
「俺はな、ずっとヴィーの横に居て沢山の新しい景色を見せてもらった。そんなお前なら、王になってこの国をもっともっとスゲー国にしてくれるって信じてるんだ」
ヴィーのやることなすことが俺には規格外で、一緒にいて飽きなかった。
一体どんな世界を俺に見せてくれるんだろうとか、ずっと付いていきたいと思わせるような、そんな男だった。
――……まさに腰巾着らしい考えだろ?
ヴィーは栄華を極めた英雄王の子息なのに、ただの遊び相手役の俺のことでこんなに泣きそうな顔をしている。
それがおかしくて嬉しかった。
「お前さ、最近人間不信気味になってたろ? 俺はこうやって身体を張って守る味方だっているんだって、証明出来て嬉しいんだ」
ただヴィーにもう一緒にいられなくなるのはちょっと寂しいけどな、と笑おうとしたが、あまり上手く笑えなかった。
女になってはもう王子の遊び相手役は務まらないだろう。
メイドとして従事するのも手だが如何せん今までそんなことやったことない俺が王子付きのメイドなぞ出来るわけがない。
まあ元々ラッキーだけでお近づきになれた遠い遠い王族様なんだ。
「…………俺は、レノアと離れたくない」
言葉を行動に表すかのようにヴィーは俺の手を握ってくれた。
赤ん坊の時からの親友にそんなことを言われては男泣きしそうになる。
「……そんなこと言われちゃあ、メイドの勉強でもすっかなあ」
へへっと照れ笑いする俺にヴィーは真顔で「いや」と遮り
「俺の一番の味方でいてくれるのはレノアだと確信した。レノア、呪いを受けた元凶は俺だが、どうか結婚してほしい」
◇
「いや無茶だろ!!」
俺のツッコミも無視してヴィーは『良い考えだ』とばかりに立ち上がり扉へ向う。
(ヤバイヤバイヤバイ……今ヴィーを外に出してはいけない気がする!!)
長年の幼馴染の勘がそう告げていた。
コイツは思い付いたら『即行動、即実行、いつのまにか完了』という自らの能力でゴリ押す行動力の化身なのだ。
ベッドから飛び起き抱き着いて止めようとするが力では全く歯が立たない。
(女の子の力ってこんなに非力なのか!)
慌ててドアの前に滑り込み自らを壁にして止めた。
「レノア、そこを退け」
「いやいやいや、退いたらお前メチャクチャなことやる気だろ」
元々高身長なヴィーに覆いかぶされるように詰められ圧迫感が凄い。
「…………」
「…………」
お互い引かずに見つめ合う。
「……レノアは今後の事を考えているのか」
「今後のこと?」
額に皺を寄せて俺を見るヴィーに、俺はたじろぐ。
ヴィーの顔色を伺って生きてきた身としてはヴィーのご機嫌を損ねるのは無意識のうちに恐怖を感じる。
「レノアは今後、女として生活をすることになるだろう。貴族として男に嫁ぐことになるかもしれない」
「あぁ……」
確かにどこかの知らない男との結婚なんていきなり言われてもかなりキツいものがある。
しかも元は男の俺に良い縁談なんて来ないだろうからとんでもなくお先は真っ暗だろう。
ヴィーはそれを心配して自分の側室とかに退避させようとしてくれているのか。
「俺の為にそんな姿になったのに、レノアが他の男と結婚するというのは……なんというか、モヤモヤとする」
「ん? うん? 成る程……?」
ヴィーなりの矜持というか、そういうものが許せないのかもしれない。
「まあ……俺だってもし絶対に結婚しないといけないならそりゃあ知ってるヴィーが良いとは思うけど……」
「本当か!?」
食い気味に迫るヴィーにびくりとした。背でかいから威圧感凄いんだよ。
「でもヴィーは王族なんだから、俺を匿うつもりだとしても世継ぎだなんだと求められるし、他の奥方の邪魔にもなるかもしれない」
ヴィーの足は引っ張りたくない。と言うとヴィーはよくわからないという顔をしてこちらを見た。
「俺はお前以外を娶る気はないが……」
「はあ!?」
お前正気か!?
「俺はもう女はこりごりだ。中身がお前なら一番心安らぐ」
最善手という顔で頷くヴィーに俺は頭が痛くなってきた。
女性不信がとんでもない方向に親友を進ませてしまった気がする。
「……ヴィーの相手となるとこの国の未来の王妃だぞ? それなりの教養やマナーが必要になる」
「レノアも俺の遊び相手役をしていたくらいなのだから、教養はそれなりにあるだろう。お前は努力家なのだから女性としての振る舞いは追って覚えればいい」
俺は冷静になるよう説き伏せるが、涼しい顔で反論された。
確かに、ヴィーの遊び相手役をするにも、ヴィーはただおべっか使って持ち上げてれば良い相手じゃなかった。
努力家というより他の奴にお役目を取られない様に必死でヴィーに付いて行くために勉強してただけだ。
……なんで俺、男と男を取り合ってんだ……。
悲壮な蹴落とし合いを思い出して若干憂鬱になるが、親友がこんな立場じゃしょうがない。
戦うしかなかったのだ。
――……そう考えると結婚もあんまり変わらないんじゃないか? ……いやいや。考えるのはよそう。
「の、呪いを受けたヤツが妃って縁起悪くないか?」
俺は思いつく限りのデメリットを探した。
「呪いを受けた者が不幸を呼ぶような話は無い。それに王子の代わりに呪いを受けた忠臣を妃にするなど、美談だろう?」
吟遊詩人に語られる物語になるかもしれんぞ、と民心を捉えることに長けたヴィーはニヤリと企むように笑った。
王族が白といえば黒も白。縁起など逆に良いものとして言い伝えれば良いものになる。
「わかったら退け。悪いようにはしない」
「…………」
立場上ときどき高圧的で思いつきでメチャクチャに振り回すヤツではあるが、確かに悪いようにはされたことがなかった。
言う通りにした方が良いのではないだろうか。
そうヴィーのイエスマンを長年やってきた自分が頷きそうになったが、はたと思い返した。
「……待て。妻は俺だけにするってことは、お世継ぎはどうするんだ」
「? お前が産めばいいだろう」
当たり前のことだが、忘れかけていた。
「お、おまえなあ!! ついこの前まで男だったのに親友と営みして子供作れってハードル高すぎるだろう!!」
そう言われてヴィーも思い返したのか「確かにそうだな」と納得していた。
「なんかいける気がしていた」
「それはお前が男のままだからだろ! 俺からしたら天地がひっくり返る話だよ!!」
さっきうっかり頷きかけたのは棚に上げてヴィーに怒った。
「身体は女でも心は男のままだからか……難しいな」
ヴィーも流石に俺の心まではどうこう出来ず、顔を悩ませた。
「もう女は嫌なのはわかるけどさ、お前平気なのか? 女になったといっても俺、男の頃の面影バッチリ残ってるぞ?」
親友を抱けるのかと聞かれると、俺はちょっとよくわからない。
ヴィーは俺の姿を上から下までまじまじと見た。
今の俺は幼少期の寝間着を着ている色気もへったくれもない格好だ。
いつも凹凸のあるお色気ムンムンの女性を見慣れているヴィーからしたらまったく興奮もしないだろう。
お前は嫌かもしれないが……と、葛藤を見せながらもヴィーは真剣に俺に答えてくれた。
「……俺の為にそうなったと思うと、お前が酷く愛しくて堪らなくなるんだ」
どんな格好をしていても、愛しいのだと。
「呪いの身代わりになった俺に負い目を感じてるだけだよ」
「そうかもしれない……だが、互いにメリットがあるのは確かだろう」
「それは……」
俺は変な家に嫁がなくても良くなるし、ヴィーも大嫌いな婚活をやめられる。
「お前が望んでそうなったことではないのはわかっているが、レノアが他の物になるのが耐え難い」
ヴィーは俺の手を強く握り、甘い瞳で見つめてきた。
「ヴィ……」
「相手としてレノア以外考えられない。だから……頼むから俺のことを考えてくれないだろうか」
「…………」
俺は男で、ヴィーは唯一無二の親友で、主で、恋愛感情なんてものはこれっぽっちもなかった。
なのに
「…………」
物凄く顔が熱い。
今多分俺の顔は真っ赤に燃えているだろう。
心が『女になる感覚』と男として『わかっちゃいけない』という理性が同時に襲ってきて俺の頭の中はパニックだった。
しかし男のプライドよりも長年培った腰巾着としてのプライドが勝ち、ヴィーへの正直な賛辞の言葉を紡いだ。
「俺は男だし、ピンと来てなかったけど、い、今のはなんかグッときた!」
俺は混乱のまま親指を突き立てグーのポーズで「すごい!」と褒めて、ヴィーも「そ、そうか!?」と混乱しつつもなにやら嬉しそうにガッツポーズをした。
命を投げ出すくらい大事な親友にここまで言われて照れないヤツの方がおかしい。おかしいよな?
「成る程……レノアが俺と恋愛出来るように口説き落とせばいいわけだな」
「か、かもしれない!?」
かもしれないじゃねーよ俺!!
なんで手を取り合って笑いあってるんだよ!!
◇
ヴィーと話し合った結果、結婚するのは『俺が頷いたあと』ということに決まった。
「今すぐレノアを頷かせることは出来るが、今回は俺の落度だ。その気になるまで待つ」
長年一緒にいるだけあって、本能的に俺がヴィーに逆らえないのは知っていた。
しかし断る選択を入れさせはしないところは主導権を握らせる気はさらさらないという事だろう。
話を聞いた家族は予想通り大騒ぎで、とてもじゃないが相談なんて出来そうもない。
「レノア! ヴィンセント王子が貴方に求婚だなんて……! 今すぐお受けしなさい!」
「こんなチャンス一生ないぞ!! まさか我が家から王族が出るかもしれないなんて……」
ウチの親は英雄王が国を統一する際、運良く一番最初に仲間になったというだけのラッキー貴族だ。
別に先見の明がある訳でもないが、英雄王のことを心から尊敬し、盲目的な忠誠を捧げていた。
そんな信者とも呼べる親が英雄王の息子がウチの元息子で現娘を嫁に欲しいなんて喜び以外ないだろう。
盲目的な両親でなくとも現実的にみて、もはや将来は絶望的な呪いを受けた息子が今をときめく英雄王の子息に嫁入りとは。
断る余地もない程の良い話。
良い話すぎる。
「俺に未来の王妃なんて荷が重いって……」
ヴィーが去った部屋はとても静かで顔を覆った状態の俺の独り言も大きく響いた。
このままでは親友と、男と結婚することになる。
「ううう……っ」
俺、レノア=ミリアンは頭を抱えた。
ヴィーが考える時間をくれたのは温情だろう。
「……とりあえず、俺に今出来ることをしよう……」
そう決意をして俺は新しい生活をする用意を始めた――




