楽器ケースのその中身
一星が目を覚ますと、隣にリゲルはいなかった。眠っていたベッドの上には、中身が空の楽器ケースが丁寧に置かれていた。
「リゲルさん?」
名前を呼んでも返事はなかった。ただ、昨晩とは違った朝の静寂が広がるのみ。
「リゲルさん?」
その時だ。どこからか金管楽器の音が聞こえてきたのは。楽器類には疎い一星だが、この音は分かった。トランペットである。家の外からトランペットの音が聞こえてきていた。
「リゲルさん、おはようございます」
「あっ、おはよう。一星」
一旦吹くのをやめたリゲルは、少し微笑んでまた演奏を始める。その曲は、星祭りの夜に聞いた時と同じ曲。あの時はトランペットではなく、ラジオか何かの音源からだったが。星祭りのテーマソングか王国の国歌かどちらかだろう。
「こんな近くで演奏を聞いてもらったの、父さん以外に初めてなんだ」
「いつも父さん‥‥‥いや、国王の前でいつも演奏を?」
「うん。何かの楽器を演奏できるようにならないとって、小さい時から言われていて。それで僕はトランペットを選んだんだ。トランペットは持ち運びができるから、いつでもどこでも吹けるだろうって思ってね」
「そうですか。もう8時ですよ。朝食にしますか?」
「うん。確か昨日の軽食が残っているんだよね。それにしよう」
昨日の軽食だったサンドイッチを食べながら、一星は話を始めた。「流れ星」や「流星群」と言った言葉を極力使わずに、トランペットを持ち出したことについて、聞いたのである。
「なんで、持ち運べるトランペットを選んだんですか? 何か理由とかあったんでしょうか」
「んー、あれねぇ。僕らの家系ではね、楽器を演奏すると、何かあった時にその音色が守ってくれるって噂があって」
「あなたの城では、噂とかおとぎ話とか昔話とかがよく伝わってるんですね」
「うん。そうみたい。まだ僕の知らない話が、城の中の図書館にあるかもしれなかったんだけどね。間に合わなかった」
「そうですか。あの様子だと、城の中の資料も全滅でしょうね」
あの日、城があれだけ光り輝いていたのだから、今はもう城なんて微塵も残っていないはずだ、と一星は考えていた。
「あ、それでね、他にも木管楽器とか打楽器とかがあったんだけど、特に打楽器とかだと城に何かあったら終わりかもと思って」
「それで、木管楽器にしなかったのは?」
「うん。これは単純な話で、昔来ていた楽隊のトランペット吹きがカッコ良かったんだ。ただそれだけ」
リゲルは食後のコーヒーを飲み干すと、静かに微笑んだ。