起動
「おーい‼大丈夫か、お前ら⁉」
更に上方から信が叫んでいる。今や信が居る崖の上とは五メートル以上離れている。
「元希以外は問題ないよー‼」
「よし、なら大丈夫だな。取り敢えず、ロープ持って降りられる場所探してくるから、無理に登るなよ」
そう言うと信は、ロープを回収し何処かへ去っていく。信を待つ間、手持無沙汰だったので、改めて周囲を観察してみた。僕たちが落ちてきた穴から注ぐ陽の光が唯一の光源で、その薄明りの中見えるのは岩肌ばかりだ。しかし、よくよく観察してみると、その岩肌は円柱状に上へと伸びており、人の手が加わっている様だった。
「誰か懐中電灯持ってないの?」
「スマホで代用できるっしょ」
元希はポケットからスマホを取り出すとライトを起動する。すると、今まで見えなかったものが見えるようになった。崖側の壁面に、扉があったのだ。
「何、これ?」
「さ、さぁ……?」
古代の遺跡が見つかっていると言うこの場所で、似つかわしくない西洋風の扉だった。風貌も然ることながら、扉そのものにも違和感があった。その扉の奥に空間が広がっている様には見えないのだ。まるで岩肌に扉だけ張り付けたみたいになっている。
「遺跡じゃねーの?」
「そんな訳ないでしょ。何で古代の遺跡の入り口に扉があんのよ?」
「オーパーツとか良くあるじゃん!これも多分それだって!」
他の皆は冷めた目で見ていたが、勝手にテンションの上がった元希が扉を開こうとする。
「あ、あれ?」
しかし、元希がどれだけドアノブをガチャガチャ回しても、どれだけ引っ張ても、びくともしない様だった。
「っかしいなぁ?開かない……」
すると真央がドアノブを握る。
「もう、そんなボケは要らないわよ!こんなの、開かなくったって、外れる、くらいはっ……」
彼女は壁面に脚を乗せ、全身で踏ん張って引っ張るが、やはり開かない。
「押してみたら?」
愛ちゃんが真央にアドバイスする。決して自分でやろうとはしない。
「蝶番がこっちにあるから、押すタイプじゃないはずなのよね……」
と言いつつも押してみるが、やはりこれもダメだった。皆が諦めて座り込む。
「まぁ、取り敢えず信が戻るのを待ちましょ」
「そうだねー。……どうせ後でこの穴登んなきゃだし」
先程より大分と遠くに感じる青空を見上げながら、愛ちゃんの顔が次第に苦いものになっていく。
「そうね、体力温存しなきゃ。その後もまたあの道程を戻るわけだし」
「うげぇ。あんま思い出させんなよー」
この後の事を考え、自然とどんよりとした空気が漂い始める。はぁ……。と各々が溜息を吐くとそれっきり黙り込んでしまった。手持無沙汰になった僕は、何気なく扉に手をかけた。
「止めときなよー。引っ張ったりして無駄に体力使う……だけ……?」
何故だか愛ちゃんの言葉が尻切れトンボになる。ふと自分の手に意識を戻すと、先程より感じる抵抗が幾分か弱くなっているのを感じた。
「あれ?これ、開いた?」
思わず自分の目を疑い、皆に尋ねてしまった。しかし、どう見ても扉は手前へと動いている。
「うわっ!何で⁉悠平、お前何したん⁉」
何をしたか、と問われても困る。ただ、普通に扉を開けただけなのだ。
「ね、ねぇ!それよりも奥!穴が開いてる!」
真央が興奮気味に言った通り、ぽっかりと穴が開いていた。何故開いたのか、という疑問よりも、奥に何があるのか、という好奇心が湧いてくる。
「ほら!やっぱりこれ住居址とかだって!」
「嘘……。ホントに?」
ライトで照らしてみると、明らかに人の手が加わった痕跡が見受けられる。今いる空間と同じように円筒状の空洞が奥に伸びており、エジプトのピラミッド内部の様な石積みの構造物も見える。
「何かおかしくない?古代の住居址ってこんな感じなの?」
「まぁとにかく見てみようぜ!」
真央は訝しむ態度とは裏腹に、先行する元希に付いて進んで行ってしまう。
「えぇー……。ここで信待ってようよー……」
「まぁまぁ、愛ちゃん一人でここに置いていく訳にもいかないから、さ」
一方、渋る愛ちゃんを、半ば強引に押しやりながら僕たちも後に続く。進んでいくに連れて、徐々に幅が広くなり、入り口からチラッと見えていた構造物も顕わになる。
「神殿?みたいな感じだな」
「いやいや、絶対おかしいよこれ!」
元希はこの石造りの構造物を神殿と評したが、神殿にしては狭すぎると思う。八畳ほどの空間に石造りの柱が四つ立っており、その間にも石造りの壁がそびえている。こちらから中の様子は伺えないが、左右には入り口が開いているようで壁の切れ目が見える。
「中入れるみたいだぜ!」
またしても元希と真央が好奇心に駆られて入って行ってしまう。愛ちゃんは「あんまり色々弄らない方が良いと思うなー」などと呟きつつも、やはり中が気になるのかチラチラと壁の方を窺っている。
「何だ、これ?」
「あ、アパート……?」
先に入った二人から変な声が聞こえてくる。それに釣られて余計に気になったのか、愛ちゃんはソソソっと入り口に寄っていく。
「そんなに気になるなら入ればいいじゃん」
「むぅ、そんな意地悪言わないでよー」
「あはは……」
今更可愛子ぶったことに驚きつつも、そっと愛ちゃんの肩を押しながら二人で中に入る。
「うっわぁ……」
遺跡の中には現代人が生活できるレベルの設備が整っていた。入り口付近には冷蔵庫やコンロ、流し台などキッチンが出来上がっており、中央には絨毯が敷かれているリビングの様相だ。絨毯の上にはこたつ机があり、ノートpcが置いてある。ベッドこそないが、部屋の隅にはテレビ台と本棚も据え付けられている。
「これって、誰かの隠し部屋とか、そう言う訳じゃないよね?」
「多分、違うと思うけど……。何て言うか、使った形跡が見られないし」
よく見ると天井からは電灯もぶら下がっている。紐を引っ張るタイプのものだ。試しに引いてみると、カチッと音がするだけで明かりはつかない。
「流石に電気は通ってないのかー」
「当たり前じゃない。電線もないのにどうやって電気通すのよ?」
「何か日記的なの無いのかよー?これだけ色々あるならどっかに説明とかあるんじゃね?」
そう言いながら元希は本棚を漁り始める。しかし、本棚に並べられていたのは僕たちが良く知る紙媒体の本ではなかった。
「うっへぇ、やっぱ遺跡だよここ。こんなん普通使わないって」
元希が取り出したのは、一見一冊の本だったが、照らして観察してみると、一冊ではなく一ページであることが解った。文字の刻まれた石版だったのだ。
「流石にここまで古い文字だと私達じゃ読めないわね……」
「って言うか、まずはこの部屋になんで石版があるのか、じゃないの?」
「だから、それはここが遺跡だからだよ!」
「あぁ、うん。ごめんね元希君。ちょっと黙っててもらえる?」
「あ、はい」
言外の気迫で元希は素直に黙った。それどころか、背筋を伸ばし固まってしまった。愛ちゃんの方を決して見ず、天井の端をずっと見つめている。怖いので僕もしばらく黙っていよう。
「確かに変ね……。外観とこの石版を基準に考えるなら、この部屋そのものがオーパーツとでも言うのかしら」
「そうだねー。でも、逆にこの部屋を基準にしたら、遺跡好きの行き過ぎた趣味とも考えられないかな」
「それは流石に……。第一、この辺り一帯は発掘してたワケだし、こんな所放っておかないでしょ」
僕は会話に参加していなかったので手持無沙汰になり、辺りを観察することにした。先程、電灯がつかないのは確認していたが、ノートpcならば電池が残ってたりしないだろうかと思い、スイッチを押してみた。やはり反応はない。ふと、pcの側にテレビのチャンネルが置いてあることに気付いた。こうなったら全部試してやろうと手に取る。
「悠平さんや、流石につかないでしょ、そりゃあ」
いつの間にか金縛りから解放されていたのか、女子二人から離れ僕の隣に来ていた元希が囁いてきた。
「いや、ダメ元でもやってみようかなって」
元希の言う事なんてガン無視でいいや、と手にあるリモコンのスイッチを押す。ピッと短く音が鳴った後、画面が明るくなった。もちろん、映像なぞ映っている訳もなく、砂嵐ではあるが、電源がついた事には変わりない。
「⁉な、何なに?悠平、アンタ何したのよ?」
「い、いやただリモコンのスイッチ押してみただけで――」
電源がついたことに一番驚いたのは恐らく僕だろう。だが、真央に反論する間もなく視界が闇に包まれていく。と言うよりも意識が遠のいていく。薄らぐ視界の端で、他の三人も倒れそうになっているのを捉え、完全に意識を手放した。




