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遺跡  作者: たいいつ
4/33

キャンプ

 電車に揺られる事一時間。目的の駅に着く。電車の中では僕が余計な事を言って真央を怒らせたり、ナンパしてきた男に対して愛ちゃんはワザとらしく僕の背後に隠れて余計なトラブルを巻き起こしたりと、相変わらず騒がしかった。信と元希は少し離れた所に座り、まるで他人の様に振舞っていた。因みに、信によると僕の家を出るのが遅れるのも想定済みだったらしい。僕が驚いた顔を見せたら、「電車で一時間しかかからないのに九時に集合は早いだろ」と馬鹿にされた。


 電車を降りると、駅があるのは山の麓の小さな街だった。目の前には然程大きくないにせよ、歩いて登るには数時間を要しそうな山がそびえている。


「うへぇ、ここ登んの?」


 思っていたより大きい山を前に僕はげんなりとする。荷物はリュックだけと言っても着替えを詰め込んだりしたから結構重さもある。それを抱えながら登るというのは普段余り運動をしない僕には中々厳しい様に思えた。


「登る前から弱音吐くなよー。見ろよ、女子二人はさっさと歩き出しちゃってるぜ?」


 元希が僕の背中をバシバシと叩きながらニヤついているが、普段から割とアウトドアな彼女らと比べてほしくない。それでもここで日光に当たっているよりは山の中に入って少し涼んだ方がマシか、と自分を鼓舞して歩き出す。



「そういや来る途中でさ、ここのパンフレット見せてもらったんだけど」


 先頭を歩く信の後ろに居た元希が、唐突に振り返り皆に語り掛ける。最初は威勢よく先導していた女子二人も、三十分ほど歩くと初めの頃の元気はなくなっており、信と元希が先導する形になっていた。


「この辺ってさ、結構古代人が使ってた洞窟とか発見されてるらしいぜ?」


 元希がワクワクした顔で続ける。


「ってもそんなもん勝手に入ったりしたら怒られるんじゃないの?」


 当然、遺跡なんてものは勝手に入って壊されたりしては意味がないので正式な調査が終わるまで関係者以外立ち入れないことがほとんどだ。僕の父さんがそういったものに興味があるのでたまに連れて行かれたりもするが、大体が既に整備されていて発掘などは済んでいるため、僕たち素人が新しい発見などできるものでもない。どちらにせよ土器の破片なんて出てきたところで、僕たちには粘土との区別もつかないし。


「まぁ、発見されている分については当然立ち入れない様にはなってるらしいんだけどさ、まだまだ発見されていない分もある可能性が高いって書いてあったぜ?」


「そりゃあ住居跡なんて一杯あるだろうしな。でも、専門家が探しても見つからないものが俺たちに見つけられるか?」


 僕もそう思う。何よりここらはキャンプ地として多数の人も来ているのだ。運よく見つけるとしても僕たちの様な一介の高校生ではないだろう。


「えぇー、揃いも揃ってロマンがねぇなぁ。男なら夢を追おうぜー」


 元希が僕と信の言い分にがっくりと肩を落とす。先程はあんな事を言ったが、楽しそうと思わないでもない。見つかるかどうかは別としても探してみるのはアリかもしれない。


「良いわねぇ、それ探すの楽しそうじゃない?」


 と、ここまで黙っていた女子の方から声が上がる。当然、そんな事を言いだすのは真央の方だ。女の子が興味持ちそうなことじゃない気がするんだけどなぁ。などと思いながら振り返って見ると、キッと睨まれてしまった。


「今女らしくないとか考えてたでしょ!せめて顔に出さないようにしなさいよ。だからモテないんじゃない」


 どうやら顔に出てしまっていたらしい。まぁ僕は正直者だから仕方がない。


「せめてモテないんじゃない?って疑問形にしてくれないかな……」


「だって聞くまでもないし」


 まだ山を登り始めたばかりだというのに、こんな風にギャーギャー騒ぎながら登っていた所為で最早ヘトヘトである。僕と真央だけではなく、他の皆もそれぞれ盛り上がっていたので、キャンプ地に着いた頃には会話の節々に溜息が漏れる程だった。


「着いっったぁー」


 キャンプ地の入り口を潜ると元希がそんな声を上げる。ここまで一時間と少し、歩き続けていたのだ。着いたことに感動もするだろう。


「もう私お腹ぺこぺこだよー。早くお昼の準備しよ?」


 愛ちゃんがお腹を擦りながら前のめりになっている。普段のぶりっ子モードならば絶対に見せない姿だろう。何より、自分から飯を食いたいと言い出さない気がする。僕たちの前だからこそ出る素なのだろう。


「何言ってるんだ、愛ちゃん。こっから俺たちの宿泊地までもう少し歩くぞ」


 信が当然、と言う様に死刑宣告をする。え、ここがゴールじゃないんですか……。


「えぇー?ここからまた歩くの?」


「あぁ、それもあれを担いでな」


 そういって信が指差す方向には、折り畳まれたテントやら椅子やらが置いてある。恐らく、信が予約の際に何を貸し出してほしいと伝えてあったのだろう。信が受付を済ますと、受付のお姉さんが「じゃあ、それ持って上がって行ってください」と先程の折り畳まれた山を指す。


「うっへぇ。これ全部?信ちゃん正気?」


 元希がうんざりと言った風に信の方を見る。男子で大きいものを一人二つずつ持ったとしても女子にいくつか持ってもらわねければならない。どれくらい歩くのかは知らないが、十分以上となると厳しそうだ。


「流石に俺もそこまで鬼畜な事は言わないさ。女子二人にはこれを使ってもらう」


 と言ってリュックから取り出したのは折り畳み式のキャリーだった。それを二つ取り出して広げると、ちょうど女子二人の分が入りそうな感じだった。


「なぁ、それ俺たちの分はないの?」


 元希に言われて気付く。確かに、信が取り出したのは二つだけだった。


「そりゃあお前、こんなもん五個もリュックに入るかよ」


「え、じゃあ僕たちはこのクソデカい荷物を抱えて歩くのか⁉」


 と言う訳でここから更に二十分、僕らのキャンプ地を目指して歩いたのだった。



 ようやく荷物を降ろせたのは昼過ぎだった。この辺りも全て信の計算通りなのだろうかと思うと恐ろしい。


「って言うか何で入り口からこんな遠い訳?ここまで歩いてきたけどもっと近いとこにも空いてた場所あったじゃん!」


 真央が今更になって文句を垂れだす。怒るのも疲れるだろうに、元気だなぁ。荷物を置けて一心地着いたことで、一時的に疲れを忘れているのだろうか。


「下の方はどうしてもバンガロー付になるからな。俺としてはテントだけでキャンプしたかったんだ」


 気持ちは解らないでもない。キャンプに行って、着いたー!と思ったらテント建てるすぐ横にログハウスチックな建物とか少し萎えてしまう。だが、ここまで労力を割く必要はない気もする。


「にしたってこんな遠くまで……。まぁ、今回は全部信に任せっきりだったし文句言える立場じゃないけど」


 真央は、少し大声を出したことで冷静になったのか、すぐに信を責めるのをやめる。彼女の言う通り、今回は何から何まで信に任せっきりなのだから、僕たちが文句を言うのは筋違いだろう。すぐにそのことを認められる彼女はすごいと思う。大抵、一度強気に出てしまったら、気づいていても中々退くことができないだろう。普段の横暴な振る舞いとは裏腹に、こういう気遣いが出来る子だと知っているから仲良くしていられるのかもしれない。


「よしっ!じゃあテント組む前に飯食おうぜ飯?」


 元希が仕切りなおすように威勢よく叫ぶ。


「そうだな。そろそろ食材が着く頃だろうから、先に飯にしよう」


「そいえば、食材はどうするの?また下まで取りに行くのは嫌だよ?」


 流石にもう一往復する気力はないのか、愛ちゃんが拡げた椅子にぐでーっとなりながら信に聞く。だが、流石は信だ。その辺りも考えているらしい。


「大丈夫。食材は運ちゃんにここまで運んでくれるように頼んであるから」


 そう言うと丁度下から台車の音がしてきた。食材が届いたようだ。


「すいませーん。これ、こちらでよろしかったですかー?」


 運んできてくれたおっちゃんに信が駆け寄り受領証など書いている。


「あ、はい。ありがとうございます。そこに適当に置いておいてください」


 そのまま帰っていく運ちゃんに皆「ありがとうございまーす」などとお礼を言って見送る。


「で、結局昼飯は何なの?」


 ワクワクしながら僕が尋ねると、信が全員を見回しニヤッと笑う。


「キャンプの定番、バーベキューだ?」


「イェーイ!」


「早く焼こ!」


「やった!」


「じゃあ僕焼く役やりたい!」


 皆それぞれはしゃぎ出す。僕も当然テンションが上がる。ようやくここからキャンプらしいキャンプになると思うと楽しみで仕方がない。


「よし、じゃあ俺と元希で火の準備。真央と愛ちゃんは食材切ったりなんだりで……」


 流石にキャンプ慣れしているだけあって的確に指示を出していく信。僕たちはそれぞれ準備に取り掛かり、バーベキューが始まる。



「ふはぁー。食った食った」


 元希が腹をさすりながらベタな台詞を吐く。でも、僕もそうしたい気分だった。青空の下食べるだけで何故こうも特別に感じるのだろうか。不思議で仕方がないが、兎に角、楽しく食事ができた。


「じゃあ少し休憩したらテント建てるか」


「うん、そうだねー。暗くなっちゃうと難しいし」


 皆で椅子やらベンチやらを広げてその上でグタッとする。今朝起きてからずっと動き回っていたのだ。全員、あの信でさえ疲れの色が見える。標高があることで丁度いい気温になっている事も相まって、眠気も襲ってくる。


「あー、ダメだ?このままじゃ睡魔に勝てない……」


 元希がガバッと起き上がるとそう呟く。


「そうだねぇ、気温も良い感じだし、寝ちゃいそう……」


 愛ちゃんも半目になりながら元希に賛同する。完全に可愛子ぶることを忘れてるなぁ。すごい顔になってるよ、愛ちゃん……。


「じゃあ先にテント建てちゃうか?それからゆっくりした方が安心できるし」


 信が二人に問いかけるが、愛ちゃんは最早夢の中だった。元希も半分寝かかっている。


「はぁ、全くこの二人は……。良いわ、私達だけでやっちゃいましょう」


 真央が呆れ半分、諦め半分という感じで二人を見る。って言うかそれほぼ一緒だね。


「いや、真央も休んどけ。意外に力要るんだ、これ」


 信が真央を押しとどめる。だが、力仕事を僕と信の二人でやるのは無理がないだろうか。


「確かに女子に力仕事はさせたくないけどさ、僕ら二人でいけるもんなの?」


 言外に僕力ないけど、という意味も込めて信を見やる。彼は少々渋い顔をしていたが、やはり厳しいのだろうか。


「そうだなぁ……。力の部分は俺一人で何とかなるとしても、二人でこの大きさのは無理かもしれんな」


「じゃあ私も、支えるくらいなら手伝う。二人に任せて座っとくてのも性に合わないし」


「助かる。じゃあちゃっちゃとやっちまおう」


 まず折り畳んである骨組を一本のパイプにする。そして僕と信の二人掛でテントの布地に骨組を通していく。通すこと自体はすんなりいったが、テントはまだ平面だ。ここから立体にしなければならない。


「こっからが大変だからな、悠平。まずはそっちにペグを打ち込んでくれ」


「オッケー」


 言われた通りに僕は足元にペグを打つ。


「真央は取りあえず交差してる方の骨持っててくれ」


「こ、こう?」


 テントを建てるのは初めてなのか、若干自信なさげだ。


「おー、そんな感じそんな感じ。悠平、出来たか?」


「バッチしだぜ!」


 サムズアップして自信満々に答える。


「じゃあしっかりそっち持っててくれよ?今度はこっちに打つから」


「りょーかい」


 グッと両手に力を込める。すると向こう側、つまり信が持っている側の骨組からすごい力で押される。それと同時に、ばさっっとテントが立ち上がる。


「真央、ちょっとこっち持っててくれ」


 そう言って信は持っていた骨組を真央に渡す。ちょっと辛そうだが致し方あるまい。カンカン、と小気味良い音が響き、「よしっ」という呟きと共に信が立ち上がる。


「後はもう一本の方だな」


 そうして先程と同じ行程を繰り返す。骨組が完成した後は、その上からもう一枚被せる。二枚目は雨などを防ぐためらしい。被せたもう一枚も飛んでいかないようにペグで固定する。そして一つ目が完成した。


「おぉ、意外と大きいんだなぁ」


「そうね、これなら三人くらい余裕で寝れるわ」


 その後、もう一つのテントも無事に建て終え、これによりようやくキャンプの準備が整った。


「取り敢えずひと仕事終わったし、俺達も昼寝するか」


 信が大きく伸びをしながらテントに入っていく。いくら慣れているとはいえ、ほとんど一人で仕切っていたのだ。当然、信であっても疲れるだろう。


「そうね、二人もまだ起きそうにないし、子供の頃みたいに五人でお昼寝ってのも良いかもね」


 クスリ、と微笑む真央に普段の刺々しさはなかった。まるで昔を懐かしんでいるかのような表情に、僕も思わずノスタルジックな気分になる。無邪気に皆で遊んでいた頃の思い出は未だに僕の中ではキラキラ輝いている。けれど、数年後には今のこの光景もその一部になっているのではないかと思うと、無為に過ごす瞬間瞬間を勿体なく感じた。


「えぇー、折角なんだから遊ぼうよ!」


 いつか、この瞬間を振り返った時に後悔しないように、全力で楽しもうと思った。けれど、二人はそれよりも疲労がピークに来ているらしく、もそもそと同じテントに入って行ってしまった。


「いや、いーよ……。眠いし。明日も丸一日あるし」


 信がテントの中から気だるそうに答える。ジーっと入り口のファスナーを閉められてしまったので中は見えないが、しばらくごそごそと音がしていたがすぐに静かになり、やがて寝息さえも聞こえてきた。二人が本格的に寝てしまったようで、これからどうしようか、と青空を眺めながら考える。すると、ふとあることに気付く。


「普通、テントが二つあったら男女で別れるもんじゃないの……?」


 問いかけた所で返ってくるのは風に揺らぐ森のざわめきと、小鳥たちのチュンチュンというさえずりだけだった。



「いい加減起きてよ⁉暇だよ、暇⁉」


「あぁ?」


 四人とも寝てしまってから一時間程が経過した。初めは僕も一緒に寝てしまおうかとも思い、テントやベンチ、椅子など色々な所で寝ようとしてみた。所が、何故か全く眠気が襲って来ず、果てには逆に目が冴えてきてしまった。仕方がないので、何か普段は出来ない事をしようと、周辺の森を散策してみたり、近くにあった小川に降りて行ったりもした。でも、何をするにも一人では虚しさが増すだけだった。例えば、森で普段見かけないような蝶々を見つけて「すっげぇ!」と呟いた後、誰からも返事がないどころか周囲に誰も居ないのを思い出し、「僕独りで何してるんだろう」と孤独を感じたり、小川に降りた時にも、僕は独りで魚やヤゴなどの水中生物を観察してテンションが上がったりしている中、周囲では他のキャンプ客が水遊びをして楽しそうな声を上げているのを聞き孤独を感じたりした。これまで幼馴染と十年以上も一緒だった僕は、周りに人が居ようが居まいが、知り合いがなければ孤独に感じるのだと初めて知った。そんなこんなで、暇と言うよりは寂しさに負けて元希と愛ちゃんを揺り起している最中だ。信と真央はテントの中なのでちょっと入り辛い。


「なぁ、元希てば!折角キャンプ来たのに寝るだけってどうよ?愛ちゃんも!」


 二人の肩を、頭がもげるんじゃないかと言うくらいに揺するが、元希も愛ちゃんも「うーん」だとか「そうだねー」とか言うだけで一向に目を開けない。って言うか愛ちゃん寝たふりじゃないよね?


「うるせぇなぁ」


 信が、文句言いながらジーっとファスナーを開けてテントから出てきた。ふわっと大きな欠伸をすると、状況を確認するようにキョロキョロしだす。


「あ、信!丁度良かった!皆寝ちゃうから暇で仕方がなかったんだよ」


「はぁ、じゃあちょっと早いけど晩飯の準備するか。夜は夜でやる事考えてあるし」


 面倒くさそうに頭を掻いてはいるが、信は本当は頼られるのが嫌いじゃない。その為、今もどこか嬉しそうな表情をしている。


「りょーかい!で、晩飯は何?」


 取り敢えず暇が潰せそうなので反射的に喜んだが、よくよく考えてみたら僕と信の二人で料理するのか……。なんだろう、男女で遊びに来たら女の子の料理する姿を見るとか、女の子と一緒に楽しそうに調理するとか、そういうイベントがあってもいいと思う。幼馴染とそんなイベントに遭遇しても、今更ときめいたりはしないけど。


「まぁ、キャンプと言えばバーベキューの次に定番のカレーだ。だが、カレー粉やルーは使わない、スパイスと調味料で作るぞ」


 信は比較的料理が得意だし、作ること自体も好きらしい。なので、本格派カレーを作るにあたってすごく活き活きとしているし、とても楽しそうだ。対して僕はと言うと、料理なんてまともに作ったことが無いうえ、何故だか男二人のクッキングで手の込んだカレーを作らされるという状況に、萎えるとまではいかないまでも、若干テンションが降下気味だった。


「じゃあ取りあえず具材を切るか」


 そう言って野菜や肉をクーラーボックスから取り出す。野菜は人参玉ねぎじゃがいもとスタンダードな品揃えだ。肉は豚肉のブロックのようで、てっきりカレー用にカットしてあるものかと思っていたので面食らった。


「え、肉も切るの?ていうか豚なんだ」


「あぁ、予算的な事も考慮してな。それに、牛だと一度冷めるとおいしくないんだよ。できれば大目に作

って明日の夜もカレーにしたいからな」


「色々考えてるんだなぁ」


 僕は料理に関しては母さんに任せっきりなので、牛肉とか豚肉の性質すら知らなかった。カットしてない方が安いというのは大体想像はつくが。だが、本当に今回のキャンプは信が何から何まで準備し考えてくれているお陰で楽しめている。すると、野菜を洗いながら、少し照れたように返してくる。


「ま、慣れだよ慣れ。って言うか独り暮らしする可能性あるなら今の内から多少は料理できるようにしとかないときついぞ?」


 慣れているにしても、だ。今回のキャンプは二日前に決まったことなので、実質的な準備期間は一日しかなかったはずなのに、ここまで綿密に計画を立てられるのは素直にすごいと思う。無計画に旅行に行ったりする人もいるかもしれないが、大抵の場合計画性のない旅は無為なものに終わってしまう。何しようかなーと考えている内に時間だけ過ぎていくのだ。ある程度タイムスケジュールを組んでいてもやはりそれが崩れて台無しになったりもする。そう考えると信って本当に頭が良いんだなぁと考えながら、次にカットする野菜を取ろうと袋の中に手を伸ばすと、小瓶が幾つも入っているのを見つけた。コリアンダー、タイム、クミンなど、聞いたこともないような名前がラベリングされている。ブラックペパーの様に中には見知ったものもあった。どうやら全部スパイスの名前らしい。


「でも、予算云々って言うなら今回の為にスパイス全種類揃えたりする方がお金かかったんじゃないの?」


 先程ブロック肉について尋ねた時には予算的な事も考え、と言っていたが、これだけのスパイスを買い揃えるよりルーを買った方が安いのは僕でも解る。すると信は一瞬、「こいつ何言ってんだ」という顔で僕を見ていた。だが、すぐに納得したようで、自身の足をポンと叩く。


「あぁ、確かに買ったら高くつくかもな。使い切るわけじゃねぇし。でも、それ俺が個人的に買って持ってたやつだから、今回は一銭も払ってねぇよ」


 驚いた。そう形容するしかないだろう。男子高校生が、マイスパイスを持っている。料理人の息子か何かなの?と突っ込みを入れたくなったが、彼のお父さんは普通のサラリーマンである。お母さんも専業主婦で、信が料理をする必要なんてない様に思えた。


「信って結構料理すんの?」


「まぁ、メインは母だけど、たまに手伝ったりしてる」


 僕の同年代なんて、親の居ないときは即席麺、親が居れば親の料理、と言うのが当たり前だと思っていた。調理実習以外で包丁なんて持ったことがない僕は、何だか信に置いてけぼりを食った様に感じた。

 料理スキルの差がはっきりしたことで、そこからの作業はある意味スムーズに進んだ。僕はただ、何も考えず信の指示通り作業していくだけだった。一緒に料理をする、と言うよりは、お母さんの手伝いをするちびっこ、みたいな感じになってしまった。それでも、カレーの良い匂いがしてくると、何だか自分で作り終えたかの様な妙な満足感があった。


「よし、後は焦がさない様に煮込むだけだな」


 信はそう言って蓋を閉める。しかし、僕の朧気な記憶だと、母さんはルーを入れたら焦げだすからずっと混ぜなきゃみたいな事を言っていた気がする。ルーを使ってないから混ぜなくても焦げないのかな?でも焦げたら晩飯が……。


「なぁ、信。混ぜてなくていいん?焦げんの?」


 やはり心配になって信に尋ねるが、彼は自信満々の顔で大きく頷く。


「まだ片栗粉入れてないしな。スパイスだけで作ると、ルー入れた時みたいにドロドロにならないんだよ。だから、具材が焦げないように気を付けてれば、カレー自体が焦げることはないんだ」


 成程……。やはり信は料理慣れしすぎている気がする。高校生で実家暮らしなのにここまで料理スキルが高いというのは、ちょっと色々考えてしまう。僕が異常にできないのか、信が異常にできるのか……。恐らく、どちらでもないのだろう。二人の中間ぐらいが普通なのだと思う。だから、余り悲観的になるのは止そう……。


「おぉ?なんか良い匂いする?」


 今までぐっすりだった元希が突如鼻をひくつかせながら起き上った。クンクン、と匂いの元を辿るように歩き出しているが、まだ目は開いていない。どうやら寝ぼけているようだ。


「おい、元希。危ないからちゃんと起きてくれ」


 溜息交じりに元希の肩を揺さぶる信。揺さぶりによって次第に目が冴えてきたのか頭をぶんぶん振る。


「あれ、おかしいな。目が開かない?」


 周りがだいぶ暗くなっていることもあってか、元希は一瞬、目を開いた事に気付いてない様だった。思わず僕も信も吹き出してしまった。


「お、お前、あんま笑わせんなよ?」


「信、、ダメ、僕、もっ、限界!腹痛い‼」


 元希もすぐに気付いたのか、自分でも大笑いしだす。その笑い声に安眠を妨害された二人が起きた所で、夕食のスタートとなった。



 それぞれが満足するまでカレーを食べた頃、もう日はどっぷりと沈み、空を見上げれば満点の星が瞬いていた。都会にいては気付かなかったことだが、月明かりと言うのは存外に明るい。信がライトを借りなかったと言った時は、夜どうするのだろうか、と不安だったが、このくらいの光量があれば充分だ。


「いやぁ、それにしても旨かった‼あれ、信が作ったのか?」


 元希がご機嫌そうに一杯になった腹をさすっている。こいつ、小さいくせに一番食ったんだよなぁ……。しかも、準備手伝ってないし。流石にそれは信も思ったのか、若干腹立たしげな視線を送る。


「俺と悠平の二人で、な。お前ら揃いも揃ってグースカと寝やがって」


 段々と信の声のトーンが落ちていく。ガタイがいい信は、低い声を出すと一層怖さが増す。三人共、というか何故か僕まで、信の声に姿勢を正してしまった。


「い、いや、それはホントにごめん……」


「ごめんね、普段こんなに動かないから……」


「悪かったわ……。あ、後片付けは私たちでやるから?」


 三人がとても申し訳なさそうに謝る。でも、三人とも何故信の方にしか謝罪しないんですかね。一応僕も手伝ったし、ずっと起きてたんですけど。謝罪を聞いた信は、僕の心の声などお構いなしに、ニヤッっと笑うと、僕の肩に腕を回しサムズアップしてきた。


「聞いたか、今の?アイツらが洗い物とかしてくれるってよ」


 あぁ、これも信の策略か。信以外の全員から漏れ出た溜息にはそんな感情が込められていたように思う。


「じゃ、後片付け終わったら天体観測をしに行こう」


 その言葉に、彼らはすぐに片づけを始めた。



 結局、早く片付けたい僕らが三人を手伝い、三十分程で終えた。


「よーし、じゃあ行こうぜ」


 元希はウズウズとしていたのか、片づけが終わるとすぐに出発しようとする。所が、愛ちゃんが異を唱える。


「ちょっと待って、望遠鏡とかないの?」


 確かに、信が準備したのは懐中電灯と携帯用の虫除けぐらいで、凡そ天体観測に行くスタイルとは思えなかった。だが、信には何か考えがあるようで、不敵に笑うのみだった。


「いや、何か言えよ!流石に幼馴染とは言え、その顔だけで察せってのは無理がある」


「俺を信じてついて来い。二つの星空が見える所に行くが、望遠鏡じゃちょっと見辛いんだよ」


 そう言ってさっさと歩き出してしまう。信を追う様に皆後に続くが、あんな台詞をいう奴を信じろと言われても土台無理だ。格好付けるにも程がある。クールに装いつつも、信もテンションが上がっているのかもしれない。


「ちょ、意味深な事言い残して行くなよー!」


 余計な事を考えていた所為で歩き出すのが遅れてしまった。そんな僕に全く気付かずズンズンと進んでいく信に、抗議の声を上げるが、最早聞こえていないようだ。仕方がないので、信たちが登って行った方へと歩を進める。


「ったく……。何だかんだ一番子供だなぁ」


 すっかり大人になってしまったと思っていた幼馴染の、昔と変わらぬ一面を垣間見て、ふふっと柄にもなく微笑んでしまった。すると、タイミング悪く元希が戻ってくる。


「着いて来ないから心配して来て見りゃあ……何独りで笑ってんだぁ?気色悪ぃ」


 眉根を顰めて坂道の上からこちらを見ている。どうやら前の方で信たちも止まってくれているようだ。心配をかけてはいけない、と思い元希に駆け寄るが、どうしても先程の笑いが堪えられない。声こそ出ないが、恐らく顔はニヤついているのだろう。元希の隣までくると、いつもより若干肩と肩の距離が遠い。それどころか、顔は更にのけぞらしている。


「お前、本当に何かヤバいもんでも食ったか?ガチで気持ち悪いぞ」


「いや、なんでもないよ。ただ、どれだけ大人に見えても、皆まだまだガキなんだなって」


 また笑みが零れる。流石にこのまま真央や愛ちゃん達の前に出て、女子から気持ち悪いと言われたら本気で凹みそうなので、両頬を叩いて気を引き締める。未だに僕を心配そうな目で見てくる元希を置いて先に駆けだす。


「ほら、ボーっとしてると今度は元希を置いてくぞ!」


 ある程度進んだところで振り返り叫ぶ。元希も我に返って駆け出してくる。そのまま二人で進んでいくと、山道の曲折している辺りに信たちは居た。


「ようやく追いついてきたか。ほら、早く行くぞ。早くしないと愛ちゃんが寝ちまう」


「うーん、流石にこんな所じゃ寝ない、かな?」


「そこは断言できるようにしときなさいよ」


 くだらないショートコントはスルーし、先頭を歩く信に声をかける。


「そーいやその二つの星空が見える所?ってどれくらい離れてんの?」


「ん?そんな離れてねぇぞ。後十分も歩けば着くさ」


 軽く言ってくれたが、夜に山道を十分も歩き続けるのは意外にしんどいものだ。愛ちゃんが真っ先に声を上げる。


「えぇー⁉そんなに歩くの?帰りも歩くんでしょ?もー無理ー。誰か負ぶって~」


 やはり彼女はお嬢様気質な所がある。真央とは別ベクトルで我儘なのだ。だけども、猫っ被りからのこの行動だと意外と男は勘違いするらしい。愛ちゃん情報だ。


「甘ったれた事言ってんじゃないわよ。ほら、さっさと歩け」


「大丈夫、帰り歩けなかったら、最悪下り坂だから転がして行けばいい」


「……結構です。歩けます」


 幼馴染にそんなの通用するはずはない。そもそも皆愛ちゃんの本性知ってるし。恐らく、最後の冷たい表情で放った言葉が、素の彼女だろう。完全に可愛子ぶる事をやめ、真央に蹴られない内に行こうとチャキチャキ歩き出した。


「あははは……。真央、流石に女の子がそんな乱暴な言葉遣いは良くないと思うなぁ?」


 余りにも場がピリピリしだしたので、和ませる意味も込めて真央を弄ってみる。だが、反撃が怖いので余り馬鹿にしたりは出来ない。いつもの事だ。


「悠平、そんなの今更言ったって遅いさ。真央が愛ちゃんみたいな言葉遣いなの想像できるか?」


 火に油、と言うのはこの事かと感心してしまう程鮮やかなキラーパスが飛んでくる。だが、僕が反応するよりも早く、真央の瞳が元希を捕らえる。


「確かに今更よねぇ。男のくせに私より身長低い誰かより、男勝りに見えちゃうのも仕方がないしねぇ」


 言葉を紡ぐ度に彼女の表情から温度が消えていく。表情とは裏腹に、目はギラギラと輝きを増していく。


「ひっでぇ⁉チビで悪かったな⁉」


 所が、流石元希と言った所か。ガチトーンでお怒りになっている真央相手にも冗談の様な雰囲気で当たることによって場を和ませた。僕がやろうとしたのよりよっぽど効果があったようだ。


「さーさー、そんな騒いでないで。そろそろ着くぜ」


 その言葉に全員が顔をあげ、前方を見る。すると、今まで鬱蒼と茂っていた森が少し先で開けていた。一斉に駆け出し、森を抜ける。そこから見える景色は、信が言った通り二つの星空が広がっていた。上を見上げれば開けた森から満点の星空が見え、更に眼下には山の麓の街が見える。そこまで栄えた街ではないのか、煌々と光っているというよりは、民家の明かりがあちこちに見えるくらいの弱弱しい光で、また、その街明かりは遠い事もあり、一つ一つの明かりがとても小さい。その小さな明かりがまるで夜空に浮かぶ星の様にも見えた。


「すっごーい!」


 愛ちゃんが柄にもなく大声を上げる。他の面々も「きれーい」とか「やべぇ」とか叫んでいた。僕も叫びたかったが、この光景を前にしてなんと声を出していいか思いつかず、黙って見つめていた。


「俺のお気に入りの場所なんだ。家族で来たときに見つけてな」


 この景色を見に来たのならば、確かに望遠鏡は要らないはずだ。望遠鏡では限られた範囲しか見えないので、折角の街明かりと星空の組み合わせがバラバラにしか見られない。


「今日一感動したよ」


 一通り騒いだあと、元希がしんみりと星を見ながら言う。元希の呟きにうんうんと頷きながら、愛ちゃんも、真央も僕も、ここに連れて来てくれた信でさえ、ただ黙って星を見ている。今回が一緒に遊べる最後の夏休みかも知れないという事を思い出し、少し寂しい気分になる。


「また一緒に、見られると良いね」


 思わずそんな事を呟いてしまったのも、この雰囲気と沈んだ気分の所為だろう。僕がそんな事を言うとは思ってもいなかったのか、全員が目を丸くして僕を見ている。自分の発言にちょっと照れくさくなり、あはは、と軽く笑ってみる。自然とその笑みは伝染していき、次第に大きな笑い声へと変わる。


「全く、楽観家の悠平がそんな事言うなんてな」


 信がまだ腹を引きつらせながら零す。僕だって自分がこんなこと言うなんて意外だ。


「ま、でも悠平の言うとおりね。また皆で見に来ましょ」


 真央が、普段なら絶対に見せない優しい顔をしながら皆の顔を見回している。それに応えるように皆頷く。と、そこで信がぱん、と手を打った。


「さぁ、そろそろ戻ろう。何せここで遊べるのはあと二日しかないんだ。明日も朝から活動開始したいだろ?」


「そうだねー。帰ったら勉強しなきゃだから、実質明日明後日が思いっきり遊べるのは最後だもんねー」


 愛ちゃんが嫌な事を言う。その「特にお前!」みたいな感じで僕を見ながら言うの止めてくれませんか。


「で、愛ちゃんどーすんの?帰りは転がってく?」


 いつもの陽気な元希に戻ったようで、ニヤニヤしながら愛ちゃんの背を押す真似をする。


「普通に歩いて帰るって!」


 愛ちゃんにしては珍しく、元希の頭を叩くとずんずんと独りで歩き出してしまった。すぐに真央が追いかけると、僕たちもそれに続いた。

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