回帰
「結局、何だったのよ?」
全く、余韻に浸る時間もくれない。と文句を口にしそうになったが、飲み込む。
「ま、兎に角早くここを出よう。三回も酸欠で倒れたくはないしね」
何の変哲もない石壁になった場所を一度そっと触れる。今はもう、懐かしさが勝っていた。反対側の扉を押し開ける。
「あっ」
三人の口が揃った。想定していなかった訳ではないが、扉を開いた先には、今の僕たちにとって俄かには信じられない光景が広がっていた。
「よう!」
まず、元希が居た。まるで何事もなかったかの様に、ぴんぴんしている。
「ま、取り敢えず座ったら?」
元希は折り畳み式のベンチをペシペシと叩いている。何より驚いたのは、僕たちが今居るのが、あのキャンプで僕たちがテントを張った場所だという事だ。
「え、あぁ、うん……」
言われるがまま、僕は元希の隣に、二人は対面にそれぞれ腰かける。
「じゃあ何処から説明すっかなぁ」
すっかりこの場の主導権を握っている元希が、楽しそうに考えている。
「待って、色々聞きたい事はあるけど、まず……」
真央はそう言うと僕へと向き直る。まずはさっきのを説明しろ、という事だろうか。愛ちゃんも同じように僕を見ている。
「って言っても上手く説明できるかは解んないよ?」
そう前置きして、僕の考えを説明し始めた。あの時間に再び訪れたのは、酸欠で気を失った僕らを目覚めさせるため、そしてロープを設置するためであったのだと。
「テレビが起動した所為で、最初は何か超科学的な事が起こったのかと思ったけど、あの時皆で気を失ったのは扉が閉まったことによる酸欠だったんじゃないかなって」
まぁ実際タイムトラベルなんて超科学的な事が起こったけどさ、と付け足しながら思わず笑ってしまう。真央も愛ちゃんも少し考えている様だ。
「そもそも、最初に移動したとき、まさか時間を移動したとは思っていなかったから、ロープは信が持ってきたものだと思っていたけど……。仮に信が僕らを助けようとロープを持ってあの穴まで来てたとして、あんな先の未来まで残っているはずがないんだ」
どうやら僕の説明に納得してもらえたようで、成程ね、と呟きながら頷いている。
「今度は俺の番、かな?」
元希は二人の様子を見て、身を乗り出す。説明をしたくて仕方がないのだろうか。
「と言っても俺は悠平と別れた後ずっと病院に居ただけだからなぁ。ここまでの過程で説明するべきことはないんだ」
「え、じゃあ――」
口を挟もうとした僕を、手だけで制し元希は、だがな、と続ける。
「これからの事は少し聞いた」
これからの事、と聞かされて僕は少し不安になった。ここで終わりではないのか、まだ何か待ち構えているのか、と。けれど、結論から言えばそれは杞憂に終わった。
「勿体ぶってないでさっさと言いなさいよ。縮めるわよ」
「まぁまぁ、そう短気になりなさんな」
元希は笑って流しているが、真央の手がボキボキと音を立てている。本気で縮める気なのだろうか。怖い。
「簡単に言うとだな、俺たちは日常に戻らなくちゃいけないらしい。何事もなかったかのように、普通に生きて、普通に死ぬ。それが一番世界への影響が少ないんだと」
それは、以前あの男に聞かされていた事だった。でも、こうして戻ってきてから言われると全く印象が違う。
「日常、かぁ……。あんな経験した後に、いつも通りお勉強、なんてできるかな」
例えば夏休みの課題。未だほとんど手付かずのまま机の上に放置してきた。今から帰ったとして、果たしてそれを手に取るだろうか。
「いつも通り、って言うなら悠平君は勉強しない方が良いんじゃない?」
皆してうんうん、と頷いている。何だかこういうやり取りも懐かしいな、なんて思わない訳ではないけれど、やっぱり頭に来るのは変わらない。
「いいですよーだ、僕はどうせ頭悪いですからねー」
ひとしきり笑った後、元希が急に真面目な顔をする。
「もう一つ、信についてだが……」
少し声のトーンを落として周囲を気にしている素振りさえ見せる。
「アイツは何も知らないらしい。詳しくは解らなかったんだが、扉の権限?とやらも譲渡されなかった事になったんだと」
あの男の受け売りだから意味はさっぱり解らんけどな、と元希は肩を竦めるが、僕にはある程度理解できた。あの未来の信にはならずに済むという事だ。
「じゃあ別にいつも通りってことで良いんじゃないかな」
今回の件は良い思い出ばかりじゃない、寧ろ辛い事の方が多かった。だから、彼を敢えて巻き込むことはないだろう。
「そう言えば、その信は何処に居んのよ」
「おう、呼んだか馬鹿たれども」
山の上の方から降りてきたのだろうか、信が汗だくになりながら現れた。肩にはロープを引っ掛けている。
「てめぇらが落っこちたから、急いで戻ってみたらなんだ。誰も居ねえじゃねぇか」
よく見ると、服が所々泥まみれだったり、破れていたりした。僕らが居なくなったから、必死に探し回ったのだろうか。
「あの、もしかして怒ってらっしゃいます?」
信の気持ちを考えると、怒って当たり前だ、と思いながら彼を見ると、いつになくにっこりしている。
「何だ、そんな事か……。当たり前だ!この馬鹿!」
頭を握りつぶされそうになる。その後暫く僕らは信に説教を食らったが、片づけを僕らでやるという条件で許しが出た。




