銀色の世界・再1
「良い加減起きなさいよ」
穏やかな口調ではあったが、すぐに意識がはっきりした。と言うのも、語調とは裏腹に張り手を食らわされたようで、顔面に衝撃が走ったからだ。
「……なんでいきなり殴られたの?」
意識ははっきりしたとは言っても、状況の認識は追いついていなかった。起き上がって最初に目に入ったのは、腕組みして仁王立ちする真央と木陰に入りながらも恨めし気に太陽を見上げている愛ちゃんだった。良く聴くと「あつい、やける」と低い声で呟いている。
「目を覚まさないアンタが悪い」
「あぁそーですか……」
真央の暴論はいつもの事なので適当に流す。くだらない話をしている間に段々と頭が働くようになり、漸く自分が置かれていた状況を思い出した。僕の意識の上では、先程まであの扉と扉の狭間に居たはずだが。
「……何だかもう、懐かしいね」
僕たちの周囲には灰色の草木に地面が広がっていた。少し離れた所には、地面に空いた穴と、少しの崖も見える。そう、キャンプ場近くの森、あの遺跡を見つけた場所に居るのだ。
「でもあの時はこんなに晴れてなかったよね」
未だに太陽を睨みつけながら、恨めしそうに愛ちゃんが呟く。確かに、僕たちが来たときは一面灰色で、空さえもどんよりとしていた。
「愛ちゃん、あんまり太陽は見ない方が良いんじゃないかな?」
眼球に良くないという事は僕でも知っている。それに、目つきが非常に怖い。女の子のしていい顔じゃない。所が僕の言など意にも介さないようで、未だに太陽を見上げ呪詛を吐いている。
「眼球から吸収した紫外線でも肌が黒くなるの知ってた?」
その言葉に、バッと勢いよく振り返る。太陽を眺めていた所為か、視点が定まっていない。何だか愛ちゃん、壊れていくなぁ。
「って言うか!あの後何がどうなって今に至るの?」
すっかり話が脱線してしまったが、僕たちの置かれている状況を思い返す。現状は理解できたが、先程までの状況と今とが上手く繋がらない。確か僕はあの時、喚き散らした後に気を失ったはずだ。
「立っていられなくなって、視界が真っ白になったとこまでは記憶があるんだけどさ」
その後僕が扉を出して開けられたとは到底思えない。
「アンタが倒れる寸前に扉が出たのよ。倒れ込むときにノブに引っかかって、押し開けながら気絶したの」
アンタホントに無意識だったんだ、と呆れた様に言っているが、表情は幾分か柔らかだ。取り敢えず助かったと言う安堵からだろうか。一方の愛ちゃんは、いつの間に移動したのか、穴を覗き込んでいた。
「この中なら紫外線防げるかな……」
虚ろな目で呟いているが、大丈夫だろうか。今の彼女の様子だと、飛び降りてしまわないか心配だ。頼もしかった彼女は、ひょっとしたら外面の一つだったのかもしれない。
「何なら降りてみる?確か愛ちゃん救出作戦の時にロープ持ってきてたはずだよね」
真央の方をチラと窺うと、溜息と共に風呂敷からロープを取り出した。愛ちゃんはこちらの言葉など届いていないのか、ずっと下を見ている。本当に大丈夫なのだろうか。
「扉が……ある」
近くの木の根元にロープを括りつけていると、ぽそりと穴の方から聞こえてきた。
「そりゃあだって、僕たちが落ちた時もあったじゃん」
そもそも、落ちた先にあった扉を開けてしまったことから今回の時間旅行が始まってしまった訳だ。寧ろ扉がない方が不自然なのではないだろうか。
「悠平、もう少し頭使いなさいよ。穴の底にあった扉が、今まで使ってきた扉と一緒だとするなら――」
「扉を閉めたら消える、はずだよね」
真央の言葉に、愛ちゃんが続く。言われてみればそうだ。僕らも穴に近寄って覗き込むが、そこには確かに閉じられた扉があった。あの扉だとするなら、『まだ開かれていない扉』と言うべきだろうか。
「じゃあ、あの扉から私たちが出てくるのかな?」
最早紫外線の事など頭にないのか、何処か懐かしそうな表情で扉を眺め続けている。僕たちも同じだった。全てここから始まった、というある種の感慨の様なものを覚えないでもない。
「そっとしておきましょ。私たちがあの場所から始まるって言うなら下手に手を加えるべきじゃないわ」
「そうだね、紫外線防げるかも、とか思ったけど丁度良く曇ってきたし」
二人は立ち上がり、立ち去ろうとしている。だが、僕は何かが引っかかっていた。違和感、と言う程でもないのだが、気になる。何が気になるのかすら解らないのだが。
「ちょ、ちょっと待って」
呼び止めると、二人は不思議そうに振り返る。何か説明しないといけない。けれど、自分でも何が気になっているのかが解らない。何も言葉が出てこず、沈黙が流れる。
「何よ?」
「いや、何か気になるんだ」
説明しようにも何も解っていないし、なにより僕に彼女らが納得する説明をできるとは思えないので、正直に言うことにした。すぐに「何かってなによ」と食って掛かられてしまったが、肩をすくめて見せた。
「……馬鹿にしてんの?」
キレた。これだけでキレちゃう真央の将来が少し不安になりつつ、ズンズンと近寄ってくる彼女への恐怖に身が竦んだ。
「悠平君に人を馬鹿にできる程の考えがあるとは思えないなぁ」
愛ちゃんがつまらなさそうに髪の毛を弄りながら、そう呟いた。紫外線の心配がなくなった途端にいつも通りの振る舞いを見せる愛ちゃんに頼もしさすら感じた。
「愛ちゃん、それはひょっとして僕を馬鹿にしてる?」
「残念だけど、すぐ解らない時点で相当だと思うよ?」
「それもそうね」




