出発
窓からの日差しが布団の上にも降り注ぐ。まだ寝ていたいという気分とは裏腹に、日光は次第に熱量を増していく。余りの暑さに毛布を蹴り剥がすが、直射日光を浴び余計に体温が上昇するのを感じる。陰を求め窓とは反対側へと転がる。陰はまだ遠く、更に近づこうとベッドの端に寄って行く。ごんっ、という鈍い音と共に全身にひんやりとした感触が広がる。熱からは逃れたが後頭部にじんわりと広がる痛みに、完全に覚醒してしまう。まだ眠いが、こうなってはもう一度寝るのは至難の業だ。諦めてのそのそと起き上がる。
時刻は午前八時半。昨日は夏休み初日という事で午前中は丸々寝て、午後からの活動となった。と言っても何か生産的な行いをしたかと言われれば否である。遅めの朝食を摂った後、宿題に手を付けようとしたが捗らず、息抜きにゲームを始めたら日が暮れていた。結局、晩飯後もまともに勉強はせず深夜までグダグダしていた。何もなければ今日もそうしていたいのだが、九時には彼らが来るためいつまでも寝ていられない。
「って言うかもう三十分しかないじゃん」
そこで初めて時間が無い事に気が付く。昨日は何も準備せずに寝てしまったので急がなければいけない。と、焦っているとコンコンと扉がノックされる。僕の返事を待たずに母さんが入ってきた。
「悠平ー?信君たち来てるわよ?」
洗濯ものを二階のベランダに干すついでに起こしに来たのか、両手で大量の洗濯物が入った籠を抱えている。どうやって扉を開けたのだろうか。
「もう?僕まだ何も準備できてねー!」
頭を抱えて叫ぶと、母さんの後ろから誰かが出てきた。
「そんな事だろうと思って皆で早めに来たんじゃない。手伝ってあげるから早く準備始めなさいよ」
僕の幼馴染達は僕以上に僕の行動パターンを理解しているようで、昨日僕が何もしていなかったこともお見通しのようだ。
「君ら何なの?悠平行動学とか学んでんの?」
何もかもがお見通し過ぎて怖くなってきた。こっそり盗聴器とかで僕の行動観察してるんじゃないだろうか……。それを元にプロファイリングとかもされて、僕の次に起こす行動予測とか全部書かれてるんじゃないの?予言書みたいに。
「馬鹿な事言ってないでさっさと着替えろ。荷物は俺達で準備しといてやるから」
まぁでも逆に言えば僕も彼らの事は結構解ってるし、同じ時間を共に過ごした故、なんだろう。元希にも急かされたことだし、取り敢えず着替えよう、と寝巻を脱ぎ捨てる。
「今更アンタの下着姿見た所で何とも思わないけどさぁ……。女子がいる前でよく平気で脱げるわね」
真央が、呆れた、と呟きながら額を押えている。愛ちゃんは両手で手を覆っているが、それはいつもの「ポーズ」の様だ。彼女は、普段の癖で僕たちと居る時も可愛子ぶってしまうことがある。何故判別がつくかと言うと、目が「私の前で汚ぇモン晒してんじゃねぇ」って感じで僕を見ていたからだ。
「あ、ごめんごめん。じゃあ着替えるから取りあえず下に居てよ」
「パンツ一丁でそれを言われた所で手遅れだと思うなー。それに……」
愛ちゃんも今更怒っても仕方がないと諦めたのか、若干沈んだ声で呟きつつ目線を窓際へと移した。自然と僕の目線も窓際へと吸い寄せられる。そういえば、僕は今朝、日差しが暑くて目が覚めたのだった。ならば当然、昨日の夜カーテンを閉め忘れて寝たことになる。開け放たれた視界からは向かいのお部屋が見えた。
「あぁー、まぁ、もうお向かいさんも慣れたんじゃないかな?」
ははは、と乾いた笑いが出る。実際、初めてこのような事があった時は慌ててカーテンを閉めていた向かいの大学生くらいの女性も、今や僕たちに軽く会釈している。なので僕も会釈を返した。
「頼むぜ、本当に……。取りあえずカーテン閉めるぞ?」
言うが早いか、信はシャッとカーテンを閉める。いつまでもパンツだけで居る訳にはいかないので、タンスから適当なジーンズとTシャツ、パーカーを取り出してさっさと着る。
「キャンプてこんな格好で良いかな?」
着終わった服をちょっと広げながら皆に尋ねてみる。僕はキャンプらしいキャンプなんて初めてだったので、毎年家族で行っているという信や、男子にバーベキューとかよく誘われるという愛ちゃんに聞いて見たかったのだ。
「ジーンズなんて脚蒸れるし、伸縮性ないから動きにくいんじゃない?もっとマシなのないの?」
何故か真央に全面否定されてしまった。筋が通ってるのに言い方がムカつくから質が悪い。
「確かに、動きにくいってのはマイナスかもな。でも普通のパンツ類より丈夫ってのは良いかもしれない。だから山を登り降りする時じゃなく山に居る間履いとけばいいんじゃないか?」
信が経験者らしい事を言う。
「そっか。っていうか山登るの?キャンプセット抱えて?」
若干うんざりするワードを聞いてしまった。こんな時に車があればなぁ。
「大丈夫だ。テントとかの大きなものはキャンプ場で借りる。だから登山時に持ってく荷物は自分のリュックくらいだな」
信は自信満々に答える。余程キャンプ慣れしているらしい。だが元希はまだ不安な事があるようだ。
「え、でも飯とかどーすんの?」
まさか食材を抱えていくわけにもいくまい。ましてや現地調達なんて以ての外だ。川魚くらいなら楽に取れるかもしれないが、寄生虫とか病原体とか、兎に角何を持っているかわからない。獣を捕まえるにしたって狩猟の許可がいるだろうし、そもそも狩なんて高校生だけでできるものでもないだろう。
「それは昨日の内に発送しといた。今日の昼くらいにはキャンプ場に着く予定だ」
「ヒュー!信、出来る子?」
元希が適当にはやし立てるが、この手際の良さは流石だ。何も言わないでもやってくれるって所がまたポイント高い。これで顔が優しい感じのイケメンだったらさぞモテただろうに。というかイケメンじゃなくてもここまで気配りができるならモテるはずだ。この体格と厳つい顔がなければ僕たちとは違う世界の住人だったかもしれない。
「なぁんか、今思ったけど、何で君らって何処か残念なんだろうな」
ふと、思いついたことが口をついて出る。信は怖い見た目以外完璧だし、真央はキツイ性格が無ければもっと人気者だろう。元希は身長があればもっと活躍も出来ただろうし、ドラマの主人公みたいな役回りにだってなれただろう。愛ちゃんは、人気者だけど自分からあまり人を近づかせない節がある。腹黒いと言われてしまうのもそのせいかもしれない。
「頭が残念な奴に言われたくねぇよ」
ぱし、と僕の頭を叩きながら悪態をつく信。皆が叩くせいで段々馬鹿になっていっている気がするんだけど。
「って言うか無駄口叩いてないで準備しなさいよ」
「解った、解ったから!そんな怒んないでよ」
グダグダ言いながら準備を進め、結局僕の家を出たのは九時半を過ぎた頃だった。