廃村・再2
途中で狼たちが諦めてくれる事も仄かに期待しながら、ギリギリとおが屑を量産し続けた。まだ夜明けには遠いようだけど、やり始めてから、目視で月の位置が変わったと認識できるくらいには時間が経っていた。
初めの内こそうろうろするだけだった狼たちも、暫くするとしびれを切らして木を登ろうとしてきた。その度に僕は作業を中断し、脚を噛まれない様に引っ込め、包丁の届く範囲に登ってきた奴から順に切りつけて追っ払った。腰が入らないこの状況で、致命傷を負わせるのは不可能なので、欲張らず、牽制だけに専念した。
枝が、ギシギシと嫌な音を立て始めたくらいで、僕は右手の包丁を下に向けて構えた。狼たちは飽きもせず根元をぐるぐると回っているが、その輪を乱すように、包丁を投げつける。
勿論、そんなもの狼に刺さるどころか掠りもしないけれど、カラン、と目の前に落ちてきた包丁に、一瞬だけ狼の動きが止まる。その瞬間、枝に体重をかける。枝は、メキメキメキ、と音を立てながら狼の頭上へと落下していく。僕は、一緒に落下していかない様、残った枝の根元にぶら下がる。
「いよっし!どうだ!」
成果は上々、二匹の狼が枝の下敷きになっていた。
「……二匹?」
おかしい、もう一匹の姿が見当たらない。急いで周囲を見回すが、動くものさえ見つからない。
「グルルルル……」
頭上から唸り声が聞こえる。どさくさに紛れてここまで登ってきていた様だ。おまけに今、僕は両手でぶら下がっているため、反撃ができない。ゆっくり、ゆっくりとこちらに向かってくる。飛び降りたとしてもこの脚ではすぐに追いつかれる。
絶体絶命。知っている数少ない四字熟語が頭を過る。
どうするか迷っている間に、吐息が聞こえるくらいの距離まで詰められる。一度そこで停止すると、体勢を低くした。
「うっそぉ……」
飛びかかってくるつもりだ。正確に首元を狙ってきている。
「くっ……」
身体を揺らし避けようとする。なんとか首を噛み切られるのは回避したが、勢い余って体当たりを食らう。堪えきれず手を離してしまい、一緒に落ちていく。このままでは落下してすぐ噛み殺されるのが落ちだ。左手の包丁を木の幹に突き立てる。
当然、表面を軽く抉る程度だが、少しでも落下を遅らせられれば充分だ。狼の背後に回ると、左手を離し、もう一本の包丁を両手で構える。
「このままっ……」
落下の勢いに体重も乗せて、確実に一撃で仕留めるつもりだった。でも、狼は着地と同時にさっと横に飛んだ。
「⁉」
僕は反応しきれずにそのまま地面に包丁を突き立ててしまった。
「ッ!」
体重をかけようと腰の少し上辺りで包丁を構えていたため、柄が脇腹を抉る。痛みに声も出ない。すぐに動かなければ、やられる――そう思ったけれど、動きがない。痛みを堪えて立ち上がると、そこに狼の姿はなかった。周囲に気を配ってみても、気配はせず、今度こそ本当に逃げ出した様だ。とすると、あの一匹が後で僕たちを襲うのだろうか。
「と、取り敢えず眠い……」
気が付けば空は藍色に染まり、端の方からは段々と白色も広がりつつあった。




