再始動
「いやぁ、ギリギリだったね、二人とも」
「ギリギリだったね、じゃないって!もう本当にダメだと思ったぞこの野郎」
彼は、はぁー、と長い溜息を吐いてわざとらしく肩をすくめてみせる。
「そんなの私の所為にされてもねぇ。扉がどういうシステムで出てくるかは解んないけど、君が関わっているのは信君から聴いてるはずだよ」
確かにそんな事を言っていたような気もする。僕が扉を出現させ、信が行先を決定させる、と説明されていた。
「そんな事よりも、初めまして、とでも言うべきかな?元希君」
未だ僕の上に乗っている元希に手を差し出す。握手かとも思ったが、元希が握った所で僕にかかっていた重みがなくなったので、ただ起こそうとしただけみたいだ。元希は起き上がるとすぐに全身の埃を払う。
「初めまして。どうやら俺の事知っている様ですが……貴方は?」
「無駄だよ、元希。そいつ何故か色々知ってるけど、自分の事については何も話さないんだ」
僕については誰も起こそうとしてくれないので、のそのそと一人で起き上がる。まぁ、特に怪我もしてないから大丈夫なんだけどさ。そんな僕の言葉も、聴いているのかいないのか、元希は男をずっと見ている。睨む、と言うのとはまた違うが、好奇心で眺めているだけにも見えない。
「いやぁ、そんなに見惚れないでくれよ。残念だが男色趣味はないんだ」
私の正体については追々機会があれば、と呟くと僕らに背を向ける。
「で、これからどうするのさ?見ての通り、元希は怪我してる。これから真央や愛ちゃんを助けに行くとしても連れていけないぞ」
「待て待て待て!真央と……愛ちゃんを助けるだって?意味が解らない。て言うかそもそもお前、居なくなったと思ったら出てきて――」
「まぁまぁ、落ち着こうよ二人とも。それも追々、と言うかこの後説明するから。まずは今後の方針だけど、悠平クン、私とはここでお別れだ」
この男は何を言っているのだろう。唐突に現れて、訳の解らない事を散々言って、世界を救うという重大任務を押し付けて……。挙句、ここでいなくなる?
「君の同級生だろう、自分で助けなよ」
「いや、そんな無責任な……」
情けないとは自分でも思うが、今この男に居なくなられても僕はどうしていいのか解らない。
「それがダメなんだよ。君はここに来るまで、自分の意思で動いていたかい?」
またしても僕の内心を見透かすような事を言う。だが彼の言う通りだ。ここまで僕は、状況に流され、誰かの言う通りに動いてきたばかりだった。だから、信の言う事は本当なのか、そう問われた時、信じているとしか言えなかった。そこに僕の考えは存在しなかったから。
「状況はよく解んないけどさ、真央たちを助ける方法がある、って事なのか?」
言葉を遮られてから、押し黙っていた元希が確認するように口を挟む。元希は未だ立っているのがやっとな状態で、でも自分の心配なんてまるでしていない。
「もし、もしそうならさ……。俺にもできる事をやらせてくれ。俺はあいつらを助けたい」
それどころか、僕らの言葉に流されるでもなく、自分の考えを表明している。
「だ、そうだけど?君はどうする?」
「僕は……」
元希は男の方ではなく、僕を見ている。僕だって、大切な人たちを救いたい。正直に言えば、世界の命運なんて二の次だ。あの時は、信に言われるがまま、世界を救うために、何て格好つけて死のうとしたけれど、そんなのは今関係ない。
「全員助ける。信だって死んでないかも知れない。そもそも、信だけ一人で歳を取るような未来にしたくない」
そう、率直に思った。あの男が信だったかどうかも今では怪しいけれど、兎に角、世界なんかよりも、僕は僕の幼馴染を助ける。そう決めた。改めて、元希に向き直る。
「元希、気持ちは嬉しいけど、今は怪我を治さないと。そんな立つのがやっとの状態で着いて来られても足手まといだぜ」
務めて、明るく言ったつもりだ。でも、本当は一人になるのが怖い。脚だって震えてる。多分この場に居る全員が解るくらいに、声も震えていた。
「君の覚悟は解った。元希君の事なら任せてよ。ここでお別れってのも、彼を一刻も早く病院に連れていくためでもあるんだから」
僕の肩に手を置き、微笑む。それは、僕をからかっている時のニヤニヤ笑いではなく、楽しい時の純粋な笑いでもない。僕を安心させるような、そんな笑顔だった。
「信用していいんだな?もし元希に何かあったら、世界より先にお前を滅ぼしてやるからな」
「おぉ、怖い怖い。けどまぁ、それくらい威勢良くないとね。ここからが大変だぞ。さっきみたいにバックアップはできないんだから」
そう言うと彼は、元希に肩を貸そうと少し姿勢を低くする。だが当の元希は、その手を振り払ってよろけながらも僕の胸倉を掴む。
「俺は……何もできないのか?アイツらの為に」
僕に文句があると言うよりは、自分自身の無力さに憤っているようだった。今にも倒れそうな肩を掴んで、しっかりと目線を合わせる。
「何言ってんのさ。あの野山でも、荒野でも、元希が僕を助けてくれたから、今があるんじゃないか。元希だけじゃない。皆が居たからこそ、僕は今ここに居る。皆が居なけりゃ、僕はもっと早くに諦めてたよ。だから、今度は僕に皆を救わせてくれ」
元希が顔を伏せる。僕の服に皺を作っていた手から、力が抜ける。すっと腕を降ろすと、湿った目をこちらに向けてきた。
「……頼んだ」
それだけ言うと、僕の両腕にさらなる負荷がかかる。今まで、気合だけで動いていたのだろう。全身の力が抜け、目は辛うじて開いているが、恐らくもうじき意識も失う。
「あぁ、頼まれた」
最早腕を持ちあげる事さえままならない様子の元希を男に渡す。男は元希を背負うと、顔だけ振り返って僕に目線を向けた。
「そうそう、この扉に関してだけどね、荒野から脱出する時を思い出してごらん。君は願ったはずだ。扉があれば、とね。勿論そんなにポンポン出せる物でもないとは思うが、その思いがトリガーになるのは間違いない。私から言えるのはこれくらいだ。後は自分で考え給え」
そう言う男の向こう側には、既に扉が出現している。僕の方を振り返って見ても、扉がある。以前は扉が閉まってしまえば消失していたのだが、何故か今回はそのままだ。
「これにも何か意味があるの?」
自分の側の扉を指差して振り返ると、もうそこには見慣れた石積みの壁があるだけだった。
「ホントに自分勝手な奴」
虚しく響く声に余計孤独を感じながら、未だ消えていない扉を開いた。




