荒野
そうして、二人で扉を一気に押し開けると、熱風が吹き抜ける。目の前に広がっているのは荒野の様だ。少し離れた所には森も見える。ここは岩陰の様で、周囲にも大きな岩が沢山ある。
「まぁた変なとこに出たもんだ……」
「ここでも扉探しさせられるのかな?」
先程までの暗い気分は、扉を開けた時に砂埃と共に吹き飛ばされたみたいだ。今では逆に、どうこの状況を乗り切るか、前向きに考えられる程気持ちに余裕がある。もう誰も失わない、失わせない。一緒に生きて帰って、真央や信を探すんだ。
「何だよお前、さっきまでの泣きそうな顔はどうしたんだよ」
「元希なんか泣いてたじゃん。今も涙湛えながら笑ってるし」
元希の顔しか見えはしないが、彼の反応を見る限り僕も同じような顔をしているのだろう。今にも泣きだしそうな目をしながら、心底嬉しそうに笑っているのだ。まるで、辛い事なんて後で考えればいいと、そう言っている様な顔だ。
「ここからだと、取り敢えずあの森を目指せばいいのかな?」
遠方に見える森を指差し目を細める。しかし、その指は森を指す手前で動きを止めた。荒野の真っただ中、周囲に岩すらも見られない場所に、見覚えのあるものが見える。
「おいおい、今回はいやに早いな?」
元希も見つけたようで、呆れたように笑っている。件の扉が、走っていけばすぐにつきそうな距離に見えるのだ。とは言っても、元希はこの傷だ。この分だと、僕が支えながらでないと歩けないかもしれない。
「まぁ、急ぐことはないから、しばらくここで休む?」
「いや、ここに居たって消耗するだけだし、さっさと行こうぜ」
元気の傷を考えての提案だったが、確かに水もない荒野で休息も何もなかった。彼の言う通り、さっさと移動して、今度こそ治療のできる所に行けるよう祈る方が良いかも知れない。
「そっか、じゃあ行こう。早い方が信や真央の為にも良いかもしれないしね」
そうして岩陰から出て、扉の方へと一直線に向かう。元希は、はじめの内こそ強がって「一人で歩けるっての!」と言っていたものの、ちょうど岩場を抜けたあたりでやはり立っていられなくなった。
「だから強がるなって言ったのに……。僕だってそんなに体力あるわけじゃないんだからさ、完全にぶっ倒れられちゃ運ぶのしんどいって」
「あぁー屈辱だ。まさか悠平に負ぶられる時が来ようとは……」
渋々、背負ってやると、後ろからブツブツと文句ばかり言ってくる。
「あのね、あんまそんな事言ってるとここで降ろすよ?」
段々腹が立ってきたので、少し脅してやった。しかし、どうしてか元希が返事をしない。疲れて眠ってしまったのか、もしくは意識を失ってしまったのか、と心配していると、後ろから軽く肩を叩かれる。
「ん?」
「あぁ、ちょっと一旦降ろしてくれ」
真剣な声色で言ってきたので、どうしたのだろうと訝しみながらも、元希をその場で降ろした。
「どうしたのさ?体勢キツかった?」
「残念だけど、ここで、お別れだ。ごめんな」
そう言って元希はその場に座り込んでしまった。
「え、何言ってんの?もう半分くらいだよ?」
元希はゆっくりと首を振ると足元を指差す。そこには、巨大すぎて今まで気付かなかったが、変な形のくぼみができていた。
「これは……?」
「足跡だよ、それもかなりデカい、肉食獣の」
「だったら!尚更急がなきゃ!」
だが彼は立ち上がる素振りを見せず、早く行けと手振りする。
「さっきから、聞こえないか?地鳴りみたいな音。多分、もう俺たちは気付かれてる。肉食獣は血の匂いに敏感だって言うしな」
耳を澄ますと、遠くからドスン、ドスンと地面そのものを揺らしているかのような音が、聞こえてくる。とは言っても、まだ姿は見えない。
「でも、まだ今から走れば!」
「だから、ここでお別れなんだよ」
言ってから気が付いた。元希は自分では歩けない。このまま彼を負ぶって行っては間に合わない、と判断したのだろう。
「だけど!そんな……。僕に、元希を、見捨てろって言うのか?」
「いいや逆だね。俺に、お前を救わせてくれよ」
そう言って彼は、誇らしそうにウィンクをする。何で、僕の友達はこんなにも格好いいのだろう。僕なんかを助けるために、命を捨てられるのだろう。何で、逆じゃないのだろう。ここまで、僕は何も役に立っていないと言うのに。
「ほら、早く走れよ。俺がここに残ることで、お前だけじゃなく、信や、真央も助けられるかもしれねーんだぞ」
彼は、置いていけ、とは決して言わなかった。あくまでも、自分がここに残るのだ、と。足音と思しき地鳴りが次第に大きくなる。
「ボーっとしてんじゃねぇよ!いくら運動音痴ったってこれだけハンデがありゃあ、肉食獣にだって負けねぇだろ」
元希はずっと笑っている。僕は堪えきれず泣いているというのに。格好つけまくりの友人に対し、僕は全く格好がつかない。
「格好つけが過ぎるよ」
そう言って元希のデコを叩く。
「最期くらい、良いだろ?」
「絶対、絶対二人を見つけるから。だから、だから……」
「大丈夫、信じてるさ。じゃあな、悠平」
「ありがとう、元希」
涙を拭って、扉の方へ振り返る。彼の気持ちを無駄にはしない。ここでまた駄々をこねたら、二人まとめて死ぬだけだ。そう言い聞かせる。走り出したら、何があっても止まらない。そう決めて、一気に駆け出した。
「ごめんな、辛い選択をさせて……」
一歩目を踏み出したところで、彼の最後の言葉が聞こえた。あるいは、それは僕に聴かせる気のない独り言だったのかも知れない。だが、聞いてしまった。どうしようもなく、脳裏にその言葉が焼き付く。
「何で……なんで皆僕に謝るんだよ」
もう振り返らない。そう決めていたから、彼の表情は伺えない。僕の最後の文句もちゃんと届いたのかさえ分からない。それでも、ただただ走る。
涙で視界は悪くとも、スポーツマンの様に格好いいフォームで走れなくとも、大したスピードが出ていなくとも。ただ扉だけを見据えて走る。元希を背負っていた時はあんなに果てしなく感じた距離も、今ではすぐに着きそうだ。
これなら、ここまで頑張って走る必要もなかったかな、なんて考えも浮かぶが、絶対に足は緩めない。止まってしまえば、もう歩き出せない気がしたから。
もうすぐ、扉に手が届く。そんな時、遥か後方の岩場から、空気全体を震わせるような音が響いてくる。何が起きたかはすぐに理解できた。
そうしてこれから何が起こるかも、だ。その想像は、ノブに伸ばしていた手を一瞬止めさせる。振り返りたくなる気持ちを必死に押し込め、扉を開く。その後どうなるのか、知りたくなくて、すぐに後ろ手に扉を閉じた。




