廃村2
周囲には未だ狼の姿は見えない。最早辺りは闇に包まれていた。辛うじて風に揺れる木々が判別できるくらいだ。
「本当に大丈夫なんだよな?」
「一晩、考えた。僕以外の三人が生き残っていたとして、死んだ僕を悼む余り死んでほしくはない」
そう、一晩中寝ずに考えたのだ。この狩に出る前に、ようやく結論が出た。死んでしまった愛ちゃんの気持ちは解らないけど、僕と同じなら良いな、と思えた。だから、明るく振舞うのは無理でも、生きるのを諦めないでおこうと、そう決めた。
「まぁ俺ならお前の為にゃそこまで悲しんだりしないけどな」
「それはお互いさま、かな」
拳同士をコツ、とぶつける。それを後ろで聴いていた真央が、ふふ、と微笑む。
「似合わねぇぞ?」
「うっさいわね、解ってるわよ」
「まぁまぁ、二人とも。あんまり騒ぐと、狼に見つかるよ?」
ふん、と再び監視に戻る真央だったが、その口元がほんの少しだけ緩んでいたのを見た。そんな時だった。カサっとかすかな音が聞こえた。すぐに周辺を見回す。
「今の、聞いた?」
「あぁ、結構近かったぞ……」
余り音の主を刺激しない様、小声で話す。最も、狼だった場合、物音が聞こえる距離に入られてしまえばそんな気遣いは無駄だが。取り敢えず、もう一度周辺の警戒に戻る。しかし、見つからないだけでなく、物音もしなくなってしまった。二人からもアクションがない所を見ると、見つけられていない様だ。
「ダメだ、全然見つからん」
元希が肩を回しながら悪態を吐く。それに釣られて僕らも少し気を緩めてしまう。
「気のせいだっただったのかな」
「アンタ、無意識の内に足動かしてたんじゃないでしょうね?」
真央に至っては、僕の所為にしようとさえしていた。
「あのさぁ、いくら僕でも自分が立てた音かどうかは分かるよ?」
「でも、そう思えるくらいには音が近かった気がするんだよな」
確かに、僕も音の位置はかなり近かったように思う。けど、この三人の出した音かどうかくらい判別できるだろうから、やっぱり僕ら以外に音の原因があるのは間違いない。
「まず狼がいる前提で考えていた方が安全じゃないかな?音は絶対鳴ったと思うし」
「じゃあ仮に、狼が原因だったとして、今のこの状況は何なのよ?物音が聞こえるくらいの距離まで気付
かれず近寄ったんなら、あとは襲うだけじゃないの?」
どうもおかしい。音が鳴ってから、全方向監視していたのだから、その間何者も動いていないのは確かだ。でも、真央の言う通り、そこまで近寄れたのなら最早僕たちなんて簡単に狩れてしまうはずだ。やはり、狼ではないのだろうか。
「何処かから様子でも窺ってるとか?」
「狼が隠れられるような場所なんてこの辺には……あっ」
「一か所だけあるわね……」
血の気が引いていくのが解る。辺りはだだっ広い空間で、所々木は生えているものの、然程太い木でもない為、あの裏に隠れるのは無理だろう。他に、狼が隠れられそうな場所を探してみたって、見当たらない。ただ一つ、僕らが隠れているこの茂みを除いては。
「おいおい、音が近かったのはそういう訳だっていうのかよ」
この距離で相手がその気になった場合、無事で済むのだろうか。ただ、狼側も僕たちを食べるのを目的とするならば、今すぐ襲い掛かるのは得策ではないのかもしれない。
「ど、どうするべきだろう、これ……」
「そりゃあ、先手必勝よ」
「お、落ち着けって!そんな事して無事で済むかよ」
元希は真央を止めようと身振り手振りも交えて説得に当たっていた。真央も真央で、そんな元希に睨みを利かせ向き直っている。
「待ってたってじり貧なのは間違いないでしょ?先に一撃で仕留められれば――」
真央の背後から、カサっと言う音が再び聞こえてきた。その瞬間、元希は真央を飛び越えるようにして、茂みの向こう側に包丁を突き立てていた。
「っ⁉」
しかし、元希はその場に押し倒される。本来ならそこで元希は首筋を一噛みされていたのかも知れないが、寸での所で真央の包丁が受け止めていた。僕も加勢しなければ、と立ち上がってみるがどうしていいか解らない。その間にも真央の包丁が狼によって飛ばされていた。
「くっ」
注意が真央に向いた隙に、元希が狼を下から蹴り上げ、抜け出す。大して効いていないようですぐに体勢を立て直し二人に飛びかかるがサッと避ける。僕ならああはいかないだろうな、何て考えていたら、身を翻した狼が僕の方へ飛んできた。始めからそれが狙いだったのだろう。突然の出来事に包丁を握りしめたまま固まってしまう。
「悠平⁉」
二人が急いで駆けつけようとしているが、とても間に合う距離でもない。一旦二人に襲い掛かり、それを回避させたことで絶対に僕を守れない距離を開けさせたのだ。死にたくはない。しかし、身体が言う事をきかない。恐怖で竦んだ身では包丁を取り落さないようにするのが精一杯だった。もう少しで噛みつかれる。僕は目を固く瞑った。地面に押し倒され、後頭部を打つ。あぁ、もう駄目だ――。
「悠平!大丈夫か?」
何故かいつまでも痛みが襲って来ない。もちろん、先程強打した頭には痛みはあるが、噛まれた感覚はない。それに、何故か元希の声が近くで聞こえる。もしかして、もう死んだ後なのか?
「いつまで寝っ転がってんのよ?」
真央の声も聞こえてくる。もう何が何なのか解らず、目を開けてみると、目の前に狼の顔があった。
「うわぁあ⁉」
思わず飛びのこうとしたが、身体が押さえつけられていて動けない。一体、どういう状況だこれ。
「ホント、ツイてるよなぁ、お前」
しみじみと頷いているが、その前にこれを退かしてほしい。少し冷静になってみると、僕の上に乗っているのは、狼ではなく、その遺体の様だった。顎の下から頭に包丁がずっぷり行っている。正直、見ているだけで吐きそうだ。
「い、良いから早くこれ退かしてくれない?ヤバいんだけど」
「確かに、この破壊力はヤバいわね。私なら見た瞬間気を失うかも……」
うんうんと頷いているが、真央は解っていない。僕が言いたいのはそういう事ではないのだ。
「それもそうだけど、そうじゃなくって――」
「あぁ、さっきのはヒヤッとした。ヤバかったな」
だからそうじゃない。このままでは本当に吐いてしまう。グロテスクなものを間近で見せられている上に、お腹の上に体重がかかっており、圧迫されている。
「いや、だから、そうじゃなくって!」
「あぁ、退かしてやりたいのは山々なんだが、安心したら腰が抜けちまってな……」
「私も。ホントに死を覚悟したもんだから……」
あぁ、成程。無理だ。持たない。仰向けで動けない僕は、せめて自分の顔面にかからない様に必死に顔の向きを変えた。




