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それでも、仕事は嫌いなのである。


〝仕事〟その言葉を聞いたり文字を見るだけでも自然と気分が落ちるものだ。人によっては、好きなことを仕事にしているため、そんな事を思わないかもしれない。でも、それでも結局は仕事になっている訳で、やはり好きなことは好きなこととして趣味などでやった方がいいのではないだろうか、好きなことを仕事としてやることで、その好きなことが嫌いなことになってしまうのではないだろうか。

つまり、仕事をしない方が好きなこともやれるし嫌いなことはやらないで済むし人生をハッピーにしていけるのではないか?

まあでも、何をするにしても金が必要な訳で、結局は仕事をするはめになるんだよなぁ。親のスネかじって生きていくわけにも行かんし。


車で目的地へ向かいながら、そんなクソみたいな事を考えていた。


「それにしても、悩み相談だとか人間関係の修復サポートだとか、よくわからん内容だよな」


言いながら、俺は昨日改めて読んだ例の会社の求人情報を思い出していた。

会社名は[とらコン]、なんか可愛らしい名前だが簡単に考えてトラブルコンサルテーション?みたいな感じだろう。つまりお悩み相談、そのままだな。面接の件で電話したとき可愛らしい声の人が出たがその人がつけたんだろうか?まあそれは置いておこう。

未経験者OK!、交通費支給、給料のことはあまり詳しく書かれていなかったが恐らくその月の仕事の数によって変わるんだろう。家から会社まではさほど離れていなくて車で三十分かからない程度だった。というか未経験者OK!って経験者なんているのかよ…。

あまり詳しい情報は分からなかったが、面接の時に聞けばいい…と、考えていると、ナビとして使っているスマホが喋った。


『この先、目的地周辺です、お疲れ様でした』


「はい、どーも、どうせならもうちょっと詳しく教えてくれればいいのにな」


そんなどうしようもない悪態をついていると、[とらコン]の文字が書かれた小さな看板が見えた。


「ここだな」


駐車場はあまり広くなく、車が4台とめられるくらいの広さだ、筆記用具とメモ帳、履歴書だけが入った軽いバックを持ち車を降り、改めてその建物を見る。この建物もまた大きくなく、一階立てで周りの建物の影に隠れてしまうのではないかというサイズだ。壁は明るすぎない落ち着いた白で屋根は黒だ。玄関のドアも白で、玄関に面した壁には格子付きの窓があり、その下には小さな花壇がある。その花壇に咲いている色とりどりの花は、どこか気持ちをリラックスさせてくれるようにも感じる。


「なんっつーか、すごい落ち着くな、ここ」


駐車場に車がもう一台だけとまっているところを見ると、今は恐らく従業員だけなのだろう、周りに従業員専用の駐車場っぽい場所もない。

軽くふっ、と息を吐き、ドアの取っ手に手をかける。

開けると、からんからん、とドアの内側についたベルが鳴った。すると、奥の方から声がしてきた。


「はーい!お待ちくださーい」


聞くに女性の声だな、それも若そうだ。

とんとんとん、と軽い足音が聞こえてきてその女性が姿を現す。細身で背丈は160センチちょっとだろうか、黒く艶やかな髪は胸のあたりまで伸び、小顔で、顔立ちは大人びていて、整った眉と目の間は近く、その目は人の心までも覗いてまうのでは、と思う程に黒く澄んだ瞳をしている。鼻の形も綺麗だ、唇はリップを塗っているのか少しつやつやとしている。一言でいうと美人だ、それもかなりの美人。

俺がその女性につい見惚れてしまっていると、何も言わない俺を不思議におもったのか、眉を八の字にして質問をしてくる。


「えっと、ご要件は…?」


はっ、と我に返り慌てて面接の件を伝える。


「あっ、すみません!今日面接をしていただく話をした須藤です」


少し声が上ずってしまった。


「あぁ!君が須藤くんか!そうかそうか、とりあえず中へどうぞー」


「はい、失礼します」


玄関には、特に物は置いてなく、スリッパが三人分ほど置いてあるだけだったので、靴を脱ぎ、整えてからスリッパに履き替えて女性について行く。なんだか石鹸みたいないい匂いがしてドキドキしてしまう。


「すまないね、じゃあここに掛けてちょっと待っててね」


「あ、はい」


指をさされた椅子に座り、部屋の中を眺める、玄関からはドアを一枚挟んでいる。そのドアから入ってすぐの所に四人席のテーブルが設置してあり、俺は今そこの席の一つに座っている。右側の壁には窓があり、外側には格子が見える。先程見た窓だろう。その窓の近くには少し大きな観葉植物が置いてある。他にはテレビや本棚、コピー機やパソコンなどが置いてある。ふと、女性が向かった先を見てみると、水道があり、湯沸かしポットが置いてある。女性の手元にはマグカップが二つ置いてある。二つ?


「君、コーヒーは飲めるかね?」


「…はい、飲めますけど」


「そうか、砂糖とミルクは必要かな?」


「あぁいえ、無しで大丈夫です、って、いいんですか?」


「何がだ?」


女性は全くなんの事やらといった表情をしている。


「いや、面接する時コーヒー飲むって聞いたことないんで…」


「なんだそんな事か、気にするな、話をしていれば誰でも喉が渇くだろう?君だってな、私もそうだし」


この人話し方とかちょっとかっこいいな…。てかこの人ただ自分が喉乾いてるだけなんじゃ?まあせっかくだからいただくとしよう。


「はぁ…まあそうですね、すみません」


「なぜ謝る?何も悪いことなんてしてないだろうに」


「いや、ついくせで、すみません」


あっ、やばいこれ無限ループしちゃうやつだ。ほんとこんな癖がついたの今の職場のせいだからな!ほんと許さん。


「また謝ってるし…まあいい、ほら、コーヒー飲んで落ち着きたまえ」


別に焦ったりしているわけじゃないんだが。


「…いただきます」


熱々のコーヒーをふーふーしながらちょびちょび飲んでいると、女性はうーん、と小さな唸り声を上げた。


「ところで、なぜこんな所に来ようと思ったのか聞いてもいいか?」


「…っ、唐突ですね、いや、なんて言うか今まだ仕事辞めてないんですけど、今の職場で周りに合わせてキャラ作ってるの疲れてきて、それに別に今の仕事をしたくてしてる訳じゃないっていうか、楽しくないというか」


「曖昧だな、しかしそうだな、キャラを作ってるか、君は今もキャラを作って話をしているのか?」


「今って言うと、今ですか?」


「他にあるまい、で、どうなんだね?」


「今は…作ってないですね、すごい楽です」


「そうか、それは良かった」


そう言った女性はすごく優しい笑顔をしていた。


「おっと、そうだ、私の名前を教えてなかったな」


そう言うと、女性はなにやらポケットをがさごそと探り始めた。


「あったあった、私はこういう者だ、よろしく頼むよ」


女性が渡してきたのはどうやら名刺のようだ、会社名と住所、電話番号、女性の名前だけが書いてある。女性の名前は…。


「藤林優…さん?」


「そうだ、気軽にゆうちゃん、とでも呼んでくれ!」


「は?いやいやそれは…」


「はっは!冗談冗談!適当に呼んでくれて構わんよ」


くっそ、初対面でこんなからかわれるとは…。と、歯噛みしていると、それまでと同じ調子でまた違う話を切り出した。


「それじゃ、面接でもするか!」


「えっ、あっ、はい、よろしくお願いします」


これまた唐突だな、でもこれが本題だ。ここからが本番だ。と思っていると、また驚くようなことを言われた。


「待て待て、そんなにかしこまらんでもいい、この会社まだ私だけだし、決めるのも私だからな、つまりは私がルールだ!」


「なっ、えっ一人?それじゃ今まで休み取ってないんですか?それとも会社自体定休日があって…?いやでも一人じゃさすがに大変じゃ…?」


驚きすぎて自分でも何言ってるかわからなかったが藤林さんは落ち着いた様子で答えてくれる。


「違うよ、まだ仕事は始めていないんだ、せめてもう一人くらいは人手が欲しくてね…それと、定休日の件だが、まだ決めてないんだ、それは後後決めていこうと思うよ」


「そ、そうだったんですか、もし、自分が入ったら、その…仕事は始められるんですか?」


「なんだ?気を遣ってくれているのか?そんな気遣いは無用だ」


「別にそう言う訳では無いですよ、もう少し詳しいことを聞いて、その上で考えます」


「なるほど、で、その詳しいことというのは仕事内容のこと、でいいのかな?」


ふむ、と一息置いてから、藤林さんが問いかけてくる。


「そうです、求人情報見ても正直わからなかったので」


「うーん…だが、求人情報に書いた通りなんだよなぁ」


「…は?」


「いやなに、様々な悩みを聞いて解決していこう!という仕事だよ、君もそれは見たのだろう?」


「まあそれは見ましたけど、悩み聞いてお金貰うってことですか?なんか釈然としないような…」


「カウンセリングの仕事なんてのもあるだろう、それと似たようなものだと思えばあながち間違いではないだろう」


そう言われれば確かにそうだ、カウンセリングの仕事も要は話を聞いて慰めたり相手の気持ちを落ち着かせたりして金を貰っているわけだからな。ならそれはいいとして、もう一つの方も聞くとするか。


「確かにそうですね、では、給料の件も聞いていいですかね?」


「おぉ、そうだなぁ、給料ねぇ…」


そういって、藤林さんは少しの間瞑目する。その顔があまりにも綺麗で、また見惚れてしまいそうになってしまい、慌てて視線を逸らす。やがて、ゆっくりと目を開けながら言った。


「正直なところ、仕事の量で決まってきてしまう、たくさん客が来れば多い、逆に少なければ少ない」


予想していた通りの答えだ。だかこればっかりはやってみないと沢山来るのか来ないのかなんてのはわかりゃしない。正直、魅力的な部分は少ないと思える。


「ですよね…」


「須藤くん」


「はっ、はい」


急に名前で呼ばれて一瞬戸惑ってしまう。


「君は、人の悩みを聞き、相談に乗り、それを解決したことはあるかね?」


「まぁ、なくは、ない?ですかね」


「そうか、その時君はどんな気持ちだった?」


どんな気持ち…?それは言葉にはなかなか言い表すことが出来ない、安堵?いや、優越?ちがうな、喜びというか…。やはりわからない。


「ちょっと言葉では表しにくいですね…でも、悪い気はしなかったです」


「そうだろう、では逆に、悩みを聞いてもらい、相談し、解決してもらったことは?」


「それも…あります、ね」


「どんな気持ちになった?」


確かにあった。そんなことが、でもこれは言葉に表せるかもしれない。


「なんというか、すごく助かったし、嬉しかった、それに、聞いてくれた人に感謝しました」


「そうだろう」


藤林さんは、もうぬるくなったであろうコーヒーに口をつけてから、真剣な目で俺を見る。


「悩みを抱えている人が皆、それを聞いてくれる人がいるとは限らない、だから、私達がそれを聞いてあげられる人になればいい、もちろん全て解決できるとは限らないが、それでも、私達でも救える人はいるはずだ、君が悩みを聞いてもらって助かったと思い、感謝したように、他の人たちも悩みを聞いてもらえれば助かるし感謝もするだろう、私達はその悩みを解決すべく、全力を尽せばいい、それが、私達の仕事だ」


救いたい。そんな風に藤林さんの台詞を聞いて思ってしまった。実際救えるかはわからないが、この人となら、もしかしたら救える可能性があるのではないかと、そう思わされるほどの迫力があった。


「あの…」


「ん?」


「ここで、仕事をさせて下さい」


直球すぎただろうか。藤林さんは目を大きく開いてパチクリさせている。まずい…と思ったが、帰ってきた言葉は意外なものだった。


「あぁ、よろしく、須藤くん」


俺が呆気に取られていると。藤林さんは微笑みながら、右手を伸ばしてくる。反射的に、俺も右手を伸ばし、手を握る。


「あ、ありがとうございます、よろしくお願いします!」


あぁ、仕事は嫌なものでしかないと思っていたが、この仕事は嫌だと思わないかもしれないな。でも、だからといって好きにはならない、当然、仕事は仕事、それは変わらないのだから。かと言って、手を抜く訳では無い、これからは、沢山の人の悩みを解決するため、全力を尽くしていこうと、そう決めた。まぁあれだ、やれるだけ、やってみるか。

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