第九十二魔 覚悟なさい
「腐宙人のリーダー、クーサリ・キッテルがお送りする前回のあらすじ。私、クーサリ・キッテルは801人から成る腐宙人のリーダー。微力ながらも、長年みんなをまとめてきた私だけれど、そんな私にも、最近一つの悩みがある。それは、私の右腕と左腕とも言うべき、クサー・テールとワターシモ・クサテルが反目しているらしいということ。どうやら、相棒固定&左右固定派のクサーと、雑食派のワターシモの意見が合わず、それが腐宙人全体にまで波及し、今や私達は完全に二極化してしまい、一触即発な空気になってしまっているの。こんなことは長い腐宙人生活でも初めてで、正直戸惑っているのだけれど、私は信じている。今は反目していても、私達は同じ、女性用成人向け漫画を心から愛している同志。心根は一緒なのだから、また共に手を取り合って笑い合える日が必ず来ると。そして、こちらもピリピリした空気は拭えない、人狼ゲームの泣きの1回は、どのような結末を迎えるのかしら?それでは後半をどうぞ」
「ちょっと!?トイレにまで入ってこないでくださいよ!?てか、鍵掛かってるのに、どうやって入ってきたんですか!?」
「うふふ、私達の技術力をもってすれば、この程度は容易いことよ」
「堕理雄、トイレの中で何を騒いでいるの?誰かそこにいるの?」
「い、いや、ただの独り言だよ!すぐ行くから気にすんなよ!」
「そう。早くしてね」
「うふふ、頑張ってね。私も応援してるわ」
「……」
そう思うなら早く出て行ってくれませんかね?
「そんじゃあまた、1人1枚役職カードを取ってくれ」
ゲームマスターの伊田目さんが、役職カードを俺達に差し出した。
ドキドキしながら手に取ったカードを確認すると、今回の俺の役職は、何と『占い師』だった。
……おお。
メッチャ重要な役キタなこれ。
やはり村人側が勝てるかどうかは、占い師の働きにかかっているところが大きい。
正直1回戦目の真衣ちゃんは、占い師役を全うしたとは言い辛いし、今度こそは俺が真衣ちゃんの兄として、占い師のお手本を示せるように頑張らなくては。
こういうことを言っていると、全部フラグになりそうで若干怖いが……。
「みんな自分の役職は確認したな?そしたらカードを回収するぜ」
俺達はまた1枚ずつ、伊田目さんに役職カードを渡した。
「ほんじゃ、俺は厨房で待ってるからよ。1人ずつ来てくれ」
伊田目さんは背中を向けて、厨房へと歩いていった。
「フフフ、では今回も、1回戦目で獅子奮迅の活躍を見せた私から行かせてもらうわね」
「あまり調子に乗るんじゃありませんよ悪しき魔女!今度こそあなたを、処刑台に送ってあげますからね!」
「フフフ、楽しみにしてるわよ、胸と器の小さい検事さん」
「クソがああああああ!!!!」
既に沙魔美のペースに飲まれてるけど、大丈夫かな真衣ちゃん……。
俺達は1回戦目と同じ順番で厨房に向かい、最後に俺の番が来た。
今回の俺は、誰か1人を人狼か否かゲームマスターから聞くという、大事な使命を授かっている。
問題は誰を占うかだが……。
「よう普津沢、今回は占い師か。重要な役どころだな」
伊田目さんはニヤニヤしながら、占い師のカードをひらひらさせて俺に見せてきた。
「……ええ。プレッシャーで押し潰されそうですよ」
「ククク、とてもそんな顔には見えねーけどな。で?誰を占うんだ?」
「……菓乃子を占います」
「ホウ、なるほどな」
伊田目さんが何に納得したのかはよくわからないが、俺だって確固たる根拠があって菓乃子を指名した訳じゃない。
そもそも今の時点では、誰が人狼かなんて誰にもわかりっこないんだから、半分は当てずっぽうだ。
ただ、人狼だったら厄介な人物は誰かと考えた時に、真っ先に浮かんだのが菓乃子だっただけだ。
もちろん未来延ちゃんと沙魔美も厄介だが(後の2人は、まあ……お察しということで)、この2人は1回戦目で人狼側だったから、菓乃子だけがまだ人狼側だった時のサンプルが取れていない。
菓乃子の頭の良さは俺もよく知っているし、菓乃子が人狼だったらと思うと震えが止まらないので、早い内にシロクロハッキリさせておきたいと思ったのだ。
「じゃあ発表するぜ。菓乃子ちゃんは……」
……ゴクリ。
どっちだ。
「…………人狼、ではない」
「!」
……よかった。
これで一番最悪のパターンは回避できたかもしれない。
とはいえ、菓乃子が狂人の可能性までが否定された訳じゃない。
今度こそ真実を見極めるために、細心の注意を払わなくちゃな。
「ここで一発で人狼を当てたりすると、なかなか面白い展開になるんだがな」
「すいません。俺、持ってなくて」
「いやいや、これはこれで十分見応えがあるぜ。じゃ、ホール戻るぞ」
「はい」
ホールに戻ると今回はゲームが始まる前から、既に空気は戦場と化していた。
その空気に当てられて、俺も後頭部の辺りがカッと熱くなるのを感じた。
麻雀の勝負が始まる時に、いつも感じるアレだ。
もしかしたらこれは、大量に分泌されたアドレナリンが、脳の中を縦横無尽に駆け巡っている感覚なのかもしれない。
「それじゃあ最後の人狼ゲームを始めるぜ。5分間、自由に議論してくれ。諸君らの健闘を、心より祈る」
伊田目さんは大きく手を打ち鳴らした。
これにて、勝負の扉は開かれた。
「ハイハーイ!今回はこの私に司会進行を任せてもらえませんか?」
「「「!」」」
真衣ちゃんが元気よく手を挙げて、そう提案してきた。
またこの子は……。
懲りるという言葉を知らないのだろうか?
1回戦目で、目立つ行動を取ったばかりに、あれだけズタボロにされたというのに。
……いや、待てよ。
真衣ちゃんが狂人なんだとしたら、この行動もある種の作戦とも取れるな。
敢えて注目を自分に向けさせることによって、人狼を紛れさせる。
……個人的には真衣ちゃんがそこまで考えて行動しているとは、あまり思えないが。
「フフフ、私は別にマイシスターが司会でも構わないわよ。マイシスターが人狼側でなければの話だけど」
「失礼な!私は正真正銘の村人です!あなたこそ、今度こそ人狼なんでしょ悪しき魔女!?」
「フフフ、どうかしらね」
「真衣ちゃん、私も真衣ちゃんが司会でいいよ。お願いね」
菓乃子の言い方は、暗に「やるからにはシッカリやってね」とも取れる言い方だった。
将来菓乃子が社会人になって、後輩が出来たらこんな感じなんだろうなと、全然関係ないことを、俺はふと思った。
「ありがとうございます菓乃子さん!では最初に、占い師の方は名乗り出ていただけませんか?」
「「「!」」」
急に何を言い出すんだ真衣ちゃん!?
今さっき君が初っ端に名乗り出て、痛い目を見たのを忘れたのか!?
もしもここで名乗り出ようものなら、確実に処刑候補にされるのは明らかだ。
真衣ちゃんが何を考えているのかは謎だが、ここは黙っておくに限る。
「……うーん、どなたも名乗り出ませんか。残念、ここで名乗り出れば、その人は人狼側の可能性が高いと思ったんですが」
「「「!?」」」
何で!?
「……何でそう思ったのかな真衣ちゃん?」
「はい、菓乃子さん!だって本物の占い師は、先程の私の失態を間近で見ている訳じゃないですか。それなのに名乗り出てきたとしたら、逆にその人は怪しいと思いませんか?」
「……なるほどね」
自分で失態とか言っちゃう辺りに、真衣ちゃんの心の強さがよく表れている。
過去の失敗はちゃんと失敗として認め、それを未来の糧とする。
まさにミス・ポジティブ!(何それ?)
俺の妹は、今日もカッコイイぜ。
「とはいえ、名乗り出る人がいなかった以上、この作戦は失敗ですね。さてと、ではこれからはどう進めていくべきですかねー。よし!では僭越ながら、私が悪しき魔女以外で、人狼だと思っている怪しい人物をここで発表したいと思います!」
!?
何だって!?
「怪しい人物といいますと?」
未来延ちゃんが真衣ちゃんに合いの手を入れた。
「はい!それはズバリ、あなたですよ未来延さん!」
「「「!」」」
真衣ちゃんはビシッと未来延ちゃんを指差した。
未来延ちゃんが!?
まさかの2連続で、人狼だって言うのか!?
それは確率的に、あまりないことだと思うんだが……。
「ホホウ、私が人狼だと思う根拠は何ですか真衣ちゃん?」
対する未来延ちゃんは、いつも通りの鷹揚な態度で返した。
「フッフッフ、それはですね、あなたのその冷静沈着な態度ですよ!」
「ほ?」
流石の未来延ちゃんも、ちょっと意味がわからないといったような顔をした。
未来延ちゃんにこんな顔をさせるなんて、なかなかやるじゃないか真衣ちゃん(褒めてはいない)。
でも確かに、冷静沈着な態度だから怪しいというのは、まったくの意味不明だ。
オドオドしていたら怪しいというのならまだしも、冷静だと怪しいと言い出したら、怪しくない人物なんていなくなってしまわないか?
「えーと、どういうことか説明していただけますかね?私頭が悪いもんで」
未来延ちゃんは謙遜してそう言った。
「何を仰いますか!またそうやって私達を煙に巻こうとして!私が未来延さんを人狼だと思うのは、雰囲気が1回戦目の時とまったく同じだからですよ!」
「……ふーむ」
未来延ちゃんは顎に手を当てて、真衣ちゃんの言葉を反芻しているようだった。
つまり真衣ちゃんの言いたいことはこういうことか?
今の未来延ちゃんが1回戦目の時と同じく、冷静沈着な態度でいるから、今回も人狼なんだろうってこと?
……まあ、言いたいことはわからんでもないが、それは真衣ちゃんみたいな、普段はワイワイしてる子が、人狼の時だけ冷静になってるって場合だけ、当て嵌まることじゃないかな?
言うまでもなく未来延ちゃんは常に冷静沈着だし、人狼だからこんな態度を取ってる訳じゃないと思うんだけど……。
牽強付会もいいところだ。
今さっき真衣ちゃんのことを、ミス・ポジティブと褒めておいてなんだが、やっぱり真衣ちゃんは、興奮すると周りが見えなくなっちゃう嫌いがあるな。
ひょっとすると、真衣ちゃんは人狼側で、俺達を攪乱するためにこんなことを言っているのかもしれないが……。
「理由はそれだけじゃありませんよ!」
「「「!?」」」
真衣ちゃんは尚も続けた。
「1回戦目の結果から鑑みるに、人狼側だった時に一番脅威なのはやはり未来延さんです。ですから仮に未来延さんが狂人なんだとしても、このターンで処刑しておくのが無難だと、私は考えます!」
「「「!」」」
……なるほど。
今度の意見は一理あるな。
確かに未来延ちゃんが人狼側だった時の厄介さは、俺も身に染みて実感している。
その脅威を取り除いておけるのならば、このターンの投票権を使うのも、悪くはない戦法に思えてくる。
ただそれは同時に、最強の味方を失うリスクにも繋がる訳だが……。
「アッハハー、そう来ましたか。なるほどなるほど。自分で言うのもなんですが、活躍し過ぎるのも考えものってことですね。出る杭は打たれると言うか」
未来延ちゃんは、至っていつも通りの、あっけらかんとした様子で言った。
「うーむ。みなさんの空気的に、ここから挽回するのは難しそうですねー。そういうことでしたら、今回は処刑されるのもやぶさかではありませんが、その前にみなさんに1つ、アドバイスをお送りします」
「アドバイス?」
「ええ、それは――」
「ハイ、ストーップ。議論タイムはここまでだ。投票に移ってくれ」
っ!?
もう時間か!?
今未来延ちゃんは何を言いかけたんだろう?
まあ、時間が来てしまったものはしょうがない。
さてと、それにしても、これは何とも言えないな。
果たして未来延ちゃんに投票すべきなのか、そうでないのか……。
「ハーイ!私はもちろん未来延さんに投票します!理由はさっき言った通りです!」
真衣ちゃんは間髪入れずに、未来延ちゃんに投票した。
それを受けて、未来延ちゃんはゆっくりと口を開いた。
「では私は立場上、真衣ちゃんに投票しておきますかね。真衣ちゃんが人狼側だと思っている訳ではありませんが、私がこのターンを生き延びるためには、他に投票候補になりそうなのは真衣ちゃんくらいしかいませんから」
未来延ちゃんは、諦観の籠った声でそう言った。
実際、自分がこのターンで処刑されることを、なかば受け入れているようにも見える。
「ああそうだ。さっき言いかけたアドバイスですが、みなさん、このゲームは、『確実なこと以外は信じない』方がいいですよ」
「「「!」」」
「私から言えることは以上です」
……。
『確実なこと以外は信じない』、か。
確かにそれはその通りかもしない。
1回戦目で未来延ちゃんが味方である沙魔美に投票したことからもわかるが、一見村人っぽい行動を取っている人でも、実は人狼が村人っぽく振る舞っているだけの可能性も高いからだ。
だからこそ不確かなことは、全て鵜呑みにはしない。
信じていいのは、『確実なこと』だけだ。
そしてこの場合の確実なことというのは、具体的に言うと何か?
俺の立場からしたら、それは『菓乃子は人狼ではない』ということだ。
占いの結果、それは確実になっている。
そしてこのターンで未来延ちゃんが処刑されれば、未来延ちゃんが人狼かどうかも確定する。
仮に未来延ちゃんが人狼でなかった場合は、次のターンで俺が他の3人の内の誰かを占えば、人狼候補を2人にまでは絞れる。
これが『確実なこと』。
これ以外は全て疑う。
……うん。
確かにこれは良いアドバイスだ。
大分希望が見えてきた気がする。
かといってこうやってアドバイスすることも、未来延ちゃんの策略なのかもしれない以上、未来延ちゃんへの疑いは、依然晴れないが……。
「……ウチはそれでもお嬢に投票するで。やっぱお嬢は怖いわ。ウチの野生の勘が、ここでお嬢を処刑しとけって、ビンビンに言うとる」
「……悔しいけど今回は私もピッセに賛成よ。1回戦目で味方だった私にはわかるわ。未来延さんが人狼だったとしたら、野放しにしておいたら村人側の敗けはほぼ確実になるもの」
ピッセと沙魔美の投票を受けて、未来延ちゃんは逆に誇らしげに微笑んだ。
これで未来延ちゃんは3票。
あと1票でも入れば、その時点で未来延ちゃんの処刑は確定だ。
……どうする?
俺は誰に投票する?
「……私も未来延ちゃんに投票するよ。未来延ちゃんを人狼だと思ってる訳じゃないけど、沙魔美氏の言う通り、未来延ちゃんを生かしておいたら、2ターン目が不安でしょうがないの」
菓乃子が未来延ちゃんにとどめを刺した。
未来延ちゃんは笑顔のまま、ゆっくりと瞳を閉じた。
……結局俺は、最後まで決められなかったな。
「……もう消化試合になっちゃったけど、俺も未来延ちゃんに投票する。理由はみんなと同じ。流されやすいって言われそうだけど」
未来延ちゃんは、「いえいえ」とでも言いたげな顔で、ひらひら手を振った。
「よし。今回の処刑者は未来延だな。それでは結果を発表しよう。未来延は……」
……フー。
どっちだ。
「…………人狼、ではない」
「「「!!」」」
……やはりか。
流石に2連続で人狼は、確率的に低いよな。
まだ狂人の可能性は残るけど。
だがこれで、人狼は真衣ちゃん・ピッセ・沙魔美の中の誰かに絞られた。
今度こそ俺が人狼を暴いてやる。
首を洗って待ってろよ、人狼!
「という訳で2ターン目に突入だ。俺は厨房で待ってるぜ」
占い師の腕の見せ所だぞ、とでも伊田目さんの背中は言いたげだった。
わかってますよ伊田目さん。
村人側が勝つには、占い師である俺の今後の行動が、一番重要だってことは。
俺達はいつもの順番で厨房に向かい、最後に俺の番が来た。
「よっ、普津沢。いよいよこのゲームも大詰めだな。誰を占うかは決まってるか?」
「はい。……真衣ちゃんを占います」
「……ま、そう来ると思ってたよ」
でしょうね。
ここは真衣ちゃん一択だ。
1ターン目の真衣ちゃんのあの行動が、果たして村人としての善行なのか、それとも人狼として俺達を欺くための悪行だったのか、それをここでハッキリさせておくことは、2ターン目を戦い抜くための大きな指針になる。
「よし、では発表しよう。真衣ちゃんは……」
……ハー。
いかに。
「…………人狼、ではない」
「……」
善行だったか(狂人かもしれないが)。
とはいえ、これで人狼はピッセか沙魔美の二択だ。
あと一歩。
あと一歩だ。
覚悟しろよ人狼。
次こそはお前を、処刑台の上に送り届けてやる。
「という訳だ。さて、人狼はピッセちゃんと沙魔美ちゃん、どっちなんだろうな?」
伊田目さんは心底楽しそうにケラケラ笑った。
こんな時になんだが、伊田目さんと未来延ちゃんは、笑い顔がそっくりだな。
「それは次のターンでわかりますよ」
「ま、そりゃそうだな。ほんじゃホール戻るか」
「ええ」
正真正銘これがラストバトルだ。
果たして最後に笑うのは村人か人狼か。
その結末だけは、誰にも占うことはできない。
「……それでは僭越ながら、今回も私が司会進行を務めさせていただきます」
最後の議論タイムが始まった途端、真衣ちゃんは若干引け目を感じている素振りを見せながらもそう言った。
人狼だと大見得を切った未来延ちゃんが人狼ではなかったことが、大なり小なりショックだったのかもしれない。
当の未来延ちゃんは、既に死者になっているため喋りはしないものの、そのことを気にしている様子はまったくないが。
「では最初に、今度こそ占い師の方は名乗り出ていただけないでしょうか?今名乗り出ても、私は決して人狼だと疑いはしません。むしろ、今名乗り出なければ、占い師の方はいる意味がなくなってしまいます!」
っ!
ナイスアシストだ真衣ちゃん。
これで名乗り出やすくなった。
やはり真衣ちゃんは狂人ではないのかもしれない。
「真衣ちゃん、占い師は俺だよ。ありがとう、お陰で名乗り出られた」
「お、お兄さんッ!!」
真衣ちゃんは今日一の笑顔を見せて、俺のことを爛々とした目(所謂しいたけ目)で見つめてきた。
これでもし真衣ちゃんが狂人だったら、お兄さんショックで寝込んじゃうかもしんないな。
「チョイ待ち先輩。ウソはイカンな。ホンモンの占い師はウチやで」
「「「!!」」」
……ピッセ。
本性を現しやがったな。
これでピッセが人狼側なのは確定だ。
むしろ沙魔美は村人の可能性がある以上、ピッセは人狼そのものかもしれない。
何にせよ、先ずはみんなに俺が本物の占い師だということを信じてもらうのが先決だ。
「みんな騙されないでくれ!ピッセは噓を吐いている!本物は俺だ!」
「私はお兄さんを信じますよ!」
真衣ちゃん……。
「堕理雄君、ピッセ、とりあえず、1ターン目と2ターン目、それぞれ誰を占って、結果がどうだったのかを教えてくれないかな?」
菓乃子が笑顔で、ただし眼だけは氷のように冷たいまま、聞いてきた。
こ、怖い。
だがここが正念場だ。
ここで菓乃子を味方にできれば、勝利にグッと近付く。
大丈夫。
本物の占い師は俺なんだから、俺は正直にありのままを話せばいいんだ。
「じゃあ先ずは俺から言うよ。俺は1ターン目は菓乃子を占った。結果はシロだったよ」
「そう」
菓乃子は特にそれ以外の感想は言わなかった。
冷静に、且つ冷徹に、俺の真贋を頭の中で見極めようとしているのかもしれない。
「そして2ターン目は真衣ちゃんを占った。真衣ちゃんもシロだった」
「お兄さーんッ!!!」
真衣ちゃんは今にも泣き出しそうな顔になった。
いや、別に俺は占いの結果を言っただけなんだけど……。
「うん、よくわかったよ。ありがとう堕理雄君。で、ピッセはどうだったの?」
「フッフッフ、よくぞ聞いてくれたのう菓乃子。ウチは先ず、1ターン目は先輩を占った。結果はシロや」
「……」
何を白々しい。
本当は占ってなんていないクセに。
「ほんで2ターン目は菓乃子を占った。もちろんシロやったで」
「……ふーん」
無難な線をつきやがって。
これじゃ菓乃子に俺が本物だと信じさせるのは難しいじゃないか。
ピッセの割には頭を使ってきたな。
…………ん?
待てよ。
「おいピッセ、お前今、2ターン目は菓乃子を占ったって言ったよな?」
「あ?ああ、確かにそう言ったで。何や先輩。それが何かオカシ言うんか?」
「ああ、おかしいね。だって普通、2ターン目は真衣ちゃんを占うはずだろ」
「え?…………あっ!」
ピッセは露骨に狼狽した素振りを見せた。
「私も堕理雄君と同じことを思った。真衣ちゃんは1ターン目に、未来延ちゃんを名指しで人狼だと断言して、結果未来延ちゃんは人狼じゃなかったんだから、誰だって真衣ちゃんは人狼側の人間なんじゃないかって疑うはず。それなのに私のことを占ったってことは、あなたは真衣ちゃんが人狼側じゃないことを知ってたってことでしょ?」
「そ、それは……」
ピッセは必死になって言い訳の言葉を探しているようだが、その態度が既に、自白に等しいものになっていた。
よし、これでみんなに俺が本物の占い師だと信じてもらうことはできた。
いよいよ勝利まで、手を伸ばせば届くところまで来たぞ!
――が、その時だった。
「やれやれ、ホントカマセには困ったものね。これだからあなたとは組みたくなかったのよ」
「「「!!!」」」
「ピッセや!って、魔女!?ジブン……」
今回は比較的大人しくしていた沙魔美の口から、信じられない言葉が飛び出した。
どういうことだ沙魔美のやつッ!?
自ら人狼側だと告白するなんて!
そんなことをしても、自分達が不利になるだけだろうに。
いったい何が狙いだっていうんだ……?
「まあ、こうなってしまったらもう、人狼側の敗けはほぼ確定だものね。潔く白状するわ。人狼は私よ」
「「「!!?」」」
バカな!?
沙魔美はそんな、潔く敗けを認めるような女じゃない!
むしろ泥水を啜ってでも、最後の最後まで勝つことに執着し続けるはずだ!
それは俺が一番よく知っている。
確実にこれは罠だ。
恐らく人狼はピッセで、ピッセを庇うために、狂人の沙魔美が身代わりになろうとしているんだろう。
……いや、待てよ。
むしろ逆か?
俺達にそう思わせるように誘導して、狂人のピッセを処刑させようとしているのか?
クソッ!
これじゃ思考が堂々巡りだ!
何かないか……?
人狼を特定する、確実な根拠は……?
「ま、魔女……」
…………!!
親を見失った雛鳥みたいにオドオドしているピッセを見て、俺の頭にある仮説が浮かんだ。
そしてその仮説は加速度的に膨らんでいき、遂には俺の頭の中を満たすまでになった。
「菓乃子、真衣ちゃん!わかったぞ!人狼はピッセだ!!」
「「「!!」」」
「ほ、本当ですかお兄さん!?」
「……そう思った理由を聞かせてくれる?堕理雄君」
「ああ、そもそも何で沙魔美が人狼だって名乗り出たかが、全ての答えなんだ」
「ほうほう!それでそれで!」
「……」
菓乃子と真衣ちゃんのリアクションは正反対だが、俺は構わず続ける。
「ではここで、あのまま沙魔美が名乗り出なかった場合のことを考えてみてくれ。明らかにあの時点で、ピッセは人狼側だと俺達にバレていた。あのまま行けば、恐らくこのターンは、ピッセが処刑されていただろう。だからこそ沙魔美は、自分が身代わりになるために名乗り出たんだ。人狼であるピッセを守るために」
「クッ!」
「……」
狼狽の色を隠せないピッセとは対照的に、沙魔美は思考が読めない夜の闇みたいな暗い瞳で俺を見つめている。
そんな眼をしても、もう無駄だぞ沙魔美。
あとはピッセを処刑すれば、俺達の勝ちだ。
「だから菓乃子、真衣ちゃん、俺と一緒に、ピッセに投票しよう!」
「は、はい!お兄さん!」
「…………ちょっと待って、堕理雄君」
「え?」
思わぬ菓乃子からの横槍に、俺は思わずマヌケな声を出してしまった。
「ど、どうした菓乃子?俺の考え、何か間違ってるかな?」
「……うん。残念ながらね」
「っ!」
「なっ!?菓乃子さん!お兄さんの完璧な推理の、どこが間違ってるっていうんですか!?」
「……あのまま行けば、ピッセが処刑されるってところよ」
「!?」
「そ、それのどこが……」
「冷静に考えて。あの時点では、ピッセが人狼側だってことが判明しただけで、人狼そのものだと確定した訳ではなかったでしょ?」
……あっ!
「むしろピッセが狂人だった場合は、消去法で沙魔美氏が人狼なことが確定する訳だから、処刑対象が沙魔美氏になる可能性も、十二分にあったと思うの」
……確かに。
「だからそうなる前に、自ら名乗り出ることで、ピッセを庇ったように私達に見せかけて、逆に狂人であるピッセを処刑させようとした。そんなところでしょ?沙魔美氏」
「……フフフフ、さて、どうかしらね?ご想像にお任せするわ」
相変わらず沙魔美の表情は読めなかったが、さっき以上に全身汗だくになっているピッセを見て、俺はなかば確信を得ていた。
「そこまで。議論タイム終了のお時間だ。投票に移ってくれ。長かった村人と人狼の戦いもこれで終わり。果たして、勝つのはどちらかな?」
伊田目さんはまたテーブルの上に右手で頬杖をついて、学校の先生の様な顔で、俺達を眺めている。
「じゃあ私から」
菓乃子が覚悟を決めた眼で、沙魔美をジッと見つめた。
「……私は沙魔美氏に投票する。理由はさっき言った通り。でも、ひょっとしたら、これすらも沙魔美氏の策略なのかもしれない。そうだとしたらもう降参。私は敗けを認めるわ」
菓乃子は大袈裟に、両手を広げておどけてみせた。
そんな菓乃子を見て、真衣ちゃんは、「お兄さん、どうしましょう?」みたいな目線を送ってきた。
真衣ちゃん、安心してくれ。
俺は今度こそ迷わない。
俺は未来延ちゃんのアドバイスを反芻していた。
『確実なこと以外は信じない』。
未来延ちゃんはそう言っていた。
ではこの場面で確実なことというのは何か?
先ず1つは、人狼はピッセか沙魔美のどちらかだということ。
そしてもう1つは、菓乃子はとても頭が良いということだ。
それは俺が一番よく知っている。
そんな菓乃子が、沙魔美が人狼だと断じたのだ。
それ以上に確実なことなど、今この場にはない。
「……俺も沙魔美に投票するよ。理由は、誰よりも菓乃子を信じているからだ」
「堕理雄君……」
何故か菓乃子は、今にも泣き出しそうな顔になった。
え?
俺何か、マズいことでも言った?
「ぐぬぬぬぬ。お兄さんの信頼をそこまで勝ち取っている菓乃子さんには、嫉妬の念を禁じ得ませんが、今回は宣言通り、悪しき魔女を処刑台に送れたということで、よしとしましょう。――さあ、覚悟なさい悪しき魔女!!魔女狩りのお時間です!!私も……悪しき魔女に投票します!!」
真衣ちゃんが沙魔美にビシッと指を突き立てた。
これにて沙魔美の処刑が決定。
後は沙魔美が魔女なら……間違えた。沙魔美が人狼なら俺達の勝ち。
人狼ではないなら沙魔美達の勝ちだ。
……さて。
「……フフフ、まさかこういう結末になるとはね。ゲームマスター、もう私の処刑は確定したんだから、私は投票しなくてもいいわよね?」
「ああ、別に自由にしていいぜ。もちろんピッセちゃんもな」
「お、おう……」
尚も全身汗だくのピッセは、俯いたまま大層気まずそうにしている。
「では結果は私の口から直接発表させてもらうわね。私は――」
……。
……。
……。
……。
……頼む!
「…………人狼、ではないわ」
「「「!!!」」」
「なーんてウッソー。人狼よ人狼。あーあ、堕理雄のことは上手く騙せたと思ったのに、菓乃子氏の眼は欺けなかったわね」
!?!?!?
「ウオオォォイ沙魔美!!心臓に悪い冗談はよせよ!!!」
「何よ!こっちはカマセっていう、うっかり八兵衛を抱えて戦ってたんだから、これくらいの意趣返しは許してくれたっていいじゃない!」
「ピ、ピッセや……」
心なしかいつもより、ピッセの声が小さい。
「お兄さんッ!!」
「え?うわっ」
真衣ちゃんが嬉しさのあまり、俺に抱きついてきた。
ちょ、ちょちょちょちょっと真衣ちゃん!?
それはマズいって!?
ただでさえ沙魔美は今、内心はらわた煮えくり返ってるんだから!
と、思って沙魔美の方を恐る恐る見ると、沙魔美は途轍もなく不穏な笑顔で俺と真衣ちゃんのことを見下ろしていた。
ヒイッ!
あれは本気で沙魔美がキレている時に見せる、深淵の笑顔!(俺命名)
あわわわわわ。
「堕理雄君、ありがとう。私のことを信じてくれて」
「か、菓乃子!?」
今度は菓乃子が頬を赤らめながら、俺の手を握ってきた。
いやだから、今はそういうのはマズいんだってば!?
ホラ!いつの間にか沙魔美の右手の爪が1メートルくらい伸びてる!!
このままだとあれで俺達3人仲良く、サイコロステーキにされちゃうよ!?
「いやー、やっぱり沙魔美さんが人狼でしたか。1ターン目に私が処刑された時に、そうじゃないかと思ったんですよね」
「「「!!」」」
だが、そんな空気をぶち壊してくれたのは、他ならぬ未来延ちゃんだった。
「……どういうことかしら未来延さん?あの時点では、私を疑うような要素は1つもなかったはずよ」
「いえいえ、1つだけありましたよ。それは、名前の呼び方です」
「名前?」
呼び方?
「ええ、私に投票する時に、沙魔美さんはピッセちゃんのことを、『ピッセ』って呼んでたじゃないですか。いつもなら、『カマセ』って呼んで、『ピッセや!』って返すのが、お約束なのに」
「「「!!」」」
た、確かに……。
「流石の沙魔美さんも、自分が人狼だというプレッシャーで、思わずそう呼んでしまったんでしょうね。私も1回戦目で人狼だったんでわかるんですが、やっぱり人狼が一番緊張するんですよね。何せ、自分が処刑されたらその時点で敗けてしまう上、村人のフリをするために、噓に噓を重ね続けなければいけないんですから」
「「「……」」」
未来延ちゃんはとても緊張してるようには見えなかったけどね。
沙魔美は今度こそ本心から敗けを認めたのか、フウッと1つため息をついてから、何もない天井を仰ぎ見た。
やれやれ。
もしも未来延ちゃんが1ターン目で処刑されていなかったら、もっと早く村人側は勝ててたんだろうな。
「ス、スマンかった魔女……。ウチがヘマしたばっかりに……」
ピッセはしおらしく、沙魔美に謝った。
「……もういいわ。あなただけのせいじゃないもの。その代わり、ゲームマスター」
「ん?何だい沙魔美ちゃん」
「今日はもう、堕理雄はバイトを上がらせていただいてもよろしいかしら?」
「ああ、いいぜ。もう閉店作業は終わってるしな」
「さ、沙魔美!?」
どうしたんだ急に!?
「それではみなさん御機嫌よう」
「ちょ、ま――」
沙魔美が指をフイッと振ると、俺と沙魔美は一瞬で俺の部屋までワープした。
「……何だってんだよ沙魔美。そんなに敗けたのが悔しかったのか?」
「……」
沙魔美は無言のまま、俺をベッドの上に押し倒した。
「ぬおっ!?沙魔美!?」
「……ええそうよ」
「?」
「メッッッッッチャクチャ悔しいわ!!」
「!?」
「私はね……敗けるのが大ッッッッッ嫌いなのよッ!!」
「……沙魔美」
沙魔美は瞳を涙で潤ませながら、吐露した。
そんなに悔しかったのか……。
まあ、この歳で壁サー作家になってるくらいだ。
これくらい敗けず嫌いじゃないと、そこまでにはなれないのかもしれない。
「だから、腹いせに堕理雄には犠牲になってもらうわ」
「え?」
どゆこと?
「だってそうでしょ?本来のルールなら、人狼は村人を襲うことができるって未来延さんも言ってたじゃない?私は人狼だったんだから、村人である堕理雄を襲う権利があるのよ」
「何だよその無茶苦茶な理屈……」
「という訳で、今夜は寝かさないからね。覚悟なさい」
「えぇ……」
沙魔美は獲物を前にした狼の如く、瞳を金色に輝かせた。
だ、誰か助けてー!




