第九十一魔 ウチもやってもエエで
「みなさん!今日は『人狼ゲーム』をやってみませんか?」
「アラ、面白そうね未来延さん。私人狼ゲームってやったことないんだけど、堕理雄はルール知ってる?」
「いや、俺も名前くらいしか聞いたことはないな」
「私はやったことあるよ沙魔美氏」
「菓乃子、その人狼ゲームってのは、どないなゲームなんや?」
「え、うーんと、一言では説明し辛いんだけど……」
「お兄さんお兄さん、私にも人狼ゲームのルールを教えてください!」
「俺の話聞いてなかったの真衣ちゃん?」
「じゃあ試しにこの6人でやってみましょうか。玉塚さんと琴男きゅんは、明日から公演の本番だから来れないでしょうし。お父さん、ゲームマスターの役やってくれる?」
「ああいいぜ。そんじゃ今日はもう、店閉めよう。普津沢、閉店準備だ」
「あ、はあ」
久しぶりに出た。
スパシーバ名物、開店、即、閉店。
今日も肘川の街は平和です。
「先ず、人狼ゲームというのは、ある村に村人のフリをして潜伏している人狼を探し出すというのが主な目的のゲームです」
未来延ちゃんが、それではお耳を拝借とばかりに、ルール説明を始めた。
「プレイヤーは村人陣営と人狼陣営に分かれて、村人陣営は人狼を全滅させたら勝ち、人狼陣営は村人を人狼と同数以下にすれば勝ちなんですが、今回は人数が少ないので、少しルールをアレンジしましょう」
「アレンジ?」
「ええ、一つ一つご説明させていただきますね。通常は、先程の勝利条件をどちらかが満たすまで、延々とゲームは続くんですが、今回は最大2ターンまでしかゲームは行わないものとします。各ターンの最初の5分間は議論タイムで、ここで互いに議論を交わし、村人陣営は人狼を炙り出すために尽力します。逆に、人狼側は、いかに村人のフリをして村人側を騙すかが、このゲームの肝です」
ふむふむ。
「そして議論の後は、早い者順で人狼だと思う人物に、1人1票ずつ投票し、最多得票数になった人は処刑されます。ここで見事人狼を処刑できれば村人側の勝ち。逆に2ターン逃げ切れば人狼側の勝ちです。ここまではよろしいですか?」
「よろしくてよ」
「何だそのコッテコテなお嬢様キャラは」
「ちなみに、プレイヤーにはそれぞれ役職が与えられるんですが、村人陣営には『村人』と『占い師』、人狼陣営には『人狼』と『狂人』がいます。村人は3人、それ以外の役職は各1人です」
ほうほう。
「村人は特殊な能力を何も持たない一般人です。そして占い師は、1ターンに1回、任意の人物を占って、人狼か否かを自分だけ知ることができます。村人陣営の切り札的な役職ですね。そして人狼は、本来のルールですと、ターンの終わりに村人を1人、襲撃して殺すことができるんですが、今回は優しい人狼ということにして、殺すのはナシにします」
「それならわざわざ人狼を探す必要もないんじゃない、未来延さん?」
「いちいち茶々を入れるな沙魔美。それじゃゲームにならないだろ」
「アッハハー、まあ、危険因子は排除したくなるのが人間の性ということでここは一つ。そして最後に狂人ですが、狂人は身体は村人なんですが、人狼に味方している、人狼側の人間なんです。ですから狂人は村人でありながら、人狼を勝たせることが目的という、一番特殊な立ち位置です。ここでポイントなのが、狂人は占い師に占われても、村人と判断される上に、処刑されても人狼側の敗けにはならないということです。あくまで村人側は、人狼を処刑することが目的ですので、お忘れなく」
なるほど。
これは狂人がキーパーソンになりそうだな。
単純に人数では4対2で村人側が有利だが、狂人の存在がある以上、一概にそうとも言えなそうだ。
「基本的に役職は自分以外には伏せられていますが、人狼と狂人だけは、あらかじめお互い誰が該当者なのかを、ゲームキーパーから教えてもらっています。ただし、作戦タイムなどは設けませんので、阿吽の呼吸でお互いをカバーしあうことになります。――と、大まかなルールはこんなところですかね。何かご質問はございますか?」
「大丈夫よ。後は1回やってみて、細かい点は都度確認しましょ」
「俺もまあ、大丈夫だよ」
「私も」
「ピッセちゃんは理解できましたか?」
「ウチは人狼なんかに襲われても、素手でブッ飛ばすから大丈夫や」
「全然わかってねーじゃねーか」
「私はバッチリ理解しましたよ!要は、毎回悪しき魔女に投票すればいいんですよね?」
「真衣ちゃんもルールを曲解しているね……」
「アッハハー、では、ともあれ試しにやってみますかね。みなさんこの役職カードを1人1枚取って、周りに見られないように確認してください」
未来延ちゃんがどこからともなくトランプの様なカードを取り出し、俺達に差し出した。
言われた通り、1人ずつ取っていく。
コッソリ確認すると、俺の役職は『村人』だった。
ふむ。
一番無難な役職になったな。
取っ掛かりとしてはちょうどいいかもしれない。
「みなさん確認しましたね?ではカードを、ゲームマスターであるお父さんに渡してください」
「おう、預かるぜみんな」
俺達は1枚ずつ、伊田目さんに役職カードを渡した。
「じゃあお父さんは厨房で待ってて。後で行くから」
「あいよ」
伊田目さんは1人、厨房に向かった。
「それではお1人ずつ、厨房に行ってください。村人の方は特にすることはありませんが、占い師は誰か1人を指名して、人狼か否かをお父さんから聞くことができます。人狼と狂人は、パートナーの名前をお父さんから聞いてください」
「よっしゃ!最初は私から行くわ」
「あ!ズルいですよ悪しき魔女!自分だけ先に行くなんて!」
「真衣ちゃん、この順番に有利とか不利とかはないよ?」
「え?そうなんですかお兄さん?じゃあ別に、悪しき魔女が最初でもいいです」
「フフフ、本当にカワイイわね、マイシスターは」
「ムッ!」
むくれる真衣ちゃんを華麗にスルーして、沙魔美は厨房に向かった。
その後は、真衣ちゃん、ピッセ、菓乃子、未来延ちゃんの順で厨房に向かい、最後に俺がゲームマスターに会いに行った。
「普津沢は村人だな。俺はこのゲームは、村人の時が一番面白いと思ってるから、精々楽しめよ」
「はあ、そうなんですか?ま、探り探りやってみます」
「よし、じゃあ一緒にホールに戻るか」
「はい」
ホールに戻った俺達は、未来延ちゃんの指示の下、円形に椅子を置き、そこに座った。
伊田目さんはその少し後ろで、みんなの様子を俯瞰している。
「心の準備はいいなみんな?そしたら今から5分間、自由に議論してくれ。もちろん嘘を吐いても構わない。騙し合い化かし合いの、人狼ゲームの始まりだ」
伊田目さんは大袈裟に手を叩いて、ゲームの開始を宣言した。
さて、とはいえ、どうしたものかな。
ここで下手なことを言うと、途端に人狼だと疑われて処刑されかねないし、かといって黙ったままだと、それはそれで怪しまれる気がする。
ううむ。
これは単純なようで、意外と奥が深いゲームかもしれないぞ。
と、俺がそんな初心者丸出しなことを考えている時だった。
「ハイハーイ!ちょっといいですかみなさん!実は私は、占い師なんです!」
「「「!」」」
真衣ちゃんが声高に、自分の役職をバラした。
いや、もちろん真衣ちゃんが人狼側で、占い師を騙っている可能性もあるが……。
「……真衣ちゃん、真衣ちゃんは誰を占ったの?」
菓乃子が真贋を見極めんと、敏腕女刑事の様な眼をしながら真衣ちゃんに問いかけた。
おお、やっぱこういう時の菓乃子は、迫力あるぜ。
当然この菓乃子の言動も、全て演技な可能性は捨てきれないけど。
「ハイ!それはもちろん、一番怪しい悪しき魔女を占いました!」
「アラ、私?」
……!
まあ、でも、真衣ちゃんならそうするか。
逆にここで沙魔美以外の名前が挙がっていたら、途端に真衣ちゃんのクロ疑惑が濃くなるところだった。
「フフフ、それは光栄ね。で?マイシスター、私の診断結果はどうだったのかしら?」
「……はい、それが……誠に不本意ながら、悪しき魔女は人狼ではありませんでした……」
真衣ちゃんは、『なんの成果も!!得られませんでした!!』と言わんばかりに、拳をプルプルと震わせながらそう呟いた。
……そうか、沙魔美は村人なのか。
真衣ちゃんが本当のことを言っているのならだが。
「でもでも!悪しき魔女が狂人の可能性はあると思います!むしろ、普段から言動が狂人っぽいんですから、きっと狂人に決まってます!!」
さっきから私情入りまくりじゃない?
こう言っちゃ何だが、真衣ちゃんはあまりこのゲーム向いてないんじゃ……。
「それは有り得ないわマイシスター。だってあなたは嘘を吐いているもの」
「「「!?」」」
「う、噓ですって!?何を根拠に、あなたはそんなことを言うんですか!?」
「本物の占い師は私だからよ」
「「「!!!」」」
沙魔美!!
……これは一気に場が沸騰してきたな。
これで真衣ちゃんと沙魔美、どちらかが噓を吐いていることは確定だ。
そしてそれは同時に、どちらかが人狼側だということと同義でもある。
問題はどちらが噓を吐いているのかということだが……。
「……沙魔美、それでお前は、誰を占ったんだ?」
「フフフ、それは当然、堕理雄よ」
「!」
何が当然なのかはわからないが、まあ、誰を占おうが自由なのは確かだ。
「で、結果は?」
「人狼ではなかったわ」
「……そうか」
ここで沙魔美が俺を人狼だと断定すれば、沙魔美は人狼側なことが確定したんだが、これでは何とも言えないな。
「ちょっといいかなみんな」
菓乃子が手を挙げながら言った。
「どうぞどうぞ」
未来延ちゃんが鷹揚に応じる。
「他に私は占い師だっていう人はいる?いたら手を挙げてくれない?」
「「「……」」」
誰も手を挙げる者はいない。
「じゃあ私から提案なんだけど、このターンで投票する人は、真衣ちゃんと沙魔美氏の、二択に絞るってことでいいかな?」
「ええ、いいんじゃないですか。どちらかが人狼側なのは、ほぼ確定なんですし」
「私も構いませんよ!みなさんは絶対、悪しき魔女に投票してくれると信じてますから!」
「私も望むところよ。でもいいのかしら?仮に私が人狼側だとしても、マイシスターが私を人狼ではないと言っている時点で、私は狂人ってことになるけど。貴重な1ターンを、狂人を処刑することに使ってもいいの?」
「……まあ、それはそうだよね」
確かに俺もそれは思った。
あくまで人狼を処刑しない限り、村人側は勝利にならないんだから、ターンを消費するのが目的で、狂人の沙魔美が占い師だと名乗り出た可能性も高い。
「でも、狂人が村人側にとって一番厄介な存在だっていうのも確かだから、仮に沙魔美氏が狂人だったとしても、このターンで処刑しておくのもアリだと、私は思う」
菓乃子は極めて冷静に、且つ冷徹にそう言い放った。
「フフフフ、菓乃子氏にそんな冷たい眼で睨まれながら、処刑宣言してもらえるなんて、これは最早ご褒美ね」
「沙魔美氏……」
「黙れ変態魔女。ゲームの趣旨がブレるから、そういう発言は控えろ」
「ハイハイ」
しかし、菓乃子の言うことももっともだ。
沙魔美が狂人なんだとしても、現状真衣ちゃんと沙魔美以外に怪しい人物がいない以上、この2人を投票候補にするのが無難だろう。
「俺も菓乃子に賛成するよ。今回の投票候補は、この2人でいいと思う」
「お兄さん」
「ありがとう堕理雄君。ピッセはどうなの?さっきから、一言も喋ってないけど」
「え!?ウ、ウチか?ウチはまあ……どちらかと言えば、西野より東城派やけど」
「何の話よ!?あなた全然人の話聞いてないでしょ!?」
「い、いや、聞いとる!聞いとるって!ウチも菓乃子に賛成や」
「もう……シッカリしてよ」
ハハハ。
ピッセもすっかり尻の下に敷かれてやがる。
……まあ、俺も人のことを笑える立場じゃないが。
「ハイ、ストーップ。議論が白熱してるとこ悪いが、これにて議論タイムは終了だ。早い者順で、何故その人に投票したのか理由を言ってから、人狼だと思う人に投票してくれ」
もう終わりか!
クソッ。
結局真衣ちゃんと沙魔美、どちらがクロか確証は得られなかったな。
さて、どうしたもんか……。
「ハイハーイ!私は悪しき魔女に投票します!何故なら、私が本物の占い師だからです!悪しき魔女は絶対に狂人です!みなさんも絶対、悪しき魔女に投票してください!」
「それじゃあ次は私が投票するわ。もちろん私はマイシスターに1票よ。そもそもマイシスターが人狼である可能性が捨てきれない以上、このターンはマイシスターを処刑して、白黒つけておくのが無難だと私は思うんだけど、みなさんはどうかしら?」
「なっ!?またそうやって、適当なことを!?」
「真衣ちゃん、投票者以外の人は喋らないでね。そういうルールになってるから」
「ぐっ」
ゲームマスターから警告が入った。
でも、沙魔美の言うことも一理あるよな。
仮にこのターンで沙魔美を処刑しても、真衣ちゃんが人狼である可能性が残る以上、先ずは真衣ちゃんを処刑しておくべきなのかも……。
こういう思考をしてしまっている時点で、沙魔美の思う壺なのかもしれないが。
「では次は私が投票しましょうかね。私は沙魔美さんに投票します。何故なら真衣ちゃんの言動は、とても演技には見えないからです。真衣ちゃんは本物の占い師だと、私は思います」
「未来延さん……」
真衣ちゃんは感動のあまり、フィギュアスケートで日本人選手が良い結果を出した時の、織田信長の子孫みたいな顔をしている。
ううむ。
これで真衣ちゃん1票、沙魔美2票か。
…………よし。
「真衣ちゃん、申し訳ないけど、俺は真衣ちゃんに投票させてもらうよ。やっぱり真衣ちゃんが人狼な可能性が否定できない以上、ここでハッキリさせておきたいからさ」
「お兄さん……!?」
真衣ちゃんは一転、味方だと思っていた人物に裏切られた時の、福本漫画の主人公みたいな顔になった。
本当にゴメンよ真衣ちゃん。
でもこれ、そういうゲームだからさ。
「あー、そろそろウチも投票しとくか。そやなー、ウチはツルペタ娘に1票かのー」
「なっ!?何でですか!?」
「真衣ちゃん」
「ぐっ」
またしてもゲームマスターから警告が入った。
「んー、何でって言われてものー。何となくかのー」
「そんな……」
やっぱお前このゲーム向いてねーよ。
これで万が一ピッセが人狼で、これが全部演技だとしたら称賛ものだが。
でも、これで票数が逆転したな。
後は菓乃子がどちらに入れるかで、処刑者が決まるが……。
「……ふー、参ったなー。……伊田目さん、私がもし沙魔美氏に投票して、2人が同票だった場合は、決選投票になりますか?」
「そうだね。その時は、真衣ちゃんと沙魔美ちゃんに、一言ずつ弁明してもらってから、2人を除いた4人で、一斉に指を差して投票してもらう。それでも同票だった時は、ジャンケンで敗けた方が処刑ってことになるね」
「……わかりました。正直私は、現時点ではどちらがクロとも断定できないので、様子を見るためにも、ここは沙魔美氏に投票します」
……おお。
これで決選投票か。
「了解。じゃあ先ずは、真衣ちゃんから弁明してもらおうかな」
「ハイ!!えーと、何度も言っています通り、私は絶対に本物の占い師です!占い師がいなくなったら、村人側は圧倒的に不利になってしまいます!ですからどうか、悪しき魔女にみなさんの清き1票を、よろしくお願いいたします!!」
選挙演説みたいになってるよ真衣ちゃん(必死さは伝わってくるが)。
やっぱり真衣ちゃんは噓を吐いてないように見えるな……。
「では次は私ね。こうなった以上は、みなさんにここで、マイシスターが人狼側だという、確固たる証拠を開示しましょう」
「「「!?」」」
何だって!?
確固たる証拠だと!?
そんなものどこに……。
「本当はみなさんに、自分で気付いてもらいたかったんだけどね」
「しょ、証拠って、出任せもいい加減にしなさい!!」
「フフフ、出任せなんかじゃないわ。それはね、マイシスターが、開口一番占い師だと名乗り出たことよ」
「「「!!」」」
「そ、それが何か……」
「よく考えてもみて。占い師は村人側で、一番重要な役職なのよ?何としても2ターン目までは生き残ることが最優先なはず。それなのにあんなすぐ名乗り出たら、逆に目立ってしまうわ。私はニセモノの占い師が名乗り出た以上、あそこで名乗り出ないと信用してもらえないから、渋々名乗り出たけど。大方人狼だってことを誤魔化すために占い師のフリをしたんでしょうけど、墓穴を掘ったわね」
「そんな……」
なるほど。
確かにそれは無視できない要素だ。
証拠とまでは言わないが、真衣ちゃんがクロの可能性はグッと高まったと言わざるを得ない。
これは、決まりかな。
「よし、それじゃあ決選投票だ。みんな一斉に、人狼だと思う方を指差してくれ。せーの」
「!」
4人共、真衣ちゃんを指差した。
「あ、ああ……」
真衣ちゃんはレ目になりながら、ガックリと項垂れた。
娘野君辺りが見たら、また欲情しそうな光景だ……。
「これで残念ながら真衣ちゃんは処刑されてしまった訳だが、ここで真衣ちゃんが人狼か否かを発表しようと思う」
ゲームマスターは淡々とゲームを進行する。
「真衣ちゃんは……」
……ゴクリ。
どっちだ。
「…………人狼、ではない」
「「「!!」」」
クソッ!!
沙魔美に騙されたかッ!!
やっぱり真衣ちゃんは、噓は吐いてなかったんだ!
沙魔美が狂人で、俺達はまんまと踊らされたって訳だ。
……いや、待てよ。
真衣ちゃんが狂人という可能性も、なくはないのか。
どちらにせよ、2ターン目は沙魔美が最警戒対象なのは言うまでもないが。
「処刑されたのが人狼じゃなかったんで、2ターン目に突入だ。また1人ずつ、厨房に来てくれ。占い師には診断結果を教えるよ」
占い師がまだ生きていればだけどな、とでも伊田目さんの背中は言いたげだった。
こうなってくると俺も、真衣ちゃんが本物の占い師だった可能性が高いように思う。
真衣ちゃんは多分、自分が処刑候補になるとまでは深く考えずに、占い師だと名乗り出てしまったのだろう。
俺達はまたさっきと同じ順番で、1人ずつ厨房に向かった。
レ目のまま放心している、真衣ちゃんを除いて。
「よう普津沢。これで村人側は、大分厳しくなったんじゃないか?」
厨房に行くと伊田目さんが、ニヤニヤしながらそう言った。
「そうですね。でもまだ敗けると決まった訳じゃありません。最後まで、足掻いてみますよ」
「おう、華麗な逆転劇、期待してるぜ。じゃ、ホール戻るか」
「はい」
ホールに戻るとみんな緊張した面持ちで、互いを探るような目線を交わし合っていた。
ホール中の空気を疑心暗鬼が埋め尽くしており、まさに闇の遊戯と言って差し支えない様相を呈している。
これが人狼ゲームか。
面白いじゃないか。
相手の腹を探り合うという意味では、麻雀にも通ずるものがある。
だとしたら、俺も簡単には敗けられない。
絶対にこの中から、人狼を見つけ出してやる。
「それでは皆の衆、泣いても笑ってもラストターンの開始だ。今から5分間、好きに舌戦を繰り広げてくれたまえ。ああ、処刑されちまった、真衣ちゃん以外はな」
「……」
言われずとも、真衣ちゃんはしばらく、『へんじがないただのしかばねのようだ』状態だと思いますよ伊田目さん。
「……とりあえず沙魔美氏、今回の占い結果を教えてもらえるかな?」
今回は菓乃子が口火を切った。
まあ、沙魔美が本物の占い師という可能性もゼロじゃないからな。
一応聞いておくに越したことはないか。
「ええ、それは当然気になるわよね。勿体ぶる必要もないからサッと発表するけど、菓乃子氏を占った結果、菓乃子氏はシロだったわ」
「……そう」
菓乃子は全然嬉しくなさそうだ。
そりゃそうだ。
狂人の可能性が高い沙魔美からシロ認定されても、逆に疑いの目を向けられるだけだろう。
そしてそれは1ターン目で沙魔美からシロ認定された、俺にも言えることでもある。
まあ、とにかくこの中の誰かが人狼なのは確かなのだから、怪しい人間を選別していくのが先決だ。
先ず、沙魔美は人狼の可能性は低いとみていいだろう。
沙魔美が人狼になるには、真衣ちゃんが狂人のパターン以外は有り得ないからだ。
でもその場合だと、本物の占い師が名乗り出なかったことになるから、それは考えにくい。
恐らく真衣ちゃんは本物の占い師だ。
その前提で推理していこう。
となると、あと残っているのは菓乃子と未来延ちゃんとピッセか。
この3人は、みんな同じくらい怪しいから、優劣がつけがたいな。
敢えて言うなら、ピッセは噓を吐けるような性格じゃないっぽいから、シロに近い気がするくらいか。
……!
待てよ。
1ターン目の投票を思い出せ。
確か未来延ちゃんと菓乃子は、沙魔美に投票していたぞ!
沙魔美が狂人で、未来延ちゃんと菓乃子のどちらかが人狼だとすると、仲間である沙魔美に投票するのはおかしい。
特に菓乃子は、最後の1票を真衣ちゃんに入れていれば、決選投票に持ち込まずとも、真衣ちゃんを処刑することができた立場だった。
だとすると人狼は…………真衣ちゃんに投票していたピッセか!!
「みんな聞いてくれ!人狼はピッセだ!」
「「「!」」」
「はあ!?何ポヤンチンなこと言うとんねん先輩!?根拠もないこと言うなや!」
「根拠はある。それは、1ターン目の最初の投票で、ピッセだけが真衣ちゃんに投票していたことだ」
「な、何やと!?」
ピッセは、露骨に動揺した素振りを見せた。
これは当たったか。
「……ちょっと待って堕理雄君。確か堕理雄君も、真衣ちゃんに投票していたよね?」
「え」
…………あっ!!
俺のバカッ!
そのことを、すっかり失念していた!
これじゃ俺も、ピッセと同じくらい怪しいじゃないか!
「い、いや、でもそれは……その……」
「よく考えたら、狂人の可能性が高い沙魔美さんにシロ認定されてる点も怪しいですよね」
「!?」
未来延ちゃんが鋭い指摘を飛ばしてきた。
くっ!
これはマズいぞ!
もしも沙魔美がこうなることを計算ずくで、俺をシロ認定したとすると、完全に沙魔美の手のひらの上で踊らされていることになる。
ホント沙魔美は、悪知恵だけは悪魔並みに働くんだからな!
「みんな堕理雄をそんな責めないで!堕理雄は絶対にシロよ!私は信じてるわ!」
「お、おい、沙魔美」
今のお前がそういうこと言うと、完全に逆効果だから!!
申し訳ないけど今だけは、お前と他人でいたいと思ってるから!
「「「……」」」
っ!
案の定、沙魔美以外の3人は、万引きGメンみたいな眼で俺のことを見ている。
マズいマズいマズいマズいマズいマズい!!
何か手はないか……ここから逆転できる手は……。
「ハイ、ストーップ。これにて最後の議論タイムは終了だ」
……!
だが無情にも、ゲームマスターの鶴の一声がホールに響き渡った。
……クソッ。
「さ、後は投票をして、このゲームはフィナーレだ。村人が勝つか、人狼が勝つか、俺は特等席で見物させてもらうぜ」
伊田目さんはテーブルの上に右手で頬杖をついて、ニヒルな笑みを浮かべた。
「……じゃあウチから投票させてもらうで。ウチは先輩に投票する。理由はまあ、言わんでもわかるやろ」
……ピッセ。
「……ゴメンね堕理雄君。私も堕理雄君に投票するよ。本当は堕理雄君のこと信じたいけど、信じるに足る根拠が見つからなかったの」
……菓乃子。
これで俺は2票。
あと1票でも入れば、その時点で俺の処刑は確定。
そして村人側の敗北となる。
むしろ狂人の可能性が高い沙魔美は、容赦なく俺に投票するだろうから、ほぼ詰みか……。
「さてと、じゃあ次は私が投票するわね。私は…………カマセに投票するわ」
「「「!!!」」」
何だって!?!?
今沙魔美は、ピッセに投票するって言ったか!?
「ピッセや!――ま、自分は狂人やもんな。そりゃ人狼の先輩は庇うわな」
「ピッセちゃん、投票者以外の人は喋っちゃダメだってば」
「あ、ス、スマン店長……つい」
どういうことだこれは……?
いや、答えは一つしかない。
沙魔美は、狂人じゃなかったんだ。
本当の狂人は真衣ちゃんで、人狼はピッセなんだ!
だとするとまだ俺にも、可能性はある!
「俺もピッセに投票するよ!未来延ちゃん、頼む、俺は本当に村人なんだ!人狼はピッセなんだよ!この通り、信じてくれ!!」
俺は未来延ちゃんに、誠心誠意、頭を下げた。
これで俺とピッセは2対2の同票。
後は未来延ちゃんの1票で――全てが決まる。
「ふーむ。何と私に最終決定権が回ってきてしまいましたか。どうしたもんですかねー。ああ、その前にみなさんに一つ、言っておかなくてはいけないことがあるんです」
「「「?」」」
何だ?
言っておかなきゃいけないことって?
「人狼は私です」
「「「!?!?」」」
「そして狂人は沙魔美さんです」
「「「!?!?!?」」」
「アラアラ未来延さん、ちょっと発表がフライング気味じゃない?」
「何を仰いますか。本当は沙魔美さんの時に普津沢さんに投票すれば、早々に終わっていたのに、敢えて普津沢さんに希望を持たせるような演出をしておいて。あの時点で人狼側の勝ちは確定していたんで、ワザとピッセちゃんに投票したんでしょう?」
「フフフ、堕理雄の喜ぶ顔が見たかったからね」
沙魔美は俺を監禁する時とまったく同じ妖しい瞳で、俺に微笑みかけてきた。
…………。
ジーザス。
既に勝負は決したからか、伊田目さんも沙魔美達には好きに喋らせている。
「で、でも、未来延ちゃんは沙魔美に投票してたじゃないか!」
「ああ、それですか。普津沢さんは人狼ゲームは初めてですから無理もありませんが、人狼側は自分達を村人だと思い込ませるために、敢えて仲間に投票することが往々にしてあるんですよ。実際沙魔美さんは狂人ですから、仮に処刑されてもゲームが終わる訳じゃありませんしね」
「そ、そんな……」
つまり俺達は沙魔美だけじゃなく、未来延ちゃんの手のひらの上でもずっと踊らされてたってのか……。
……嗚呼。
沙魔美と未来延ちゃんという、二大悪女が人狼側だった時点で、俺達の敗けはほぼ決まっていたのかもしれない……。
「……ゴメンね堕理雄君。私がもっと、シッカリしてれば」
菓乃子は心底悔しそうに、奥歯を噛みしめている。
……菓乃子。
「いや、菓乃子は悪くないよ。一番悪いのは、迂闊な発言をしちまった俺だ」
「そうね。堕理雄のアレは、ウルトラスーパーボーンヘッドだったわね。プププ」
「はっ倒すぞお前!!」
お前は少しは彼女としてフォローしろや!
「えーと、つまりどういうことや?みんなも西野より東城派ってことか?」
「お前は黙ってろピッセ」
やっぱりお前はこのゲームに向いてない。
「さてと、ではそろそろこのゲームもお開きにしますかね。私はもちろん、普津沢さんに投票します。何か遺言はございますか?」
「……『綺麗な薔薇には棘がある』、かな」
「アッハハー、身に余る光栄ですね」
「フンガー!!!」
「「「!?」」」
突然真衣ちゃんが立ち上がり、怒声を上げた。
何!?
どうしたの真衣ちゃん!?
「もう今のゲームは終わったんですよね!?じゃあ今からすぐ第2回戦を始めましょう!!今度こそ悪しき魔女をギッタンギッタンにしてあげますから、覚悟しなさい!!」
「フフフ、望むところよマイシスター。では特別に泣きの1回を開催しましょう。みんなもいいかしら?」
「もちろんいいですよ」
「……私もいいよ」
「……俺も」
今度こそ俺も、チームを勝利に導いてみせる。
「まあ、みんなも東城派になってくれるってんなら、ウチもやってもエエで」
「だからお前は黙ってろ」
そして俺はどちらかと言えば西野派だ。
白熱の泣きの1回は、後半に続くゼーット!




