第七十六魔 まだマシな方だよ
2018/8/24 誤字を修正いたしました。内容に変更はございません。
「あ、青コーナー、地球防衛軍所属、ピッセ・ヴァッカリヤと本谷菓乃子ペアの入場ー」
白黒のTシャツに、黒いズボンという、まさにレフェリーといった格好の俺は、たどたどしくもピッセと菓乃子の名前を、マイクを通して読み上げた。
本来ならこういったアナウンスは、リングアナウンサーがするものなのだろうが、リングの上には俺しか立っていないので、俺がリングアナウンサーも兼任している。
直後、青コーナーの奥から、お揃いのピチピチのビキニ水着を着た、ピッセと菓乃子が、アブドーラ・ザ・ブッ〇ャーの入場テーマ曲に合わせて、堂々と入場してきた。
そしてリングに上がると、ピッセは両手を大きく掲げ、観客にアピールした。
だが、菓乃子はそんなピッセの横で、耳まで顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに俯いている。
さもありなん、宇宙海賊時代から、ビキニ水着を普段着にしていたピッセと違って、菓乃子はこんな露出が多い格好で、これだけ大勢の人前に出たことはないだろうからな。
「つ、続きまして、赤コーナー、地球破壊軍所属、ラオ・ヴァッカリヤの入場ー」
俺がラオの名前を読み上げると、赤コーナーの奥から、こちらは格好はさっきまでと変わらない、ビキニ水着にダボついたコートを羽織ったラオが、全身から怒気を孕んだオーラを発しながら入場してきた。
ちなみにラオの入場テーマ曲は、「ファイ……ファイ……」という軽快なリズムが特徴の、アントニオ〇木の入場テーマ曲だった。
ラオはリングに上がると、コートをバサッと豪快に脱ぎ捨て、右手を掲げて、観客にアピールした。
地球防衛軍対地球破壊軍の星間戦争最終第五試合の種目は、あろうことか『プロレス』であった。
「プ、プロレス!?」
話は10分程前に遡る。
モニターに表示された『プロレス』という文字を見て、俺は思わず変な声を出してしまった。
これはマズい。
菓乃子の作った手料理くらいマズい(失礼)。
最後の最後で、正真正銘の戦闘系の種目が出てしまった。
こんなの、ラオの攻撃を一発でも菓乃子が喰らったら、菓乃子は最凶死刑囚に斬殺された警察官みたいに、ただの肉片になってしまう……。
「ちょ、ちょっと待ってくれキャリコ!」
「ンフフフ、何かしら普津沢堕理雄君?言っとくけど、種目の変更は一切認めないわよ」
「いや、でも……」
「心配しなくても大丈夫よ。こんなこともあろうかと」
「え?」
キャリコがタッチパネルを操作すると、ピッセと菓乃子の着ている服が、瞬時にビキニの水着に変化した。
ニャッポリート!?
「キャアアアッ!何よこれ!?」
「オオ、久しぶりに着たけど、やっぱこのフィット感は落ち着くもんやな」
「なっ!?オ、オイキャリコ!どういうつもりだよこれは!?」
「だから言ったでしょう?こんなこともあろうかとって。その水着が、今回の試合の安全対策ってところよ」
「安全対策?」
「ええ。その水着はね、今ラオが着ているものと、同じ素材で私が開発したんだけど、それを身に着けている者は、肉体の耐久力が劇的に向上するのよ」
「……へえ」
つまり、超強力な防弾チョッキで、全身を包んでるみたいな状態になってるってことか?
それなら、菓乃子でも、怪我をする心配はないか……?
「とはいえ、ラオの筋力は、自由の女神を素手で楽々破壊する程だから、それを着ていたとしても、命の保証はできかねるけどね」
「そ、そんな!?それじゃ、結局意味ないじゃないか!」
「堕理雄君」
「!……菓乃子」
菓乃子は、覚悟を決めた眼で、俺を真っ直ぐ見て言った。
「私なら大丈夫だよ。どんな種目が出ようとも、ピッセと二人で戦い抜くって決めてたから。この格好は、ちょっとだけ恥ずかしいけど……」
「菓乃子……」
「ウチに任せとけや先輩。何があろうとも、菓乃子はウチが守るさかい」
ピッセは、菓乃子の肩に手を回しながら言った。
今度は菓乃子も、嫌がる素振りは見せない。
「ピッセ……。わかったよ、もう俺は何も言わない。でも二人共……絶対無事に帰ってきてくれよ」
「うん!」
「もちろんや!」
「ウオオオイキャリコッ!早く試合を始めさせてくれよ!早くオレに、あのメス猿をブッ殺させてくれ!」
「ンフフフ、あなたもちょっとは落ち着きなさいラオ。今会場を用意するから」
キャリコがタッチパネルを操作すると、土俵だった会場は、一瞬でプロレスのリングに形を変えた。
「もちろん今回も観客席とは視覚情報以外の時空の繋がりはシャットアウトしてあるから、両者共全力で暴れて大丈夫よ。――ああそうだ、普津沢堕理雄君」
「え、何?」
キャリコがタッチパネルを操作すると、俺の服が、白黒のTシャツに、黒いズボンという、レフェリーそのものの衣装に変化した。
「ぬおっ!?何これ!?」
「プロレスにはレフェリーは必須でしょ?この中で選手じゃないのはあなただけだから、消去法であなたがレフェリーをやるしかないのよ」
「で、でも……」
「その衣装もラオの水着と同じ素材でできてるから、よっぽどのことがない限りは死なないから安心なさい」
「その言い方は死亡フラグだぞ!?」
とはいえ、キャリコ達にレフェリーを任せたら、どうしても八百長を疑ってしまうし、確かに俺がやるしかないか……。
ずっと俺だけ戦わずに見てるだけだったから、忍びなかったしな。
最後ぐらいは俺も、レフェリーという形で試合に参加させてもらおう。
「……わかったよ。レフェリーは俺がやろう」
「ンフフフ、グッド!(ジョ〇ョ)ではこれより、最終第五試合、プロレス対決の幕開けよ!」
フー。
本当にこれが最後なんだな。
最早この手順に意味があるとは思えないが、俺は端末でピッセと菓乃子の顔を選択し、感慨深く決定ボタンを押した。
そして今、ピッセ菓乃子ペアとラオは、リングの上で、互いに闘気を撒き散らしながら、睨み合っている。
しかし、そんな重苦しい空気の中、菓乃子が小声でボソッとピッセに聞いた。
「ねえピッセ、何で私達の入場テーマがヒール(※悪玉レスラーのこと)で、あっちがベビーフェイス(※善玉レスラーのこと)なの?あっちは地球を破壊しようとしてるんだから、あっちがヒールなんじゃないの?」
「カッカッカ、わかっとらんのー菓乃子は。ベビーフェイスよりも、ヒールの方がカッコイイからに決まっとるやんけ」
「は?」
菓乃子はまったく意味がわからないとでも言いたげな顔で、眉間にシワを寄せている。
まあ、元宇宙海賊のピッセにとっては、ベビーフェイスよりも、ヒールの方に憧れを抱くのは、当然のことなのかもしれない。
元々海賊なんて、ゴリゴリのヒールだもんな。
普通の女の子の菓乃子には、一生理解できないかもしれないが。
「……姐さん、何そのメス猿と、コソコソしゃべってんすか?」
「ん?ああ、別に大したことやないんやラオ。ウチらとジブン、どっちがヒールかいう話でな。悪いな、ウチらにヒール譲ってもろて。本当はラオも、ヒールがよかったんやろ?」
「……いえ、今のオレはベビーフェイスでいいです。姐さんのことをたぶらかした、そのアバズレから姐さんを救う、正義のベビーフェイスですよオレは」
「ア、アバズ……!」
「……ラオ、今の言葉は取り消せや。何度も言うが、菓乃子に対して無礼な物言いをしたら、いくらジブンでも許さんぞ」
「!ピッセ……」
「!!姐さん……」
ピッセは、思わず跪いてしまいそうになる程の、圧倒的な威圧感を放って言った。
……おお。
よく考えたら俺は、普段のちょっと抜けてる、お調子者のピッセしか知らないからついつい忘れがちだけど、こう見えてピッセは、128人ものクルーを束ねていた、伝説の宇宙海賊のキャプテンだったんだよな。
何気に年齢も201歳だし。
今現在存命の、どの地球人よりも人生経験は豊富なんだ。
正直、今のピッセは、ちょっとカッコイイぜ。
現に、菓乃子は頬を赤らめて、ポーッとした顔でピッセの横顔を見つめている。
堕ちたな(確信)。
「くっ!……もういいです。どのみちオレがこの勝負に勝てば、姐さんはオレのところに戻ってきてくれるんだ。さあ、とっとと始めましょう姐さん!言っときますけど、今のオレは、姐さんよりも強いですよ!」
「ハッ、言うようになったのうラオ。いつもウチの後ろを、半ベソかきながら付いてくるだけだったジブンがな」
「も、もうあの頃オレとは違うんです!!今からそれを、姐さんに証明します!!」
「……オウ、やってみい。――菓乃子」
「えっ、あ、はい!」
「最初はウチがラオとサシでやるから、ジブンはエプロン(※リングロープの外側の待機場所)に控えとれ」
「……わかった。でも、危なくなったら、いつでも私にタッチしてね。私は……ピッセの相棒なんだから」
「……ああ」
菓乃子は、若干名残惜しそうにリングを後にし、エプロンに移動していった。
「先輩、始めてくれや」
「……おう」
俺は、一度大きく深呼吸をしてから、マイクに向かって、ありったけの大声で宣言した。
「それでは、只今より、無制限一本勝負の、変則タッグマッチを開始いたします!!」
マイクをリング外に投げ捨ててから、俺はモニター越しに、キャリコに目線を送った。
開始のゴングは、キャリコの担当になっている。
程なくして、カーンという子気味良い音が、会場中に鳴り響いた。
「伝説の必殺拳技ファイナルアトミックインスタバエナッコウ!!」
っ!?
ピッセのやつ、いきなり勝負を決めにいきやがった!
でも、それでこそピッセだ。
伝説の宇宙海賊ギャラクシーエキセントリックエッセンシャルパイレーツの、元キャプテンの意地を見せてやれ!
「伝説の裏必殺拳技エターナルグレネードパクツイナッコウ!!」
なにィ!?(キャ〇翼)
ラオもピッセと似たような技が使えるのか!?
……それもそうか。
キャリコの言が本当なら、キャリコはラオの肉体を改造して、ピッセ並みの筋力を与えたんだものな。
似たようなことができて当然だ。
どうやらラオは左利きらしく、左の拳で伝説の裏必殺拳技エターナルグレネードパクツイナッコウを繰り出した。
そして右利きのピッセが右拳で放った、伝説の必殺拳技ファイナルアトミックインスタバエナッコウと、リングの中央で拳同士が激突した。
ズドウッ
うおっ!?
激しい爆発音と共に、辺りに煙が舞い上がった。
そして煙が晴れるとそこには――
仁王立ちしているピッセの目の前で、ラオが仰向けに倒れていた。
やったか!?
やはり実力は、元キャプテンであるピッセの方が上だったみたいだな!
「ピッセ!凄い!」
菓乃子も自分のことの様に誇らしげに、ピョンピョン跳ねて喜びをあらわにしている
「何や、情けないのうラオ。散々大口叩いといて、そのザマか?」
「……ハッ、ハハッ、流石姐さんだ。今のオレじゃ、やっぱ無理か」
「!……何やと」
ラオは、何事もなかったかの様に、シュタッと猫みたく起き上がった。
キャリコ特製のビキニで耐久力を強化しているとはいえ、ダメージを負った様子は見受けられない。
確かに、ピッセ程ではないにせよ、身体能力は計り知れないものがあるようだ。
だが、「今のオレじゃ、やっぱ無理か」というのは、どういうことだ……?
すると、ラオはおもむろに、右眼の眼帯を外した。
「なっ!?ラ、ラオ……何やそれは!?」
ラオの右眼には、眼球の代わりに、金庫のダイヤルの様なものが埋め込まれていた。
そのダイヤルには、1から10までの目盛りが振ってあり、現在ダイヤルは、1の位置に目盛りが合っている。
何だあれ!?
「ンフフフ、その質問には私の方からお答えいたしますわキャプテン」
「!?」
モニター越しに、キャリコが口を挟んできた。
「私が瀕死のラオを見付けた時、ラオは右眼を損傷していました。なので、せっかくですから、そこに身体レベルギアを仕込んでみたんです」
「な、何が『せっかくですから』や!!貴様!よくもラオの身体をオモチャみたいに!……待てよ。今ジブン、『身体レベルギア』言うたか?……何やそれは」
「ンフフフ、私がラオに施した肉体強化は、尋常ではない身体能力を得る代わりに、肉体への負荷も相応のものでしたからね。普段はその身体レベルギアで、身体能力を調整しているんです」
「何やと!?」
「ちなみに今はレベル1にセットしてあります。つまり、これがどういうことかおわかりになりますよねキャプテン?」
「……そんな」
今がレベル1!?
そんなバカな……。
目盛りは10まであるんだぞ。
つまり、単純計算でラオは、あと10倍は強くなることが可能だってことか!?
それは、流石にピッセでも……。
「くっ!ハッタリに決まっとるわそんなもん!」
「ンフフフ、ではご自分のお身体で確かめてみてはいかがですかキャプテン?ラオ、あなたの力を見せてさしあげなさい」
「……ああ。いきますよ、姐さん」
ラオは右眼のギアの目盛りを、『5』に合わせた。
すると、ドウッという音と共に、ラオの身体から、銀色のオーラが溢れ出てきた。
「……チッ!そんな見掛け倒しに、ウチは騙されんぞラオ!!喰らえや!伝説の必殺拳技ファイナルアトミックインスタバエナッコウ!!」
「伝説の裏必殺拳技エターナルグレネードパクツイナッコウ・レベルファイブ!!」
っ!?
またもやピッセの右拳とラオの左拳が、リングの中央で激突した。
ズドドウッ
ぐあっ!?
先程よりも激しい爆発音と煙が、辺りを包んだ。
そして煙が晴れるとそこには――
仁王立ちしているラオの目の前で、ピッセが仰向けに倒れていた。
「ピ、ピッセ!!」
「キャアアッ!!ピッセッ!!!」
「う……ぐ……」
ピッセは苦しそうに呻きながらも、必死に身体を起こそうとするが、またすぐに大の字に倒れてしまった。
ダメージはかなり深刻そうだ。
クソッ!
あの身体レベルギアは、本物だったのか!
しかも、あれでもまだレベル5だってのかよ……!?
つくづくキャリコの科学力には寒気がする。
神懸かっている……いや、悪魔懸かっていると言って差し支えない。
「ハハハハ!見てくれましたか姐さん!オレの真の力をッ!」
「……ラ……オ」
「さてと、これでやっと姐さんも、オレのものですね……」
「……くっ」
ラオは、恍惚とした表情を浮かべながら、ピッセの上に覆い被さり、フォールの体勢に入った。
これで俺が3カウントを数えれば、ピッセ達の敗けになってしまう。
そうなれば、その時点で、地球の歴史も終わる……。
そんな……嘘だろピッセ?
お前程のやつが、こんなところで終わるはずがないよな……?
「オイ!何ボーッと突っ立ってんだよレフェリー!早くカウント取れよ!!」
「あ……ああ」
俺は、何とかピッセがフォールを返してくれるんじゃないかということに、一縷の望みをかけ、なるべくゆっくりとマットを叩き、カウントを取り始めた。
「…………ワーン」
「ぐ……あ……」
ピッセはフォールを外そうともがいているが、やはり身体レベル5のラオの力は尋常ではないのか、ラオはピクリとも動かない。
「…………ツー」
「クソ……クソ……」
終わりなのかピッセ……!?
――だが、その時だった。
「か、菓乃子ちゃんドロップキーック!!」
!?
菓乃子が、絶賛放送中のアニメタイトルをもじりながら、ラオにドロップキックを浴びせた。
ニャニャッポリート!?
「!……菓乃子」
「こ、このメス猿があああ!!!調子に乗るなああああ!!!!」
普通の人間である菓乃子のドロップキックなど、毛ほどもダメージはなかっただろうが、ラオを激昂させるには十分だったようで、ラオはフォールを解き、片手で菓乃子をフッ飛ばした。
菓乃子ッ!!
「キャアアッ!!」
菓乃子は一瞬でロープ際まで飛ばされ、その場で倒れてぐったりとしてしまった。
「ラオ!ジブン……よくも菓乃子を!!」
「フン、あのメス猿が先に手を出してきたんですよ姐さん」
菓乃子!菓乃子ッ!!
俺は急いで菓乃子に駆け寄り、菓乃子を抱きかかえた。
「菓乃子!しっかりしろ!大丈夫か!!」
「だ……堕理雄君……。私は大丈夫……。それよりも……ピッセを」
「……菓乃子」
こんな時でも自分よりもピッセの心配をするなんて……。
本当に菓乃子は……。
「くっ!は、放せやラオ!」
!?
何事かとピッセの方を向くと、ラオがピッセの胴体を抱え込むように掴んで、ピッセを逆さ吊りにしているところだった。
あ、あれは!?
「……これで終わりです姐さん。今、楽にしてあげますね」
「ラオオオォッ!!」
そのままラオは、ピッセをマットに背中から思い切り叩きつけた。
と同時に、ズドンッという鈍い音が、リングに響き渡った。
あれは有名なプロレス技の一つ……パワーボム!
「ガハアッ!!」
ピッセは大量の血を吐きながら、苦痛で顔を歪めた。
「ピッセッ!!」
「イヤアアッ!!ピッセエエッ!!!」
ラオは無言で、そこからフォールの体勢に入った。
そして目線で、俺にカウントを要求してくる。
嗚呼……今度こそ終わりなのか?
こんな……こんな幕切れでいいのか?
俺はまだ動けそうにない菓乃子をゆっくりとマットに寝かせ、ラオとピッセに近付き、渋々カウントを取り始めた。
「…………ワーン」
「ピッセ!!立ってピッセエッ!!」
「……菓……乃子」
菓乃子の悲痛な叫びも虚しく、ピッセは指一本動かすことさえできずにいる。
既に体力は尽きてしまっているのかもしれない。
「…………ツー」
「ピッセ!!お願い敗けないでピッセエエッ!!!」
「……すま……ん」
「ハハッ!ハハハハ!これで……これでやっと姐さんとオレはッ!!」
――ピッセ。
「………………スリ」
「この勝負に勝ったら、キ……キスしてあげるからああああ!!!」
「「「!!!」」」
えーーーーー!?!?!?!?
ドウッ
「キャッ!」
「ぐあっ!」
「ピ、ピッセ!!」
今の菓乃子の一言で、ピッセは瞬時にラオを弾き飛ばし、威風堂々と立ち上がった。
よく見ると、額の文字が『鮫』に変わっている。
そんな!?
この状態は、スゴルピオと戦った時と同じ……キャプテンシャークモード!!(俺命名)
でも、キャプテンシャークモードには、伝説の宝玉ハッピーうれピーよろピくねーレインボーストーンに宿る精霊である、レイの力を借りなければなれないはずじゃなかったのか!?
ピッセは伝説の宝玉ハッピーうれピーよろピくねーレインボーストーンは、ヴァルコさんのお墓に返したって言ってたのに、いったいどうして……。
……いや、違うな。
おそらくだが、レイはピッセに自分の力を分け与えた訳じゃなかったんだ。
ピッセの中に眠る、潜在能力を、一時的に開放したに過ぎなかったのだろう。
そして今回は菓乃子の、「勝ったらキスしてあげる」宣言が引き金となり、キャプテンシャークモードになれたってことか。
……やれやれ。
お安くないぜ。
「……ピッセ」
「あ、姐さん……何ですか、その力は……」
「……一言で言うなら、『愛の力』ってとこかの」
「っ!ピッセ!そういう言い方はやめてッ!」
菓乃子は顔を真っ赤にして、ピッセにツッコんだ。
「あ、愛!?…………認めない。絶対に認めないですよオレは……。オレの方が、絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に姐さんのことを愛してるんだッ!!!!!!絶対にそんな女なんかに、姐さんを渡すもんかッッ!!!!!!!!」
ラオは一気にギアの目盛りを、『10』に振り切った。
すると、ラオから溢れ出ているオーラの色が、光り輝く金色に変化した。
「ハアアアアアアアアア!!!!!!」
「……ラオ」
だが、ラオの全身の筋肉は、軋むような音を鳴らし、ところどころの血管からは、痛々しく血が噴き出してきた。
っ!
やっぱり、レベル10は身体への負荷が大き過ぎるんだ!
このままじゃ、ラオは……。
「ラオ、もうこんなしょーもない喧嘩は終いにしようや」
「あ、姐さん姐さん姐さん姐さん。ああああああ姐さん姐さん姐さん姐さん姐さあああああああ」
「……チッ」
……。
既に理性も失いかけているようだ……。
「……わかった、次で最後や。ジブンの力、全力でウチにぶつけてこいやあッ!!」
「あああ姐さあああああん!!!伝説の裏必殺拳技エターナルグレネードパクツイナッコウ・レベルマーックス!!!!!!」
「伝説の最終拳技スーパーファイナルアトミックインスタバエフォロワーヒャクマンニントッパナッコウ!!!!!!」
チュドーウッ
「う、うわっ!!」
「キャアアッ!!」
大地を揺るがす程の、凄まじい爆発音と煙が、会場中を包み込んだ。
あまりにも凄い煙の量だったため、煙が晴れるまでは時間が掛ったが、しばらくして煙が晴れると、そこには――
ピッセとラオが、フラフラになりながらも、向かい合って立っていた。
しかし、まだ金色のオーラを迸らせているラオに対し、ピッセはキャプテンシャークモードが解けており、額の文字も『鰯』に戻っていた。
くっ!やはり、レベル10のラオには敵わなかったのか……!?
――だが、次の瞬間。
ボンッ、という音を立てて、ラオの右眼のギアが、破裂して粉々になった。
「あ……ああ……姐……さん」
その途端、ラオの全身から溢れ出ていた金色のオーラは、蠟燭の火が消えるかの如く、儚く霧散していった。
……どうやら、全てを出し尽くしてしまったようだ。
「姐……さん。オレは……ただ……もう一度だけ……姐さん……と……」
「……すまんなラオ。ウチはもう二度と、宇宙海賊に戻るつもりはないんや。…………菓乃子!!」
「えっ、あ、はい!」
「立てるか?」
「!……うん!もう大丈夫!」
「よっしゃ!最後は二人で決めるで!」
「うんっ!!」
菓乃子はピッセの下に駆けつけ、二人で協力してラオを逆さの体勢にしながら、肩の上に持ち上げた。
そしてそのまま後ろに倒れ込んで、ラオをマットに全力で叩き落とした。
「ゴッハーッ!!」
決まったー!!
プロレスにおける伝家の宝刀の合体技、ツープラトンブレーンバスターッ!!
「ア……アア……」
ラオは、泡を吐きながら、白目を剥いてしまった。
そしてピッセはゆっくりと、ラオの上に覆い被さり、フォールの体勢を取った。
俺は、溢れそうになる涙を堪えながら、マットを叩いた。
「…………ワーン…………ツー」
「……今度は地球の破壊とか抜きにして、また遊ぼうや、ラオ」
「……姐……さん」
「………………スリーッ!!!」
カンカンカンカンカンカーン
終了を告げるゴングが鮮やかに鳴り響き、その瞬間、ワアーッという大歓声が、会場中を包み込んだ。
…………勝ったか。
何度も……何度も、もうダメかと諦めかけたけど、二人共、本当によく戦ってくれたよ……。
俺はもう、あまりに感動し過ぎて、涙で前が見えないよ。
「……お疲れ様、ピッセ」
菓乃子がピッセに手を差し出して、まだフラフラなピッセを立たせた。
「……ああ、菓乃子もな。と、ところで……」
「え?」
ピッセが頬を染めながら、目をつぶって唇を菓乃子に突き出した。
どうやらさっき約束した勝利報酬を、早速いただくつもりらしい。
「ちょ、ちょっと!こんな人前でできる訳ないでしょ!少しは空気を読んでよ!」
「そ、そんなあ……。ウチ、しんどい中、メッチャ頑張ったんやで……」
「ダメなものはダメ!」
……でも、二人っきりの時にする方が、何か生々しくない?
まあ、敢えてここでそれは言わないけど。
「おめでとうございます普津沢さん。私、とっても感動しちゃいました」
「諸星先生」
諸星先生達が、花束を持ってリング上まで祝福に来てくれた。
どうやらキャリコが気を利かせて、時空の繋がりを再接続してくれたらしい。
「おめでとう夜田さんのお兄さん。私は、あなた達なら絶対に勝てるって信じてたわ」
「生先先生」
「あの、これ……私が泊まってるホテルの合鍵です。今日のお祝いがしたいので、今夜お一人でホテルまで来ていただけませんか?」
「エーコさん」
「堕理雄さん、前に僕の本名は、伝説の怪獣アノヒミタハナノナマエヲシタカラミルカヨコカラミルカじゃなくて、佐藤一郎ですって言いましたけど、本当は僕、斉藤一郎っていうんです」
「新キャラ」
お前もいたのかよ。
その時だった。
俺達の目の前を、目も開けていられない程の、眩い光が包み、光が収まると、ピッセと菓乃子はスパシーバに、俺とラオは自軍の陣地に、それぞれ戻っていた。
「……よく頑張ったわね、ラオ」
いつの間にかキャリコは、満身創痍で気を失っているラオをお姫様抱っこしていた。
ラオを見つめるキャリコの瞳は、母親のように慈愛に満ちており、どうしてもその姿から俺は、マッドサイエンティストという言葉が、キャリコに似つかわしくないように思えてならなかった。
ただ、今回の星間戦争で敗北してしまったにもかかわらず、キャリコが平然としているのは、少しだけ不気味に感じた。
「そして見事勝利おめでとうございますキャプテン。心からの称賛を送らせていただきますわ」
「フン、そんな嘘臭い祝辞はいらんわ。それよりも、これでウチが伝説の宇宙海賊ギャラクシーエキセントリックエッセンシャルパイレーツのキャプテンに戻るって話はナシや。その、『キャプテン』て呼び方は、やめてもらおうか」
「承知しましたピッセ様。ですが、ささやかではありますが、私からの祝砲は受け取っていただけますか?」
「は?祝砲やと?」
キャリコがジェニィに目線で合図をすると、ジェニィはタッチパネルを素早く操作した。
すると、プロレス会場を映していたモニターの映像が、伝説の弾道ミサイルチュドーンボカーンズドドドーンの映像に切り替わった。
その直後、伝説の弾道ミサイルチュドーンボカーンズドドドーンは、音もなく地球に向かって発射されたのだった。
なっ!?
「キ、キャリコ!約束が違うぞ!!俺達が勝ったら、地球には手を出さないって言ってたじゃないか!!」
「ンフフフフフ」
キャリコは妖艶に微笑むだけで、俺の詰問は受け流した。
そんな。
キャリコは最初から、どちらにせよ地球を爆破するつもりだったのか……。
だから敗けたのに、あんなに余裕だったのか……。
酷い。
酷過ぎる。
こんなのはあんまりだ。
地球にはお袋や親父や、冴子さんや真理ちゃん達が、何も知らずに今もいつもと変わらぬ日常を過ごしているというのに!
ああ。
あああ。
あああああああああああああああ!!!!
ヒューパンパーン
パパパパーン
あ?
何の音?
謎の音がしたモニターの方を見ると、伝説の弾道ミサイルチュドーンボカーンズドドドーンが破裂して、中から無数の花火が打ち出され、真っ暗な宇宙を鮮やかに彩っているところだった。
な、何がどうなってんだこれ!?
「ンフフフ、だから『祝砲』だって言ったでしょ普津沢堕理雄君。私は最初から、地球を爆破するつもりなんてなかったのよ」
「そ、そんな!?」
「ちなみに空気のない宇宙空間でも花火が上がって音も鳴っているのは、私の科学技術でこの一帯に空気を発生させているからよ」
「な……何でそんなこと」
「何でって、空気がなきゃ、せっかくの花火も綺麗に咲かないでしょ?」
「そうじゃなくて!俺が言いたいのは、何でこんな大掛かりな茶番を用意したのかってことだよ!!」
「……一言で言うなら、この子のためかしらね」
キャリコは、腕の中で眠っているラオを、優しく見下ろしながら言った。
ラオのため?
「……どういうことだよ」
「君に言っても信じてもらえないかもしれないけど、私は実験サンプルのこの子達のことを、自分の娘のように、心から愛しているのよ」
「!」
キャリコは、自分を取り囲んでいるジェニィ達のことを見回しながら、とても優しい顔で言った。
「確かに私はこの子達の身体を使って実験を繰り返したけれど、私は一度として、この子達が望まない実験はしてこなかったわ」
「……」
「ラオの肉体をここまで強化したのも、どうしてもピッセ様の隣で共に戦いたいという、ラオの夢を叶えるためだった」
「……そんな」
「気に食わんのう」
「!ピッセ」
「理由はどうあれ、ジブンがラオの身体を実験材料にしてたことには変わらんやろ。それを、自分には非はないみたいな言い方しよってからに」
「ンフフフ、そういうつもりで言った訳ではありませんわ。ただ私は、愛にはいろんな形があるってことを言いたいだけです。愛情表現の方法が、『監禁』の彼女と付き合ってるあなたならわかるんじゃない?普津沢堕理雄君」
「え」
「ちょっと、私とあんたなんかを一緒にするんじゃないわよ。この性悪BBAが」
沙魔美はそう言うものの、確かに傍から見たら、俺と沙魔美の関係も相当歪んでいるということは否定できないなと、俺は思った。
「でも、ラオを愛してるってことと、この茶番を開いたことは、どう関係してるんだよ?」
「……私がラオの肉体を強化して以降、ラオは日に日にピッセ様に対する想いを募らせていって、遂には時折発狂するようにまでなってしまったの」
「!」
「おそらく力を手に入れたことにより、今までピッセ様の後を付いていくことしかできなかった自分が、ピッセ様の横に立つことができるようになったのが嬉しかったのね。夜な夜な、ピッセ様への想いを綴った自作のラブソングを歌いながら近所を徘徊するようになってしまったわ」
「近所迷惑!!」
「だから発作を治すには、ラオのピッセ様への想いを断ち切る以外に手はないと思ったの。そのためには、ピッセ様にラオが真っ正面からぶつかって、スッパリとフラれるしかない。そこで私は、今回の計画を思いついたって訳。もちろん、ラオにはフラれるのが目的ってのは伏せたままで、計画を進める必要はあったけどね」
「……」
これも一種の、『母の愛』なのか?
そうとう歪な愛の形だが……。
「……フン、結局はジブンのマッチポンプやんけ。それに、ウチとラオが対戦で当たらなかったらどないするつもりやったんや?今回ウチとラオが最後まで残ったんは、たまたまやろ」
っ!
確かにそうだ。
種目はガラガラのクジで決めていたし、選手も俺が選んでいた。
それこそ、第五試合まで行く前に、どちらかが三勝して終わっていた可能性だって高かったはずだ。
「ンフフフ、そこはこう、ガラガラに細工をして、出てくる種目を操作してたんですよ」
「何やと!?」
ハアッ!?
何だよ思いっきりイカサマしてたんじゃねーか!?
確かにキャリコの技術力なら、ガラガラを遠隔操作するのなんて楽勝だろうけど……。
今思えば、確かに地球破壊軍側には、各種目の適任者ばかりがいた。
キャリコがあらかじめまわしを着けていたのも、種目が相撲になるって知ってたからだったのか。
「ちなみに私がまわしを着けていたのは、まわしが普段着だからだけどね」
「まわしが普段着なの!?」
やっぱりキャリコの感性はよくわからん……。
思考回路が、俺達とは根本的に異なっているのだろうな。
「……でも、種目を操作できても、こちら側の選手と、勝敗までは操作できないだろ?それはどうやったんだ?」
「ンフフフ、操作していたわよ」
「何!?」
「正確には、『予測』していたと言った方が正しいわね。あなたなら各種目に誰を選手として選ぶか、そして誰を勝たせて誰を敗けさせるか、事前にシミュレーションしておいたの。結果は100%私の予測した通りになったわ。あなたが素直な性格で、本当に助かったわよ普津沢堕理雄君」
「……」
まあ、伝説の科学者マッドブラックハンパナイッテゴートにかかれば、俺みたいな凡人の思考を読むなんて、朝飯前か。
やれやれ。
つまり俺達はみんな、終始キャリコの手のひらの上で踊らされてたって訳だ。
「待ちなさいよ。つまりあなたは、ワザと私に敗けたってこと?フザけんじゃないわよ!私はガチンコでも、あんたなんかに敗けなかったわよ!!」
「ンフフフ、それはどうかしら地球の魔女さん。本当は私はまだまだ、隠し玉があったのよ?」
「関係ないわ!!それら全部ひっくるめて、塵に還してやるわよ!!何なら今からもう一回勝負よ!!」
「お、おい沙魔美……もうその辺にしておけよ」
「堕理雄はどっちの味方なのよ!!」
俺は平和の味方だよ。
過程はどうあれ、もう争う必要がなくなったのであれば、俺はこれ以上の闘争は望まない。
……しかし、思った通り、キャリコは本気を出していなかったのか。
本気を出したキャリコと沙魔美、本当はどちらが強いのかは、少しだけ興味はあるけどな。
「……ハア、まあええわ。ウチもあんま人のこと言えた義理やないしな。精々ラオにはウチなんかのことは忘れて、これからは自由に生きろって伝えてくれや」
「承知いたしました。でも、私達があなた様の意思に賛同し、伝説の宇宙海賊ギャラクシーエキセントリックエッセンシャルパイレーツの一員になりたいと思ったのは本当なのですよ」
「何?」
「だって私達はラオの口から、あなた様がどれだけ素晴らしい方だったのかを、毎日聞かされていたんですもの。『姐さんは弱きを助け、強きを挫く、正義の義賊なんだ!』って、眼をキラキラさせながら言うんです。ンフフフ、『正義の義賊』って、『頭痛が痛い』みたいな言い回しですよね」
「……」
「ですから私達も、会ってもいないのに、すっかりピッセ様のファンになってしまったんです。ホラ、地球人も、娘があるアイドルのファンになったら、母親もつられてそのアイドルのファンになってしまうことがあるでしょう?それと似たようなものです」
「……ハン、さよか」
素っ気ない態度を取ってはいるものの、ピッセが内心メッチャ照れているのが俺にはわかる。
確かにピッセには、目に見えないカリスマ性みたいなものがあるよな。
沙魔美にもその人望を、100分の1でいいから分けてあげてほしいぜ。
今思えば、ラオがさっきのプロレス対決で、すんなりベビーフェイスに甘んじたのは、そういう理由もあったのかもな。
ラオにとってはピッセは、憧れの正義のヒーローそのものだったんだ。
「ですから私達の心は、伝説の宇宙海賊ギャラクシーエキセントリックエッセンシャルパイレーツのクルーです。これから私達は、あなた様が愛した第二の故郷である地球を、世界中このフネで回ってみようと思っていますが、もしもまた、新たな宇宙海賊が地球を襲ったら、その時は味方として馳せ参じますわ」
「……フン、好きにせい」
『お、お前達はあの時の!?』……みたいなやつか?
そりゃまた、昭和のバトル漫画のノリだな。
てか、そういうこと言うと、またその内本当に宇宙海賊が襲来しそうだからやめてほしいな。
ただでさえ、この1年足らずで、3回も宇宙海賊が地球に攻め込んで来てるんだからさ(季刊誌かよ)。
「ねえ、話が終わったなら、そろそろ帰らせてもらえないかしら?もう少しで観たいアニメが始まっちゃうのよ」
沙魔美が、1ミリも場の空気を読まずに発言した。
お前は本当に、ブレないよな……。
「ンフフフ、了解よ地球の魔女さん。じゃあ、スパシーバであなた達を地球に転送するんで、普津沢堕理雄君もお店の中に入ってちょうだい。お店の周りに張っていたバリアは、既に解除してあるわ」
「あ、ああ」
俺はスパシーバの入口の扉を開け、ガラガラとテーブルとパイプ椅子を中に運んだ。
何だか、スパシーバの中に来たのも、随分久しぶりに感じる。
具体的に言うと、五話ぶりくらいだ。
「ああそうそう、普津沢堕理雄君」
「え?」
スパシーバの窓越しに、最後にキャリコが言った。
「私があなたに一目惚れしたっていうのも本当よ。またその内あなたを賭けて、地球の魔女さんと勝負するかもしれないから、覚悟しておいてね」
「なっ!?」
「コラアッ!!この色ボケBBA!!今すぐ決着つけてやるから、そこに――」
ヒュンッ
一瞬だけ目の前が光に包まれたかと思うと、いつの間にか外の風景が変わっていた。
どうやら地球に戻ってきたようだ。
「あんのクソBBAーーー!!!!」
ブチギレ魔女の怒声が、店内に響き渡った。
やれやれ。
何にせよこれで、長かった一日もやっと終わりか。
伊田目さんに、諸々報告しとかなくちゃな。
あれ?
そういえば、外が随分と明るいな。
今は、夜中だったはずだが……。
まさか!?
俺が慌てて外に出ると、辺りは見渡す限り一面が、広大な砂漠地帯だった。
「何じゃこりゃぁああああ!!!(ジーパン)」
「あー、この太陽の位置から目測すると、どうやらここは、サハラ砂漠のど真ん中みたいですね。日本とサハラ砂漠は、確か時差が9時間くらいでしたから」
「未来延ちゃん!?」
いつの間にか俺のすぐ横に立っていた未来延ちゃんが、サラッとそんなことを言った。
太陽の位置から瞬時に現在地を割り出す未来延ちゃんもただものではないが、こんな嫌がらせとしか思えない場所に転送するキャリコも、なかなかいい性格をしている。
「大方沙魔美さんに敗けたのが、本当は悔しかったってところですかね。まさかあそこまで黒焦げにされるとは、流石に想定してなかったでしょうし」
「俺達完全にとばっちりなんだけど……」
「あんの意地悪ばあさんがあああ!!やっぱり私今から、あのばあさんボコしてくるわ!」
「オ、オイ沙魔美!」
沙魔美が指をフイッと振ると、沙魔美は忽然と姿を消した。
お前がいなくなったら、誰がスパシーバを日本まで戻すんだよ……。
てかお前、観たいアニメがあるんじゃなかったのか?
「大丈夫だよパパ。私が魔法で、スパシーバを日本に転送してあげるよ」
「多魔美……。ああ、悪いけど頼むよ。伊田目さんも心配してるだろうし。……まったく、うちのママには、お互い困ったもんだよな」
「そんなことないよ。私がいる時代のママに比べれば、今のママはまだマシな方だよ」
「……えぇ」
その情報は聞きたくなかったなパパは……。
ちなみにこれは余談だが、沙魔美が観ようとしていたアニメは、制作が間に合わず、今週は総集編が放送されていたらしい(アニメあるある)。
おあとがよろしいようで。




