第百二十六魔 リバーシ
『宇宙海賊VS囚われの姫君 ~女同士の禁断のリバーシ~』
「くっ!いい加減その汚い手を放しなさい!」
「カッカッカ、流石ハラグーロ王国の姫君、カノコ・モットーヤやのう。こないな状況でも、まだ心が折れとらんようやないか」
「当たり前でしょ!私は宇宙海賊などという下賤の者には、死んでも屈しないわ!」
「……フッ、その強がりが、いつまでもつかのう」
伝説の宇宙海賊のキャプテンであるピッセ・ヴァッカリヤは、カノコのことを強引に宇宙船内の牢屋に押し入れた。
「キャッ!?痛いわね!何するのよ!」
「……ここはウチに任せて、ジブンらは下がっとれ」
「「「ハッ」」」
ピッセはお供の部下達を下がらせ、牢屋の中にカノコと二人だけで残った。
「……こんなことしてどういうつもりか知らないけど、私は絶対あなたなんかに従うつもりはないからね」
カノコは強い意思を宿した高貴な眼差しで、ピッセを睨んだ。
「フフン、これを見ても同じ台詞が言えるかのう?」
「え」
ピッセが手元のリモコンを操作すると、壁に掛かったモニターに映像が映し出された。
「なっ!?あ、あれは!」
カノコはその映像を見て絶句した。
そこにはカノコがこの世で最も信を置いている、側近のダリオ・フツザーワの鎖に繋がれた姿が映っていたのだ。
「あなた!私だけじゃなく、ダリオのことまで誘拐していたというの!?」
「ああそうや。ジブンがあの側近にご執心なんは調べがついとったからのう。念のため一緒に攫っといたって訳や」
ピッセの言葉が耳に入った瞬間、カノコの全身は怒りで打ち震えた。
「くっ!この人でなし!!こんなことして、あなた恥ずかしくないの!?」
「生憎ウチは人である前に宇宙海賊や。欲しいモンは何でも力尽くで手に入れるんが、宇宙海賊の矜持やさかい、欠片も恥ずいとは思わんなあ」
「そんな……」
カノコは目の前の風景から色が失われていくのを感じた。
そして幼い頃からずっと自分のことを側で支え続けてくれたダリオの顔が目に浮かび、何としてもダリオのことだけは助けなくてはならないという使命感に駆られた。
「……わかったわ。何でもあなたの言う通りにする。その代わり、ダリオのことだけは解放してちょうだい」
「ハッ、臣下想いの、殊勝なお姫様やないか。……安心せい、ウチもそこまで鬼やない。ウチと今からある勝負をして、ジブンが勝ったら二人共解放したるわ。どや?悪い話やないやろ」
「えっ」
ピッセからの意外とも言える提案に、カノコは困惑した。
この人、何を企んでるの……。
「……あなたが勝ったら、私に何をさせる気なの?」
「それは今は言えんなあ。一つ言えるんは、ジブンが勝負を受けんかった場合は、あの側近は無事では済まんいうことや」
そう言ったピッセの眼は、非情な宇宙海賊のそれだった。
……くっ。
「……わかったわ。その勝負受けてやるわよ。その代わり、私が勝ったら絶対に約束は守りなさいよ」
「ハハッ!流石ウチが見込んだお姫さんや!エエ肝の座りっぷりやで!」
「……」
ピッセの『見込んだ』という言葉が少しだけ引っ掛かるけど、今は勝負に集中しなきゃ。
「それで、何で勝負するの?」
「……これや」
「なっ!?そ、そんな!?」
ピッセが取り出したのは、8×8のマス目が描かれた盤と、両面が白と黒になっている無数の石だった。
「まさか……それは」
「ああ、ご存知、『リバーシ』や!」
「っ!」
「因みに『オ〇ロ』って呼び名の方が一般的やろが、オ〇ロは商標登録されとるらしいから、今回は呼び名はリバーシで統一させてもらうで」
「そんなことどうでもいいわよ!できる訳ないじゃない、リバーシなんて!しかも、お、女同士で……」
カノコは赤面して口ごもった。
「おやあ?さっきの言葉は嘘やったんか?まあ、ウチはどっちでもエエんやけどな。ほな、この話はこれで仕舞いやな」
ピッセはすっくと立ち上がって、カノコに背を向けた。
マ、マズいッ!
「待って!」
カノコは思わずピッセを呼び止めた。
「何や?ウチとリバーシはやりたないんやろ?ウチは無理強いはせえへんで」
ピッセはこちらを振り返らずに答えた。
「…………や、やる」
「ん?」
「やればいいんでしょ、やれば!!いいわよ!あなたとやってやるわよリバーシ!」
カノコは立ち上がって、ピッセにビシッと指を差した。
「――クックック、ジブンならそう言うと思っとったで」
こちらを向いたピッセの眼は、獲物を前にした鮫の眼だった。
こうしてここに、女同士の禁断のリバーシ対決の幕が上がったのであった。
「じゃあ、先行の黒はウチがもらうで」
「……ええ、いいわ」
カノコとピッセは、盤を挟んで互いに向き合っていた。
まさか初めて経験するリバーシが、女の人とだなんて……。
カノコの胸は、背徳感と緊張で、今にも押し潰されそうだった。
「まあ、先ずはここかの」
ピッセの長く逞しい指で摘ままれたツヤツヤと輝く黒石が、パチンと盤の上に優しく置かれた。
「……っ!」
その瞬間、カノコの身体に電気の様な衝撃が走った。
全身がビクビクと震え、熱を帯びているのが自分でもわかる。
こ、これがリバーシ……。
スゴい……、こんなのハジメテ……。
「さてと、ジブンの白石をひっくり返すとするかのう」
ピッセの黒石で挟まれたカノコの白石に、ピッセの指が伸びる。
「ちょ、ちょっと待って!」
今白石をひっくり返されたら、私……。
「いいや、待たん」
「っ!」
だが、無情にもピッセは、カノコの穢れのない白石をひっくり返し、真っ黒に染め上げてしまった。
「嗚呼ッ!!」
穢される。
ピッセの手で私の白が黒に穢されていく。
でも何故かしら。
全然嫌ではない。
それどころか――。
「――っ!いいえ!まだよッ!」
「ホウ」
すんでのところでカノコは踏みとどまった。
ダリオのためにも、こんなとこで敗ける訳にはいかない!
今のカノコを支えているのは、その想いだけだった。
「でも果たしてこっから逆転できるのかのう?そっちの白石は、あと一つだけやで」
「くっ」
……いいえ、ここで相手の挑発に乗ってはダメよカノコ。
リバーシで最初に白が一つになってしまうのは、言わば必然。
ピッセは私の心を揺さぶるために、そんなことを言ったに決まってるんだから。
「残念ね。私にその手は通じないわよ!」
「ムッ」
カノコは白魚の様な細い指で白石を摘まむと、ピッセの黒石を挟むように盤に叩きつけた。
「くううぅっ!」
ピッセは顔を紅潮させ、苦痛と快楽がないまぜになった様な吐息を漏らした。
「……フウ、なかなかやるやないかジブン」
「いいえ、まだこれからよ!」
「っ!」
そのままカノコはピッセの黒石を一思いにひっくり返した。
先程カノコがピッセにされたことを、そっくりそのままやり返したのだ。
「ああああッ!!」
ピッセはビクンビクンと身体を悶えさせて、自分自身と戦っている。
よし!イケる!
このままいけば、きっと私が勝つ!
「さあ、次はあなたの番でしょピッセ。私の白石を、ひっくり返せるものならひっくり返してみなさいよ!」
「フフ……言われんでもやったるわあ!」
既にカノコの中から女同士でリバーシをしているという背徳感は消え失せており、ただただピッセとのリバーシに没頭する自分に戸惑いつつも、こんな関係も悪くはないのかもしれないと思い始めていた。
勝負は中盤に差し掛かってきたが、枚数では僅かにカノコがリードしていた。
だが、カノコはここ数回のピッセの手に違和感を覚えていた。
他にも多くの枚数を取れる手があったにもかかわらず、敢えて枚数が少ない手を選んでいるような気がするのだ。
いったい何を狙っているの?
――まさか!
「ククク、これでウチの勝利に、一歩近付いたのう」
ピッセがゆっくりと黒石を置いた場所、それは――『カド』だった!
「ああああああああああああッッ!!!」
カノコの脳天から爪先までを、雷が疾った。
それは今までの手など比にならない程、深い快楽だった。
全身から汗が噴き出て、震えが止まらない。
それもそのはずだ。
カドに置かれた石は、もう二度とひっくり返すことはできないのだ。
つまりカノコの身体に刻まれたピッセの黒は、一生そのまま消えることなく遺り続ける。
それはある種の誓いにも似ていて、カノコは零れそうになる涙を必死に堪えていた。
「フフ、ウチはこれを、ずっと狙ってたんや」
「……ピッセ」
ピッセは雄々しい指で、カノコの涙をそっと拭った。
「――せやから、これからはずっと、ウチの番でエエやろ?」
「……え」
ピッセはおもむろに、黒石を続けて盤の上に置いた。
そ、そんな!?
続けて石を置くことは、明確なルール違反だ。
ピッセは、そこまでして私のことを……。
「まだまだ!どんどんいくでえ!!」
「嗚呼!ピッセええッ!!」
続けて三手、四手と休むことなくピッセは黒石を置き連ねていく。
そのたびに、カノコの中の白はピッセの黒に塗り替えられていった。
まるでピッセに強く抱きしめてられているみたいに、カノコとピッセの色が一つに溶けてゆく。
あまりの心地良さに、カノコは自然と涙が溢れていた。
「ピッセ……ピッセえぇ……」
次第にカノコはねだるように、ピッセの名を呼んでいた。
「――ああ、任せとき。今ジブンの全てを、ウチの色にしたるで」
「――!ピッセ……」
ピッセは残りの黒石を、余すことなく盤上にブチ撒けた。
「ん嗚呼ああアアアァァーーー!!!!」
カノコの中の、白が爆ぜた。
「ああぁ……はああぁ……はぁ……」
盤面は、ピッセの黒でドロドロに埋め尽くされていた。
「……これで、ウチの勝ちやな」
ピッセはカノコの髪を愛でるように、優しく梳いた。
「……もう、ズルいよピッセ」
本当にズルい。
だってピッセのしたことは、明確な反則行為だ。
……でも、最後に相手を自分色に染めた方が勝ちというのが、リバーシの絶対にして唯一のルール。
そして私は今こうして、ピッセ色に染め上げられてしまった。
悔しいけど、私の敗け。
「――そういえば、あなたが勝ったら私にさせたいことって、何だったの?」
「ああ、それか……」
ピッセは面映ゆそうに、頭を掻きながら口を開いた。
「……次はウチを、ジブンの色に染めてほしい思てな」
「――っ!」
ピッセは耳(ヒレ?)まで真っ赤にして俯いてしまった。
……ふふ、可愛い。
「いいわよ。その代わり、手加減はしないから、覚悟しなさい」
「オ、オウ」
たじろぐピッセをよそに、私はゆっくりと石を摘まんだ。
ダリオは誰からも、忘れ去られていた。
~fin~
「……ピッセ、何よこれは」
「んん?――アッ!何で菓乃子が、それ持っとるんや!?」
「あなたのポケットからこの原稿用紙が零れ落ちたから、私が拾っといたのよ。それより何なのよこの小説は!?あなたが書いたの!?バカなんじゃないのあなた!?」
「ま、まあまあ、そない怒らんでもエエやんけ」
「怒りたくもなるわよッ!!」
「あ。そしたら仲直りの印に、今から二人でリバーシでもやろうや」
「やらないわよッ!!!」
やる訳ないでしょッ!!!




