第百二十五魔 ゴチになります!
「オウ、いいぜ。じゃあ沙魔美ちゃんは日雇いの派遣社員って扱いでもいいかな?」
「結構ですわ服部シェフ。――いえ、今後は局長とお呼びすべきかしら?」
「ハハッ、どう呼んでくれても構わねーぜ」
「ではケースバイケースで変えるということで、今は局長とお呼びするでござる。ニンニン」
「沙魔美、その取って付けた様な忍者っぽい語尾はやめろ。本物の忍者に失礼だぞ」
「ハハハ、大丈夫だよ普津沢。実際『ござる』とか『ニンニン』とか言ってるやつも、IGAにはいるからよ」
「自由な社風ですね!?」
俺と沙魔美と伊田目さんは、例によってスパシーバの裏庭にいた。
小屋の中でスヤスヤと寝息を立てているシュナイダーをガン見したい衝動を必死に抑え、俺と沙魔美はIGAでお世話になりたいという旨を局長である伊田目さんに伝えたのだった。
案の定、沙魔美の『参加したい時だけ任務に参加する』という社会を舐めているとしか思えない要望も、伊田目さんは二つ返事で了承してくれ、晴れて俺はインターンとして、沙魔美は日雇いの派遣社員として、IGAの一員となったのであった。
「いやー、しかしまさか沙魔美ちゃんまでIGAに入ってくれるとは、棚ぼたもいいところだったぜ。一気にIGAの最高戦力になっちまったね。こりゃ、俺はいつ引退しても問題ねーな」
「フフフ、何を仰いますか。まだまだ局長には、IGAをバリバリ守り立てていただきませんと」
すっかり局員面している沙魔美をよそに、俺の中にはある仮説が浮かんでいた。
よもや、伊田目さんの本当の目当ては、俺ではなく沙魔美だったのでは?
エストを見逃す代わりに、ヘタオに地球の味方をするように要求するくらい、抜け目がない人だ。
実は前々から沙魔美の規格外の戦力を欲していたのかも。
だが、ただスカウトしただけでは、沙魔美がIGAに入ってくれる確率は低い。
そこで、敢えて俺の方をスカウトすることによって、沙魔美がIGAに入らざるを得ない状況を作ったのではないだろうか?
……流石に考え過ぎだとは思うが。
「流石に考え過ぎだぜ普津沢」
「っ!」
出た。
伊田目さんの十八番、読心術。
そもそも俺の周りには、読心術に長けてる大人が多い気がするんだけど、大人になったら誰でも人の心が読めるようになるのかな?(※そんなことはありません)
「俺がお前を買ってるのは本心さ。俺の本命はあくまでお前だよ、普津沢」
「!……ありがとうございます」
本命ってことは、やっぱり沙魔美もあわよくば引き込むつもりだったってことだな。
……まったく、相変わらず食えない人だ。
まあ、これくらいじゃないと、忍者の首領は務まらないのかもしれないが。
「よっしゃ、ほんじゃ早速、今からイカれたメンバー……じゃなかった他の局員を紹介するぜ。IGAの肘川支部に案内するから、付いてきてくれ」
「「え?」」
今からですか!?
「伊田目さん、まだバイト中ですよ!?」
「いーよ、いーよ。スパシーバ名物、開店、即、閉店だ」
自分で名物って言っちゃったよ!?
……俺、本当にこの人を上司にして大丈夫かな?
ホールに戻るなり、伊田目さんは未来延ちゃんとピッセに告げた。
「未来延、ピッセちゃん、俺達三人は急用ができたから、ちょっと出掛けてくるからよ。閉店は頼むわ」
「はいはーい。ごゆっくりー」
「何やと!?もしかしてジブンらだけで、美味いモンでも食うてくるつもりやないやろな!?」
未来延ちゃんは薄々事情を察しているようだが、ピッセは相変わらずだ。
むしろ最近俺はピッセのこういうところを見ると、ホッコリするようにさえなってきた。
察しがよ過ぎる人に囲まれていると、ピッセみたいな存在が逆に愛らしい。
「……先輩、今ウチのこと内心バカにしたやろ?」
「な!?何を言うんだよピッセ!そんな訳ないじゃないか!ハハハ……」
「……フーン」
そういう勘はいいんだな。
危ない危ない(まあ、俺が顔に出過ぎなのかもしれないが)。
今後は忍者として、何事もポーカーフェイスを心掛けるようにしないとな。
……でも、改めて考えると、俺、今日から忍者になるんだよなあ。
そりゃ、子供の頃は人並みに、変身ヒーローとか忍者とかに憧れたこともあったけど、まさか本当に忍者になってしまうとは。
人生何が起こるか、本当にわからないもんだ。
俺達は駐車場に駐めてある、伊田目さんの愛車である軽ワゴンに乗せてもらい、一路IGAの肘川支部へと出発した。
……ところで、肘川支部ってどこにあるんだろう?
「さあ着いたぜ。ここがIGAの肘川支部だ」
「え、ここって……」
「アラアラ」
俺達が連れてこられたのは、今やすっかりお馴染みとなった肘川公民館であった。
ここがIGAの支部だったの!?
……まあ、でもよくよく考えれば、公民館という場所は市町村が設置している訳だから、日本を影から支える政府機関であるIGAと密接な関係を持っていたとしても不思議ではないのか。
つくづく、普段俺達が見ている世界は、氷山の一角に過ぎないのだということを思い知らされるな。
俺と沙魔美は伊田目さんの後に続いて、肘川公民館の入り口へと向かった。
「あれ~?どうしたの~?珍しいね~、こんな時間に来るなんて」
中に入るなり、受付のおねえさんが伊田目さんに話し掛けてきた。
この人もくのいちなのかな?
凄い美人だけど、何だか随分ユルい感じがする人だな。
失礼だけど、これでくのいちが務まるのだろうか?
あと、この人の顔、どこかで見たことがあるような気がするんだけど……。
「オウ、この二人が今日からIGAに入る、普津沢と沙魔美ちゃんだ。みんなに紹介しとこうと思ってよ。後でお前も来てくれ」
「あ~、この二人が例の二人か~。オッケ~、後で行くよ~。今日からよろしくね~」
「よ、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いいたしますわ」
俺と沙魔美は先輩くのいちさんに、うやうやしく頭を下げた。
何事も始めが肝心だ。
挨拶はしっかりしておかないと。
だが、先輩くのいちさんが、例の『二人』と言ったのが引っ掛かった。
やっぱり伊田目さんは、端から沙魔美もIGAに入れるつもりだったんじゃねーの!?
「さ、事務所はこっちだ」
しかし、そんな俺の疑惑を無視して、伊田目さんはさっさと廊下を奥の方へ進んでいってしまう。
「あ、待ってください」
俺と沙魔美は、そんな伊田目さんの後を慌てて追った。
「……ねえ、堕理雄」
「ん?何だ」
廊下を歩いている道すがら、沙魔美が俺に身体を寄せてきて、俺の顔を間近で睨んできた。
な、何だよ急に!?
俺、何か悪いことしたか!?
「さっきの美人な先輩のこと、いやらしい眼でジロジロ見てたでしょ?」
「はあ!?」
また始まったよ、沙魔美特有の嫉妬!
「見る訳ねーだろ!約束したじゃないか、俺は絶対に浮気はしないって」
「フンッ!どうかしら!堕理雄は何だかんだ言って、美人に弱いからッ!」
沙魔美はプイッとそっぽを向いてしまった。
……うわあ。
相変わらず面倒くせえ。
しかも遠回しに、自分のことも美人だって言ってるし(まあ、沙魔美が美人なのはその通りなのだが)。
「……そんな他の女の人を見てる余裕なんかないよ。すぐ側に、こんな世界一美しい彼女がいるんだからさ」
「トゥンク!……堕理雄」
沙魔美は一転して、頬を赤らめながら俺を見つめてきた。
どうやら機嫌は直ったらしい(チョロい女だぜ)。
「二人共、イチャついてるとこ悪いが、事務所に着いたから、こっからは気を引き締めてくれよ」
「ハーイ!」
「あ、はい。すいません」
早速上司に釘を刺されてしまった。
やっぱ彼女と二人で職場に挨拶に来るって、冷静に考えたらスゲー恥ずかしいよな……。
と、そんな俺の心配をよそに、伊田目さんは突き当たりのドアの指紋認証リーダーに指先を付けた。
おお、こういう機械を見ると、いかにも秘密の場所って感じがして、ちょっとドキドキするな。
――が、どうやら認証はそれだけではないようだった。
天井から機械音で、次のような言葉が降ってきたのだ。
『合言葉を、どうぞ』
随分とアナログな!?
でも、まあ、忍者っぽいと言えば、ぽいか?
「寿限無、寿限無、五劫の擦り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末、食う寝る処に住む処、藪ら柑子の藪柑子、パイポ、パイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助」
『お通りください』
「「!?」」
まさかの寿限無!?
え、待って。
これ、俺も今後は寿限無暗記しないといけないの……?
……忍者になるのも楽じゃないぜ。
「さあ入ってくれ、ここがIGA、肘川支部の事務所だ」
伊田目さんが事務所のドアを開けると、そこには――。
「キャハハ、こんな時間に来るなんて珍しいねえ、大将」
「ゲッ」
ボンバー爆間が一人でくつろいでいた。
「オイオイ、イケメンく~ん、『ゲッ』はないんじゃないの?先輩に向かってさあ」
爆間は薄ら笑いを浮かべながら、こちらに寄ってきた。
……そうか、今後はこいつも先輩になるのか。
「ちょっとあなた」
「あん?」
「沙魔美!?」
沙魔美が俺と爆間の間に割って入り、爆間を鬼の様な形相で睨みつけた。
「堕理雄から聞いたわよ。あなた、私の堕理雄に、前に無理矢理チョメチョメしようとしたらしいじゃない?」
「沙魔美ッ!?!?」
俺はそんな言い方はしてないだろ!?
そもそもチョメチョメって、もう死語だぞ!?
「キャハハ!だったら何だっていうのさあ。ご自慢の魔法で、あーしを八つ裂きにでもするかい?」
「そうね。そうさせてもらおうかしら」
沙魔美は例によって右手の爪を鋭く伸ばした。
「沙魔美!!やめろッ!!」
新人として挨拶に来た初日に、先輩を八つ裂きにするやつがあるか!!
「おやおや?こちらはもしや、局長殿が仰ってた、期待の大型ルーキー殿でござるか?」
「「っ!」」
その時だった。
俺達のすぐ横に、いつの間にか痩せた男の人が立っていた。
その人は瓶底メガネをかけており、おでこにはバンダナを巻き、チェック柄のシャツをジーパンにインした上で、大きなリュックを背負っていた。
何だこの、今時珍しい昭和のオタク男子みたいな人は!?
この人も忍者なの!?
確かに気配は一切感じなかったが……。
「オウ、尾多倉、こっちが普津沢で、こっちがその彼女の沙魔美ちゃんだ」
伊田目さんが俺達を紹介してくれた。
「そうでござるか。拙者は尾多倉と申すものでござる。以後、お見知りおきをでござる。ニンニン」
この人が『ござる』とか『ニンニン』とか言ってる人か!?
てか、これだと忍者の語尾ってよりは、オタク男子の語尾っぽくない!?
よもや世のオタク男子は、みんな忍者なのでは!?(名推理)
「は、はじめまして、普津沢堕理雄と申します。よろしくお願いします」
「堕理雄のカノジョッジョの病野沙魔美です。よろしくお願いいたします」
カノジョッジョって何!?
カレピッピみたいなもの!?
語呂悪ッ!
だが、尾多倉さんが来てくれたお陰で、沙魔美も爪を収めて外面モードにはなってくれた。
間一髪、流血沙汰は避けられたみたいだ。
「うんうん、そうでござるか。普津沢殿と病野殿はお付き合いをされてい何ですとおおおおおおおッッ!!!」
「「尾多倉さん!?」」
尾多倉さんが突然海老反りになって、脳天を床に叩きつけた。
「だ、大丈夫ですか尾多倉さん!?」
「よ、よよよよよよもや、普津沢殿は我々の不倶戴天の敵である、『リア充』なのではありますまいな!?」
「え!?……えーっと」
尾多倉さんは手を使わずに海老反り姿勢から起き上がり(この身体能力は流石忍者だ)、俺の肩を揺さぶってきた。
あなたが言う『我々』っていうのは、オタク男子全般のことを言ってるんですか?
オタク男子の中にも、リア充は沢山いると思うんですけど……。
――あれ?
その時俺は、目に入ってきたあまりの光景に、一瞬フリーズした。
海老反りの勢いで尾多倉さんの瓶底メガネがどこかに飛んでいったらしく、素顔が露わになっていたのだが、その素顔がメチャメチャイケメンだったのだ。
ニャッポリート!?
何だよこの人!?
この顔だったら、彼女くらいすぐできるだろ!?
「あ、ああっ!」
「尾多倉さん!?」
尾多倉さんがよろめいた。
「め、面目ないでござる。拙者、メガネがないと前が全然見えないのでござる~。ニンニン」
「そうなんですか!?」
だから彼女できないのか。
だったらコンタクトとかにすればいいのに。
まあ、俺もコンタクトはしたことないから、してみろと言われたらちょっと怖いけど。
「ひゃあっ!?」
「っ!危ない!」
よろけて倒れそうになった尾多倉さんを、俺は咄嗟に抱きかかえた。
――その瞬間。
「エクストリームヘヴンフラーーーッシュ!!!!」
「……」
フマジョッジョのエクフラが炸裂してしまった。
……もういい加減、このパターン勘弁してほしいんだけど。
「はあぁー、尊い。いや、むしろ尊い。――尾多倉さん!」
「は?何でござるか?」
「うちの堕理雄を、末永くよろしくお願いします!」
「は、はあ……」
目の前も状況も見えていない尾多倉さんは、ただただはにわ顔でポカンとしている。
それ以上先輩を困らせるんじゃないよ。
「キャハハ!何だ何だ、あんたも腐ってたんだあ」
「「っ!」」
あんた……も!?
「あーしは俗に言う歴女なんだけどさあ。戦国武将について調べてる内に、当時は衆道が流行ってたって知ってから、段々と目覚めちゃってさあ」
「「っ!!」」
……ジーザス。
「織田信長と前田利家も、とってもナカヨシだったらしいじゃあん?それってすっごく尊いよねえ」
「わかるッッッ!!!!!!」
うるさッ!?
耳元でデカい声出すんじゃねーよ!!
「私も信長×利家は大好きよッ!!昔それで同人誌出したこともあるしッ!!」
出したこともあるのかよ……。
むしろ何なら出したことないんだよ、お前は。
「キャハッ!?マージで!?じゃあ今度読ませておくれよ!」
「もう!しょうがないわね!」
八つ裂きにするんじゃなかったのか?
あんなに険悪だったのに、一瞬で仲良くなっちゃったよ……。
推しカプが一緒だと、人って誰とでも仲良くなれるんだね(白目)。
「おまたせ~。あ、早速打ち解けてるみたいだね~。よかったよかった~」
「「っ!」」
先程受付にいたユルい美人が事務所に入ってきた。
やっぱりこの人の顔、どこかで見たような気がするな……?
「……どうも」
キャッキャウフフしていた沙魔美から、瞬時にまた嫉妬のオーラが立ち上った。
あわわわ。
俺、もしかして、今後同僚の女の人と会うたびに、この空気を味わわなくちゃいけないの?
「あはは~、そんな邪険にしないでよ~、ナットウゴハン先生~」
「「っ!?」」
何故この人がナットウゴハン先生のことを!?
「実は私もナットウゴハン先生の本いっぱい持ってるんだ~」
「「っ!?!?」」
「先月のイベントで出した新刊の、授業中に教室の後ろの掃除道具入れの中で二人がイチャイチャする話とか、超尊かったよ~」
「まあ!わかっていただけましたか!あの尊みを!!」
俺のカノジョッジョは何て本を出してるんだ!?
そしてまたもや一瞬でダチ公になってしまった!
むしろ今現在この空間にいる女性は、漏れなく腐ってるんですけど!?
今後この人達のことは、くのいちではなく腐のいちと呼ぼう……。
「ううむ、リア充は許せませんが、美しい三次元女子達がキャッキャウフフしている光景は、とても尊いでござるなあ。ニンニン」
「……そうですか」
やっぱ俺、入る職場間違えたかな?
「あ、そういえば自己紹介がまだだったね~。私は一応、弐課の課長をやらせてもらってる、ニコっていいま~す。よろしくね~」
「「え!?」」
じゃあ、この人が俺の直属の上司になるの!?
それに、もしかして……。
「ああ、普津沢、お前の思ってる通りだよ。こいつも俺の娘だ。イチと未来延の間の、次女のニコだ」
「「っ!!」」
そうだ。
どこかで見た顔だと思ったら、この人は未来延ちゃんにそっくりなんだ……。
てか、長女が『イチ』、次女が『ニコ』、三女が『ミラノ』って、随分とわかりやすいネーミングなんですね。
どこぞの五つ子姉妹みたいじゃないですか。
まさか、未来延ちゃんの下にも、あと二人妹がいたりしませんよね?
「そんでこいつがお馴染みのイチだ。オーイ、いるか、イチ?」
「はい」
「「っ!」」
例によって伊田目さんの影の中からイチさんが現れた……ように見えた。
逆にこの人は伊田目さんの側にいない時はあるの!?
そんなにパパが好きなの!?
一応壱課の課長なんですよねあなた!?
「ま、今日紹介できるのはこんなとこかな。如何せん俺以外の局員はみんな忙しく日本中を飛び回ってるからよ。他のメンツはまた別の機会に紹介するぜ」
「あ、はい」
「楽しみにしておきますわ」
正直、このメンツだけで大分お腹いっぱいなんですが……。
流石忍者だけあって、曲者揃いだわ。
俺、本当にここでやっていけるのかな?
「そんな!パ――首領が忙しくないなどと、そんなこと仰らないでください!パ――首領は誰よりも、IGAのことを案じてらっしゃるではありませんか!」
今パパって言いそうになったでしょイチさん!?
マジである意味この人が一番萌えキャラなんじゃねーの!?
「あはは~、またイチねえのファザコンが炸裂したよ~。ホントイチねえはお父さん大好きだよね~」
「うるさいわねニコ!あなたも少しはパ――首領に敬意を払いなさいよ!」
「まあまあ、仲良くしろよお前ら」
何だかこの人達の家での生活が目に浮かぶようだな。
ここに未来延ちゃんとピッセも加わってるんだから、毎日がかおす先生だろう。
「フッフッフ、では普津沢殿!普津沢殿にはこれより、IGAの洗礼を受けていただくでござるよ!ニンニン!」
「え?」
唐突に尾多倉さんが不穏なことを言い出した。
何ですか洗礼って!?
超怖いんですけど!?
「これでござる!」
「ヌッ!?」
尾多倉さんが指差したのは、事務所の端に置いてあった雀卓だった。
え、もしかして……。
「IGAの新人は、麻雀で先輩からむしられるのが慣わしになっているのでござる!覚悟なされよ!リア充爆発するでござる!ニンニン!」
「キャハハ、じゃああーしも交ぜてもらおっかなあ」
「私も直属の上司として、部下のお手前を拝見させてもらおうかな~」
三人が一様に、雀卓を取り囲んだ。
……やれやれ、どうやら俺の人生は、良くも悪くも麻雀とつくづく縁があるらしい。
俺はそっとため息を零しながら、卓についた。
「もちろん我々は裏の世界に生きる忍者でござるからな!ルールはナンデモアリでござるよ!」
「!……了解しました」
では、俺も本気でいかせてもらいます。
「自摸。天和、四暗刻、大三元、字一色。カルテット役満で64000オールですね」
「キャー!堕理雄カッコイー!これで四回連続トップね!」
「アイエエエエ!ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」
忍者はあなたでしょ尾多倉さん。
こう言っちゃ何だけど、三人共忍者としては優秀なんだろうけど、麻雀打ちとしては中の上ってところだな。
申し訳ないが、俺の敵じゃない。
「キャハハ、やるじゃんイケメンく~ん。もうあーしの財布は空っぽだよ」
「そうだね~。流石伝説の代打ち、『夜叉』の一人息子なだけあるね~」
「「っ!」」
ニコさんはニッコリ(駄洒落ではない)と笑顔を向けてきた。
……何故俺の親父のことを。
いや、むしろ当然か。
俺は日本トップクラスの機密を有するIGAに就職しようとしているんだから、事前に新入社員を徹底的に身辺調査しておくのは至極当然だ。
それこそIGAの手に掛かればこの世の情報の大半は容易に入手できるのだろうし、中でも情報収集のスペシャリストである弐課の課長のニコさんなら、俺と沙魔美の今までの人生、そのほぼ全てを知られていると言っても過言ではないだろう。
そう考えた途端、ニコさんの屈託のない笑顔が得体の知れないものに見えてきて、俺は背筋が冷たくなった。
……やれやれ、どうやら尾多倉さんが言っていたIGAの洗礼というのは、むしろこっちのことだったのかもしれないな。
見事に天狗の鼻をへし折られたよ。
「ほんじゃ、今から二人の歓迎会に行こっか~。回らないお寿司でも食べよ~。もちろん私達からガッポリ稼いだフッツーの奢りね~」
「ファッ!?」
そんな話聞いてないんですけど!?
てか、そのフッツーってのは俺のことですかニコさん!?(普津沢だからフッツー?)
「それはそれは!ありがたくご相伴にあずかるでござる。ニンニン」
「キャハハ!流石イケメンくん太っ腹~」
「堕理雄、ゴチになります!」
「何でサラッとお前も便乗してんだよ沙魔美」
まあ、いいけどさ。
ひょっとしてこれも想定した上で、俺を麻雀勝負の土俵に上げたのかな?
流石忍者。
食えない人達ばっかりだ。
てか、図らずもピッセの言う通り、美味いものをみんなで食いに行くことになっちゃったな。
可哀想だから、ピッセにも今度なにか奢ってやるか。
局長はそんな俺達の遣り取りを、ニヤニヤしながら遠巻きに眺めていた。
こうして俺の波乱の忍者生活が、静かに幕を上げたのであった。




