第十魔 今から特訓よ!
「ああ、ハイハイ。うんうん、いいわよ。じゃあ、待ってるわねー」
ん?何だ?
俺の家で沙魔美と二人でテレビを見ていたら、急に沙魔美が独り言を言い出したぞ。
ついにアレしちゃったか?
「今失礼なことを考えていたでしょう?心配しなくても、ただママと念話していただけよ」
「えっ……ママっていうのは、お母さんのことか?」
「他にどんな意味があるのよ。今からここに遊びに来るって」
「は!?沙魔美のお母さんが、ここに!?」
そんな。
まだ俺、お母さんには会ったことないのに。
心の準備ができてないよ。
てか、沙魔美のお母さんってことは……。
バキバキバキバキ、バキンッ
突然巨大な指が天井を突き破り、俺の部屋の屋根を剥ぎ取った。
開放感溢れる天井から、全長六十メートルはあろうかという、人型のバケモノが顔を覗かせた。
そのバケモノの肩に、この世のものとは思えない程、妖艶なマダムが乗っている。
「久しぶりねえ、沙魔美」
「ママ!」
……お母さん。
屋根は直していただけるんですよね?
「ああ、お婿さんは、かしこまらなくていいから。そのままそのまま」
「あ、はあ……」
沙魔美のお母さんはバケモノの肩から、俺の部屋の居間に優雅に降り立つと、指をフイッと振った。
すると居間に豪奢な玉座が出現し、それに腰掛けた。
「はじめましてお婿さん。アタシは沙魔美の母親の弩羅恵です」
「は、はじめまして。沙魔美さんとお付き合いさせていただいてる、普津沢堕理雄と申します」
「もちろん存じ上げてますよ。沙魔美ったら、いつも念話であなたの話しかしないんだから」
「もう、やめてよママ。恥ずかしいじゃない」
「あ、あははははは」
いろいろとツッコミたいところはあるが、とりあえずは諸々我慢しよう。
俺のことを『お婿さん』と呼ぶのも、面倒くさいからスルーする。
しかし、間近で見ると、お母さんは沙魔美よりも更に胸が大きい。
沙魔美も相当デカい方だが、流石は母の貫禄というやつか。
「アラ、アタシの胸がそんなに気になるお婿さん?アタシも沙魔美くらいの時は、今の沙魔美並みの大きさだったんだけど、二十歳を過ぎてからどんどん大きくなって、二十代後半には今くらいの大きさになったのよ」
「なっ」
マジですか。
つまり沙魔美の胸は、未だ発展途上だということですか!?
沙魔美の胸は、あと三回の変身を残しているというのですか!?
沙魔美の戦胸力は530000ですか!?
俺は生まれて初めて、心の底から震え上がった……。真の期待と、決定的な希望に……。歓喜と愉悦に涙すら流した。これも、初めてのことだった……。
ハッ!イカンイカン。
そういえば、これだけは聞いておかなければ。
「あのー、お母さん。外にいる、あのバケ……お乗り物は、周りの人には見えていないんでしょうか?」
「もちろん辺り一帯に、認識歪曲の魔法を掛けてあるから、誰にも認識されてないわよ。お隣に住んでるカワイイ元カノさんにもね」
「……そうですか」
なら、とりあえずはよしとしよう。
何故元カノのことも知っているのかも、もちろんスルーだ。
「でもお婿さん。一応外のアレにも、伝説の超魔神ラグナロクジェノサイドトールハンマーザッハトルテアポカリプスっていう名前があるのよ」
「あ、そうなんですね……」
伝説の超魔神ラグナロクジェノサイドトールハンマーザッハトルテアポカリプスかあ。
……。
名前クソナゲーーー!!!!
前から思ってたけど、伝説の生き物どれも名前長過ぎじゃない!?
あと何でみんな、クソ長い名前毎回フルネームで言うの!?
略称とかじゃダメなの!?
「連載十回目にして、やっとそのことにツッコんだわねお婿さん」
「……お母さん、大変恐縮ですが、流石に魔法で心を読むのだけは、ご勘弁いただけませんか?あと、そういうメタ的な発言も、なるべく控えていただけると……」
「アラ、今のは別に魔法じゃないわよ。ただの人生経験からくる、読心術よ」
「……そうですか」
それならもう、何も言いますまい。
セントバーナード、僕はもう疲れたよ。
「ところで、伝説の超魔神ラグナロクジェノサイドトールハンマーザッハトルテアポカリプスは、そこそこ強い魔神で、くしゃみをしただけで銀河系が消滅するから気を付けてね」
「ファッ!?今何と!?」
「ちなみに好物はコショウたっぷりのラーメンよ」
「ぬおっ!?」
銀河系アブネーーー!!!!
むしろよく今まで無事だったな銀河系!?
ダメだ。
いろいろと俺にはもうキャパオーバーだ。
今日はもう温かいお風呂に入って、さっさと寝たい。
沙魔美はこの世で一番とんでもない存在だと思っていたけど、そのお母さんはそれを遥かに超える存在だったようだ。
世界は広いよね(血涙)。
「あれ?ママ、パパも一緒だって言ってなかったっけ?」
「えっ!?そうなの!?」
この上、更にお父さんまで。
流石にもうこれ以上は、お腹いっぱいだよ。
「ああそうそう、忘れてたわ」
そう言うとお母さんは、伝説の超魔神ラグナロクジェノサイドトールハンマーザッハトルテアポカリプス(舌噛みそう)の腹辺りまで、フワッと浮かび上がると、伝説の超魔神ラグナロクジェノサイドトールハンマーザッハトルテアポカリプスに思いっきり腹パンした。
お、お母さん!?お母さーん!!!!
ぎ、銀河系がー!!!!銀河系があー!!!!!
伝説の超魔神ラグナロクジェノサイドトールハンマーザッハトルテアポカリプスは無言でのたうち回った後、二メートル四方くらいの物体を、口から吐き出した。
何だ、アレ?
その物体は居間に落下した。
よく見ると、それは四角い牢屋だった。
その牢屋の中に、痩せ細った中年の男性が入っている。
ま、まさかこの方が。
「久しぶり!パパ」
「久しぶりだね沙魔美。元気そうでなによりだよ。そして、はじめまして堕理雄君。沙魔美から話は聞いているよ。僕が沙魔美の父親の杜斗です。よろしくね」
「は、はじめましてお父さん」
今座布団をお出しし……ても意味ないですかね。
「ちなみに僕は、魔法は使えない、ただの人間だよ」
「何言ってるのよ杜斗。杜斗はアタシに一生消えない、恋の魔法を掛けたじゃないの」
「あはは、そうだったね弩羅恵。僕は本当に、罪な男だ」
「本当にそうよ。だから私はあなたを、その愛の牢獄に監禁してるんですもの」
「そうだね。愛してるよ弩羅恵」
「私も愛してるわ杜斗」
イイハナシダナー。
イイハナシ過ぎて、僕は涙が止まらないよ。
てか、もしかしてお父さんは、四六時中あの牢屋の中で生活されているのか!?
こんな愛の形があっていいのか!?!?
俺も将来……ああなるのか……。
「堕理雄君、これも住めば都ってやつでね。この牢屋は弩羅恵が魔法で造ってくれた物で、僕の行きたい方向に、自動で浮いて連れてってくれるんだ。しかも牢屋からは二十四時間、栄養素と殺菌ガスが噴出されているから、僕は弩羅恵と結婚してから、一度も病気になったことがないんだよ」
「……そうなんですか」
その代わり、とても大事なものを失ってはおられませんか?とは、俺は言えなかった。
俺もまったく、人のことは言えないからだ。
ここにいる四人の愛の形は、明らかに歪んでいる。
そんなことは、言われるまでもなく、全員が自覚している。
だが、雁字搦めになった糸のごとく、誰もそこからは抜け出せないし、また、抜け出す気もないのだろう。
俺も、これから何があっても沙魔美を愛し続けるし、また、沙魔美に愛し続けてもらいたいと思っている。
なるほど。
お母さんが言ったように、恋の魔法というのは、この世で一番強い魔法なのかもしれない。
「でも流石にアノ時は、ラブプリズンからは出してあげてるわよ」
「え……アノ時って」
もしかして、アレをする時ですか!?
「まあ、最近はアタシ達も歳だからねえ。週14回くらいしかしてないけど」
一日平均2回!?
随分とお盛んでございますねえ!?
むしろ若い頃は、もっとされてたんですか!?
そりゃお父さんも、あんなに痩せるわ。
てか、実の娘と、その彼氏の前で、何の話してるんですか。
「むう、これは私達も負けてらんないわね堕理雄!」
「いや、ここは負けておいてもいいんじゃないかな沙魔美ちゃん」
そうだった。
沙魔美はこういうやつだったな(ゲッソリ)。
「しかし沙魔美は私の娘だけあって、お目が高いわね」
「ウフフ、そうでしょママ」
「……」
お母さん、沙魔美は盲目なだけで、俺はちょっと麻雀が強いだけの、至って平凡な男ですよ。
「そんなことはないわよお婿さん。あなたは自分で気付いてないだけで、沙魔美なんか目じゃないくらいの、資質の持ち主なのよ」
「えっ?どういうことですか?」
「それは今のアタシの口からは言えないわね。ただ、これだけは言っておくわ。あなたはいずれ来る、地球人対、伝説の宇宙海賊ギャラクシーエキセントリックエッセンシャルパイレーツの星間戦争において、キーパーソンとなる男よ」
「へっ!?あの……話が全然見えないんですけど……」
これってチープギャグ小説じゃなかったの?
その手のギャグからバトルものへの移行は、大抵失敗するのがセオリーだから、やめておいた方がいいですよ。
「心配しなくてもこの小説が、そんなシリアスバトルものになんて、なるわけないじゃない。今のはただの冗談よお婿さん」
「あ、あはははは」
笑えないっすよお母さん。
で、どこからどこまでが冗談なんですかね?
「さてと、お婿さんも十分からかっ……可愛い顔も見れたし、そろそろお暇しようかしら」
「えっ!そうですか!いやあ、大したお構いもできませんで、本当にすいません!」
よっしゃあああ。
何とか今までの人生で一番の修羅場を、くぐり抜けられたみたいだぜ。
「ええー、ママ達もう帰っちゃうのー。今夜は泊まっていってよー」
「お、おい沙魔美!お母さん達も、いろいろとお忙しい身なんだから!」
「あなたがママ達の何を知ってるのよ。むしろ泊まってくれたら、孫ができる瞬間を、お見せできるかもしれないわよ」
「それは絶対にお見せしないし、まだ孫を作るつもりもない」
「ウフフ、泊まっていきたいのはやまやまなのだけど、今日はアタシの好きな作家の新作をゲットしたから、家に帰ってゆっくり読みたいのよ」
「あ!もしかしてそれ、諸星つきみ先生のでしょ!私も買ったわよ。諸星先生の作品は、受けちゃんがいつも屈強なイケメンだから好きなのよねー」
「わかりみが深い。流石アタシの娘ね」
オオフ。
なんとお母さんも腐っておいででしたか。
むしろ沙魔美の腐乱は、遺伝だったのですね。
今流行り(?)の貴腐人というやつですね。
大丈夫だ、問題ない(問題ないとは言ってない)。
「その代わり沙魔美にハイこれ、お小遣いよ」
「わーい、ありがとうママ」
お母さんは沙魔美に、札束を二束手渡した。
えっ!?
「お、お母さん……それは……」
「心配しなくても、魔法で作ったお金じゃないわよ。アタシはデイトレードを生業にしててね。こう見えて年収は億を超えてるのよ。もちろん仕事にも一切魔法は使ってないわよ。プライベート以外では、魔法は使わないっていうのが、アタシのポリシーだからさ」
「は、はあ……」
俺が言いたかったのは、そういうことじゃないんですが。
沙魔美がバイトもしてないのに、高級マンションに住んで、バカスカ買い物をしている理由がわかったよ。
さっきも言ったけれど、今日はもう温かいお風呂に入って、さっさと寝たい。
「じゃあね、沙魔美、お婿さん。また来るわ」
「うん!待ってるわね!」
「……いつでもどうぞ」
「またね、沙魔美、堕理雄君。ああ……堕理雄君」
「?はい、何でしょうお父さん」
「……頑張ってね」
「……はい」
何て含蓄のある言葉なんだ。
お父さんも今日まで、必死に頑張ってこられたのですね。
俺も無事(?)、二十歳になれましたので、今度二人で一杯飲みましょう。
そして二人は伝説の超魔神ラグナロクジェノサイドトールハンマーザッハトルテアポカリュプフ(舌噛んだ)の肩に乗って、天高く舞い上がっていった。
結局屋根は直してくれなかったな……。
あとこの玉座、粗大ごみに出してもいいのかな?
「なあ沙魔美、悪いんだけど魔法で屋根、直してもらえるかな?流石にこれは、俺じゃ弁償しきれないよ」
「それはいいけど、さっき私が言ったことも、守ってもらうわよ」
「?何のことだっけ?」
「私達もママ達に負けてらんないって話よ。ママ達が週14回なら、私達は週21回よ。早速今から特訓よ!」
「……」
それだと俺、お父さんの歳まで生きられないかもしれないよ?