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Bhut Jolokia  作者: ムトウ
3/3

後編

 不穏な声は少し離れたテーブルから聞こえた。


「いいから、こいつをもう一つ持ってこいよ」

 酔客が店員に絡んでいるらしい。ジョロキアオイルの瓶を手に、店員に注文をつけている。

 店員はどうやら断っているようだった。唐辛子は大量に食べると内臓を痛めるおそれがある。

「いいって言ってんだろ、自己責任だよ」

「どうせなら生のヤツくれよ。罰ゲームなんだから、一番辛いヤツじゃないと意味ねえし」

「生ジョロキアを刻んで一気食いさせようぜ。思いきってそれくらいやっちゃえよ」

 どうやら仲間内で何かの賭をして、その敗者に課す罰ゲームとして激辛唐辛子をよこせ、と言っているらしかった。


 店員は断り続けている。酔客特有のしつこさに、八重樫は眉をひそめた。

 あーあ、と佐藤は呆れた顔で見やったが、その表情は「あいつら、やっちまったな」的な風情だった。

「大丈夫、八重樫さん。見ててみ」


 佐藤がニヤッと悪戯っぽく笑って見せた瞬間、店中にコールが響いた。

「Bhut Jolokia!」

 絡まれていた店員が宣言するように叫んだのだ。

「Too Hot!」

 コールに応えて店員が全員、また、何事か知っているらしい一部の客がレスポンスを返す。


 ぽかーんとする酔客のもとに、店員が集まってきた。テーブルを取り囲み、肩を組んで歌い出す。


 いーけないんだ、いけないんだ

 せーんせーに言ってやろ


「ジョロキアを罰ゲームにするなんて、いけないと思いまーす」

「食べ物をおもちゃにしたらいけないと思いまーす」

「農家の方が一生懸命、おいしく辛くつくってくれたのに、罰ゲームにするなんてひどいと思いまーす」

「唐辛子が大好きな人がたくさんいらっしゃる前で、罰ゲームに使うなんて、敬意に欠けると思いまーす」

「ていうか、ジョロキア様に謝るべきだと思いまーす」

「ていうかていうか、マジでお腹壊すと思いまーす」


 ……なにこの小芝居。

 的に、店員達は口々に小学校の学級会みたいな口調で言い募った。

 囃したてる歌声はヒートアップする一方で、店中の客が手拍子をうちはじめる。どうやらお決まりのイベントらしい。

 もちろん、佐藤は率先して手拍子に参加しておもしろそうに囃し立てている。八重樫は戸惑い気味に成り行きを見守った。


 「いーけないんだ」の大合唱を食らい、件の客達はすっかり先程の勢いを失ってあわあわと狼狽えている。

 タイミングを見計らったように(もちろん見計らってんだけど)、店長と思われる壮年の男性が現れた。

 しょうがないな、と言いたげに、囃したてる店員達をたしなめて、すっかり意気消沈してしまった彼らに応対した。


「申し訳ありません。ジョロキアは数が限られてまして、楽しみにされているお客様もいらっしゃるので、たくさんはお出しできないんですよ。お腹壊されてもおつらいでしょうし、ご勘弁いただけませんか」

 ここが退き際とわからなければ救いようのないバカだ。

 さすがにそこまでのバカではなかったらしく、彼らはおとなしく退いた。



 一連のイベントは店の定番であるらしい。

「あいつら、知らなかったみたいだな。結構有名なんだよ、店員の小芝居対応」

 佐藤はやれやれ、と、欧米人のように大げさに肩をすくめてみせた。

 今日は小学校の学級会バージョンだったけれど、他にも時代劇バージョンやらミュージカルやら2時間サスペンスドラマ調、など、いくつかパターンがあるそうだ。


「酒を出す店だし、激辛なんてゲーム的におもしろがられて、たまに調子に乗っちゃう奴がいるんだよ。テレビのバラエティ番組から問い合わせがあったりもするらしい」

 冗談抜きで、内臓に怪我する恐れがあるから、本当にやっちゃダメなんだ。

 そこまでダメージのない唐辛子もあるけどね、店長が絶対許さない。

 唐辛子が好きでやってる店なんだから、罰ゲームになんかさせない、唐辛子を貶めるような扱いはさせない。ってね。

 俺、この店のそういうとこも好きなんだ。一本筋が通っててさ。


「……そうか。確かに。僕も失礼なこと言ったな。すいません」

 八重樫は神妙に頭を下げた。佐藤は一瞬「は?」と素っ頓狂な返事をして、その後、ああ、と思い当たったように苦笑した。

「さっきの? 唐辛子を食わされるかと思った、って台詞ね。いいよそんなの、律儀だなあ」

 それより次はなに頼む? まだ飲むだろ? つまみも追加したいよな。

 大して気にする様子もなく、メニューを広げてよこす。



 八重樫は、ふっ、と息をついた。ため息とも、笑い声が洩れたようにもとれるような音声に自分でも驚き、それから、なんだか可笑しくなってきて、くくっ、と笑い始めた。

 不思議と愉快になって、口元を押さえながらもくつくつ笑い続ける。


「なんだよ、どうかした? 楽しそうだな」

 怪訝そうに声をかける佐藤に、

「……いや、なんだか拍子抜けして」


 勘違いしていた。どんな警告じみた小言を聞かされるのかと。

「彼女を泣かせたら許さない、とか言われるのかと思ってた」

 佐藤は呆れた顔をする。

「まさか。そこまで世話焼きじゃないよ」

 本気でつきあえば、泣かしたり泣かされたりするだろ。そんなのふたりの問題なんだからふたりでやってくれよ、俺は知らん。


「俺は単に、八重樫さんと飲みたかっただけだよ」

 そういってへらりと笑う。


「うん。飲もうか」

 八重樫も応じた。




 唐辛子は辛いばかりじゃないらしい。

 彼も、彼女を好きだった男、というだけではない。


 新しい飲み友達と乾杯を交わすために酒を選ぶべく、八重樫はメニューを繰った。







「なぁ、ガッシーって呼んでいい?」

「……いいけど。八重樫って呼びづらいかな」

「嫌ならやめるけど」

「いや、呼び名にそんなにこだわったことないもんだから。いいですよ、ガッシーでも。ちょっと懐かしいな」

「そう呼ばれたことあるんだ?」

「うん。高校の頃、お笑い研究会で漫才コンビ組んでたんです。そのとき、ガッシーって呼ばれてた」

「はあああ?! 何それ、意外すぎる過去!」

「相方が五十嵐って奴だったんだ。五十嵐と八重樫で「ラッシー&ガッシー」ってコンビ名」


「……ハル、大丈夫? そんなにむせるほどウケると思わなかった」




「……はーー、死ぬかと思った。油断してたとこに不意打ちだったから、もーーーヤバかった。ガッシー、かましてくれるわーーー」

「最近だと、イェーガーって呼ばれたこともあるな。「パシフィック・リム」って映画に出てくる巨大ロボの名前」

「何それカッコいいじゃん」

「そう? 言いづらいから定着しなかったけどね」


「家族とか親戚からはなんて呼ばれんの? さすがに名字呼びじゃないだろ?」

「それが、家族からも名前で呼ばれること滅多にないんだ。のぞむの音読みで「ぼー」って呼ばれたりしてる」



「……ハル、笑い過ぎ」


「ネタ多過ぎんだろ、ガッシー……」

「そこまで笑うのはハルだけだよ……」









グダグダ会話エンド、なんか好きなんです。

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