桃太郎が知ったセカイ
昔、昔の、いややっぱそこまで昔では無い頃。ある村におじいさんとおばあさんがおりました。
その日は午前中から、おじいさんは山に芝刈りに、
「フォッ、フォッ、フォ。この最新作の芝刈り機はなかなかの性能じゃのう。楽ちんじゃわい」
おばあさんは川に洗濯に行っていました。
「あー、だっる。全く、何で洗濯機壊れたんじゃ。大体最近酸性雨がどうこう言ってるのに川で洗って大丈夫なのかってのう。……うっわ、爺さんの作業着くさっ!」
そうしておばあさんが、晴天の如く澄み渡る川で衣類を手揉み洗いすること三十分。川の上流の方からあるものが流れてくるのが見えてきました。
「あれはなんじゃい!」
その物体はこちら側に流れてきて、徐々に徐々におばあさんの元に近付いてきます。そしてあっという間におばあさんの目前まで流れ着きました。それは大きな桃の実でした。その桃の実が岩に引っ掛かって止まっています。
「桃……? はて、何であんな綺麗で大きな桃が流れてきたんじゃろうか。っていうか、でかいのう……」
キョロキョロ周りを見回すおばあさん。周囲には誰もいません。
「まあ、貰っておくかのう。後で文句言われても知ったこっちゃない。落とした方が悪いんじゃ」
そうしておばあさんは、桃を拾って、洗濯道具と一緒に持って帰りました。
これを本当のネコババと言うのです。
☆★☆★☆★☆★☆
辺りを入り日が照らすそんな黄昏時。一日通しての仕事を終えたおじいさんが小さく見窄らしい家に帰ってきました。
「ただいまや、婆さん」
「おかえりや、爺さん」
家に着いたおじいさんは、「よっこいしょういち」と既定の椅子に座ると、新聞を開いて読み出しました。
「ほうほう、隣町のじいさんが埋蔵金を掘り当てたとな。……ぐぬぬ、何と羨ましい!」
「あっ、そういえば、爺さん。爺さんの好きなあのアイドルが出る番組もうやってるみたいだけど、見るのかい?」
「何でそれをさっさと言わないんじゃ! 勿論見るに決まってるじゃろ!」
そしてテレビを点けるおじいさん。
聞こえてくるのはおじいさんの声とテレビ、それからおばあさんの料理の音だけという穏やかな時間が流れます。
十分後出てきた料理は、山菜の盛り合わせと卵系料理のオンパレードです。
それを見ておじいさんが一瞬渋い顔をします。実は昨日も卵がセールだったとかだほぼ同じメニューだったのです。しかし、おじいさんは家計が苦しいことは痛感している為文句は言えません。おとなしく食べ、食べ終えるとおばあさんが笑顔であるものを持ってきました。
「爺さんや、これはデザートじゃ」
「おっ、おお……! でかいのう……」
おばあさんが持ってきたのはビーチボール程の大きさの桃。通常の桃なんて比べものにならないその大きさに爺さんは目を見開きます。
「どうしたんじゃ、それ?」
「川から流れてきたから拾ったんじゃよ。近くに誰もいなかったし、別に問題ないじゃろ」
「いや、物騒じゃないかい。ひょっとしたら毒が注入されているかも。大体今は酸性雨とか――」
「細かいことは気にしないことじゃ。ってことで、えいっ!」
っとおばあさんが振りかざした包丁を振り下ろし、桃を両断するっというその刹那。急に桃が光り出し、パカっと勝手に半分に割れました。すると中から、これまた輝きを放った一人の赤ん坊が出てきました。
おばあさんとおじいさんは、呆けたお互いの顔を見合わせます。
「えっ、ちょっ、まっ……婆さん、これどういうこと?」
「いや、ちょっ、まっ、私知らないし……えっ、そもそも、何これ……」
二人とも我が目を窺います。目を強く擦り再び開きますが、目の前には先程と変わらず光を放つ赤ん坊が泣いています。
二人は状況把握出来ません。でも、そんな二人を置いていくかのようにその赤ん坊から光が消えていきます。
おばあさんがふと割れた桃を見ると、どちらも空洞になっています。どうやら身など詰まっていなかったようで、寧ろ詰まっていたのは衆生も知らぬ赤ん坊一人の身だったのです。
「これ新種の桃とか?」
「いやいや、爺さん。これどう見ても人間じゃろ。紛う事なき、ベイビーじゃろ」
「えっ、じゃあ、どうするんじゃ……? 交番でも届けた方が良いのかの?」
「いや、それはちょっと待っておくれ、爺さん。そういえば私達子供欲しかったんじゃなかったのかのう。年齢的にもう難しいと分かってはいたが、子供欲しいという願望はあった筈じゃのう。ほらっ、成長してから仕事と家事とか手伝ってもらったら楽そうじゃし」
「えっ、うん、そうじゃけど……。えっ、なに、まさか――」
数秒の沈黙。その後、再びおばあさんが口を開きました。
「私達の子にしちゃおうかのう」
「婆さんー!」
叫ぶおじいさん。
「それで良いのか! 見つかったら誘拐容疑立てられるかもしれんぞ!」
「大丈夫じゃよ。『桃から赤ちゃんが出てきたぜ!』なんて言って、誰が信じるのじゃ。寧ろ、『遂にボケたか、クソババー!』とか言われてしまうじゃろう。どこで手に入れたかなんか割れる訳がない。というか、まさか桃に入った我が子を探しているなんて変質者を流石に警察も相手にせんじゃろ」
「じゃが、それならこの子どうしたのかと聞かれたらどうするんじゃ」
「養子でも引き取った、ということにすれば良いじゃろう」
「……ふむ、それもそうじゃのう。じゃあ、まっ、良いのかのう」
丸め込まれ、納得してしまったおじいさん。
結果、二人はその桃から生まれた子供を育てることにしました。
「それじゃあ婆さんや、育てるにしても名前はどうするんじゃ?」
「そうじゃのう……それじゃあ、マイケルで良いんじゃないかのう」
「何で、アメリカンなんじゃ……」
「それじゃあ、桃から生まれたんじゃし、桃太郎で決定じゃ!」
「あっ、安直じゃ……」
☆★☆★☆★☆★☆
拾った桃太郎を、二人は甘え過ぎないように厳しく、しかしちゃんと愛を持って接しました。
「だから、それはダメじゃと言ったじゃろう、桃太郎!」
「ごめんなさい、お母様」
「まっ、でも素直に反省するのは良い子じゃ、桃太郎。流石、私の子供。可愛いのう」
「あはっ、ありがとうございます、お母様」
ニコリと微笑む桃太郎。その笑顔に二人の心は和みます。
「いや、婆さん。儂に似てかっこよくもあるぞ」
「爺さん、冗談はその歳でアイドル好きという気持ち悪いギャップキャラだけにしておきなさい」
「なんじゃとー! このギャップキャラの良さが分からんのか!」
「分からないし、分かりたくないというのが儂の本心じゃ」
「がーん!」
「いえいえ、お父様、お母様。お父様はその需要も全く無いキャラを貫き通す姿勢だけは凄いと思います。その点は評価するべきではないでしょうか」
再びニコリと微笑みを見せる桃太郎。
気が利き歳にそぐわない知識を持つ桃太郎はよくこうして二人の仲裁に入ります。
「おおっ、桃太郎! 何て良い子なんじゃ! 全く、泣けてくるのう。あれっ、本当に涙が止まらないのう」
むせびなくおじいさん。
しかし、少々純粋過ぎる所があります。
それでも心優しく両親に愛された桃太郎は、決して裕福ともいえない、どころかはっきり言えば貧窮な生活でしたが、それでも幸せな幼少期を過ごしました。
☆★☆★☆★☆★☆
桃太郎を我が子にしてから十五年の歳月が流れました。
桃太郎も昔から変わらず手伝いをして、わずかとはいえ家計補助をしながら生活しています。
「何やってるんじゃ、桃太郎! 早く手伝いなさい!」
「うるせー、クソババア! 今日は良夫と遊ぶ約束してあるって言っただろうが! 一人でやれや!」
しかし、齢十五の桃太郎。最近になって急に荒れ始めました。
「何じゃと! 母親になんて口聞くんじゃ!」
「はっ、うるせえんだよ。誰が頼んで俺の母親やってんだよ……。ったく、うぜえ」
「ちょっ、こらっ、待ちなさい、桃太郎!」
そんな制止の声は聞かず桃太郎は出て行きました。
道中、桃太郎は俯き加減で歩きながらさっきのことを振り返ります。ちょっと言い過ぎたかな、と。
でも桃太郎は最近、俺はこのままあの家にいても良いのか、っと思うようになっていました。
知ってしまった秘密はどうしても、重くて。自分は邪魔な存在では無いのかとそう考えてばかりいたのです。
「金が欲しいな……」
そんなことを呟いた後、近くのベンチで座りながら話し込んでいた二人の男女の話が耳に入ってきました。
「なんかー、遠くの島で鬼が暴れてるらしいよ、みたいな。キャハッ、超ウケない?」
「ああ、鬼ヶ島ね。知ってる、知ってる。鬼が人間襲うとか、ハッ、確かにマジウケる!」
何が面白いんだ? っと思いつつ桃太郎は、確かに鬼ヶ島で鬼が暴れているっというニュースを報道していたのを思い出します。
つい一年ぐらい前から鬼ヶ島に近付いた人、あるいは人間の居住地に侵入した鬼に人が捕らえられる、奴隷にされる、果てには殺されるなど色々なことが言われているが、ともかくそんな訳で今は鬼ヶ島に近付く者は誰一人としていないのです。唯一侵入したのが鬼を殺戮する為に集まった精鋭部隊でしたが、ボロボロの姿で失敗して戻ってきたとか。
ただ、噂程度のものなのですが、他にも鬼ヶ島に関して聞いたことがあります。それは、鬼ヶ島にはかなり値の張る宝物があるという話です。昔鬼が人間の住む村に侵入して盗んだものとか、元から鬼ヶ島で取れる希少価値のある宝石だ、っとか諸説ありますが、ともかく売れば大金が手に入るという宝物。鬼を討伐してそれを手に入れれば……。ひょっとしたら政府からもお金がもらえるかもしれません。
しかし、桃太郎はブンブンと横に首を振ります。
「ダメだよな、鬼退治なんて……」
宝欲しさに鬼をいたぶるなんてことをすれば、それは強盗のそれと変わらないことになる。どんな理由があろうと、そんなことをして良い訳がないと桃太郎は考え直します。
しかし、っと桃太郎は考え直します。鬼は人間を殺しているのです。人に危害を加えるものは捕らえられるか殺される。街に降りた熊も、民家に巣を作った雀蜂も結局駆除される。この世界は人間中心だ。どんな生物も人間に盾突こうものなら黙らせてしまう。なら、人に危害を加える鬼を討伐した上で報酬としてお宝を貰うことは果たして悪いことなのか。
そう考えると、徐々に桃太郎に正義感が生まてきました。
人間に仇なす鬼を退治することは世の中の為になるでは無いか。その上でお金も手に入る。もうあんな貧窮な生活ともお別れ出来る――
「よし、決めた」
桃太郎は振り返り、今来た道を戻り始めます。そうして辿り着いた我が家。
扉を勢いよく開き、おばあさんの姿を確認すると大きい声で言います。
「母さん、俺鬼退治に行くよ!」
最早、すっかり桃太郎は正義のヒーロー気分です。自分が悪の権化である鬼を打ち倒すと意気込んでいます。
しかし、おばあさんにとっては急に何事かと理解が追いつきません。
「何でじゃ?」
「どうせ誰かがやらないとこれからも誰か死んでしまうかもしれないんだから、俺がやるよ」
桃太郎は後付けの方の理由を述べます。
しかし、おばあさんはそんな理由に納得出来る訳がありません。
「ダメじゃ、危険じゃ! 別に桃太郎がやる必要はないじゃろ!」
「何でだよ、別に良いだろ!」
「そもそも鬼に勝てる訳がない! 行かせる訳にはいかないじゃろ!」
その後何度反論してもおばあさんは聞き入れてくれませんでした。頭ごなしに自分の正義を否定された桃太郎も頭に血が上ります。決着がつかないまま家を出た桃太郎は、そのまま良夫の家に向かいました。
そうして深夜。二人が寝静まった頃に桃太郎は一旦家に帰ります。闇が支配する空間を物音立てないように慎重に歩き、テーブルの上にメモを書いた紙を置きました。『すいません、母さん、父さん。僕は鬼ヶ島に行ってきます。無事戻ってくるので待っていてください』という言葉の書いた紙を。
しかし、置いたテーブルに何か他にも物が置いているのが分かりました。手に持ち、外から漏れる月明かりで照らして確認するとそれは手紙と何か物が入った包みでした。
桃太郎は手紙を開き、その文字を読んでいきます。
『 桃太郎へ
何度もダメだと言ったのに、多分あんたは私の気付かない内に行ってしまうんだろうね。優しいあんただから多分色んな理由があるんだと思う。だから、そうなった時の為に私はこの手紙と黍団子、それから扉の脇に刀を置いておくよ。お腹が空いたら黍団子を食べなさい。これで元気を出してくれたら幸いだね。全くこんなに作らせて、本当に疲れたよ。だから、ただ一つだけババアの頼みぐらい聞いておくれよ。……死ぬんじゃないよ、桃太郎。生きて、もう一度元気な姿を見せておくれよ。爺さんも待ってるから』
クシャッ、クシャッと紙に皺が増えていきます。桃太郎の頬から伝う涙で濡れていくから。
桃太郎はの目からは涙が止まりません。もう完全にしわくちゃになった手紙をそれでも尚、桃太郎はポケットにしまい込みます。
刀を取ります。この刀はどのぐらいしたのだろう。金なんて全然無い筈なのに、俺の為に。刀を後ろにやって背負います。
黍団子を包みから一個出して口に運びます。おいしい。とっても甘くておいしいのです。
確かに親の愛を感じながら、目元を腕で拭って。桃太郎は前へ向かって歩き始めました。
☆★☆★☆★☆★☆
朝になり、東の空から太陽が昇り辺りを照らし始めた中、尚桃太郎は歩き続けます。
まず、桃太郎がするべきことは仲間集め。
鬼は人間の軽く数倍の腕力があるといいます。単純な戦闘では、まず分が悪いなんてレベルじゃないのに、一人なんてなったら絶望以外の何者でもありません。
ただ人数を 増やせばそれで良いのかというとそうでもありません。何せ国が用意した精鋭部隊が通用しなかったのです。戦いに関しては素人の桃太郎+何人集まろうとほとんどの確立で同じ結果になってしまうでしょう。ならば、最少人数で普通ではない攻め方をしなければいけない。ならば、集めるメンバーは……。
歩いていると、ふとある動物が少し前を歩いているのが見えて来ました。すると、その動物がこちらに気付き向かって来ました。
「おおっ、桃太郎はん。お疲れどえす。刀なんか持ってどこ行くんどえすか?」
それは赤褐色の毛と腹や胸辺りは白い毛をを持つ犬でした。
桃太郎には不思議な力があり、何故か昔から動物と話すことが出来たのです。そんな訳でその犬はよく会うことがある為話した回数も多く結構仲が良かったりします。
「うん、お疲れ。まあ、ちょっと鬼退治にね」
「ほう、鬼退治どえすか。――って、あれ、この匂い! もしやっ、そのお腰に付けた袋の中身は!」
「えっ、あー、えっと、黍団子だけど」
なるほど、流石犬だ。袋の中に入っている黍団子を判別するとは。
「くれっ、くださいどえす! 以前食べた時から忘れられないあの味。もう一度味わいたいどえす!
「うーん、でも貴重な食料だしな……」
「一個! せめて一個だけでも! それに勿論ただとは言いませんどえすよ」
「えっ、何してくれんの?」
「鬼ヶ島までお供するどえす!」
「えっ、マジッすか」
今丁度メンバーについて考えていたところですが、ふむなるほど、犬か、っと桃太郎は考えます。
……なるほど。適任な役があるかもしれない。
「じゃあ、良いよ、ほいっ!」
「ありがとうどえす」
そうして黍団子を渡し、おいしそうに食べながら歩く犬を横目に再び歩き出します。
「おいっ、桃太郎どこ行くんだよ……って、その袋は!」
っと、歩いていると今度は全身茶色っ毛に赤尻の猿が言いました。
黍団子を上げるとお供になってくれました。
「やあっ、桃太郎君。どこ行くんだい? ――って、おやっ、その袋は……!」
っと、顔の周りの赤い肉腫や緑や青の羽が特徴のキジが言いました。
黍団子を、以下略。
「しかし、このメンバーで鬼倒す気か? 俺が言うのもあれだけど、それは無謀ってもんだぜ。もっと増やすのか?」
猿が言葉通り心配そうに言います。
「まあ、確かにね。でもこれ以上メンバーは増やさないよ。俺の作戦は少人数でやる必要があるからね」
「本当どえすか! この数で鬼を退治なんてどんな作戦どえすか!」
犬が驚きの声を上げます。
「それはまあ、おいおい説明するとして、とりあえずその作戦実行の為に今日は特訓に充てたいと思うんだ」
「ふーん、そっか。了解だよ、桃太郎君」
快く了解してくれたキジが素直に頷いてくれます。
「それと、あらかじめ言っておくけど、これは確かに鬼退治ではあるんだけど、第一の目的は鬼が所有している宝を取ること。討伐する鬼は必要最低数でいきたいんだ」
「宝? 桃太郎君、それはどういうことだい?」
「キジ君、いや、君達もだけど、僕は今回人間を苦しめている鬼達を倒すという目的もそうだけど、それよりも鬼ヶ島にある宝を取ってそれを金にすることが目的なんだ」
「宝が目的だって? おいおい、それはちょっとやりすぎじゃないか。それとも何か、なんか金が必要な理由でもあるのか?」
猿は訝しげなめで聞いてきます。
桃太郎はその質問に頭を整理して答えます。
「俺の家はさ、貧しくて正直生活に困ってる。だから、お金を手に入れて助けてやりたいんだ」
「なっ、理由はそれだけか! ちょっと待てよ。んなの、お前だけじゃねえぞ。そんなんで鬼を討伐してその上、宝まで奪っていくってのかよ。んなの、自分で稼いでやりゃ良いじゃねえか」
猿にもっともな意見を言われ俯いた桃太郎は、俯いたまま言葉を続けました。
「……最近、自分の両親が本当の親じゃないってことを知ったんだ」
突然の桃太郎の発言に、さっきまで言葉を捲し立てていた猿も、他の二匹も目を見開いて固まります。
「それ……マジかよ?」
数秒後、口を開いた猿に桃太郎は言葉を返します。
「本当だよ。最近病院で血液型検査して知ったんだ」
「でもそれがどうかしたんどえすか?」
「うん。……それでね、なんかそれを知ったら、急に両親が他人のような気がしてきて。そして思ったんだ。じゃあ、俺は何なんだ。何故この人達は俺を育てているんだ。血も繋がっていない俺をただでさえ金が無いのに育てて、かなり負担になっている筈だ。じゃあ、俺は邪魔なのかって。だから、悪気からと早く出て行きたいって気持ちで早急に金が欲しいと思ったんだ」
三匹は黙って、しかし何かそれぞれ思いを持ちながら話を聞いています。
「でも、それでも両親が育ててくれたって事実は変わらない。やっぱり今まで俺に向けてくれた愛情は嘘では無いって今なら分かるんだ。それを混乱して荒れてた俺にあの二人はさっき改めて教えてくれたから。あの二人は、他人である筈の俺を家族として本当に愛してくれていた。だから、今は感謝の為にも早く今の苦しい生活を変えてあげたいとも思うんだ。もう歳でどんどん二人は働くのが厳しくなって行ってしまうから。いや、多分今でもかなりしんどい筈なんだ……!」
気が付けば桃太郎の目からは涙が出てしまっていました。誰にも言えずに心に溜め込んでしまっていた想い。それと共に吐き出すように。
三匹は三匹とも顔を見合わせます。そうして、ふっと慈愛に満ちた表情を桃太郎に向けます。
「そうか、分かった。桃太郎。さっきは悪かったな。お前のことなんも知らずに勝手なこと言っちまった。――まあ、あれだ。分かったよ、協力してやるよ」
「私も力になりたいどえす」
「僕も微弱ながら力を貸すよ。共に宝を手に入れよう」
「……ありがとう、皆!」
そうして、団結を強めた四体は、方向性を完全に鬼ヶ島の宝奪取に向けました。
☆★☆★☆★☆★☆★☆
特訓を終え、体を休めた後の皆寝静まるような深夜時。桃太郎とその一向は船に乗り、鬼ヶ島に向かいます。
そうして船に揺られること一時間、段々鬼ヶ島が見えて来ました。中央には台形の上から中央にかけて凹んだその様子は、上辺の両端が尖り鬼のように見える、岩で出来た山があります。鬼達は何たる存在アピールをしているのでしょう。後は工場や家、城らしき高い建物も見て取れます。
「おっと、鬼ヶ島が見えてきたぜ。そろそろ集中力を高めて。――それじゃ、キジ君、良いかい?」
「オッケー、任せといてよ」
そう言うと、キジはバッサバッサと羽をはためかせ、飛び立って行きます。そうして、鬼ヶ島周辺と上空を慎重に飛び回った後、船に戻ってきます。
「大丈夫、何体か警護もいたけど、やはり桃太郎君の言った通り夜は敵の警護は薄い。僕が空いてる場所を案内するよ」
「ありがとう、キジ君!」
桃太郎が決行を夜に決めたのは、深夜の方が敵の警戒は薄いから。鬼の討伐が優先すべき目的では無いのだから、出来る限り接触は避けたい所です。なら、敵とエンカウントの可能性が比較的低く、仮に見つけたとしても闇討ち出来る夜を選ぶのは必然だといえるでしょう。
行動のしやすさも考えて、メンバーも最小限にしておきました。
キジの先導で敵の警護の無い位置に船を着け、着陸します。
目指すは、やはりあの城でしょう。着いてからも敵のいないルートをキジに先導してもらいながら、進んでいきます。
そうして、鬼の顔に見える山の前にある、屋根が山と同じ形をした高さ五十メートル程で聳え立ってる城を近くの岩の陰から観察します。城の入り口の前には二体の屈強そうな青鬼と赤鬼が立っています。
「じゃあ行ってくるよ」
先導を終えたキジは鬼の周りを飛び回ります。しかし、この鬼ヶ島には海を渡ってきたカモメなど数羽は鳥がいるので、確かにキジという珍しさはありますが別段鬼に気にした様子はありません。
しかし、キジが糞を鬼二体の頭目掛けて落とします。直撃し、暴れる鬼二体。そのまままさしく鬼のような形相を見せながら、飛び回るキジを追い掛けます。普通にいけば飛べない鬼に対してなら大丈夫ですが、鬼は近くにある小石を投げてきます。それを予測していたキジは躱すことが出来ましたが、あの豪速球をずっと躱すことは困難です。撃ち落とされる前にさっさと用を済ませなければいけません。
三体は警備のいなくなった城入り口に急いで近付き、扉を開きます。そのまま、サッと音も無く忍び込み、物の陰を使って移動していきます。しかし、再び扉発見。その前に再び二体の赤鬼、青鬼が警備しています。その鬼はさっきの鬼よりも小柄です。とはいっても、結局倒せる筈はないのですが。
「さて、いよいよ私の出番どえすね」
犬が歩き出します。
「死なないでね、犬さん」
「大丈夫どえす、桃太郎はん。私をなめないでどえす」
二っと笑顔を見せて、鬼の前に現れる犬。そのまま鬼の一体に噛み付き、すぐに逃げます。
噛まれ、頭に血が上った赤鬼は犬を追い掛けて扉前からいなくなりました。これで二匹とも追い掛けてくれれば万々歳だったのだがそう上手くはいかないものです。まあそれでも、後は一匹この混乱で動揺している今がチャンスです。
猿が青鬼の前に出るとあらかじめ持っていた石を鬼の顔目掛けて投げます。それは見事に辺り、鬼の悲痛な声が木霊します。そうして憤怒の様相で猿を追い掛けてきます。
しかし猿が逃げ込んだのは桃太郎が待ち構える柱の方向。そのまま隠れた桃太郎に気付かず通り過ぎた鬼をその瞬間を狙って桃太郎は後ろから刺します。刺された鬼はよろめきますが、まだ足りない。もう一度、今度はバサッと斬りかかります。
赤い液体を出し、動きが止まる鬼。……やったか?
しかし、鬼は動き出しました。うおーと叫びながら桃太郎に向かって来たのです。猿は急いで鬼の顔に飛びついて目を隠します。猿を必死に振り払おうと暴れる鬼に桃太郎はもう一度刀を突きつけます。
貫通した刃。抜くと鬼はうつ伏せに倒れ込み、そうして動きは無くなります。
「やったな、桃太郎!」
「ああ、うん。ありがとう、猿君。助かった」
ドクンドクン跳ねる鼓動。興奮している。でも、おかしい。正義感に満ちていた桃太郎の心が全く持って満たされないのです。それどころか、違う感情が出てきます。これは、罪悪感。
動揺を見せないようこのよく分からない感情を今は引っ込めてそっと扉を開きます。
開いた先、そこには今まで見てきた鬼とは違う、おそらく人間でいう雌に当たる鬼と小さい黄色の鬼が立っていました。おびえてこちらを見ています。
いかにも弱々しくて、斬りかかってもまるで抵抗しないであろうその二体は、体を震わせながら、でも確かな憎しみの視線をこちらに向けています。
「何しに来たんだ、人間!」
「帰ってくださいませんか、この子は殺さないでください!」
震えながら一丁前な口を聞く黄色い鬼と必死に頭を下げてお願いする桃色の鬼。その二人はどうやら親子なようで。桃太郎は刀を鞘にしまいます。
「……桃太郎」
「別に俺はあなた達に危害を加える気はありません。大丈夫です」
「嘘だ! じゃあ、さっきの刀に付いた血は何だ! お前はうちの仲間を殺したんだろ! いっつもそうだ! お前ら人間は何の罪もない鬼を邪魔だからって殺す! 僕の父さんもそうだった!」
必死に叫ぶその子の声はしかし、耳よりも心に痛みを響かせた。
「君のお父さんも……?」
「そうだ! この国の王をやってた父さんを、船に乗ってた時に銃で撃って殺した! だから、皆怒って人間に酷い目を合わせた! そしたらまた人間が襲ってきて! お前達は、一体どうすれば気が済むんだよ!」
「あなた達人間と話す気なんてありません! どうか出て行ってください」
「おいっ、桃太郎……」
そっか、そうだったのか。
――違ったんだな。この世界は人間中心で回っている。だから、全ての罪を鬼に擦り付けた。でも、鬼が悪いんじゃない。寧ろ悪いのは人間で鬼を殺したから、その復讐で鬼が暴れていたんだ。じゃあ、悪いのは人間じゃないか。俺が鬼に対して持った敵意は全て、鬼が持つべきものだったということになるじゃないか。
勝手に殺して、反抗した鬼を更に殺そうなんて自分勝手も甚だしい。全く、人間なんて最悪だ。……最悪だ、俺は。
桃太郎の罪悪感はより一層強くなります。そして、再び目から雫が溢れ落ちてきました。
「家族を失うというのはつらいですよね。大切な家族がいなくなるなんて考えたくもない。本当に、本当にごめんさなさい……。人間が、人間の所為で鬼の方達を苦しめてきた」
桃太郎の見せた涙に、鬼二体は戸惑います。敵が見せる涙。その光景が信じられません。
暫し流れる沈黙。その空間を変えたのは、猿の「ったく……」っという呟きでした。
「へっ、お二人さん、こいつバカなんですよ。ここに来たのね、親の為に金が欲しいってね鬼の宝をくすねてやろうってことなんですよ。優しいくせに、いや優しいから誰かを傷つけるのを仕方ないと思い込んで。結局一番傷ついてたのは自分だと今頃になって気付きやがった。……でもね、そんな優しい奴だから俺は着いてきたんです。だから、二人とも、こいつのこと許してやってくれませんか?」
猿が桃太郎の肩をポンポンと叩きながら言います。
鬼の親子は相変わらず呆然としていました。が、しばらく経って母親が桃太郎に歩み寄ります。
「分かりました。お仲間がここまで言うのだから、あなたのことを許しましょう」
「ほっ、本当ですか!」
「ええ、ただし条件があります」
「……条件?」
「――あなたがこの国と自分達の国を平和に導いてください」
優しい慈愛に満ちた笑顔で、そう母親の鬼ははっきり言った。
「えっ?」
「人の痛みを知るものこそ、人の上に立つ資格があると私は思います。だから、あなたの将来への投資としてこれを差し上げます」
鬼が指から外し桃太郎に渡したのは、エメラルドグリーンに輝く宝石を纏ったネックレスでした。
「良いんですか、これ?」
「ええ、大丈夫です。これで争いが無くなると考えたら、安いものです。だから、お願いしますね、桃太郎さん」
「ううっ、ありがとうございます」
相変わらず目からは涙が止まりません。
でも、桃太郎は必死に笑顔を作って、
「はい、分かりました」
そう応えました。
☆★☆★☆★☆★☆
桃太郎一派の戦いが無事終わり、所々の擦り傷程度で済んだキジ、犬達も一緒に元の村に戻りました。
それぞれのメンバーにお礼や別れの挨拶を告げて、桃太郎は家の前に着きます。そして、スーハー、スーハー、何度も深呼吸をします。
「母さん、怒るよな……」
あんな勝手に出て行って、怒られるよな。母さん、本気で怒るとマジで怖いから嫌だな。
しかし、いつまでもこうしている訳にも行かず、意を決して桃太郎は扉を開きます。中には――誰もいません。ほっと安堵。
したのも束の間ですぐにガタっと台所の方からと、ジャーっとトイレから水が流れる音が聞こえてきました。
そして、ドタドタと出てきたのは、台所からおばあさん、トイレからおじいさんでした。
『桃太郎……!』
近寄った二人は抱きついて、泣きながらひたすら桃太郎の名前を呼んでいます。愛おしそうに撫でながら。
「ごめん、母さん、父さん。俺二人に凄い心配かけた」
「全く、本当じゃよ。でも、でものう――」
「桃太郎、ありがとう。本当にありがとう。生きて帰ってきてくれてありがとう……」
「俺もありがとう。父さん、母さん」
そして泣き止んでから、桃太郎は嬉しそうにはっきり告げます。
「母さん、父さん、鬼ヶ島に行ってきて良かったよ。お陰で、俺将来の夢決まったよ」
「……なんだい」
「この国の王になるよ!」
☆★☆★☆★☆★☆
十年後、桃太郎は一国を治める王にまでなっていました。
窮乏な村や家族にはお金や物資の寄付を。今はまだ色々問題があっても、これからもっとこの国は良くなるでしょう。
何故ならもう既に、桃太郎が治めるこの国は平和一色で、皆笑顔で楽しく暮らしているから。そして人間がそうなることで他の生き物との争いも無くなります。今頃鬼も笑いあっている頃ではないでしょうか。
ということで、めでたし、めでたし。