第3話 幻惑
俺は瞬時に距離を取る。ゼウスの剣が怪しく煌めき、魔力の衝撃波を放ってきたからだ。
「ぐっ!?」
ぎりぎりのところで防ぎきる。流石最高神と言ったところか。名前だけではなさそうだ。
小さくゼウスは舌打ちをした。
「これも当たらないの?じゃあ…これで、どうかなっ!」
言いながら、奴は剣を振るってくる。まさに疾風の如き剣筋だ。息のつく暇もない。
だが俺はすべて凌ぎきる。
「…おかしいな…」
小さく奴は呟く。それもそうだ。先ほどよりも動きは早くなっているにも関わらず、目の前の俺には一撃も当てられていないのだから。
その瞬間、奴が満面の笑みを浮かべた。
口は嗤っているが、目が笑ってない。とても不気味な笑みだ。
「ねえ、アレン君…君、私を怒らせたいの?」
「はっ…どうかな…?」
先ほどまでの気配とはまるで違う圧迫感を感じたが、それでも俺の脚は鈍らない。
閃光のような剣裁きを、俺はすべて避ける。
かすりもしないのだ。
「いい加減にしろっ!!真面目に戦えよっ!!」
イラついた声でゼウスは俺に吠えるが、俺はそれに取り合わないと決めた。
なにせ相手は最高神だ。迂闊に剣と剣を合わせたら、俺の剣だけ吹っ飛ばされるなんてこともあるかもしれない…。不死族化もご法度だ。奴は俺が不死族だと分かったうえで、この場所に俺を読んでいる。罠があると考えるのが普通だろう。
終始俺は無言を貫く。
「…そうか…そういうことをするなら…その気にさせてあげるよ…!」
先ほどよりも怒りが強くなったのか、ゼウスは紅い光を纏い始めた。
そして、それを見た次の瞬間…紅い光が爆散した。
―――――――
俺の目の前にクローディアが立っていた。
「はっ!?クローディア!?なんで、お前がここに!?」
周りを見渡すと、先ほどまで怒気を放っていたゼウスはいない。
「ねえ、アレン…私、あなたのこと…嫌いよ。」
その口から、俺が最も恐れている言葉が放たれた。
「へ…?ど、どうしたんだよ、クローディア…冗談もそれくらいに…」
いきなりの出来事に、脳の処理がついていかない。
目の前の最愛の少女の一人に、いきなりそんなことを言われたのだ。声だって震えてる。
だが、そんなことはお構いなしにクローディアは言葉を紡ぐ。
「私、ゼウスさんに聞いたのよ?アレンがほかの女に現を抜かしてるって…セルリアも、エルも、ラズエルも…あなたから手をだしたって聞いたわよ…。正直…あきれたわ。」
「ちょ、ちょっと待とうぜ!クローディア!?それはその、そうだけど!違うんだっ!!決してお前が嫌いになってなびいたとか、ほかの女の子に現を抜かしてるなんてことはないぞ!」
俺は必死に弁明する。
いきなり嫁にほかの女に手を出してんじゃないわよっ!って言われて平常心でいられる方がどうかしてる…。だから俺は、とても焦っていた。手に汗がにじむほどに。
いつもと違うクローディアの表情に、俺は心が痛くなる。
「ねぇ…どうして、どうしてあなたは私だけのものになってくれないの?…ホントはリリアを抱きしめてるのを見るのだって辛いんだから…」
おかしい。このクローディアさんおかしいぞ?
こんな風に弱々しいと…違和感しかない。
俺の知ってるクローディアは…何も考えずに、カッコイイからと言って身の丈に合わない剣を買ってとか言ったり、包丁二本持って無双したりする…ちょっと頭がおかしいけど、誰よりも強い女だ。
そこで俺は思い出す。
源神との戦闘前に出逢った黒き神…ハデスの言葉を。
『…神は狡猾で卑怯だ…だけど君はそれを正面からぶち壊さなきゃいけない…。』
「…おいクローディア。」
「なによ…?」
俺は質問する。
俺と、クローディアしか知らないことを質問する。
これに答えられれば、こいつは本物だ。
「なあ、クローディア…アジ・ダハーカに襲われる前のあの時…俺が言った言葉覚えてるか…?」
これは賭けだ。もしかすると、本物でも覚えていないかもしれないくらい簡単な言葉だ…。何気なく返してくれたし…。
「…あの時の言葉ね…?覚えてるわよ?だって本当にきれいな景色だったもの…。アレン、あの時の言葉をもう一回私に言って…?そうしてくれたら、私アレンのことまた好きになるかもしれないから…」
そう来るか…?だが、これで、どうだ。
「好きだ。愛してるよ…クローディア…。」
俺は低く甘くクローディアの耳元で囁く。
するとクローディアは輝くような笑顔を見せた。
「私もよっ!ああ、やっぱり何度聞いてもいいわね……って?アレン?どうしたの?」
違う。
やっぱり、このクローディアは…違う。
「…違うよクローディア。俺が言ったのは……この言葉だ。」
俺はあの時の情景を思い浮かべる。
キラキラと光り輝く魔力光と、神々しく輝く月の姿を。
それを俺とクローディア二人で見ていた。
何にも邪魔されてない、至福の時だった。
そして俺は言ったんだ。
異世界に来て始めて冒険者になったその日…パートナーになった少女に、俺は言ったんだ。
「『月が、綺麗ですね』」
「へ…?」
俺は安堵する。
ほっと一息つくと同時に、ゼウスへの怒りで腸が煮えくりかえってきた。
どこまでも白い空間の中で、俺は叫ぶ。
「このクソ神があああああああ!!俺のクローディアへの愛を甘く見るんじゃねぇええええええええええええええええええええ!!」
「…精神攻撃も効果なし…やっぱり君は面白いよ…アレン君…。」
目の前のクローディアがみるみるうちにゼウスの姿へと変わってゆく。
「てめえ…」
「ようやくやる気になった?でも…もう少し私を楽しませてよ…君が苦しむ姿を見たいんだ…。」
そういいながら、奴は再び俺と対峙する。
「…殺したいだの、楽しみたいだの…意味が分からないぞ…お前!」
油断なく俺は剣を構える。
しかし、手が思いつかない。剣を構えているこの状況なら実力は互角。
不死族化すれば最高神ですら屠れる力を俺は持っているのは明白だ…。
だが奴が罠を張っている可能性もあるから、その力は使えない。
終わりの見えない戦いはまだまだ続く。




