第9話 エル
リリアとクローディアは宿屋を出て、中級区の商業街にやってきた。
そこには人とモノがあふれんばかりにある場所だ。
おしゃれな服や武器、防具、食材、雑貨、宝飾品など様々なものが各地から集まってきているようだった。
そんな混雑しているなか、リリアとクローディアは優雅に商業街の一角にあるさびれたカフェでお茶を楽しんでいた。
「…はぁ…まさかこんなに込み合ってるなんて…思いもよらなかったわ。」
辟易した様子で言うクローディアに、苦笑いしながらリリアが相槌を打つ。
「そうですね…ちょうど込み合う時間にかち合っちゃったみたいですね…でも、なんでここ、こんなにすいているんでしょう?」
「だってこんな民家を改造したような場所よ?好き好んでこんな見通しもなにもないところでお茶するなんて、普通だったらしないわよ。」
小声でリリアに耳打ちするクローディア。
奥のカウンターでマスターらしき人が紅茶を楽しんでいるのが見えた。
「…マスターも紅茶飲んでるし…まぁ、いいわ。さて、これからどうするリリア。私は新しい下着とか、服とか見たいんだけど…」
頬を赤くしながらしゃべるクローディア。
「…下着…ですか…うぅ…やっぱり必要ですよねぇ…結婚、しちゃったんですよね…」
リリアもつられて頬を赤くしている。
そう、二人はこれからのアレンとの夜戦のため、いわゆる勝負下着なるものを見繕いにきたのだ。
まぁ、それだけではないのだが。
「し、下着は最後にしましょう!ほら、仕立て屋さんとかいろいろあったじゃない。」
「そ、そうですね!…ねぇ、クローディア。後であそこのケーキとかも食べませんか!?」
わいのわいのと騒ぐ二人。
そんな時、からん、と音をたててほかの客が入ってきた。
どれも悪そうな顔つきをしたごろつき5人だ。
目の焦点があってないものもいる。薬でもやっているのだろうか。
なんにせよ、関わり合いになりたくない部類の人間だった。
「…さて、でましょうかリリア。」
何気なく席を立ち、マスターにお金を支払う。
すると、ごろつきのうちの一人がクローディアの手元にある金貨袋に目を付けたことに、二人は気付いていなかった。
「…そうですね、でましょうか。」
扉を開け、外にでる二人。
仲良くしゃべりながら路地裏にもある店を順々に回り始めた。
後ろからごろつきたちがついてきている事にも気付かずに。
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「さぁて…真東っつってたよなぁ…」
ガイゼルの屋敷の屋根に男、アレンは立っていた。
そこから見下ろす景色はまさに絶景といって差し支えないだろう。
東には平原が広がり、西の遠くには漁港らしきものも見える。
「…これはすごいなぁ…クローディア達にも見せてやりたいな……っと、あれか。」
東の平原の先の開けた場所に、そろいの制服を着た百名くらいの団体が見える。
「ここからじゃよく見えないなぁ…ちょっと近くまで行ってみるか。」
そうつぶやいたアレンは目にもとまらぬスピードで平原に向かって飛び立った。
眼かに見える景色が面白いように過ぎ去ってゆく。
商業都市の郊外にでると、アレンは高度を落とし、訓練場に向かっている街道に降り立つ。
「ふぅ…やっぱり障壁張りながらだと魔力喰うな…気持ちいいからいいけど。さて、ジョギングもかねて向かいますかね…」
走り出すアレン。
普通の人間が出せる速度ではない速度で駆けていく、
(こりゃオリンピックでも優勝間違いなしだな…)
そんなことを思いながらしばらく走ると、訓練場が見えてきた。
そこには、男女混合で10グループほどに別れ、模擬戦闘らしきものをしていた。
「お!やってるやってる…見つからないように…そろ~っと…」
足音を極限まで消して、一番近くのグループに近づくアレン。
赤と黒の制服が映えるミニスカ女生徒たちの後ろに立つ。
ふわっと、ミニスカートがめくれ上がり、中のパンツが見えた。
(ぶっ!白かっ!いいねぇ…)
こいつ、変態である。だれか取り締まらないものであろうか。
女生徒たちは気付かず、なにやら模擬戦らしきものをしている二人を応援している。
「がんばれー!シグマ!」
シグマと呼ばれた青年は声援に気をよくしたのか、盾と剣をぶつけ合い、目の前の男を威嚇していた。
「負けないでー!フィゼル!」
そして、フィゼルと呼ばれた青年は緊張しながら長剣を一本、両手で持っていた。
(…学生騎士っぽいな…ファンタジーだねぇ…)
アレンがはたから見ていることに未だ気付かない女生徒たちと男二人。
「いくぜぇ!」
シグマが片手剣を振りかぶり、突撃する。
「はぁ!!…くっ!」
フィゼルがガード。だが、もう片方の盾で吹き飛ばされてしまった。
「まだだっ!!【迅雷】!!」
長剣が一気に跳ね上がり、シグマの胴体に吸い込まれる。
だが、シグマも負けてはいない。
とっさの判断で盾でガード、【シールドバッシュ】を発動させる。
一進一退の攻防が続く。
(やばいやばい…つい見てしまった…野郎の戦いには興味はねぇ…さて、と)
さっさとエルを探すことに決めるアレン。
「ねぇねぇ、エル・フロウライトさんってどこのグループだっけー」
声に若々しさをみなぎらせながら女生徒に背後から声をかけたアレン。
「えっと、たしかエル様ならあちらに…ってだれ!?」
「ああ、怪しいものじゃないさ…」
女生徒が指をさし、アレンの顔と服装を目にした。
アレンの服装はなぜか黒いコートに軽装の鉄篭手とブーツという出で立ちだった。
端的にいうと、怪しかった。
言い終わらないうちに、女生徒が悲鳴を上げる。
「きゃああああああ!不審者よおおおお!先生ええええええええ!!」
「ちょっ!まてっつーの!!こんなイケメン捕まえといて不審者とは失礼な!」
「うざいよぉおおおお!助けてぇえええ!」
女生徒は悲鳴を上げ続ける。
すると、アレンの目の前…いや、正確にはアレンが避けたため、目の前を銀の剣線が弧を描いた。
髪の毛が少し切れてしまった。
「うぉ!あぶねぇな!!」
驚くアレン。
「ちっ!外したか……貴様!ここをイルガ学術院の訓練場と知って入ってきたのか!」
そこには銀の剣を抜き放ったメガネエルフ耳の女性が立っていた。
「…知ってたけど、悪さをしようっていう魂胆じゃないぜ!?ただ見学に来ただけだ!そして、名前を尋ねる前に切りかかってくるとは何事だ!?まぁ、俺が悪いけどさぁ!!」
なぜか切れるアレン。
「名を名乗れと言っている!両手を上に上げろ!!」
(はぁ…仕方ない…ここは言われた通りにしておくか…)
両手を上げ、名を名乗り上げるアレン。
ただし、【闘神の威圧】をちょっとだけ発動させながら、だが。
「我が名はアレン!遠くの地よりこの地へ参った!!」
アシ〇カばりの名乗りを上げたアレンが起こすすさまじい威圧に、警戒度をマックスに上げた教師らしき女性は、笛を鳴らす。
「この男を殺すぞ!!油断するなよ…相当な手練れだぞっ!!」
「ちょっ!まてよっ!悪かったって!冗談だって!!」
瞬時に数十人の生徒らしき男たちがアレンの周囲を取り囲む。
「いくぞっ!」
一糸乱れぬ連携で襲い掛かってくる十人くらいの男と一人の女性。
それらすべてをぎりぎりのところでかわすアレン。
(…これくらいか…まぁまぁ手練れってとこか…ヨーグのおっちゃんには及ばないけど、この女性は驚異的なスピードだな…」
冷静に戦力分析を始める。
対して、いくら連携を決めて攻撃しても無手の相手にまったく攻撃の当らない異常さに、教師と生徒たちは焦りを感じ始めていた。
「くそぉ!!なんで当らないんだ!?」
「だから、攻撃してくんなって…」
アレンはいまだに手を上に上げたまま器用に避け続ける。
「魔法いきます!離れてください!!」
(魔法だと!?…大丈夫だよな…)
後衛をしていた魔術師たちの火炎球や氷の結晶がアレンの頭上にせまる。
天地を割るような轟音が響き、あたりには焦げ跡や凍った跡が出来上がる。
「…やったか!?」
攻撃のあとの爆風が段々と晴れていく。
生徒と教師は愕然とした。
「わざわざフラグ立てんなよ…」
そういいながらだるそうに現れたアレン。もちろん無手である。
全て結界を張って凌いだのだ。
「くっ…!貴様…いったいどこの者だ!!」
隙を見せずに目の前の男に剣を向ける女性教師。
すると、聞きなれた声がアレンの耳に届いた。
「あ、アレンさん…ですの!?」
遠くにいたグループが教師の笛の音を聞きつけ、やっと到着した。
そしてその中に、彼女…エル・フロウライトはいたのだった。
「よぉ、エル!こいつらに説明してやってくれっ!俺は敵じゃないって!!」
アレンとエルの、早い再会であった。




