第16話 アレンの一番長い2日間~後編Ⅱ~
「なんだ……?」
禍々しい鎧を纏った青年……アジ・ダハーカは北区のある家の前で歩みを止めた。
(今の感覚は……もしや不死族を捕えていた牢獄が…内側から…破壊された…?)
数千年を生きた彼でも理解不能な事態だった。
彼の作り出す牢獄は、今まで破られたことがなかった。かつての神との大戦…あのクソ神との闘いにおいても、天使を数千体は屠った技だった。神に近い存在でも破ることのできないその技を、ただの不死族ごときに破られる道理はなかったからだ。
故に、彼は困惑した。
(どういうことだ…?不死族とは神と同等の存在だとでもいうのか?破滅の化身である我を超える力を持っていたのか…?)
だが、彼は困惑すると同時に、高揚していた。
彼はこれまで、先の神との闘いにおいて、敗北を喫し、なぜかこの世界に転移させられるまで、数千年は神の山の頂点に繋がれていたのだ。本当になにもない場所で、孤独に生きていた彼。
彼にとっての生きがいとは戦うこと、破滅させることの二つのみだったのだ。
闘いのできない場所に封じられていたということは、とてつもない苦痛だった。
(やっと……我とまともにやり合える相手が出てきたということか……しかも神と同等か…それ以上の能力持ちとは…我も中々に幸運だ…)
彼は、嗤う。目は、殺意が迸っているが、口は確かに、嗤っていた。
「ハッハッハ!!いいぞ!!前座だ!!爆散し……む?」
彼が目の前の家を爆散させようとしたとき、ある人達が目に入った。
視界に、入ってしまったのだ。
「あれは…ヤツが言っていた、獣人もどきと、人族か…?いいことを思いついたぞ……クックック…。」
そこに居る、クローディアとリリアを、彼は見つけてしまった。
—————————
「ん………ねぇ…リリアさん…」
リリアの家の横の塀の影で目が覚めたクローディアは、目の前のリリアに呼びかける。
泣きはらした顔のリリアを無表情で見ているクローディア。
「ア…アレンは…?アレンは、どう……なった…の?」
震える声で尋ねるクローディア。
リリアは泣き崩れる。
「う、うぅぅ…アレン君は…どうなったか、私にも、わからないの!」
クローディアに怒りが芽生える。それはアレンを助けられなかった自分に向けたものか、自分を昏倒させ、アレンを見殺しにしたリリアに対するものか…。クローディア自身にもわからなかった。
だが、クローディアが何か言いかける前に、それは現れた。
気を失う直前まで、アレンを殺そうとしていた男が、二人の前に現れた。
クローディアは気付いてしまった。彼がここにいるということは、戦っていたアレンはきっともう、いないのだと、彼女は理解してしまった。
不意によぎるアレンの顔。最初の出会いは最悪だった。だが、獣人と聞いても嫌な顔ひとつせずに話を聞いてくれたアレン。優しく頭をなでてくれたアレン。笑った顔がとても素敵なアレン……彼女の中で、何かが弾けた。
不敵に笑って彼は言う。
「貴様らか……奴を強くした元は……クックック……面白い…これは面白い…なぁ、人族よ?」
「な、なにが面白いのですか!!アレン君は「アレンをどこにやったぁあああ!!」
リリアが言い返そうとしたとき、飛び起きたクローディアが涙目で、一本の短剣を持って襲い掛かる。
「うあああああああああ!【短剣突貫】ッッ!!」
だが、彼は剣を一振りし、なんなくクローディアの短剣を吹き飛ばす。
数メートル吹き飛ばされるクローディア。
「……吠えるな!獣人ごときが、我にかなうとでも思ったか!!」
「うるさい!!アレンを返せぇぇぇえええええぇぇっ!!」
朦朧とする頭を無理やり覚醒させ、絶叫し、無手で彼に突進するクローディア。
「えぇい……騒ぎすぎだ…飽いたな…」
面倒そうな顔をした禍々しい青年は、剣を構える。
瞬間、目にもとまらぬ速さでクローディアに切りかかる。
「死ね!獣人!」
クローディアとアジ・ダハーカが交差する刹那。
クローディアは、優しい手に、受け止められた。
「おい、クローディア?何をそんなに泣いているんだ。美人が台無しだぞ?」
目を見開くクローディア。
そこには、銀髪になってしまったが、最後に見たときの姿のままの彼……アレンが、居た。
「アレン!?」
とっさのことで混乱するクローディア。
しかし、もっと驚いたのは、アジ・ダハーカの方だった。
なんと、確実に切り裂けるはずのアレンの肉体の表面で、彼の両手にある剣は受け止められていたのだ。
「ど、どういうことだ!?なんだその体は!?」
アジ・ダハーカが距離をとりつつ叫ぶ。
それもそのはず。彼の持つ双子の剣はドラゴン時の彼の鉤爪と同様の破壊力、貫通力を備えた破滅の一撃だ。それは神をも切り裂けるはずの爪。
だが、アレンには効かない。わけがわからなかった。
「ごちゃごちゃうるせぇなぁ…とりあえず…消えろっ!!」
アレンがもはやどう動いたか認識さえできない動きで蹴りを放つ。
「ぐわああああああああああああ!!」
瓦礫の山を突き抜け、吹き飛ばされるアジ・ダハーカ。
それを見たアレンはようやくまともにクローディアの顔を見る。
「よぉ……生きてたな。クローd」
言いかけたアレンの唇をクローディアの唇が塞ぐ。
たっぷり数十秒。熱い二人の接吻が交わされる。もはや空気と化していたリリアがそれを見てホロリと涙を流す。
ようやく離れた2人。
クローディアは真っ赤になっている。
アレンはというと…
「ひゃっはぁあああああああああああ!!」
狂っていた。クローディアを抱きしめ、撫で回す。
「ちょっ、アレン!うあ、やめ、にゃぁあ!!」
どっからどうみてもやりすぎだった。
「…おい貴様らぁ!!我を差し置いて何をやっているのだ!!」
ようやく瓦礫から起き上がってきたアジ・ダハーカは、魔力を爆発させながらアレンの方へ突進してくる。
「おああ!?ちょっ!まてっ!!おい!!ドラゴンで突っ込んで来るなっ!!」
たまらず、腰にあったロングソードを抜き放ち、それを防ぐアレン。
同時に、リリアとクローディアの周りに【絶対障壁】のスキルを使う。
———ガキィィイィン
甲高い音共に、竜が来た方向と逆に飛ばされる。
それを見たクローディア、リリア、アレンまでもが同じ声を発する。
『え?』
その瞬間、破滅を導く竜が、雑魚になっていた。
正確には、アレンが強くなりすぎていた。
「……これなら……勝てる…」
アレンは信じられなかった。
先ほどまで圧倒的に蹂躙される側だったが、今この瞬間、森羅万象、すべてのものを蹂躙する側にアレンは立っていたのだ。
だが、『黒炎竜』の名も、『破滅を導くもの』の名も伊達ではない。
すぐさま己が最強の技をもって、自分の役目を果たそうとする。
「おのれ……楽しいではないか…」
その呟きは誰にも届かない。
ドラゴンの開けた口に魔力が収束していく。それは黒炎竜の全魔力を込めた必殺、必滅の一撃。
世界を滅ぼすほどの竜が、自分の命と引き換えにするほどのブレスを放とうとしていた。
アレンの頭に声が響く。
≪我を、破滅を超えて見せよ!不死族!!その残り一つの命を懸けて!いざ、尋常に勝負せよ!!≫
アジ・ダハーカが、アレンを格上と認めた瞬間だ。そして、それは同時に最強に挑戦を示す言葉だった。
アレンは迷うことなく答える。先ほどまで死闘を繰り広げた相手…歯牙にもかけられなかった相手からの突然の挑戦状。今度こそ、死ぬかもしれないと思うアレン。
(これは、受けないとな…最悪、死ぬかもしれんが、コイツを超えなきゃ、この先なにも進まない気がする…)
アレンは、決める。破滅そのものの魔力を全身に感じながら。
今も蝕んできそうな底の見えない黒色の魔力。
先ほどの遊びのような一撃とはわけが違う、黒炎竜の全身全霊の一撃は、アレンにも届く威力だ。
だが、アレンはそれを避けない。先にある幸せをつかむために。
「その勝負、乗った!!さぁ!来い!破滅よっ!俺が、跡形も残さず切り裂いてくれる!!」
瞬間、黒色の破滅の命が宿った閃光と、どこまでも澄み渡った蒼色の闘気を纏った剣がぶつかる。
周りをすべて粉砕するほどの一撃。
(これは…やばいっ!剣が…ぶれるっ!)
瞬間ーアレンの剣がぶれ、黒い閃光がアレンの肉を削ぐ。
だが、アレンの剣は閃光を切り裂き、衝撃波を生みながら、ドラゴンの頭を真っ二つにした。
ドラゴンは、どこか満足気な顔をしていたように見えた。
全てを塗りつぶす黒と蒼の奔流が止んだ時、アレンは倒れていて、黒い竜は跡形もなく消え去っていた……
クローディアとリリアの周りの絶対障壁が解ける。
「アレン!?やっと帰ってこれたのに、また、死んじゃうなんて…許さないんだから!!!」
薄くなる意識の中、アレンは見た。
自動的に更新されていたログを。
ー破滅の一撃を承認。強制的に命数を0にします。ー
ー残存命数 0 -
アレンは思う。ああ、生き残れなかったんだな…と。
クローディアの目からこぼれる涙の温かさと、唇に感じる柔らかさを最後に意識を失うアレン。
アレンの呼吸がなくなるのをクローディアは感じた。
ログが再び更新されていく。
ー不死族時、命数0により、スキル【不死族変化】Lv1 削除ー
ー不死族化、解除。-
アレンの体躯が元の黒髪だったころのものに戻る。
ー人族に戻ります……エラーー
ー外部接続確認ー
ー状態を自動設定から手動設定へー
ーアレン 種族名 人族 LV- -
アレンの髪は黒に戻り、長さも元に戻る。
ー人族、命数設定 1 (上限)-
そして、アレンは呼吸を再開していた……。
ー不死族因子消滅確認中ー
ーエラーー
ー外部により、処理が中断ー
ー不死族化が完全に解けていません。このままでは【夫婦】確定後、アレンとその配偶者が【不死】スキルを取得してしまー
ー外部により、処理が強制終了ー
ー外部命令。ログ機能、自動処理、削除開始ー
ーログ機能内の、自動処理術式(神式)が削除されましたー
ー黒炎竜撃破ボーナス 「最高神への謁見権」を獲得ー
ー外部手動によりログが削除されましたー
一瞬のうちにアレンの体躯や髪の色が戻ったことに気付くクローディアは目を見張る。
そして、アレンの様子をよく見てみると……
「り、リリアさん…」
泣きじゃくってるリリアに声をかけるクローディア。
「なに…?最後にアレン君、何か言ってた…?」
ふるふると首を横に振るクローディア。
「アレン…息、してる…よ?」
「え……?」




