接触と勘違い
会話文が少なめです。
申し訳ありません。
「………が……ほ…。」
ここは………?
「……して…だな。」
誰かの声、次第に鮮明になる視界、ここはあの世だろうか?
いや、ちがう。指先を軽く動かすがちゃんと動き、感覚もしっかりと伝わってくる。そして、場所はあの「ウルガ森林」。既に日は落ちて空には星が輝いている。どうやらまだ生きているようだ。
「気がついたか。」
いきなりかけられた声に驚き、慌てて声のした方向を向く。そこには焚き火を囲っている4人の青年だった。
「安心しろ。俺たちは盗賊とかじゃない。もしそうだったらとっくに身包みを剥いでる。」
リーダー格らしき青年の言うとおり衣服を荒らされた形跡は無く、鞘に納まっている新品同然の短刀、血が固まり赤黒く変色した皮鎧、依頼品である薬草、空に等しい財布、もはや役割を果たしてない靴だったもの、あまり大きな声では言えないがほんのりと湿り、アンモニア臭がする下着。
どれもあの時のままだ。
「あの、あなたたちは…?そうだ!!ギガント・マンティスは!?」
私の仲間を殺し、彼の後を追わせようとしたあの化け物の姿が見えない。鎌まで振り上げておきながら逃げたとは到底信じられない。尋ねられた青年は近くの仲間らしき青年たちと短い会話をするとゆっくりと腰を上げ、私について来るように促す。
私は彼に遅れまいと慌てて彼のあとを追いかける。青年は瓶のような物を手に持ちそれをランプとは比べ物にならないほどの光で発光させると暗い森の中を進んでいく。あれがどんな原理で動いているのかわからない。後で聞いたところ「カイチュウデントウ」というランプの一種らしい。詳しく聞いてみると「デンチ」や「エルイーデーライト」という訳の判らない単語がでてきたため理解するのをあきらめて変わった魔法具として強引に解釈する。
「着いたぞ。」
距離にすると100mぐらいだろうか。青年が足を止め、「カイチュウデントウ」の光をある方向に向ける。
「ひっ!!」
光に照らされた物を見た瞬間、私は悲鳴を挙げて思わず会って数分しか経っていない青年の背中にまるで人見知りをする幼い子供のように隠れる。
そこにいたのは上半身が根こそぎ吹き飛ばされ、断面が真っ黒に焦げているギガント・マンティスだったものが杭のようなもので固定されていた。
いったいどんな魔法を使用したらこんなことができるのだろうか。
さらに、傍には鎌の部分が付け根ごと「傷一つ無い状態」で二つ無造作に置かれていた。S級ランクの冒険者でも無傷で削ぎ落とすのは困難と言われる部分のはずだ。あれだけでどれだけの値段がつくのか想像できない。おそらく、爵位を領地と領民ごと買ってもなおかつお釣りが来るぐらいだろう。
「……、そろそろ離れてくれないか?」
青年の言葉でやっと今私が青年に背中から抱きついていることを思い出し慌てて離れる。青年の顔が少し赤かったのは見なかったことにしよう。
「いくつか聞いてもいいか?」
青年がふと、何かを思い出したかのように私に尋ねてきた。
「私にわかる範囲なら。」
「そうか。なら一つ目、この森にはこんな化け物みたいなのがうじゃうじゃいるのか?」
「いいえ、ウルガ森林にいるのは一番強くてもランクCマイナス級なのでランクAマイナス級がいるのはありえないことです。」
私は正直に、このあたりにきたばかりの旅人に説明するかのように丁寧に答える。というのも、この青年とその仲間からは奇妙な雰囲気がするからだ。ここへ向かう途中に何者なのか聞いてみたが青年は口元に薄く笑みを浮かべると
「ただの旅人さ。」
といっていた。
そんな訳が無い。いったいどこの世界にパーティーとはいえ素でランクAマイナス級を倒す旅人がいるのだろうか。もしそんな旅人達がいたらとっくの昔にギルドは解体され、冒険者は失業し、私も金払いの良いどっかの上流階級の家へメイドとして働いていただろう。
「なるほど。じゃあ安心して野宿ができるな。」
そういった青年は元来た道を引き返そうとして踵を返し私のことは気にも留めずにさっさと行こうとする。本当にこの青年たちは何者なのだろうか。
いるはずのないランクAマイナス級、旅人を名乗る青年達、彼らの言動。
私はある仮説に辿りついた。
私たち冒険者の所属する冒険者管理及び依頼斡旋組合、通称ギルドには裏の組織が存在するという噂を聞いたことがある。そこでの依頼内容のほとんどは暗殺などの所謂、表沙汰にできない、したくない依頼でこの青年達はそこから依頼を受けた冒険者でウルガ森林に現れたギガント・マンティスを討伐しにきた。ウルガ森林近郊には首都政府の上流貴族の避暑地や狩場が多く、新米冒険者の訓練場所としてギルドが積極的に推薦し、貴族たちも新米冒険者を警護や狩りの追い立て役として小間使いと言う名の依頼を多く依頼している。もし、そんな場所にランクAクラスという化け物が出現したらどうなるか。それに、最近のギルドは支部長、本部役員クラスの人間が多く汚職などの理由で次々と捕縛されギルドに不信感を持つ人間を少なくない。彼らがその報告を聞いたら「将来有望な冒険者や国の運営を担う貴族を危険な場所へ行くことを勧めた。」と声高々に叫び、責任者の処罰を要求するだろう。そうなっては困るギルドが考えたのは表沙汰になる前にギガント・マンティスを討伐して闇に葬ること。
私の仮説が正しければ、彼らの言動、強さも納得がいくし私を助けたことも理解できる。
彼らにとっては新米中の新米であるランクDマイナス級が仮にこのことを話してもおそらく信じる人間は皆無だろう。だが、万が一を考えて私にあの死体を見たのは「誰かに話したらただでは済まさない。」という警告だろう。
「何してんだ?」
いつまでも追いかけて来ない私を不思議に思ったのか、青年が声をかけたので私は思考を中断して急いで彼の後を追いかけてあの焚き火の場所まで戻ってくる。
「そういえば、まだ名前を聞いてなかったな。」
リーダー格らしき青年が思い出したかのように尋ねる。最初、偽名を使用しようと思ったがおそらく彼らにはすぐ見破られてかえって疑いの念を向けられてしまうだろう。
なので、私は本名を名乗ることにした。
「リディア。リディア オレルアンです。どうぞよろしくお願いします。」