本当に現実と仮想がリンクするときがあるんです(実話)
深夜零時すぎ。
現実とリンクするように、ゲームの中も真っ暗で。
俺の今の気持ちを表すかのような曇り空。
今日は一人で森の奥の湖へと足を運んで、まだ来ない彼女を待っていた。
昨日と同じ景色なのに、何度も訪れた場所なのに、違ってみえる。
メッセージが届いた時は、鈍器で殴られるよりも重い痛みが襲った。
──今も正直怖い。
マサさんに発破かけられてなければ、俺来てなかったかもしれない。
それでも何を言われても、俺は自分の気持ちに素直になるだけだと、決心していた。
「──アス君」
呼ばれて振り向けば、待ち続けた彼女の姿。
翠色のワンピースに、頭を覆うってしまうフードを被っているのは、表情を見られたくない表れかもしれない。
ゲームの中なのに、画面を注視できないでいた。
このまま回線引きちぎってログアウトしてしまおうか、なんて。サコの姿を見るまでの決意も簡単に揺らいでしまうほど、気持ちが恐怖に支配されかけていた。
そんな俺の微妙な気持ちまで表現するかのように。
左手のセンサーは、どく、どく、どく──と小刻みに震えている。
二人の間に昨日のような切ない空気は流れていない。
せめて返事だけでもしないと。離籍してるなんて思われるかもしれない。
何か話してやらないと──
〝こんな時間にだいじょうぶ?〟
相手のこと心配してる場合じゃないだろう俺。
〝メッセージ珍しいよね〟
そうやって俺自身から本題に切り出す勇気はない。
考えては消して。タイプミスしては消してを繰り返し。
何も会話がないまま、画面の中の俺たちを笑うかのように。
──ザァー、と雨が振り出した。
そのタイミングで、ログが一つ流れていく。
彼女からの個人チャットを示す紫色の文字が「──あのね」と呟き、言葉を紡いだ。
「……都合のいいって思われるのもわかってます。嫌われても仕方ないことだということも。でもやっぱり……一昨日の告白を無かったことにしてくださいっ!」
俺からぶつかる前に彼女からの言葉は、もはや死の宣告に相応しかった。
サコが律儀にゲームモーションを駆使して深くお辞儀をする。
だけど俺はそのまま彼女の言葉を鵜呑みにするわけにはいかない。
サコの真意がどうであれ、気持ちを確かめ合った昨日が嘘だとも思えないからだ。
「──なあ。昨日の今日で別れてくれなんて言われても……俺、納得できない。……サコが気に障るようなことしたかな?」
「……別に、そういうんじゃ……ないの」
「……だったら、どうしてッ!?」
未練たらしいとか。女々しいヤツと思われても、納得できないものは出来ない。
正直自分でも信じられないくらいに、自分の中の男の部分、というか。譲れない気持ちが沸々と煮えたぎってるのが、よくわかる。
サコはしばらく、押し黙ったまま動こうとしない。困らせて泣かせてしまっただろうか、と一瞬悪い方へ過ぎってしまう。女の人が泣くと何も言えなくなる、とは良く耳にするけれど、きっと俺も泣かれてしまうと、もう何か言う気が失せてしまうかもしれない。
そもそもどんなにゲーム内でプレイヤースキルを磨こうが、現実と違いネット上では人との付き合いが豊富しても。
恋愛経験なんて零だし、こんな場の空気に遭遇するのも初めて尽くしで。泣いてはいないけれど、泣きそうな気分なのは間違いない。
これはゲームだけど。ゲームじゃない。
画面の向こうには彼女がいて。
俺はいま選択を迫られている。
マルチ展開が売りのオンラインだが、何もこんなところにまでリアルにしなくても……とゲームのせいにしてしまいたかった。
そうして──
時間にして一分か二分か。ほんの少し経ってから、机の上の携帯が鳴り響いたので、ビクッと身体が思わず遠のいた。
「……メール、届いた?」
「え!? ……ちょ、ちょっと待ってくれ」
ずっと訊けなかった相手の連絡先。
ゲーム内ではフィルターもかかることで、連絡手段は限られているのだが。昨日俺だけ教えたアドレス宛に、一通の見知らぬアドレスが届いていた。
モニター越しに映るSakoは何も言わない。俺はドキドキしながら操作していく。アスベルの心拍数も百を超えそうな勢いで、振動を続けているが、この際無視する。
件名は、 〝To:明日紡へ〟
──と俺の本名が出ていた。名前を知っているということは、俺本人に身近な人物だと言うことになる。
ロビンは早川靖史なのでありえない。
──だとすれば、キャラクターの外見も似ている……神崎佐和子がやはりSako本人なのか?
正体を知って。俺だと幻滅して……なのだろうか。
汗ばむ指で操作しながら本文を見開くと、一行だけの文面が記載されていた。
『Sako→柊深鈴』
──うん。
ちょっと待て。落ち着こう。
思わず、すぅー、はぁーと深呼吸。
技能『平常心』とか、高ぶる心拍数と振動を抑えるシステムも普通に使いたくなる状況だ。なんだかよく見知った名前が本文に書いてある。携帯をひっくり返して見て回っても当然、見間違えてるわけでもない。
柊深鈴といえば、顔を合わせれば喧嘩ばかり。言葉よりも真っ先に手が出るのが早いヤツのことではないか。
同姓同名の似た人物とか、そういうオチはきっと無い……なんだよな?
「う~ん、と。これは……冗談とか、じゃないんだよ、な?」
「そ、そうよ。だから分かったでしょ? アスベルが現実のアンタだなんて知らなかったし……アンタも私だって知って、がっかり……でしょ?」
「声とか……ボイスチャットで話すときはどうしてたんだよ?」
──そうだ。
自分で言っておいて、今更のように気づく。
いくら柊がSakoを操作しているとはいえ、生音声をリアルで発するボイスチャットまで真似るなんて到底無理な話だ。
「そんなの……簡単よ。ボイチャONになってる?」
「あ、ああ? 大丈夫。Sakoは基本ONになってるから」
「わたしも確認したいから。アンタもボイチャ用意しといて」
「……わ、わかった」
──といっても、俺は常時イヤモニをセットしているから、そのままマイクONにするだけで十分だ。
向こうも用意ができたのか、耳元のスピーカーからコホンと軽く咳払いをしてから、いつものサコのように話しかけてきた。
『……アスくん』
柊本人とは思えない甘い声。
いつも聴きなれたサコの声だと、ずっと一緒にプレイし続けてきた俺の本能が、サコの声だと自覚する。
『まだ……信じられない?』
うがぁ~っ!
信じられないんじゃあないんだよ。
信じたくないんだよ!
柊にはわからないかもしれないが。
俺が今までサコにどう接していたのか思い出すと、顔から火が出る勢い。
昨夜の恥ずかしい台詞のオンパレードは、もはや黒歴史。過去の遺物。
アイテムと一緒に、俺の記憶も処分したい勢いだが、そんなことが出来るほど時代は進んでいない。
それから柊は、う~ん、と悩ませてから、昨日のやり取りを言葉にし続けた。
『もぉ~、必要以上に動揺させないで、くださいッ!』
『戦闘の後で疲れてるのに、ゴメンね?』
『も~。暴発は余計だよ~』
サコだYO! 夢に観るくらい何度もリフレインした、やり取りだよ!
昨夜一緒していた間、ずっとニヤニヤドキドキしてましたよ?
Sakoイコール神崎だと思い込み、彼女の言葉をかみ締めてた俺の純情返せっ!
敢えて告白した前後のやり取りを口にしないのは、柊も恥ずかしいからだと、すぐに気づいた。
普段、現実で接してる時とは比べ物にならないくらいの、優しい語りかけに思わずクラクラとしてしまう。
……とりあえず落ち着け。落ち着け俺。
さっきからリスバンの振動がブルってるのは、もう放置しておくしかない。何もこんな状況で、リアルとシンクロしなくて良いんだってのッ。
……言いたいことは、山ほどある。
だがとりあえず、俺自身も既に取り返しのつかないような行動に出ていたことを思い出す。とりあえず今日ログインしてからの出来事を振り返り、伝えることにした。
『……つうか、さ。もうマサさんとか他一部にバレちゃってるんだけど?』
『──ハア!?』
聴こえてきた、素っ頓狂な声。
……嗚呼。こうして落ち着いて聴けば、神崎の話し方じゃないな……って今更気づいても、時既に遅し。
──っていうか、演じるとか猫被るとか。そういうレベルじゃないぞ。
普段の柊とのギャップがありすぎて、女ってコエーッ! とか正直に思ってしまう。電話受け取る時に、一オクターブはトーン上がる女性は多いけれど、そういう次元の話ではないです、ハイ。
これはあれなのか。あれですか。
好きな人や彼氏と友達との前では態度が違うという特別なモノですか。
そしてこのほんの数分のやり取りの間に。
俺はもう声では騙されないと、軽く誓ったのでした。
今日の教訓。
声だけで、異性かどうか、決めるなよ?
即興で五七五が出来てしまうくらい、今後のネットゲーム上の偏見が一つ出来てしまいました。
『一昨日の俺たちが……というか。アンズはたまに俺たちが二人でいるところを目撃してたみたいでさ。あと……スズも気になってたって言ってた。他の皆には濁したけど。マサさんに前から二人で居ること多いみたいだし。何かあったのかって聞かれたから、思わず……昨日告白されたこと言っちゃった』
『ちょっ……何が言っちゃったよ!? あの髭にバラしたら、サーバー中に広がってるのも当然じゃないのよッ!?』
……有り得る。
非常に有り得るだけに、背筋に汗が伝ってきた。
そして普通にマサさんのことを、髭とか省略する辺り、現実の柊なんだなと再確認。そりゃあ、マサさんのトレードマークだけどさ。
もう少し言い方あるじゃん?
『今なら髭に口止めすればまだ間に合うわよね? ちょっとした冗談だって言えば間に合うハズ……というか間に合ってッ!』
これ以上ないくらい迅速な行動で。マサさんが、まだログインしたことをシステムから確認したのであろう。
走り出すサコに思わずついていき、たどり着いたのは平日の深夜にも関わらず、未だ数多くの人で賑わっている『水の王都』
その噴水が目印になる広場の中央で。我が組織団長様はメガホンを取り、日課の組織宣伝をしている姿が見えた。
「だんちょ……mmt!」
マサさんを呼び止めようとしたサコの足取りが止まる。タイプも変換しきれないほど、焦っているのがよくわかる。
嫌な予感がしてるのか、パーティメンバーにのみ伝わる心拍数が青白く、どんどん高ぶっていくのが、俺にも見て取れていた。きっと戦闘場所に出ていたら、錯乱状態か、戦々恐々状態。 悪い状態だと伝われば、とりあえずOK。
「え~、我がギルド『除夜の鐘』のエースでもある自称騎士アスベルが、ついに……ですね! ギルド内でも数少ない女性プレイヤーでもあり、絵師サコとしても皆さんご存知でしょう? ああ、そこの魔術師の方に付着されてるマントのデザイン。そうですねぇ、それも彼女サコブランドですねぇ。
……え? 呑んでるかって? そりゃあ飲むさあ。酒飲まなきゃやってられない。めでたいことなんだから祝ってやらなきゃあ、ね? 話戻すよぞぉ。そんなアスベルとサコの二人がね! 昨夜から! ついに付き合うことになりましたッ~♪」
街中の酔っ払いと思えばいいのに、見知らぬ人々はマサさんの突然の告白に、まばらまばらに拍手と口笛のモーションが飛び交っていく。
そして若干挙動不審な動きを見せるヒゲもじゃこと、マサさんの目が俺と合う。
実際ゲームだからわからないよ? わからないけど、その場でグルグル回ってたキャラが突然俺たちの方向でピタッと止まったりすると、気づいたって思うでしょうよ。
あ~、ここは止めに来ない方が良かったパターン? 自分でドツボに入りましたよね、間違いなく。
「おおっと、ご両人のお帰りだっ! ささっ、二人ともそんなところで突っ立ってないで。皆さんに挨拶挨拶っ」
誰かに押され、マサさんの居る壇上へと上げられていく。もちろんゲーム上にはそんな仕草もモーションもない。いつまで経っても動かないと不審がられるので、渋々といった感じだ。
周囲は見知らぬ顔半分、顔見知りもちらほら。好奇の目で晒されてます。もう何の罰ゲームだよ……ほんと。
「おやおやサコは嬉し泣きか。はははッ!」
泣きじゃくるサコを見て……いや、泣いてるのは本気だ。
同パーティである俺にしか聴こえない現実でのすすり泣きが聴こえてくる。
少し戸惑ったものの、マイクを通してでメッセージを伝えた。
『オイッ、この状態でも別れるっていうのか。これだけお膳立てされて、ゲーム上で話題になって、やっぱり無かったことにしたら、それこそ一生モノのお笑い者だぞ!?』
『ぐすっ……う、煩いわねッ。だったらどうすれば良いって言うのよ。元はと言えばあんたがヒゲに言いふらすから!」
『うぐっ! あ~、あ~ッ! 嬉しかったんだよ! 人生初めて異性から告白されて。そりゃ浮かれもするってぇのッ!』
『……あ、あんた、そんなんだからリアルでも彼女どころか友達もいないのよ。免疫なさすぎ、なさすぎッ。あ~、やだやだ、これだから|引きこもりの※※は……』
『あ~あ~、そうかいそうかい。その※※相手に告白したのは何処の誰さんだよッ! 告白んとき柊だって気づいてれば大爆笑モンだっての。男オンナにも女らしい部分があるとは知りませんでした~』
『……さ、さ、サイテーッ! リアルがあんただって知っていたら、告白なんてするわけないじゃないッ! 大体あんたも散々恥ずかしい台詞いっぱい口にしてたじゃないのよっ!』
突然声を低くして俺の声真似を始めだす柊。
『誘われてなかったら……俺のほうから声を掛けていたッ──なんて、誘い文句にしてももう少し言い方ってものあるんじゃないの!? そんなんでよく盾役やってられるわね? ゴブリンも見向きもしないわよ!』
『ぐはぁっ……て、てめぇ。思い出させるんじゃねぇ。せっかく忘れかけていたのに、お前のせいで思い出しちまったじゃないかッ! そもそも相手がお前だとわかってたら、声も掛けなかったわ!』
そんな俺たちの現実でのやり取りを、ゲーム内の皆は誰一人として知らず。まるで俺たちを囲うように、様々な人が何か何かと集まっていた。深夜も零時を越えてるのに、ネトゲをプレイしてる連中は暇人が多すぎる。
そして人混みの中、終始ニヤニヤしている人虎のアンズの姿を発見。笑ってるようにみえたのは、飛び跳ねてたからな。言葉なくとも動作で感情表現。これネトゲの常識。
「いやぁ。少しマサさんに吹き込んだら予想通りの展開になって……おっと、げふんげふん。これ記事にしていいにゃ? 恋バナはサーバー関係なく需要があるから一儲け間違い無しね。儲けは二人にも当然弾むにゃよ~。そのためにもお二人のコメント欲しいのにゃ」
仕組んだのは貴様かっ!
しかし今ここであれこれ言っても仕方ない。
制裁はしかるべきところで、きっちりするべきだ。
『……んなッ!? ヒゲだけならまだしもアンズまで? あんたの周りってロクな奴しかいないの!?』
『てめぇッ! アンズは元々お前の知り合いじゃねぇか』
もうお互いに罵詈雑言の言い合いのなか。
ゲーム上で無言の俺たちを不審に思ったプレイヤーたちが──
「恥ずかしがってる?」
「実はやらせとか」
「自演、乙~」
──とか好き勝手言ってくれちゃって。これ以上キリがないと判断した俺は決断を下す。
『とりあえずこの場をなんとかしないことには文句の一つもいえねぇ。
もう一度言うぞ……このまま無かったことにするのは簡単だ。このまま赤っ恥かいてしまえば楽になれるからよ。でもこれはオンラインゲームだ。間違いなくアレコレと、あることないこと思うヤツや掲示板なんかに書き込むヤツも出てくるだろうよ。人の噂も七十五日っていうけどな。書き込まれたりしたら、一生残っちまう可能性がある。
──俺はもとより他人の言葉なんて信じないけれど、そういった中傷っていうのは本人が思っている以上に心のどこかに刻まれる。それは学校休んで引きこもってる俺の現実の姿を知ってるお前なら分かってるだろ?』
もういろんな怒りや気持ちはどこへやら。俺の言葉は、ただ現実で味わった思いをコイツにまでさせたくない一心でいっぱいだった。
『誰にも迷惑かけたくなくて、仮に組織脱退してもさ。そこから先きっとゲーム楽しめなくなる。そして俺はマサさん含めた今のメンバー好きだから組織抜けるのも、ゲーム辞めるって選択肢もない。サコ──いや柊もそうだろう?』
『……うん』
柊からは、それ以上の言葉はなかった。
俺がどうしたいか、伝わったハズだ。
……ならばあとは、この場を切り抜けるのみ。一年近い付き合いの中で培った阿吽の呼吸で、画面の向こうの彼女に聞こえるか聞こえないか、わからないほど小さな声で。
俺は──やるぞ、と呟いた。
「……コホンっ」
──わざとらしく、タイプで咳払い。
「お、喋った」
「寝落ちしてなかったか」
「……アスベルぅ。サコにゃん」
好き勝手言う連中に続いて、アンズの言葉がログとして流れていく。
どんなに可愛く呼んでもアンズ、お前は許さないからな。
そしてさっきから黙ってるマサさん。飲みすぎて寝てるんじゃないのか?
「彼女との出逢いは運命だと思ってます。
──これからは一人の騎士として。この剣と盾に誓って。彼女を守り続けますッ!」
『真面目かっ!』
──と、マイク越しに速攻で突っ込む柊は、言葉の前に。
とても年頃のオトメとは思えない勢いで吹いていた。
うるさい。何を言われても俺はやりきった。
他に言葉なんか浮かばねぇよ!
クラスメイトはおろか、誰かに宣言したことなんて一度も体験したことないんだよ!
『突っ込むのはいいけどよ。サコ……いや柊。お前も早く何か言わなきゃ、ずっとこのまま針のむしろだぞ?』
『わ、わかってるわよ。でも、何言っていいのかわかんないんだモン』
『──モン、って柄じゃねぇだろう』
『うっさい! ああん、もうっ!』
マイクの向こうでカチャカチャとキーボードを早打ちする音が聞こえてくる。
「癒しとしてだけではなく。絵師としても。かけがえのない、一人の男性として彼のことを……女性として、ずっと傍で支えていきたい、デす」
何故かリアルで咽てしまうほどに、柊の言葉も真面目だった。
そして俺たちはやった。
……やってしまったというべきか。
嘘のつけないオンラインゲームで嘘をついてしまうという、決して周りに誇れない行動に、心臓はもうバックンバクン。マイクからは、どうしてこうなったのよぉ、という柊の声しか聞こえない。
「僕は……僕は認めないよぉ~」
「変態エルフは放置しておくにゃ。まるでプロポーズみたいね二人とも。スクリーンショット撮るから笑顔よろしくにゃ」
ウィルらしき会話がログに映ったが、今の俺にはどうでもいい。半ば放心状態。……つうか、プロポーズか。ログをさかのぼって読み直すと、確かにそう受け取れないこともない。彼氏彼女の段階すっ飛ばしてプロポーズかよ。
『最悪よぉ……最悪の一日だわ』
『……終わったんじゃねぇ。今日が最悪の始まりなんだよ』
『うまいこと言ったみたいに言わないでよ! あ~ん、もう! 明日からどうすればいいのよぉ!』
本当、どうするんだろう。
皆の前で宣言してしまった以上、やり直しはできないことを知らしめるかのように、誰も彼もがカメラを取り出し、次々とシャッター音が切られていく。そうして撮影されたスクリーンショットは、プレイヤーの本体に保存されていくことはすなわち──俺たちの恥が皆の記憶に刻まれていくことだ。
俺たち二人が出した決断は──
『オンラインゲーム上で彼氏彼女を演じてやるしかねぇ!』
ロールプレイングゲーム。
それは決められた設定内で、役割を演じ、なりきること。
オンラインという特性上、大多数の人間が自ら作り上げたキャラクターを操作し、一喜一憂を楽しむものである。
これで現実好き嫌いしてるからって速攻別れるものなら、それこそお笑いの的。
まして絵師として有名な柊だ。
噂は一気に広まることだろう。
大変面倒なことになった今回の事件。
まさかそれが現実にまで影響を及ぼすことになろうとは、この時誰も気づいていなかったのである。