ネット上でどこまで本心さらけ出せますか?
◇ ◇ ◇
休憩がてら、キャラクターは放置したまま。
なんとなく机の横に置かれたままの、白紙のキャンバスに視線を移す。
──そっか。
もう絵画コンテストの受付時期なんだよな、と誰も居ない部屋で一人。
感慨深い気持ちがこみ上げる。
描きたいなんて思っちゃいけない。
また馬鹿にされて惨めな思いをするだけだ。
引きこもる要因になったのは、紛れもないソレだ。
辛い思いをするのは、もう懲り懲りだろう?
そう思う一方で──
ゲーム画面に映る数多のキャラクターたちは、皆思い思いの井出立ちの他に。装備のグラフィックだけではない、誰かが描いたイラストを貼り付けていた。
このオンラインゲームである『耐火の物語』ではそれが出来る。
スキル毎に限定されたキャンパスサイズに、現実に描いたイラストをアップロードして貼り付けるだけで、その世界だけに一つの〝絵〟というモノが出来上がる。
絵は魔法道具だ。
そのままでは効果はなさない。
装備品に貼り付けるなど、付加させることで本領を発揮する。
他のゲームにはない、自分だけの装備品という愛着は、自然と見た目を優先してしまう人もざらで。もっとも俺もつい最近、好きな人から貰った一枚の絵を、目立つであろう外套に貼り付けた。
風に靡く白い外套は金色の刺繍が施された魔法金属製の装備品の一つで、他には指して特化したモノはない。
それにきっと似合うから──と渡された一枚の絵には、剣に巻きつく一匹の銀竜が描かれていた。
邪竜というイメージが拭えない世界観において、そこに描かれた竜の凄みはとても女の人とは思えない迫力と繊細さが融合していて。ファンタジーの世界にとても似合っていた。
世界観にそぐわない、いわゆる二次創作されるモノが多いなか、彼女は一貫として自分の世界観にこだわっていた。
耐火の物語を楽しみながら、その世界にありそうなものを創造する。
初めて描いたモノを見せてもらった時、こんな言葉を口にしていた。
〝この世界のどこかに私の絵を見てくれる人が一人でもいるなら、私はずっと描き続けるよ──〟
誰よりも彼女は、この世界で楽しんでると画面を通しても伝わった。他意のないその言葉は、描くことを忘れた俺には重すぎて。同時にその言葉がいまも深く胸に突き刺さる。
俺が彼女に初めて憧れた瞬間でもあった。
◇ ◇ ◇
水の王都、中央にそびえ立つ赤い宮殿と噴水。
そこに佇む杓杖を持つ幼子の魔術師の銅像は、前時代から活躍する魔法兵団の砦であり、この国の象徴とでもいうべき存在だ。
激しくかき鳴らすアコースティックのギターは情熱的で、素手でリズムを刻むパーカッションは暖かみと柔らかさを兼ね備えていて。海鳥が飛ぶイメージを連想させる高い音色を奏でるオカリナの旋律が、この街が水の王都なんだとより印象付ける。
そんなBGMに耳を傾けながら休憩していた俺は、組織宣伝をし続けるリーダーのマサさんを遠くから眺めていた。
「迫り来る銀狼の群れを、俺の刀が吠える! 倒した数は十、いや二十を超えた時。ついに鬼人が動き出した瞬間、BGMはより過激さを増していった! 鳴り響く激しいギターサウンドと俺の鼓動は一体化していた。手に持つ刀の柄はきっと震えていた。リーダーの俺は瞬時に悟った。こいつあ、並大抵の力じゃあ倒せないと! 強さの低いやつは対峙しただけで、戦々恐々に陥ると肌で体感したからだ。
──だが俺たちは立ち向かった! 騎士アスベルに俺の命を預けた。誰よりも前に佇むアスベルの背中は……輝いていたぜ。ロビンに僅かな隙をも見逃すなと、術士であるサコとスズには前に出るな、前線は漢の戦場だ……だから見守っててくれと。長い刻を共に過ごした仲間だからこそ出来た阿吽の呼吸で──」
話してる内容は、昨日の俺たちが戦っていた鬼人のことだ。一部分賛同できるけれど少し盛りすぎだと思わざるを得ない。いつも戦闘状況指示出ししてんの俺だし。マサさん脳筋だし。そもそもサコたちが前線に出なかったら何のためのパーティなんだかわからないじゃん。
まあ書物化するなら、このくらいでないとね。演出のためのフィクションは仕方あるまい。
「──ってことでね。もし我が組織〝除夜の鐘〟に興味ある人がいたら俺ムラマサか。アスベルに声掛けてくださいね。学生さん多いので、あまり深夜活動はしてませんけれどね。ヨロシク~」
まばらな拍手が聞こえてくる中、俺の姿に気づいてたのかマサさんが近寄ってくる。
「どうしたアスベル? 暇そうにしちゃって」
「休憩中っすよ。あと今日この後俺用事あるんでパスします」
ふ~ん、と分かったのか曖昧な返事だけで。沈黙が訪れる。
正直マサさんと深く話し合うほどの仲ではないのは、こっちが切り出すのを常に待ってくれてる大人の余裕かもしれない。
普段はおちゃらけてて。口も軽くて。人の話もロクに聞かないまま暴走しちゃうけれど。
その謎の人脈と懐の深さは、子供とは違う大人なんだなと感じる節がある。
「サコちゃんからもさっきメッセージきてたわ~。お前ら、何かあったん?」
「──え?」
「話したくないならいいけどよぉ。うちの大事な耐火隊員だからさ、心配なわけよ。ましてロビンは現実で友人だっけ? スズちゃんは、ほら女の子だし。異性には話しづらいことなんかもあるんじゃないかってこと」
ほんの一瞬だけ、ドキッとしてしまう。実はこの人は何もかもお見通しで、普段のおちゃらけた態度も演じてるのでは? なんて思うくらいに。
「……悩みっていうか。ゲームに直接関係ないっすよ?」
「おおう、構わん構わん。おいちゃんに話してみなさい若人よ」
社会人だってことは知ってるけど、マサさんとの年齢差は知らない。
──くそぉ。普段もそれくらいしっかりしてください! と内心で悪態をつく。
「えっと……その昨日ある人に告白されたんですよ」
敢えてサコの名前は出さない。
出さないけれど、きっとバレバレなんだろう。周囲からみてもはっきり分かるくらい一緒に行動してることが多かったから。
「俺自身も内心その子のこと良いなって、ずっと思っていたから。昨日二人が出逢ってから、一年っていう節目でもあって。相手から切り出されなかったら自分から想い伝えようとは決めてました」
「か~っ、マジかっ!? ……つうか、マジ? ネトゲで恋愛ってどんな感じよ?」
「俺……その現実で誰かと付き合ったこととか、一度もないんですけれど。好きになるって感情は、きっと同じだなって。ログインするの、楽しみで仕方ないんンすよ。ゲームも当然楽しいんですけれど。その人と一緒にいられるかもって考えるだけで内心ドキドキしたり。ログインしてないと苦しかったり。柄じゃないですけどね」
「…………」
これ以上ないくらい真剣に話を訊いてくれてるマサさんに俺は不思議なくらい自分の思ってることを次々と言葉にしていた。
「……で、嬉しくて。現実でも浮かれるほどだったんですけど。さっきクエスト行った帰りにその子からメッセージ届きましてね。大事な話があるからって……それだけで。感覚ですけれど、あまりいい話じゃないなって。そう思うと、正直行きたくないなって考えちゃって」
「そりゃあよ、アスベル」
──はい、と返事をする変わりに頷いてマサさんの言葉を待つ。
「お前さんが彼女のこと好きだって気持ちは鈍感な俺でも伝わってくる。だったらそれを──その相手に。サコに伝えることの方が大事なんじゃないか?」
「俺──サコが相手だなんて言ってないッスよ」
「おっと、口が滑ったなあ。実はアンズからちょっとばかし組織員のことは聞いてるんだ。プライバシーのことは侵害しない程度にはさ。俺は組織のリーダーだから。隊員が間違った道を進んでたら正してやらないといけない。幸いにも我が隊員は皆優秀すぎるくらいだけどさ」
この人はこの人で結構考えてるんだな、と一年越しに明かされる告白に、俺は驚くしかなかった。
「ぶつかってこいよ! オトコだろ」
その言葉は何より俺の背中を押してくれてて。やっぱり──この人とこの世界で出逢えたことを誇らしく思えた瞬間でもあった。