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チャットが楽しくて反応がいいと、どんなゲームも面白い

 そこは人里から隔離され、菖蒲色の濃霧で囲われた名もなき深い樹海。

 時間を知る術は無く、指針となるのは、頼りになる仲間たちのみ。

 足元を覆うのは茨の道。

 此処に生きた動物たちの影は無く、聞こえてくる呻きは亡者どもの群れ。


 それは──死人アンデッドと呼ばれる、かつては生を全うしていた者の果ての姿。

 骨だけが奇怪に動く姿は、まるでカラクリ人形のようで。瞳孔は黒く塗りつぶされ、生気もない。血肉を失い、生前手にしていたであろう、鉄の鎧と剣を無造作に振り下ろす骸の兵は、痛みを訴えながら、その苦しみを糧として襲い掛かってくる。


 そんな樹海を死人で支配する、死霊(ネクロ)使い(マンサー)を退治して欲しい──と、王都の住民に頼まれた俺たち五人は、クエストを受諾し、森へと足を踏み入れていた。


 俺──アスベルとロビン、スズは前回と一緒だ。

 スズは魔法を詠唱し、俺とロビン、そしてもう一人に属性付加エンチャントを施した。肉体を持たない死霊レイスに物理攻撃は、すり抜けてしまうだけで効き目がないからだ。

 もっとも有効な攻撃は魔法か、もしくは──、粉微塵になるまで殴るのみ──!


 全身の毛並み──いや肌を隠すように外套で覆う二足歩行の人虎ワータイガーを操る『アンズ』は、両手に装着するタイプの鉤爪で格闘術を得意とする彼女は、打撃が有効な相手では敵無しだった。


「うにゃあッ!」


 素早い身のこなしは、流水の如く攻撃を潜り抜けながら、あっという間に近づいていく。

 倍の身長差がある骸骨兵相手に、左右の拳から繰り広げる連打からの掌底を打ち放つ。

 骸はがらんがらん──と大きく吹き飛び、大木にぶつかりようやく踏みとどまる。

 ──瞬間、アンズは既に詰め寄っており、気を溜めた右拳から繰り出される上段突きが、大樹もろとも骸骨兵をなぎ倒した。


 そして──


「みんなあ、僕の新曲を聴いておくれぇ。

 タイトル 〝僕を護ってくれる王子さま〟 だよぉ~」


 軽い口調と、センスのないタイトル披露する、もう一つの人影があった。

 長い金髪、碧眼、長身とエルフ族の三拍子。 装いは亜麻布で縫われたキトン。足首まで隠れるほどの外套クラミスはもはやヴェールのように垂らしている姿は、まるでギリシャ人男性のような詩人は、『ウィリアム・ファインズ』

 愛称はウィル。

 彼は、そっとハープの弦に触れて一音だけ鳴らす。


 ゲーム内では実際に演奏する必要はない。

 魔法がコマンド入力に対して、詩人の技能は通常アクションと同じように、セットされた技能を選択するだけで、効果が発動されるからだ。


 赤と緑。数多のおたまじゃくしが、画面いっぱいに広がると、身体の周囲から湧き出る闘気が、淀んでいくのと同時に、流れていたBGMのテンポが、ほんの少し加速する。


 聴きなれた戦闘音楽のテンポが上がることで、聴いてる俺自身の心拍数も、自然と早くなっていく。 そんなランナーズハイに近い高揚感は、言葉通り力が漲っていく気がした。


「よっしゃぁ! ばりばりいくぜぇ」


 我先に──と駆け出すロビンの動きもまた、いつもより気持ち早い。

 俺もそれに続き、白銀の盾で骸骨兵を殴り倒し、剣を突き刺していく。

 アンズも、ここぞとばかりに意気揚々としていた。


「あの夜に~出逢った~、

 白馬のキミは~、ナイトゥ~

 嗚呼、僕の~、王子さま~」


 ボイスチャットONになってるので、ウィルの生歌が聴こえてくるのが、少し癪にさわるけど、それはもう放置しておくしかない。

 ちなみに生声は某声優さんの○安さんに似てる気がする。


「それにしても……キリないね」


 魔法を使うスズは、倒しても倒しても一向に減る気配のない、死霊どもを雷魔法で一掃し終えてから、近寄ってくる。


「マサさんと、サコにゃんいれば楽にゃんだけどね~」


 ホイッ! と言いながら、敵とじゃれてるアンズが、ここにいない人間の名を口にする。


「マサさんならまた組織勧誘してたよ。あとサコにゃん言うな」


 キッ! とアンズを睨む勢いで注意する俺。

 スズは何かおかしかったのか、あはっ、と笑っていた。


「サコちゃんなら、今日はIN遅れるかもって、メールきてましたよ」


 その言葉を訊いて、内心がっかりする俺。

 そりゃあゲームログインして。フレンドリストをすぐさまチェックしましたよ?

 昨夜告白してくれたサコの姿なくて、しょんぼりしましたよ?

 でも居ないからって、何もしないのも時間が勿体無いというか。皆が何処かいきたい、何かしたいというので追加クエストを受けたのが、ことの始まりだ。

 本音を言えば、今の俺の気分はクエストどころじゃないです、ハイ。


「そかそかあ。それにしても~、さすがに疲れてくるにゃお~」

 

 マサさんが居ない現場では、大概俺が仮リーダーとして仕切っている。そんな俺に疲れたアピールと、猫が顔を洗うかのように、アンズはにゃごにゃごしていた。

 もうかれこれ二時間は戦いっぱなしだから無理もない。


「やっぱあ。倒すだけじゃあダメなんじゃないのぉ~?」


 弓矢を連続して放ちながら、ロビンは何か策ないの? と遠まわしに言っている。

 クエスト開始したばかりの一時間は、盛り上がっていた。皆が皆、覚えたばかりの技能を披露し、あれこれと思考錯誤を繰り返して、自分なりの使い方を模索していたからだ。


「このまま倒すだけじゃない──として。どこに死霊使いがいるとかも、ノーヒントだからなぁ。そもそも森抜けられないんじゃあ、目指す場所もないし」


 悩みながら、次々に現れる骸骨の攻撃を捌きながら、処理していく。ボスタイプってわけでもない普通の雑魚だから、チャットしながら戦うくらいは、何の問題もない。


「灯台下暮らしってことないのかな? クエストのお爺ちゃん本人が死霊使いとか」

「森に誘うだけ誘っておいて、獲物が勝手に引っかかってくれるってオチありそぉ~」


 ロビンは、きっと現実でニヤニヤしながら、言っていた。


「話としてはB級だけどなあ。補給がてら戻ってみるか。って──、俺たちどっちから来たっけ?」


 俺が尋ねると、全員が全員ばらばらの方角を示すのも、なんてベタなオチ。

 お前たち完全に人任せだな、おい。


「まあまあ~。今はウチらの意見より、幸せ絶頂な誰かさんの勘に頼る方がいいと思うにゃよ?」

「へ? アンズちゃん、何それ?」


 とりあえず、話が長くなりそうなので。

 リーダー権限で、俺の行く先についてくるメンバー一同。いくらでも湧いてくる骸骨兵は、一切無視していく。


 何か知ってる素振りのアンズと、それに食い付くロビン。こいつは鈍感だから……気づいてるとは思えないが、アンズは……メインはどちらかというと、戦闘よりも職人だからなあ。


 人虎のアンズは、他人がクリアーしたクエストをゲーム内で書物アイテム化して、販売している。

 耐火の物語のゲーム自体がマルチ展開、物語ということもあって、やり直しの利かないシステム上、他のプレイヤーの辿った道というのは、まさに冒険譚だ。


『書物を読む』というゲーム内での行動は、全てスキル値に影響する。読めば読むほど、単純にステータスの強化になるばかりではなく。序盤は難解で読めなかった書物が読めるようになる。

 または多種族の言語を理解していく、といった広がりもあるからだ。

 噂では竜言語とか禁呪などの類は、そうとうパラメーターを上げないと、解読すらムリらしい。

 

 もっともきちんと読んでるのか、怪しい人も多いけれど。俺自身はやることがなかったらチャットしながら読む派。自分が主人公になって本になってるのとか、正直歯がゆい気持ちもあるからだ。


 そんなアンズは、他プレイヤーとの交流が盛んで。情報通だからこそ、ゲーム外のことも、知ってる可能性が非常に高い。


「ウチ~、知ってるにゃあよ? アスベルとサコにゃんが、毎夜毎夜、森のお庭でしっぽり……と」

「ひどいっ!? この泥棒猫!」


 それまで意味のない歌を熱唱していたウィルが、初めて会話に参加してきた。


「ウチのことじゃないにゃ! それに猫じゃないにゃ。虎にゃ!」


 ふっーー、と威嚇するアンズとウィルは、この際、放置しておくとして……もしかして見られてたのかあ。


「私も興味あるかな」


 ぼそっと、消え入りそうな小さな声で、スズも興味を示していた。


「スズちゃん意外に乙女オトメ! やっぱり女子って、そういうの好きなの?」


 ロビン、異性の話だと食いつきいいな。

 まあ現実リアルが……残念なヤツだから、仕方ないかもしれない。

 そんな俺も、昨日まで彼女どころか告白されたことなんてありませんでしたけどね?

 

「意外って失礼だよ。やっぱり……気になるかな。サコちゃん現実リアルでもお友達だし。あまりそういう話してくれないしね。ねね、アスベルくん。サコちゃんのどこを好きになったの?」

「好きって言葉、胸がドキドキするにゃ。ゲーム内で鼓動高鳴りすぎて萌え死んだら……ウチきっと本望にゃあ」


 そういう人も居なさそうで、どこかに居そうだ。

 ゲームシステム上、心拍数が同期しているので。高すぎる低すぎる鼓動は、バッドステータスへと変貌して、即死する場合があるので、あまり洒落にならない話である。

 魔物などにやられるのは、まだ仕方ないとして。チャット死も、まあ妥協範囲。


 それが──人気のない場所に、カップルと思われる二人の死体。

 死亡内容:萌え死。

 むしろキュン死とかになるのか。

 …………イヤすぎる。


「アスベルくんは僕の王子さまだよね? いくらサコ氏が可憐だからっていっても、僕の方がキミのことを心底想って……」

「今はBLな展開とか、オトコの友情とかとかいらないにゃっ! 自分のための失恋ソングでも歌ってろにゃ!」

「ガーンッ……! ふられ……ふられ」


 ぶつぶつ言い出したウィルは、もう放置。 俺もお前の気持ちに応えられそうはないからな。

 一方的な友情よりも、愛をとります。


「ま、まあ。とりあえずクエストクリアーしてからにようぜ」


 半ば誤魔化すように、その場を切り出すのであった。


 ────と、それから四の五のありながら、なんとか王都まで無事帰還に成功して。

 クエスト発生の爺ちゃんのところにきたら、案の定、ゲームは進行。


「くっくっく……粋のいい屍が手に入ると思ったが。勘のいい耐火どもめ……ここでワシ自ら手を下してくれるわっ!」


 自ら正体を現し、台詞も展開もベッタベタなオチに、全員が声を揃えた午後なのであった。

 そうしてクエストも終わってまもなく。



 昼間からずっとインしていたので、休憩がてら夕食ログアウトしようとしたときに、俺のシステムメッセージに、ぴろりんと届く一通の手紙。


 ドキドキしながら、アイコンを選択して中身を覗き込んだ。



『差出人:Sako

 宛先:Asbel

 件名:今夜。

 大事なお話があります。

 昨日と同じ時間にお庭で待っていますので……ぜったい来てください』


 サコから届いた、その丁寧すぎる物言いに、俺の胸はざわついたのだった。


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