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人生初めて告白されて浮かれないワケがない。

 窓辺に映るスズメの鳴き声が、チュンチュンとけたたましい。

 昨日──いや日付的には今日の出来事をそのまま夢見ていた。寝落ちしてたのか……俺。手に装着したままのバンドをベリベリと剥がし、机の上に置く。

 点けっぱなしになったテレビのモニターに映るゲーム画面の過去ログをコントローラー操作して遡る。


『出逢った頃から……気になってました』

『……アス君が、好きなの』


 夢じゃない会話に、思わず口元がゆるくなる。


 YES! YES! YESーッ!!


 意味もなく両腕でガッツポーズ。

 嬉しさのあまりベッドに飛び込んで、ゴロゴロ転がりまわる。

 人生初めて異性から告白された。

 たとえそれがネットゲーム上とはいえ。頭の中で何度もシミュレーションして、思い描いていた内容とは異なるが、結果オーライ!


 〝Sako〟 という日本のどこかに存在する女性プレイヤーとの昨夜のやり取りの半分以上は俺の妄想! いくらゲーム機のグラフィックやら進歩したところで、相手の匂い感じ取れるわけないが、俺には匂ったんだよッ! 異性と手を繋げるとか、掴むとか、ソレなんて恋愛シミュレーションゲームだよ。相手の表情読みとれるとか、そんな能力あったらゲームなんかに引きこもってないってのぉっ! 全部俺の妄想! 童貞なめんなっ!! こちとら必死なんだよっ!


 枕元で無駄にハアハアと荒い息遣いを整えて、再びテレビの中にゲーム画面を見る。


 去年の冬に家庭用の据え置きゲーム機で発売された大規模多人数同時参加型オンライン。

 ──通称MMO・アクションRPG『耐火レジスト物語ストーリー』と呼ばれる同名原作小説の百年後が舞台。

 3Dグラフィックスで表現されたファンタジー世界の中で、ネットに繋がったプレイヤー同士は一つの世界を共存できる。

 

 キャッチコピーは『感情をコントロールできるか、否か』 シンプルだけど、わかりやすい。

 このゲームだけに存在する、そのキャッチコピーを体現したシステムを紹介しよう。


 それはHP・MP。と言ったプレイヤーの生命力、魔力。それにSTスタミナという技能を使う際に必要なパラメータの他に存在する第四のパラメータ心拍数HTハートだ。

 正式な綴りはHeart Rateだけど、とにかく。その心拍数というモノが何によりも緊張感を煽る。通常は画面内に自分のプレイヤーキャラのみの心拍数が一定時間毎に。またはダメージを受けた時、戦闘状況の様々な変化で心拍数は変動する。


 それを可能にしたのが、全プレイヤーはパッケージに同梱されたリストバンド式のバイオセンサーを手首に装着。ゲームパッドとUSB接続することで、操作する側の脈拍と振動による相乗効果で一体化する。

 ゲーム内のキャラは、プレイヤー自身の脈拍によって戦闘内外に様々な影響を及ぼす。

 程よい緊張や高揚はいい方向に働く場合が多い。逆に、動揺や緊張のしすぎで脈拍が高くなるとバッド状態ステータスになってしまい、如何にプレイヤー自身の腕前が高くとも。キャラクターのアクションが暴発してしまう。

 

 この心拍数がゲーム内のシステムに大きく関わっていることがほとんどで。それを抑える、もしくは上昇させるなどと言った従来のゲームにはない、技能や魔法が数多く設計されていて。


 またチャットによる笑い過ぎて、仲間内での笑い死なんていう専門用語が出てくるほどで。何よりキャラになりきるロールプレイングというジャンルに一役買っているといっても過言ではない。


 そんな心拍数はパーティを組んだ状態で、技能をセットしていると他人にも視ることができたり。自己申告して、自キャラの状況を知らせるのもまた一興。アクション要素がメインであるため必然的にボイスチャットと併用することで、他のゲーム以上に『嘘のつけないオンライン』としても有名になってしまった。それでもゲームなので当然自由。開き直って異性キャラで遊ぶ人も少なくない。

 

 Sakoが、ネカマと称される現実の男が女性キャラになりきってプレイしていないと断言できるのは、そんなシステムが存在するためだ。更にボイスチャットから発せられる声を聴いても明白で。昨夜良い雰囲気だった時は、二人とも心拍数がピークだった。


 未だ昨夜着ていた黒Tシャツのままだけど、汗で濡れたままになってるので、ちょっと冷たい。記念にそのままにしておくかな……いや辞めておこう。不潔にしてたら嫌われる。


 千二百時間=トータル五十日というプレイ時間。高校受験が終わった反動から始まったオンラインゲームは、ただ純粋に遊んでみたかったという思いから。それがまさかゲーム内で知り合った異性のことが気になり、好きになるなんて。ゲームを始めた当初は想像もしていなかった。


 何より告白されたことが、何よりも嬉しかった。ただでさえハマっていたゲームなのに、その勢いは鼓動と共にますます加速しそうだ。



 そんな『Asbel』を操作する

俺こと──明日あしたつむぐ。今日から高校二年生の十六歳。成績は中の中。友達は少なく、時折引きこもり。切るのが面倒で伸ばしたままの前髪は、口が隠れるほどで。猫背なことも相まって、パッと見は根暗で陰気。いや、実際そうだし。


 制服に着替えて、登校準備をして、リビングを見る。テーブルの上に置かれた昼食と夕食代を財布にねじ込み。既に誰も居ない家を出る。

 内心考えることは、ベラベラ喋れる癖に、いざ口にしようとすると、考えてることと正反対のことを口にする、なんてベタはいつものこと。家族間での会話もほとんどなし。

 現実と仮想とのギャップなんて自分が一番良く知っている。そんな自分だからこそ向き合うものの対象が、想像と妄想が働く読書からゲームなどに没頭するまでに時間は掛からなかった。


 そんな中、昨今なかなか発売されないマルチストーリーとマルチクエストをオンラインゲームに導入した『耐火の物語』は発売前から話題を呼び、今日にまで至る。


 コンビニに立ち寄って、今日発売のゲーム雑誌と朝ごはんのパンとフルールオレだけを購入して。行きたくもない学校を一目見てから、ため息をつきながら渋々足を動かす。


 学園に向かう見知った同級生が、俺をみつけて物珍しそうにしていた。たまに不登校になりがちなヤツが、よっぽど珍しいんだろうけど。

 どうせ卒業したら、皆忘れるんだから興味示すだけ無駄じゃないのか? と言ってやりたい衝動に駆られる。


 そんな奇異な視線から逃れるために、学園までの坂道の間、買ったばかりの雑誌を広げ、読みながら歩くことにした。真っ先にチェックするのは耐火の物語の記事から読むようになったのは、ゲームをプレイするようになってからだ。


 昨日戦った鬼人は載ってないな。

 アップデート直後のクエストだったこともあってか、当然かもしれないが。攻略サイトなんかでも未だに出ていなかった。


 耐火の物語はそのマルチという特性ぶりによって、プレイヤーの数だけ物語が展開している。大きく分かれて四種類だと公式から発表されているが、正直自分がどのようなルートを辿れてるのか、把握できてるユーザーも少ないという。


 早くうちに帰って、手に入ったばかりの技能を試したいな──なんて、頭の中は四六時中ゲームのことでいっぱいになりながら。雑誌を鞄に片付けようとしたところ、登校中の誰かとぶつかり、雑誌を落としてしまう。


「悪い──って、げぇっ!?」

「あ……ゴメンなさ──チッ!」


 相手は友人に夢中になってたのか、謝ろうとしたところで、俺だと気づいたところで、舌打ちをする。俺も一言謝罪しようと思ったが、面倒なヤツと朝から出遭ってしまったな。


「──ど、どこみて歩いてんのよ」

「そういう誰かさんも人のこと言えないじゃんか。買ったばっかりだったのに」


 雑誌についた土埃を払いながら、鞄にしまう。

 目の前にいる相手は柊深鈴(みすず)

 コイツの第一印象は……鼻の辺りに広がるそばかすが割と目に付く。髪は肩まで掛かるくらいのショート。身長は百五十ちょいある感じ。身長に対して肉付きがあるように見えるのは、巨乳とは言わないまでも、ほどよく膨らむ胸は制服がきつそうなくらい。衣服の上からでもはっきり見て取れるほどで。大半の男子の目は、いつも釘付け。


 ──いや、俺は見てないからな。あくまで一般論。


「……そ、そんな本ばっかり読んでるから引きこもるのよ。あ~ヤダヤダ。ヲタクが移る~」

「ちょっと、すず~」


 両肘を抱きながら、イヤイヤとアピールするが、こいつのあからさまな態度に一々怒っていてはこちらの身が持たない。友人は止めようとするものの、あまり効果はない。


「──ふん。オバサンにはわかんないんだよ」

「オバッ──あんたも同級生でしょうが!」

「誰よりも早い誕生日オメデトぉ。春休み中に誰も祝ってくれなくて、寂しい寂しい柊さんよ」

「……い、祝ってくれる人くらい居るわよ!」

「お~お~、物好きもいたもんだ」


 コイツの誕生日は四月一日というある意味、クリスマスや元旦よりも悲劇。誕生日だと言っても嘘だと思われ祝って貰えず、春休み中ということもあって、同級生からあまり相手にされない……ということを、去年のある日、うっかり俺に口を滑らせてしまってから。何かとそれをネタにしてしまう。


「──なんで……なのよぉッ」

「……は?」

「知らないッ! 朝からせっかくの気分が台無しだわ。トモ、チカ行くわよ!」


 何か言ったような気がしたが、柊は一人でズンズンと先に行ってしまい、それを追うように友人ズが走り去っていく。


「んべ~、だ」


 別に……特別嫌ってるわけじゃないんだが。

 いつもあんな調子なので、つい売り言葉に買い言葉で返してしまうのが俺と柊の間で普通になってしまっていた。もう少し御淑やかにしてくれれば、こちらも態度改めるかもしれないが。絶対ムリ。

 俺も柊も。あんな風に言い合った後に、謝罪したことなんて一度もない。

 照れ隠しもあるかもしれないが。言うきっかけが無くなってしまったというか。中三の冬に転入してきた柊とは、つまりそんな関係だ。


「……はぁ」


 ため息ひとつ。朝から嫌な気分になったおかげで、今朝のテンションがた落ち。


 校門を抜けて、靴を履き替える。新学期のクラス替えを確認するべく、群がる同級生、上級生をすり抜けて、体育館の掲示板へ観にいく先で。


「佐子ちゃん、おはよ~」


 ──と呼ぶ声に思わず反応した先に、一人の女生徒が振り返る。まるでゲームの中の『Sako』がそのまま抜け出したかのような女生徒──神崎かんざき佐和子(さわこ)が数メートル先に立って居た。


 髪は肩の辺りで短く整えられた黒髪は艶があり、いつも左耳だけ出していて。肌は色白で。小さい顔立ちには、まだあどけなさが残っているのも、また印象に残る。

 周りからは『サコ』とか『さわこ』とか、様々な敬称で呼び慕われている。

 友達数人に囲まれた彼女は、その見た目と身長の大きさもあってどうしても目立つ。そして女の子然とした仕草や言動が異性はおろか同性をも惹きつけるくらい、美人だ。


 もしかしたらゲーム内の彼女『Sako』が佐和子本人かもしれない、だったら良いな、と思う俺の願望が、出逢ってから一年の間に時折彼女本人と思わせるような素振りや口調がそれを匂わせる。


 その一方で、未だにリアルのことを何一つ聞け出せずにいるのは、ゲーム内ではリアルへの影響を配慮しており、タイプチャットはおろかボイスチャットも全ての都道府県名から市町村などもフィルターが掛かってしまう。


 俺の連絡先は……少し前から伝えてある。

 魔法入力による軌跡を描く際に、アルファベットと数字で電話番号とメールアドレスを、どうにかして伝えたのだ。

 ──異性だから、ムリしなくてもいい。なんて紳士ぶったせいで、未だに相手の連絡先を知らないのは俺の痛恨のミス。



 少しもどかしさもあるものの、相手のことを聞き出せないのは結局、俺自身がヘタレだからだ。……でも。せっかく仲が一歩近づいたのだから、近いうちに聞き出してみせると、自分の中で一大決心。

 神崎から視線を逸らすと、背中に誰かが圧し掛かってきてバランスを崩してしまう。


「つむぐぅ~。俺たち今年も一緒のクラスだぜッ!」

 

 締め付けてくるのは入学から仲良くなった早川靖史(せいじ)。丸顔で地黒に丸鼻。百八十はある身長と大きい体格もあって、どこからどう見てもスポーツ選手なのだが、本人は一切スポーツの類が駄目という残念なヤツ。類というか勉強も出来ないから、いいところはないかもしれない……とにかく残念でならない。


 だけど俺と一緒にゲームを始めた数少ない友達の一人で。ゲーム内では『Robin』役割的にはトレジャーやハンター然として、中距離や支援活動がメイン。罠や宝箱の解錠には専用の技能というかセンスが必要であり、こいつがいなければゲームは始まらない。


「クラス替え見た? 見た? 柊のヤツも一緒なんだぜぇ? 俺出席番号順で隣の席とか、さいあ……ギャーッス!?」


 ダムダム……と転がるバスケットボールが

靖史の後頭部に直撃する。投げた先を探すと、問題の柊がきつい顔をしながら睨んでいた。 昨夜の鬼人じゃないんだからさ……、そんな形相してると、誰も寄り付かないぜ。


「どっちが最低よッ! あんた等の方が失礼でしょうが!」


 バスケットボールで後頭部直撃とか。靖史のヤツ未だに倒れたままピクピクとしたままだ。


「……俺関係ねえじゃん。言ってたのは靖史一人で……」

「その早川と友達ってだけで同罪! そしてさっきの恨みの分よッ!」

 

 悪い靖史。完璧な八つ当たりだ。

 フンッ──と、腕を組んでそっぽ向いてしまう。こんなヤツが神崎と親友という事のほうが信じられない。そんな神崎は俺たちに気づいてたのか、手を振りながらこちらに寄ってくる。


明日あすくんもおはよぉ。今日は登校してくれたんだね」

「……そりゃあ、始業式だし」

「今年も同じクラスメイトだし。一緒に卒業したいから……また顔出してくれると嬉しいな」

「……お、オウ。ヨロシク」


 神崎の声はなんというか、囁くようなか細い声だけど。芯があるというか。

 人ごみに紛れてるとかき消されそうだけど、俺だけは聴き取れる自信あるね。誰か手先器用なヤツ、神崎ボイスとかアプリ作ってくれよ……と心底思う。


 まともに直視できないので、左手で何度も前髪を弄って少しでも視界を遮るフリをして。その指先の隙間から、神崎を盗みみる。

 神崎は俺のことを、明日あしたではなく、今日明日の明日あすと呼ぶ。それがゲーム上の『アス君』と被ってしまい、増してサコと似た容姿だとどうしても意識してしまい、つい顔を背けてしまう。

 引きこもってつい学校を休みがちの俺にも気を遣ってくれる。

 決して頑張れ、とは言わない。

 でも。ま、まあこの優しさは誰にでも見せてしまうのが難点だが、本人はきっと意識していない。

 ──っていうか、何がヨロシクだよ。もっと言うこと、訊くことがあるんじゃないかよ俺!


「……ふんっ。デレデレしちゃって、みっともない」

「……んなっ!? 俺がいつデレてんのよ。自分がモテないからって、八つ当たりすんじゃねぇよ!」

「何よぉ! わたしだってねぇ……」

「まあまあ明日くんも鈴ちゃんも。落ち着いて、ね?」


 神崎に上目遣いで仲裁されると、それ以上何かいう気にもならなくなってしまう。


「あ~、痛てぇ……柊のヤツいつもより手出るの早くねぇ?」


 靖史のヤツが後頭部をさすりながら、ようやく起き上がる。生きていたのか。

 靖史のヤツが再起不能になるとゲームで何かと支障が出るので、ほどほどに心配する。

 俺の中の靖史の順位はゲーム内優先。二に現実リアル。たぶんそんな関係でも長い付き合いになりそうだと、俺は予感していた。


「大方アノ日が近いから……ぐふっ!?」

「つ、つむぐぅ!」


 ラクビーボールの尖がった部分が俺の顔面にめり込む。倒れまいと、なんとか堪えるものの、不意打ちは効く。


「……テメェ柊ッ! いきなり何すんだよっ!」

「アンタがデリカシーのない事を、いきなり口にしようとするからでしょう!」

「俺はッ! 美術のコンテストが近いからって意味で言ったんだ! 他にどう言えばいいんだよッ!」

「紛らわしい言い方すんなあっ!」


 俺と柊はいつもこんな感じになってしまう。

 当然嫌いじゃないんだが、手の早さだけはなんとかならないかと思いつつ。

 もう少しサコ……いや神崎のおしとやかさを見習って欲しい。


「この夫婦喧嘩いつまで続くのかね?」

「さ、さあ……?」


 靖史と神崎のやり取りが聞こえたため、思わず口にする。


「誰が夫婦だッ!」

「誰が夫婦よっ!?」


 こんなことになるんだったら、学校に来るんじゃなかった。

 昨日の出来事が一変。気持ちは誰かさんのせいでイライラだ。今日は始業式だけで終わるから、いつもより長く遊べるんだ。帰ったら速攻でログインできるから気持ちを切り替えるんだ俺。そして昨夜、伝え切れなかったこととか。とにかく色々! 彼女と過ごす時間が、一分一秒でも待ち遠しい。


 

                    現実と仮想で恋愛! 前編/終


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