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意中の人に告白されました。

◇ ◇ ◇


 水の王都『クリア・ランス』──郊外。

 月明かりが照らす光の梯子が、木漏れ日のように光り差す。光の庭と呼ばれる森の入り口の門前で、俺──アスベルはある人を待っていた。


 腕を組んでみたり。さっきから俺と同じように突っ立ってる門番を何度も見たり。ただ人を待ってるってだけなのに、なんだか落ち着かない。


 先ほどの戦いが嘘だったんじゃないかと思うほど漂う静けさは、この国が平和だということを示している。

 ふと視線を見上げれば、煌々と輝く満月の光をみて、綺麗だな──と俺らしくもなく感じてしまう。

 〝I Love You〟の意訳が、そんな意味だったと思い出してしまい、柄にもなく、一人照れてしまう。

 待ち人相手に、そんな事を口にするほど、俺はロマンティストじゃない。むしろもう一人が意訳した──死んでもいい、の方が自分の立ち位置としても似合ってる気がする。


 夜遅くすれ違う冒険者に、そんな一人悶々としてる俺の有様がおかしかったのか、クスッと笑われてしまって。また何事もなかったように、腕組をする。

 それから間もなくして。小走りで寄ってくる気配を感じて向けば、待ち人のご到着だ。

 夜で冷えるからか、薄手の桃色ラインが刺繍が施されたケープを羽織っている。中には翠色のワンピースの裾が揺れて、時折見える太ももが眩しい。近づくと額には薄っすらと汗が浮かんでいて。その乱れた薄桃色の髪を、白い指先でかき上げる。


「はぁはぁ……アス君、おまたせっ」

「走って来なくても良いのに。それに俺も来たところ」


 門兵に聞こえていたら、嘘つけ! と言われそうだが。そういうことにしておけ。


 時刻は既に深夜零時過ぎ。

 いつもなら、もうとっくに休んでいる時間だけど、今日はクエスト帰りにサコのほうから声を掛けられたのが、きっかけだ。

 彼女は最近俺と二人っきりの時だけ、『アス君』と、呼ぶようになった。それが少し嬉しい。


「戦闘の後で疲れてるのに、ゴメンね?」

「いや、別にいいよ。今日に限ったことじゃないだろう?」


 ──そう。俺たちがこうして二人でいることは昨日今日に始まったわけじゃない。始まりはなんとなく。次にどちらとも無く言い出して。次第に言葉交わすことなく、視線が合えば暗黙の了解となるまでに時間は掛からなかった。

 彼女は乱れた息を整えるように、すぅーーっと一度深呼吸。落ち着いてから、とびっきりの笑顔で俺を直視する。


「それじゃあ、いこ?」

「ああ」


 行き先は告げずとも、どちらともなく歩き出す。

 目指す場所はお決まりの場所。

 王都から郊外の海へと続く水辺を二人歩く。

 森の外れに昼間はなんてことはない湖なのに、夜だけ姿を変える。原因は王都から流れ出る浄化された水に集う夜光虫なんだが。そんな自然が作り上げた小さな幻想的な湖がある。名もないただの湖だけど。魔物は決して寄り付かない。この世界での多くは水を気嫌うからだ。だから一部カップル間では密会ランデブー場所ポイントとしても有名である。


 耳に聞こえるのは梟や夜行性の虫の鳴き声。

 そして俺たちだけの足音。パキッと時折、枯れ木を踏みつける音が夜に響いていく。


 そうして五分ほど歩いた先に、蒼白く光る湖が視界に入ってくる。飛び交う夜光虫は、まるで蛍のように漂うは、何度見ても幻想的だ。

 どちらともなく、小さなため息を吐いて。その景色に魅入っていた。水面に映るのは月のように輝く俺の頭と、桜の花びらのように淡い彼女の姿が映し出されている。


「そういや──マント早速役立ったな。付加されてたのが、まさか活かされるとは思わなかった」

「あれは……この間、誕生日祝ってくれたお礼で。でも役に立てたなら、良かった」


 俺が戦闘時に装備しているマントに描かれた竜の紋様はサコがデザインしたものだ。この世界には『絵師』と呼ばれるモノ達が描き出したものを、装備品に『付加』できる。彼女はその絵師としても既に有名だ。


「それにしても……マサさん。まさかあの炎の息吹を斬っちゃうとは思わなかったね」

「あれ見たときは俺のほうが度肝抜かれたわ~。使える条件限られてるらしいけど、アレは惚れてもおかしくない」


 うんうん、とサコが頷く。俺は嬉しそうに話す彼女の笑顔を見て、思わず視線を逸らしてしまう。


 そしてそれっきり。言葉は無くなってしまう。サコは元々お喋りじゃない。

 そして俺もあまり、話すのが上手い方じゃない。今でこそ会話が成立しているけど、内心じゃ心臓バクバクで、実は混乱状態コンフュージョン


「……ねえ。初めて出逢ったときのことを……覚えてる?」


 唐突に──サコは樹に寄り添うようにもたれながら、目線は湖に向けられたまま俺に訊いてきた。


「覚えてるも何も。誰かさんがここで魔法を暴発させてた事くらい、だな」

「も~。暴発は余計だよ~」


 ハハッと言葉にもならない俺の笑い声と、口元を押さえながら、上品に笑うサコ二人の笑い声が森に響く。


 この世界では、魔法を唱えるのに必要なのは呪文の詠唱と魔力による光の陣を描く動作が必要で。陣は魔法ごとに決められた軌跡がある。シンプルな直線から曲線。一回転、はたまたルーン文字にも似た紋様と様々で。完成した時、魔法という奇跡を生むのである。


 冒険を始めた者にとって、詠唱を唱える、軌跡を作るというのは、難しいというよりも恥ずかしさの方が勝る。


 羞恥による動揺は綺麗な陣を描けないばかりではなく、詠唱の妨げとなる場合も多い。

 そうした未完の魔法は発動できず、暴発となるのだ。


 そんな魔法の練習を人知れず離れた場所でしていたサコと、王都の遣いで通りかかった俺──というのが、最初の出会いだった。


「あまりにも酷い有様で。見かねて俺が教えてやったんだからな」

「おかげで今では、耐火レジストヒーラー位置ポジションになりましたっ」

「自分で言ってたら世話ないって」


 他愛もない会話だけど。

 それすらも大切な時間になりつつある。



 耐火レジストの成り立ちについて、少しだけ説明しておく。

 かつて全世界を覆った一匹の竜は、七日掛けて世界を火の海で焼き尽くした。その大きさと姿から名づけられた竜の名は『ウロボロス』

 世界を滅した後、竜は眠りにつき、そのまま息絶える。しかしその骸から、それまで存在しない変異の魔物が生まれた。


 竜の骸から生まれた魔物は、全て身体のどこかに炎を纏っていた。その魔物が人や街を襲えば、燃え盛り、全てを灰燼へと化していく。

 そんな巡る因果と引火を捩り、いつしか人は悪い出来事を『因火いんが』と呼ぶ。

 そしてそれに対抗と消火する意味を持って名づけられた抵抗組織『耐火レジスト

 ウロボロスが出現、そして消えた世界で、数多くの差別が生まれた時代に。一人の英雄が世界を救ってから、数百年経った今でも。今でも当時の名残が生きている。


 己の命を賭した戦いの前、または事件を解決するその直前に発する言葉。


『──耐火たいかの時間だ』


 それは騎士の誓いにも似た秘めた思い。言葉は自身に課した誇りといっても過言ではない。そんな世界の上に成り立った場所で、俺とサコは出会った。



「あれから、一年も経つんだよな」


 俺の呟きに、サコは驚いたような表情で顔を上げる。


「覚えて……覚えてたの?」

「そりゃあ。今日呼び出される前から、なんとなく?」

「なんとなくって。なによぉ」

「──誘われてなかったら、きっと俺のほうから声を掛けていた」


 半ば半分言葉の勢いに乗って、目の前にいる、彼女の細腕を掴む。今日だけは、視線は彼女だけを見つめる。サコも始めは意識しすぎなのか、一瞬だけ逸らしたけれど。まるで上目遣いのように、向き直してくれた。

 手放したくない想いと。言葉にしなければ、伝わらないモノがあると、何よりもこの一年で実感していたから。


「それって……その、そういう、意味……だよね?」

「今日が。俺たちが出逢った日から、一年で間違いないよな?」

「……うん。わたしの中の大切な記念日、だよ」


 記念日、という言葉に特別な思いが込められていることが、鈍感な俺でも気づいた。

 耳に聴こえるのは、それと水のせせらぎと風に揺れる森の囁き。それとバクンバクンッと心臓は早鐘のように高鳴る。


 自分の気持ちを絶対伝えると覚悟していたのに。土壇場になって、怖くなってきた。

 あれこれ考えていた台詞も、何もかも真っ白で。喉の奥はカラカラ。思わず──ごくりと飲み込んだ唾液は、生ぬるく、きっと相手にも聴こえたハズ。


 瞳に映すのは、同い年で。

 俺よりも頭一つ分小さくて。

 でも、桜を思わせるその髪の色と肩まで伸ばした靡く髪は、匂いまでもが、ほのかに甘い。

 サコの照れた頬は、夜の暗がりの中でも、赤く染まっているのがわかる。見られているのが恥ずかしかったのか、瞳を一瞬だけ反らして、また見つめてくる仕草が嬉しかった。


「……あの、……あのね?」


 ──うん、と発したつもりが言葉にならない。彼女は掴まれていた腕を、少し振りほどき、俺の左手と自分の右手を重ねる。


「出逢った頃から……気になってました」


 次に這わせるのは、俺の右手と彼女の左手。

 いつしか両手はお互いを繋ぎ止めたくて、握り締めていた。

 彼女の大きな目は、少し潤んでいて、睫は濡れていた。泣き入りそうなほどの小さな声で。唇が、そう呟いていた。


「……アス君が、好きなの」



◇ ◇ ◇

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