『ストーブのいらない朝に』
【猟師・五郎:緑の匂いと、小さな相棒】
朝、ストーブの火を入れなくても寒くない季節になった。
窓を開けると、ブナの若葉を揺らしてきた風が、濃い緑の匂いを運んでくる。
「たま、行くぞ」
声をかけると、薪薪の山の上で丸まっていたたまが、「にゃお」と短く応えて弾むように歩き出した。
今日の目的は、猟というよりも森の見回り、そして季節の恵みを少しだけ分けてもらうことだ。背負子を背負い、山刀を腰に差して歩き出す。
足元では、まだ少し湿った土からフキや、大きなオオウバユリの葉がぐんぐんと背を伸ばしている。
「…いたな」
立ち止まり、指し示す先。
エゾマツの若い枝の先で、シマリスが器用に松かさをかじっていた。
たまは私の足元でぴたりと止まり、低い姿勢でそれを見つめている。
だが、飛びかかろうとはしない。
ただ、じっと観察している。
賢い奴だ。
目的の沢にたどり着く。
お目当ての「ウド」が、ちょうど食べ頃の芽を伸ばしていた。
必要な分だけ、ナイフで丁寧に切り取る。
独特の強い香りがふわりと広がった。
「たま、今日の晩飯はこれの天ぷらだぞ」
たまはウドの香りに少し鼻をひくひくさせ、それから私の長靴に体をすり寄せてきた。
言葉はなくても、この静かな時間がたまらなく愛おしい。
【三毛猫・たま:大きな背中と、おいしい匂い】
五郎の歩く速さは、たまにちょうどいい。 たまが気になる虫を見つけて立ち止まると、ゴローも何も言わずに足を止めて待ってくれる。
いま、森の中はとってもにぎやか。
木の上では「ミーンミーン」って、エゾハルゼミたちが大いそがしで鳴いている。
たまは、地面をそわそわと歩くツヤツヤしたオオオサムシを前足でちょんちょんと突っついて遊ぶ。
「たま、行くぞ」
五郎の低い声。
たまは虫をあきらめて、またゴローの大きな長靴の後ろを追いかける。
五郎がしゃがみこんで、緑の葉っぱを採った。
くんくん。
すこしツンとする、山の匂い。
五郎はこれを「てんぷら」にすると、カリカリして美味しいのを知っている。
たまの分は、あとで味のついてないお魚を焼いてもらう約束。
帰り道、五郎の背負子から、採れたてのウドの匂いが優しく揺れていた。
五郎の大きな背中を見ながら歩くお散歩は、世界で一番あんしんする時間。




