婚約者が隠し子ごと愛人を認めて白い結婚で私たちの生活を支えろと迫るので、破滅してもらいます。あ、もちろんわたくしは幸せになりますわよ?
「レイナルド、あぁ、レイナルド! バッカじゃないの⁉ そんなこと受け入れるわけないでしょ! 婚約破棄よ、破棄っ!」
わたくしは婚約者であるレイナルド・ビット伯爵令息に向かって叫びました。
ここは我が家であるグレイヴィル男爵家の客間です。
商売を手広くやっている家ですから、客間の隣もまた客間。
午後の早い時間帯ですから、父は商談の真っ最中でしょう。
わたくしの大声に驚いているでしょうけれど、今日ばかりは自分を抑えることができません。
「大声出して、腕をそんなに振り回すなんて。淑女なふりをしていても、ダニエラのメッキはすぐに剥げる」
わたくしは男爵家の令嬢です。
下位貴族ですから、せめてふるまいくらいは上品に礼儀正しく、と普段は心がけています。
「今は淑女らしく振舞うとか、そんなことを気にしてる場合じゃないでしょ⁉ 婚約者が愛人と隠し子を認めて生活を支えろ、なんて言っているのにっ⁉」
「え? そうかな? 貴族男性が愛人を囲うのなんて珍しいことじゃないでしょ?」
レイナルドが優美に首を左側へとかしげると、長い金髪がサラサラと音を立てて左側へと流れ落ちた。
ちょっとだけ驚きに見開かれた目。
そこにはまっている青い瞳が、わたくしを見ています。
美しく整った顔には優しげな笑みをたたえ、口調も至って穏やかで、レイナルドが貧乏とはいえ伯爵家の息子であることを証明している。
だがこの男、中身が非常に残念なのです。
「アンはいい子だよ。そんな反応しなくてもいいじゃないか。一緒に楽しく暮らそうよ」
「なにを言ってるの、レイナルド⁉ 結婚もする前から愛人がいるだなんて聞いたことないわっ!」
わたくしの婚約者であるレイナルドは、貧乏伯爵家の三男坊です。
「そもそも愛人を囲うなんて、お金はどうしたの⁉」
「うん、借りた」
「借りた⁉」
レイナルドの信用度でお金を貸してくれるところは、街の悪徳金貸しくらいしかいません。
わたくしは頭が痛くなりました。
「だってアンが妊娠して出産費用が必要だったし。生まれたシェルもこんなに可愛くて。苦労なんてさせたくないだろう? だから私たちが結婚して、生活の面倒をみておくれ」
キラキラと輝く笑みを浮かべてこちらを見ているレイナルドですが、言っていることの意味が分かりません。
「なぜわたくしがあなたの愛人や隠し子の生活の面倒をみないといけないの⁉ 子どもは作ろうと思わなければっ、少なくともやるべきことをしなければっ、出来ませんっ。作らなければよかっただけの話でしょ?」
「うん。やることはやったね」
「もうっ、なんなの! しゃあしゃあと言うことじゃないでしょ⁉」
淑女にしては物言いが下品だな、と自分でも思いますが言葉が止まりません。
わたくしは、いわゆる成金男爵家の娘です。
ですから、生まれついての上品なお貴族さまとは違います。
だからこそ必要以上に上品であることを心掛けていたのですが、今この時に上品であることを意識したら憤死しかねませんから止めます。
「それに子どもは、そこにいるアンという女と2人で育てたらいいじゃないっ!」
わたくしは、部屋の隅に立っている地味な女を指さしました。
アンは茶色の髪に茶色の瞳をした、見た目からして地味な女です。
わたくしは金髪碧眼の貴族女性で、華やかさなら負けません。
なぜレイナルドは、こんな地味な女をわざわざ愛人にしたのでしょうか。
意味が全く分かりません。
「興奮するなよ、ダニエラ。嫉妬かい?」
「違いますっ!」
そもそも嫉妬するような関係でもないのです。
我が家は成金男爵家。
レイナルドの家は由緒正しき伯爵家ではあるけれど貧乏。
互いに足りないところを補い合う形の政略結婚(予定)だったのです。
それをこともあろうに、愛人に隠し子⁉
結婚もする前から⁉
こんなの婚約破棄一択、婚約破棄まっしぐらではありませんか!
お前はバカなのかっ!
レイナルドの場合には、馬鹿一択、馬鹿まっしぐらといったところです。
「私と、アンと、2人の息子であるシェル。そして君。みんなで楽しく暮らせばいいじゃないか。なんといっても、この私が付いてくる。お得だろう?」
「ちっともお得じゃありませんっ」
レイナルドの相手をしていたら、わたくし早死にしてしまいそうです。
「あ、でも君とは夫婦生活はできないな。アンがいるからね。彼女はああ見えて嫉妬深いんだ。それだけに愛されているという実感がある。うん。うん。だからアレだよ、アレ。白い結婚というのをしようじゃないか」
「お断りしますっ!!!」
えーい、平民に近い貴族令嬢を舐めるなよ⁉
「わたくしは、あなたの愛人を認めることも、隠し子を引き取ることもありませんっ! そもそもあなたは我が家へ婿に来る予定だったのよ⁉ 愛人と隠し子なんて許されるわけないじゃないっ。ましてや白い結婚してどうするのっ⁉」
騒ぎを聞きつけた父と母が、そっと扉を開けて、細い隙間からこちらを窺っています。
全て聞こえているから、理解してくれることでしょう。
理解してくれなかったら、力業で理解させてみせます。
いくら男爵家に婿入りしてくれる伯爵令息が必要だからって、こんなのは違うでしょ?
理解してくれなかったら、わたくしの持っている腕力知力全て使って理解させますからいいですけど。
ああ。もっとレイナルドを躾けておけばよかったのね⁉
いまさらだけど。
後悔は、あとから悔いるから後悔なのです。
失敗は誰にでもあることですわ。
それはわたくしも対象外ではありません。
ここは自分の失敗は大目にみましょう。
わたくしはレイナルドの申し出を全てを速攻却下して、婚約破棄の手続きへ入ることにしました。
◇◇◇
早々に婚約破棄をしたわたくしは、早々に次の婚約者を決める必要があります。
わたくしは自室の椅子に座り、庭を眺めながら考えます。
「次は、バカだけは避けたいわ」
わたくしの本音です。
我が家は、爵位は低いが金はある。
金の力で箔を買うつもりでしたが、馬鹿で箔は付きません。
「二度目はないわよ、ダニエラ。次は厳選して失敗は避けなきゃ」
わたくしは22歳。
貴族女性としては、行き遅れに片足突っ込んでいる年代です。
婿取りの立場なので貰いそびれになりますか?
まぁ、そんなものはどっちでもいいです。
「とにかく結婚しなきゃ。爵位は、なるべく高く。今度は賢い男性がいいわ」
正直、我が家の男爵の爵位は金で買ったようなものです。
正確には父が母を買ったのです。
母は、公爵家ともつながりのある貧乏伯爵家の生まれです。
母との結婚により、父は男爵位を譲ってもらったのでした。
でも勘違いしてもらっては困ります。
一見するとガッチガチの政略結婚に見えますが、父と母はラブラブです。
両親の結婚は、政略結婚に見せかけた恋愛結婚なのです。
あぁ、羨ましい。
娘のわたくしが目のやり場に困るくらいのラブラブっぷりなのですよ、あの2人。
正直、羨ましいです。
あんな馬鹿を引いてしまった自分の不運が憎い。
いいなー、わたくしもお父さまとお母さまのような結婚がしたいなー、と思っていた15歳の春。
うっかり婚約したのがあの馬鹿だ。
ぶっちゃけ我が家にはお金はあるし、わたくしには商才もあると油断したのが悪かった。
馬鹿は馬鹿でも下半身緩い系馬鹿とは思わなかった。
しかも微妙に一途。
あれは救いがありません。
特にわたくしにとって、救われるところなんて全くないですよね。
婚約破棄以外の選択肢などないのに、なぜどうにかなると思ったのでしょうか?
やっぱり馬鹿ってことですよね。
まぁ別れた男に未練はないし、どうなっても知りませんけど。
「はぁ~……でも、今から間に合うかしら? どうしましょう?」
わたくしは悩みますが答えは出ません。
そういえば婚約を破棄したら、ビット伯爵家の当主と夫人が青い顔をして謝りに来ました。
なんといっても貧乏伯爵家ですからね。
婚約破棄の慰謝料をもらう側ならいざしらず、支払う側となれば頭なんて何度でもさげるでしょう。
その点は我が家も同じです。
商売人の家ですからね。
ぶっちゃけ男爵位なんてお金で買ったようなものです。
頭を下げたくらいで物事が有利に運ぶなら、いくらでも頭を下げますよ。
もっとも、それって平民の考え方らしいです。
「あーん。素敵な婚約者を紹介してくれるなら、頭なんて何度でも下げるのに~。アテがなーい。ですわぁ~。貴族学校在校中にもっと人脈作っておけばよかったぁ~」
わたくしは溜息を洩らします。
いっそ慰謝料の減額を条件に、ビット伯爵家から新しい婚約者を紹介してもらおうかしら?
「んっ。悩んでいても時間の無駄っ。いっそ店頭に立って商品のひとつも売ったほうがスッキリするわ」
わたくしは椅子から立ち上がると、商会に顔を出すため着替えることにしました。
◇◇◇
地味といえば地味、派手といえば派手なドレスに身を包み、わたくしは屋敷を出て商会へと向かいます。
商会で店頭に立てば、男爵家の娘といえども平民からみたら貴族です。
ましてやわたくしは商会の跡取り娘ですから、お客さまが必要以上に有難がってくれます。
ですから安っぽい服装でないほうがいいですし、かといって派手すぎてはやりすぎです。
程よいところを探しながら身支度を整えるのは、大変ですが楽しいです。
おすすめ商品を身に着けるのも商売には効果があります。
今日はメイドに頼んで、ハーフアップにした金髪へ、花の飾りのついたリボンを編み込んでもらいました。
この春の新商品です。
メイドにも可愛いと褒めてもらいましたし、わたくしも気に入っています。
リボンの色と花の飾りたくさん売りたいですね。
商会は、入ってすぐがお店になっています。
わたくしは顔なじみの店員と共に、お客さまのお相手をします。
中年の落ち着いた紳士が、さっそくリボンを買ってくれました。
わたくしのものと色違いの、花飾りのついたリボンです。
娘さんへのプレゼントにするのだそうです。
娘さんに喜んでもらえたら、わたくしも嬉しいけれど、どうかしら?
ウキウキした気持ちで店員が包装した品物をお客さまへ手渡します。
お客さまがドアから出て行くと、タイミングを狙っていたように売り子のミーナがわたくしの方へとやってきました。
ミーナは綺麗な赤毛と赤い瞳を持つキュートな女性です。
「お嬢さま、聞きましたよ。婚約破棄されたそうで」
「ええ、そうなのよ」
わたくしが答えると、ミーナはあからさまにホッとした表情を浮かべました。
「よかったです。あの方にお嬢さまは勿体なさすぎます」
商会の皆からのレイナルドの評判は酷かったので、当然の反応といえば当然です。
「でもわたくし、次の婚約者をどうしたらいいのか分からないの」
「そうでしょうとも。お嬢さまは、恋愛方面めちゃ疎いですものね」
ミーナからみると、わたくしは純情可憐なお嬢さまなのだそうです。
そんなことはないと思うのですが……恋愛方面に疎いのは確かですね。
「できれば上位貴族で継ぐ爵位のない、気楽に婿入りしてくださる方がよいのだけれど……」
「あー、それなら。あの方とかいかがですか?」
ミーナはお客さまのひとりへ右手を向けて示します。
そこには、瓶底眼鏡をかけた猫背の男性が、唸り声をあげながら商品を見て悩んでいました。
「あの方は?」
「リーンハルトさまです。マクラーレン侯爵家の令息で、五男。魔法研究をされている方で、年齢は27歳。優秀で有名なのですが、万年資金難で、お店に来ては研究材料を眺めて悩んでいらっしゃる方です」
侯爵家なら我が家よりもだいぶ格上です。
ですがマクラーレン侯爵家といえば、先代のやらかしにより財政状態が厳しいことで有名なお家ですね。
しかも王国の魔法研究をしている部門で、資金が潤沢なところはゼロです。
「まぁ、なんて条件ぴったり」
わたくしは改めてリーンハルトさまを観察します。
伸ばしっぱなしの銀髪を後ろでひとつにくくっていて、顔も半分髪で隠れています。
残りは瓶底眼鏡で隠れていますから、鼻と口の一部と、アゴのラインの一部くらいしか見えません。
猫背で分かりにくいですが、背は高いようです。
体は細いです。極細です。
「無自覚イケメンの可能性アリ。お勧めです」
ミーナが赤い瞳をキラリンと光らせながら勧めてきます。
悪くはありませんが、先方の都合もありますから、そんな都合よくは……。
わたくしがマゴマゴしている前で、ミーナがリーンハルトさまの側へ近寄って話しかける。
「リーンハルトさま。いつもありがとうございます」
「あ、いえ。僕は見ているばかりで、なかなか買えなくて……」
オドオドとした喋り方ですが、綺麗な声です。
「えっと。今ですね。ごひいきにしてくださるお客さまへのサービスで、向かいのティールームでのアフタヌーンティーをサービスしているのですが……お時間よろしければ、いかがですか?」
ミーナが話すのと同時にリーンハルトさまのお腹がぐぅ~と音を立てました。
「あっ……その……でも……」
「フフフ。今ならお嬢さまもご一緒できますよ? それに向かいのお店のアフタヌーンティーは、フードもボリュームがあって美味しいと評判なのです」
「あっ……はい」
こうしてわたくしとリーンハルトさまは、あれよあれよという間にミーナの手によって向かいのお店へとご一緒することになったのでした。
◇◇◇
さて。問題です。
初対面の殿方と、いきなりお茶をすることになってしまった淑女は、どうすればいいのでしょうか?
わたくしは正面に座るリーンハルトさまを上目遣いでチラチラと眺めます。
どう話を進めていけばよいのか、分かりません。
「あの……」
「えっと……」
わたくしが口を開いたのと同時に、リーンハルトさまも何か言いかけました。
「あっ、どうぞお話しください」
「いえ、そちらから……」
などと譲り合っているので、話のきっかけがつかめないどころか、なかなか先に進めません。
「お待たせしました~」
そこにちょうどよく、お茶が届きました。
銀のケーキスタンドの上には美味しそうなケーキやサンドイッチが並んでいます。
「これは美味しそうだ」
リーンハルトさまのお腹がぐぅ~と盛大な音を立てたので、思わずわたくし笑ってしまいました。
恥ずかしそうに銀色の髪に右手を差し入れて掻くリーンハルトさまは、ちょっと無作法ではありますが、人柄がとてもよさそうに見えます。
そして指がとても白くて、細くて、長いです。
とても器用そうな指をしていらっしゃいますね、リーンハルトさま。
わたくしは、うっかり変なことを言ってしまわないように、紅茶を飲むことにしました。
「本当に美味しそうですね。紅茶もいい香り」
「そうですね。春っぽい香りだ」
わたくしが紅茶を一口飲むと、リーンハルトさまも同じように紅茶をすすりました。
レースのカーテンが掛けられた可愛らしい窓辺で、2人向かい合いお茶を飲むわたくしたちは、他の人たちからどう見えているでしょうか?
ちょっと気になりましたが、それぞれのテーブルでは運ばれてきた料理に歓声を上げたり、ケーキやサンドイッチを味わったりするのに忙しそうです。
たくさんの人がいるけれど、誰もわたくしたちのことなど気にしていない様子です。
「これは……キッシュかな?」
「そうですね。ホウレンソウのキッシュみたいです。こちらのサンドイッチは……何かしら?」
「食べてみれば分かるかな」
リーンハルトさまはそう言いながら、薄いパンに何かの野菜が挟まれたサンドイッチを口に運びました。
「あーこれは薄切りの……なんだ? キュウリじゃないみたいだ」
わたくしも一口サンドイッチをかじってみました。
「ああ。アスパラガスですね」
「アスパラガスを、こんな風に薄く切ってサンドイッチに? サンドイッチといえばキュウリというイメージでしたが、アスパラガスもサンドイッチにするんだね」
「割と一般的ですが、ご実家では……」
わたくしはそう言いかけて、リーンハルトさまのご実家の経済状態を思い出しました。
金銭的に厳しいとは噂に聞きましたが、侯爵家でサンドイッチといえばキュウリというほどとは思いませんでした。
「わぁ。こっちはスモークサーモンのサンドイッチだ。豪華だなぁ~」
リーンハルトさまは無邪気に驚いていらっしゃいますが、サーモンも普通に食べますよ?
ご苦労がしのばれて、わたくし、泣いてしまいそうです。
侯爵家なのに。優秀な人材揃いの家系なのに。貴族でもお金がないって大変なのですね。
これは援助のし甲斐が、ありそうな気配がしますね。
「キッシュもパイ生地がサクサクで美味しいね。ホウレンソウだけじゃなくジャガイモも入っている」
「そうですね。キッシュも美味しいです」
リーンハルトさまは本当にお腹が空いていたようです。
わたくしの分もそっと差し出してみました。
なんでしょうか?
リーンハルトさまは背の高い男性なのですが、小動物を構っている時と似た感情が湧いてきますね。不思議。
「このケーキも美味しい……ぁっ! あーやっちゃった。大丈夫? そっちまで飛ばなかった?」
リーンハルトさまがグレープフルーツにフォークを入れた瞬間、汁が飛び散りました。
「大丈夫です」
「もう僕ってば、いつもこんなで……。ごめんね、無作法で」
顔にかかって眼鏡が汚れてしまったようです。
リーンハルトさまが眼鏡を外しました。
その瞬間。
ドクン。
わたくしの心臓が大きく跳ねました。
イケメンです。
リーンハルトさま、無自覚イケメン確定です。
ミーナ、大正解ですね。
あとでご褒美あげなきゃ。
リーンハルトさまは、少し顔をしかめています。
眼鏡をとったから焦点が合いにくいのでしょう。
長い前髪を無造作に掻きあげているから、整った顔立ちもはっきり見えます。
細身なので顔が全体的に細長く見えますが、造作の整った美しいお顔をされています。
美しい切れ長の大きな目には、温かみのある緑色の瞳。
優しくて温かみのある人柄を現したような緑色の瞳です。
「ああ、僕は不調法でいけないな。ごめんなさいね。僕は貧乏侯爵家の五男で、研究ばかりしているのでね。恥ずかしいなぁ。27歳にもなって、こんな子どもみたいな粗相を……」
人柄が現れているような、柔らかで優しい話し方。
研究者の方は気難しい方も多いと聞きますが、リーンハルトさまは人柄のよさのほうが全面に出てくるタイプのように見えます。
……この方なら、よいのでないでしょうか?
わたくしは、どう話を持って行こうかと悩みつつ口を開きました。
「お気になさらず。あの……研究は大変なのでしょう?」
「あー研究そのものは大変というほどでも……お恥ずかしい話ですが、とにかく資金を手配するのが大変で……」
室内にこもりきりらしい白い肌へ、ポッと赤みがさしました。
部屋の隅に放置されて薄汚れた人形に命が灯りでもしたような鮮やかな変化に、わたくしの胸はドキドキとときめきます。
この頭がよいゆえに打算のないイケメンは、研究費用の工面をする必要がある。
わたくし、そこへつけこむ悪い女になってしまいそうです。
というか、気付いた時にはなっていました。
「あの……そのことですが。わたくしがお力になれるかもしれません」
「えっ⁉」
美しい目が大きく見開かれて、緑色の瞳がわたくしを凝視しています。
あぁ、胸がドキドキする。
だけど今はそんなことを気にしている場合ではありません。
ここはひとつ冷静に、ビジネスライクに話を進めてみましょう。
「実はわたくし、婚約を白紙に戻しまして。今はどなたとも婚約をしていないのです」
「えっ、貴女のように美しい方が⁉」
あぁ、リーンハルトさま。
その驚き方と言葉は、乙女心を揺さぶりますよ。
わたくし以外には言ってほしくありません。
ここは勇気をもって話を進めましょう。
ええ、どんどん進めましょう。
「わたくしは婚約者のいない状態ですが、あの、失礼ですけどリーンハルトさまは……」
「えっと。僕に婚約者はおりません。なにせ貧乏侯爵家の五男ですからね。仕事も魔法研究でお金もありませんし。結婚なんて無理ですよ」
ハハハと笑うリーンハルトさま。
気さくな雰囲気と美しい見た目のギャップが、わたくしの心臓に悪いです。
「でしたら、わたくしと婚約……いえ、結婚いたしませんか?」
「えっ⁉」
気分が盛り上がってしまったわたくしは、いきなり核心を突いてしまいました。
リーンハルトさまが驚いて固まっています。
お口あんぐり状態のリーンハルトさまも魅力的です。
ああ、もうわたくし、どんな状態のリーンハルトさまにも、萌え散らかすことができそうですわ。
わたくしの好みに、リーンハルトさまがぴったりなのです。
今後わたくしの好みを聞かれたら、迷わずリーンハルトさまと答えることにします。
「こう見えてわたくし、グレイヴィル男爵家の跡取り娘です。わたくしと結婚するということは即ち、グレイヴィル商会を手に入れるということです。グレイヴィル商会は王国の内外を問わず手広く商売をしていますので、かなりの財力があります。わたくしと結婚することで、研究費用に困ることはありません。それに国外との取引もありますから、手に入りにくい研究用資材も手配することができますわ」
わたくしは少々早口で自分を売り込みました。
「えっと、それはありがたいですが……僕なんかで大丈夫ですか?」
「わたくし、リーンハルトさまがいいのですっ」
ああ、本音が駄々洩れてしまいました。
「あ……え? あの……僕なんかでよければ、喜んで」
リーンハルトさまが、耳の先まで綺麗に赤く染まっています。
わたくしの顔も相当赤く染まっていることでしょう。
わたくしの突然のプロポーズに、店内にいるお客さまの視線も集まっています。
ああ、恥ずかしい。でももうどうでもいいです。
22歳と27歳の結婚話なんて商談みたいなものですからね。
商談成立!
ビジネス成功!
そういうことにしておいてください。
あぁ、恥ずかしい。
でも、嬉しいぃぃぃぃ。
◇◇◇
リーンハルトとわたくしの結婚はサクサクと進められました。
婚約をすっとばして結婚です。
挙式は両家親族を集めた最低限のものにして、披露宴は派手にしました。
リーンハルトの研究のために少しでも多くお金を回したかったのですが、商売をしている我が家にとって結婚の披露宴はまたとないチャンスでもあります。
「ここでお金をかけておいて人脈を広げておけば、何かとお得なのよ。それにリーンハルトの家は貧乏といっても侯爵家。商売人にとっては、利用価値があるの」
「そうなんだね」
お金とも、商売とも縁遠いリーンハルトにとっては初体験のことばかりらしく、切れ長の綺麗な目をぱちくりさせて驚いていました。
わたくしはそれを見て、何度も、何度も、ときめいてしまうのです。
これは惚気よ? きゃっ。
わたくしはルンルンで結婚の準備をして、リーンハルトを迎え入れる部屋を整えます。
研究者ですもの。書斎は必要よね。
寝室はひとつでも!
きゃっ。
などと浮かれて準備していたら、使用人にも、家族にも引かれました。
いいじゃない。人生に一度きりのことだもの。
……一度きりよね?
まぁそんなこんなで、わたくしたちは結婚しました。
リーンハルトは研究で忙しいので、なかなかゆっくり顔を合わせる機会はありません。
でも、わたくしの方も商売をしっかり固めておきたいですからね。
子どもが出来ても問題なく回せる状態を今のうちに作っておきたいので忙しいのです。
23歳と28歳の落ち着いた新婚さんですから、問題ありません。
ん、ちょっとだけ寂しいですけどね。
ミーナによるとこの状態が『顔を合わせなくて清々する』になってしまう夫婦もいるそうなので、そうならないように頑張ります。
そうそう元婚約者のレイナルドことですが。
彼は実家であるビット伯爵家を追い出され、愛人のアンと暮らし始めたそうです。
結婚したかどうかは分かりません。
お金はないですからね。
自慢の金髪を売ったりしてお金を作ったようですが、それで足りるはずもなく。
単身、鉱山へ出稼ぎに行ったと聞きました。
愛人のアンは王都に残り、レイナルドの仕送りで息子を育てているようです。
けれど、その家にはレイナルドとは別の男性が出入りしているようです。
こうなってくると息子も本当にレイナルドの子なのか怪しいですね。
まぁ、わたくしには関係ないことですけれども。
わたくしは自分とリーンハルトが幸せで、商売が繁盛してくれれば満足です。
「えーと、ダニエラ? 研究資金が足りなくなくなっちゃったんだけど、少し融通してもらえないか?」
「あら、リーンハルト。お金なら貴方の口座に入っているでしょ?」
「あっ……」
リーンハルトがバツの悪そうな顔をしています。
彼の研究を活かした商品を開発したら、人気商品ができました。
だから今のリーンハルトはお金持ちです。
でも研究成果で稼ぐという意識のなかったリーンハルトは、いまだに自分がお金持ちである自覚を持てないみたい。
「貴方の稼いだお金なのだから、好きに使って、好きに研究していいのよ」
「ああ。恵まれた環境だけど、いまだ慣れないな」
「ふふ。リーンハルトってば……」
穏やかで優しいリーンハルトとの生活は、すれ違いも多いけれど楽しいです。
「そういえば、あれは手に入った?」
「ええ。今日にでも研究所の方へ届く予定よ」
わたくしの商売は順調で、お金も稼げていますし人脈も広がりました。
リーンハルトが欲しがる研究資材の手配も楽々です。
「それとねぇ、リーンハルト。報告があるの」
「なに?」
「ふふ。赤ちゃんができたみたい」
季節は春。
わたくしたちの人生にも、春がやってきました。
~ HappyEnd ~




