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【短編】百年後に、また君と  作者: 藤井 紫


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2/2

(コメディversion)百年後の王子様

 その夜。

 赤銅色の月が――ゆっくり、じわじわと欠け始めていた。

 冷たい夜風が、塔の石壁を舐めていくように吹く。


 そして次の瞬間、王宮の西塔の中で爆発がおこった。


 堅牢な石造りの塔はびくともしなかったが、塔の最上階の部屋の中は灰色にけぶる。

 その中央に鎮座していた、百年間動かなかった石像が、唐突に目覚めた。


「ゲホ、ゲホっ、……やっと呪いが解けたのね……」


 バリバリと音を立てて石肌がひび割れる。

 ぱらぱらと石の殻がはがれ落ち、中から姿を現したのは――


 長い黒髪、透き通るような白い肌、そして絶妙な角度で閉じられた瞼の、まごうことなき美女。

 彼女こそ――魔女モルガである。


 百年前、突然姿を消したと、地元ではちょっとした騒ぎになったが、今はもうモルガの事を覚えている者も少なくなった。


「……赤月蝕なのね。力がみなぎってくるわ……ゲホっ」


 長い睫毛を持ち上げて、ぱちりと麗しい瞳を開く。

 その奥に宿るのは、百年も寝ていたとは思えないほどに燃える執念の炎だ。


 部屋の隅から、黒猫が『に゛ゃっ』と間の抜けた声で飛び出した。


『お目覚めですね、ご主人! いやぁ、ずいぶんお寝坊で――』

「……お寝坊ではありません。封印の呪いなのです」


 モルガはそう言いながら、けぶった空気をパタパタと仰いでよける。


『あ、はい。呪いですね、封印の呪い。ええ、もちろん知ってますとも! ご主人を守って、ずっと復活されるのをお待ちしてました』

「……その割には、太りましたね」

『ご主人がネズミにかじられないように、守ってたんですってば!!』


 モルガはひとつ息をつくと、石の床を裸足で踏みしめる。

 パサリ、とマントを拾い、きれいに肩で払って羽織る。

 しかし、マントについていた砂塵がパラパラと落ちてきて、モルガは無言で服についた砂を払う羽目になった。


「……さて。私を封印したあの男、王子ジェレミー。色々、許さないわ」

『ご主人……あの、ご主人が石にされて、百年経ちましたにゃ。王子殿下はたぶんもう、この世にはいないのでは――』


「ふふ。たったの百年ですよ? 王族って、何かとしぶといじゃない?」


 モルガの魔力で、ドアは勝手にギィギィと軋みながら開く。


「ま、死んでたら死んでたでいいのです。昇天してても、引きずり下ろして問いただしますからね」

『物騒な目覚めですねぇ』


 モルガが塔を一歩踏み出すと、そこには変わり果てた風景が広がっていた。

 暗闇の中でも、魔女の目にははっきりと見える。


 元は王国一の美観を誇った庭園には、いまや雑草と蔦が王位を奪い取っていた。

 壊れた噴水は、水の代わりにコケを湧かせている。

 空を横切る夜鳥が、「カァ……」と、やる気なく鳴いた。


「……あらら。随分と、お洒落なゴーストタウンになりましたのね」

『百年、メンテナンスしてにゃいですから』

「じゃあ、私の石像はそれなりに手入れしてくれてたってことなかしら」


 モルガは踊るように軽やかな足取りで階段を降りる。


「行くわよ、黒猫さん。真実の確認と復讐の旅路です」

『旅路といっても、隣の塔ですけどね……』


 灰の匂いが染みついた廊下を抜け、モルガはゆっくりと扉の前に立つ。

 月の光が、細く伸びた影を足元に落としている。


「……ここね、月の間」

 なんとなく、すえた香りが鼻につく。

『絶対にロクなこと起きにゃい雰囲気出てますよ、ご主人……!』


 懐かしの――王子の居室。ある意味トラウマ物件ではあるが。

 重たい扉をギィィィ……と開ける。

 開いた隙間から、ひょこっと中を覗く。


「……来たのか。……モルガ……」


 中にいたのは、杖もつけないほどの、ヨボヨボカサカサの白髪老人であった。

 肌の色は悪く、樹木の表面にように皺が刻まれている。

 相貌は伸びたひげや眉毛で覆い隠され、はっきりと見えない。


「……あっ、ごめんなさい、私、お部屋を間違えたみたいです」


 モルガは思わず引っ込むと、開けた扉をぎゅっと引っ張って閉める。

 扉の取っ手に手を添えたまま、足元の黒猫を見下ろす。


「ねぇ、たしかこちら、昔の恋人がいる部屋ですよね?」

『はい、正解です』

「あれ、樹木の妖精さんかしら、ドゥリアス? シルヴィ? エント? モリゾー? なんだか、そんな感じの方が、椅子に座ってましたが」

『なんで王子の名がかすりもしないんです?』


 再度、重い扉を開けて、そおっと中を覗き見る。

 椅子に腰かけているのは、かつての恋人・王子ジェレミー――の成れの果てだった。


 しわっしわ、ガリッガリ。

 でも、どことなく気品と、懐かしい面影が残っているような、ないような……気がする。

 モルガは静かに近づき、目を細めて老人を見つめる。


「……えっと。……ひと目で……わかるものね。あなた、昔のまま……じゃない(じゃない)」

『(すげー嘘ついてるよ、この人)』


「……百年……待っていたのだ……。生きながらえて、そなたを」

「あ、……はい。それは、それは……よく耐えましたね。でも、百十八歳にしては……まぁ」


『引きずり下ろすって言ってたテンションどこ行った?』


「で、ドゥリアス……っじゃなくて、ジェレミー? あのとき、なぜ私を封印したのか……理由を教えていただけます?」

「……そなたを、守るためだった……」

「うん、それ。そういうの聞き飽きました。よく言うんですよね~、男って生き物は」


「……王命で……そなたを討てという命が……」

「それで、自分の手で石にしちゃったと」

「……はい」


 それは、まるで怒られたこどものような返事だった。

 モルガの長い睫毛が三回も上下した。


「あなたって、昔から、自己完結型、説明ナシで行動型。最悪なタイプです」

『刺さる人多そうなキャラクターですよね』


(しっ……! 黙ってなさい!)

 図星を刺されて、モルガの頬が少し赤く染まった。


「まぁ、あなたのそういうところに惹かれたのは、間違いありませんけどね」


 ジェレミーは、椅子で小さくうなだれる。


「でも、あの呪いをかけるときの、あなたの笑顔は……最高にムカついたけど、美しかったわ」

「……それは、皮肉か?」

「いいえ、本心です。あれは、見事な悪役顔だったもの」


 室内には、沈黙が落ちる。

 蝋燭の火が、静かに揺れる。


「……でも、来てよかった」


 モルガがぽつりとこぼす。


『隣の塔から階段下りただけ――ミャッ』

 言葉の途中で、黒猫はモルガにぐりぐりと踏みつけられた。

『み゛ゃぁ~~ぁ』


「あなたが、ギリギリでも、生きていてくれたから」

「……そなたに、赦される資格など……」

「は? 赦すなんて言ってませんわよ? ただ、終わらせに来ただけです」


 ジェレミーが、力尽きたように目を閉じた。


「そなたが……最期に、来てくれて、嬉しかった……」

「……もうっ! だから、嫌いなのよ! あなたのそういうとこ」

 何故か、モルガの頬は少女の様に染まる。


『あの……ツンデレの時間でしょうか』


 やがて、月が満ちていく。


「……では、最後の質問です」

「……うん……なんでも」

「私を石に封じたとき、どんな気持ちだった?」


 ジェレミーは、しばし沈黙したが、しわしわの口を開く。


「泣いていた。誰にも見せられない顔で」

「嘘ね。貴方、笑ってたもの」

「……笑顔の仮面は、王子の常だ」

「でも貴方、今も笑顔よ? もしかして、それ地顔だったの?」


 二人は、百年の時を越えて見つめ合った。

 何もかもがズレたまま、でもなぜか少しだけ、想いは交差していた。


 そのまま、ジェレミーの口が再び開くことは、二度となかった。


 念のためモルガは、樹の妖精風王子の瞼を細い指でそっと開いて、その瞳孔を確認する。

 もう、その瞳に自分の姿が映ることはなさそうだった。

 育ててもいないのに、モルガは少し切なくなった。魔女らしくないわね……、と思いながら。


「……では、私は次の子を探しに行きますわ」


 モルガはひとつ息をはいて立ち上がる。


「次こそ失敗しないように、ちゃんと私が育てて、導いて、寿命で見送る予定よ。この身にカタルシスを浴びたいのです」

『またヤバい恋始めようとしてるよこの人!』


 モルガは窓を開け、風を浴びた。


「……百年なんて、ほんの昼寝ですわね。では、次、いってみましょ」


 赤い月が、少しずつ形を戻していた。

 魔女の長い夜が、明ける音がした。

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