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追放された宮廷菓子師は、辺境の厨房で幸せを焼く  作者: 歩人
辺境の一皿

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7/13

第7話: 収穫祭の約束

 秋が、深まっていた。


 白霜の森の木々は赤と金に色づき、朝晩の冷え込みが厳しくなっている。村の畑では最後の収穫が急ピッチで進められ、男たちは日の出から日没まで鎌を振るっていた。


「収穫祭は、来週の木曜日だよ」


 朝食の配膳を手伝いながら、マリーが言った。


「年に一度の祭りだからね。村中総出で、広場に長テーブルを出して、みんなで食べるのさ」


「どんなものを出すんですか?」


「干し肉とパンと芋のスープ。毎年同じ」


 マリーは苦笑した。


「辺境だからねえ。華やかなもんは何もない。でも、一年で一番楽しい日ではあるよ」


 リゼットは、手を止めた。


 ——収穫祭。


 辺境の、年に一度の祭り。村人が全員集まる日。


 その日に——菓子を出せたら。


「マリーさん」


「ん?」


「収穫祭に、甘いものを出してもいいですか」


 マリーはぽかんとリゼットを見つめた。


「甘いもの? 祭りに?」


「はい。木の実のタルトを作りたいんです。黒胡桃と、霜花蜜と、高原りんごで」


 マリーはしばらくリゼットの顔を見つめていたが、やがて大きな笑みを浮かべた。


「いいじゃないか! この村で、祭りに甘味が出るのは初めてだよ」




 その話は、あっという間に村中に広がった。


 ビスコッティやジャムで「菓子師さん」の存在を知っていた村人たちが、次々とリゼットのもとに集まってきた。


「リゼさん、うちの黒胡桃、使ってくれよ。裏庭の木に今年はたくさん生ったんだ」


 薪割りのヨハンが、麻袋いっぱいの黒胡桃を持ってきた。殻つきのまま、ずっしりと重い。


「こんなに……! ありがとうございます!」


「どうせ苦くて食えねえもんだ。あんたが使えるなら嬉しいよ」


 ヨハンは照れたように頭を掻いて去っていった。


 昼過ぎには、子供たちが走ってきた。


「お姉ちゃん! 黒胡桃、拾ってきたよ!」


「わたしも!」


「森の奥の大きい木のやつ! 実が大きいの!」


 小さな手が差し出す巾着袋を、リゼットは両手で受け取った。


「ありがとう。たくさん集めてくれたのね」


「うん! お姉ちゃんのお菓子、もっと食べたいから!」


 子供たちの笑顔に、リゼットの胸が温かくなった。




 翌日、マリーが東の丘のおばあちゃんを連れてきた。


「エルザばあちゃんだよ。りんごを分けてくれるって」


 白髪の老婆が、布に包んだ籠を差し出した。中には、小振りで青みがかったりんごが詰まっている。


「高原りんごさ。酸っぱいから、うちじゃ煮て食うしかないんだけど」


 リゼットは一つ手に取り、齧った。


 ——酸っぱい。舌の奥がきゅっと締まるような、鋭い酸味。


 だが、酸味の底に——しっかりとした果肉の甘さがある。これなら霜花蜜と煮詰めれば、フィリングとして最高の素材になる。


「エルザさん、これ……素晴らしいです」


「あらまあ。酸っぱいだけのりんごを褒められたのは初めてだよ」


 エルザは皺だらけの顔で笑った。


「祭り、楽しみにしてるからね。甘いもんなんて、この歳で初めて食べることになるのかもしれないよ」




 素材が、厨房に集まった。


 焙煎黒胡桃。霜花蜜。高原りんご。大麦粉。山羊乳バター。


 マリーが分けてくれた貴重なバターも含めて、作業台の上に並べる。リゼットはその一つ一つを手に取り、匂いを嗅ぎ、味を確かめた。


 ここにあるのは全て、辺境の素材だ。王都にはないもの。この土地だけが育てたもの。


 リゼットはレシピ帳を開き、空白のページに向かった。


『木の実タルト——収穫祭のために』


 生地は大麦粉と山羊乳バターと霜花蜜。辺境のサブレ生地。


 フィリングは二層。下に焙煎黒胡桃を敷き、上に霜花蜜で煮た高原りんごを並べる。


 仕上げに霜花蜜を薄く塗って焼き上げる。


 ペンが走る。分量、手順、注意点。頭の中でレシピが組み上がっていく。


 焙煎黒胡桃の香ばしさが土台。霜花蜜の繊細な甘さが全体を繋ぎ、高原りんごの酸味がアクセントになる。


 三つの味が、三角形のように支え合う構造——。


「いける」


 リゼットは呟いた。


 このレシピなら、辺境の素材だけで、王都にも負けないタルトが作れる。確信があった。味のバランスは、絶対味覚が保証する。


 問題は——焼きだ。




 その日の夕方、リゼットは試し焼きをすることにした。


 まずは小さめの生地を一つだけ。レシピの確認と、窯の具合を見るために。


 大麦粉に山羊乳バターを切り込み、霜花蜜を少し加えて生地をまとめる。冷やして休ませてから薄く伸ばし、小さな型に敷く。


 ここまでは順調だった。手に馴染んだ工程。問題はない。


 石窯に火を入れる。薪は松材。マリーの宿にある薪は、すべて松だ。


 リゼットは窯口に手をかざした。熱気が掌を叩くように押し寄せてくる。


「……熱い」


 松材は火力が強い。樹脂が多く、勢いよく燃える。パンを焼くには申し分ない。


 でも——菓子には、強すぎる。


 薪を一本引き抜いてみた。それでも窯の中は熱い。石が蓄熱して、温度がなかなか下がらない。


「……仕方ない。このまま試してみよう」


 小さなタルト生地を窯に入れた。


 十分後。


 取り出した生地は——縁が黒く焦げ、中心はまだ白かった。焼きムラが激しい。


 リゼットは鉄板を作業台に置いて、生地を見つめた。


 松材の炎は一方向に集中しやすい。窯の奥と手前で温度差が大きい。王都の窯なら煉瓦れんがの内壁が熱を分散してくれるが、この石窯にはそんな機能がない。


「温度が、安定しない……」


 タルトの繊細な焼き加減には、穏やかで均一な熱が必要だ。松材では、それが得られない。


 必要なのは、火力の穏やかな広葉樹の薪。ならかし。王都の菓子房では必ず楢の炭を使っていた。


 だが辺境では、松しかない。楢は貴重な建材で、薪にする余裕はない。


「……どうしよう」


 リゼットは窯の前にしゃがみ込んだ。


 味のレシピは完成した。自信がある。


 でも——焼けない。この窯では、タルトが焼けない。


 収穫祭まで、あと六日。


 村人たちが素材を集めてくれた。子供たちが楽しみにしている。エルザばあちゃんが「甘いもんを初めて食べる」と笑っていた。


 その期待に——応えなければ。




 その夜、リゼットは部屋でレシピ帳を広げていた。


 タルトのレシピの横に、窯についてのメモを書き加える。


『問題: 松材では温度が安定しない。焼きムラが出る。対策を要検討。』


 窯を改造する? 時間が足りない。別の燃料を探す? 松以外の薪は——。


 答えが、出ない。


 リゼットはペンを置いて、窓の外を見た。


 月が高い。森の影が、窓の下に長く伸びていた。


 あの森には楢の木も生えているかもしれない。でも、木を伐って薪にするには時間がかかる。乾燥が必要だ。生木では使えない。


「……何か方法があるはず」


 リゼットは呟いた。


 宮廷菓子師として三年。どんな窯でも使いこなすのが菓子師の技だと、師匠に教わった。


 まだ、諦めるには早い。


 明日から——窯との格闘が始まる。

歩人です。第7話、収穫祭への挑戦を決意するリゼットの姿はいかがでしたか?

「村のみんなに甘味を届けたい」という彼女の純粋な想いが、物語の核心だと思っています。

ここから一気に大量調理の試練が始まります——次話は彼女が一度折れそうになる場面。でもそこに手を差し伸べる人たちがいて……ぜひ見守ってください!


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