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後編 勘違い。 ~ 嘘つきなんかじゃ…… ~

後編からは春歌と渉のW主人公で話を展開します。

最後まで見届けて頂ければ幸いです。


あれから十二年後。


私は今日から高校生になった。

入学式には父が参列した。

レッドカーペットを歩く私にカメラを向けていた。

気持ち悪いんだよ。

クソ親父が。


入学式は何事も無く終わって私は一緒に入った友達と話しながら教室へ向かう。

教室に入り席へ座る。

担任が入ってきて下らない自己紹介をした。

名前が呼ばれていき私は二番目に呼ばれた。

はいと立ち上がって座る。

皆名前を呼ばれていく。

ホームルームも終わり帰りの支度をする。


「ねぇ美奈今日一緒に帰ろ」


美奈は気まずそうにこう言った。


「良いけどお父さん来てるんでしょ?」


私は気にしなくていいと美奈に言って教室を出る。

靴箱で靴を履き変えていると保護者説明会が終わったのか教室から人が出てくる。

父は私を見つけて駆け寄ってくる。

気持ち悪いな…


「頑張ったな春歌…」


私は父を無視して美奈を呼ぶ。

美奈は良いの?と聞いてくるが私は何も言わない。


「ねぇ春歌、流石にお父さん可哀想じゃない?」


可哀想?

私は可笑しくて手を叩いて笑った。


「可哀想?美奈優し過ぎだって、あははは…」


美奈は溜息を吐いてそれ以上は言わなかった。

私は美奈のお母さんの車に乗せて貰って一緒に帰る。




「し…春歌、ごめんな…駄目な父で…」


俺は地面を見詰める。

あの頃の春歌は俺の膝ぐらいだったよな。

今ではすっかりと大きくなった。

俺もいい加減話すべきなのかもしれない。

し…沁音…お母さんのことを。


あの子は母親と言うものを知らずに育った。

彼女は歳を重ねる程に縺れていっただろう。

居ると信じて帰りを待ち続けた春歌は。

だが母親は片時も春歌の前に現れなかった。

春歌は絶望したはずだ。

春歌は怖かったはずだ。

春歌は不安だったはずだ。

春歌はきっと父さんが憎いだろう。

未だに春歌に真実を伝えられていないのだから。

春歌は抜け切れていない。

嘘と言う底沼から。

俺の嘘を春歌はきっと信じて信じたくて信じ切れなくて苦しんでいるんだ。


俺は車を運転する。

助手席のホルダーに入ったジュースは減らない。

俺は真実を隠して春歌を苦しませた。

自分だけの幸せの為に春歌は苦しんだ。

贖罪の機会があれば…あってくれればと俺は切に願う。

どうかお願いだから。

春歌…沁音…駄目な俺に機会を与えて下さい。


「全く情けないな。」


自分に呆れる。

死ぬべきは俺だった。


深夜。

私は気色の悪い男に抱かれていた。

ハアハアと生暖かい息が首を擽り気色悪さに鳥肌が立つ。

封筒を渡され中身を確認し私はホテルを後にする。

スマホを開き電話を掛ける。


「あ、まーくんお金渡すから、熊菜第四公園まで来てもらえる?」


まーくんは分かったと言って電話を切った。

車が止まりまーくんが出てくる。

私は抱き着きまーくんも抱き締めてくれた。


「それで金は?」


私は封筒を渡しまーくんは中を確認する。

私は抱き着いてまーくんに聞いた。


「今日…抱いてくれない?…だめ?」


まーくんは私の頭を優しく撫でてくれた。

優しく良いよとそう言ってくれた。

車の中で私達は互いに触れ合う。

まーくんだけだった。

私に愛を与えてくれるのは。

彼の体の温かさは私を癒してくれる。

舌が触れ合う感触が心地よくて私は溶けそうになる。

私の中に精液が注がれる。

この時間が一番愛を感じられる。

まーくんはこんな私を抱いてくれる。

私にはまーくんしか居ない。


「愛してるよ…まーくん。」



春歌が帰ってこない。

いつもの事だが俺も一人の親だ。

心配で心配でならない。

冷めたご飯を食べる。

春歌とまた一緒にご飯を食べたい。

ご飯を食べ終えて食器を片付ける。


深夜。

玄関の扉が開きフラフラの春歌が帰ってくる。

春歌の目が赤く充血していた。

体からは甘く土の様な臭いがした。


「は…は、春歌……ご飯…置いてるぞ」


春歌は無視して食卓に向かった。

俺は春歌に着いていく。

春歌の様子がおかしい。


「…て……ろ」


春歌は何かをボソボソと言っていた。

春歌は俺の方を睨んだ。

その目は殺意に満ちていた。


「いらないって言っただろうがぁ!」


春歌はラップをしていたご飯を地面へ勢い良く投げつけた。

お椀が割れる音がして白米が零れ落ちる。

机を倒して地団駄を踏みながら部屋へ入って行った。

俺は膝が崩れ落ちた。

お椀を拾う。



『パパこのお椀可愛い!にひひ!』


春歌は俺にこのお椀を見せ付けて、俺はこのお椀を無理やり買わされた。

高かったんだけどな。

割れたお椀を新聞紙に包み倒れた机を戻す。

落ちたおかずを拾ってシンクに捨てる。


「…は…春歌…お前は…ここまで苦しんでいたのか…俺はお前を…こんなになるまで…追い込んでしまったのか…うっうっ…すまない春歌…」




翌朝。

春歌は今日から授業があるみたいで俺は弁当を春歌に渡した。

春歌は弁当を地面に投げ捨てた。


「学食食うからいらねぇよ…余計なお世話なんだよクソ親父が…」


捨てた弁当に唾を吐きかけて家を出た。

俺は弁当を拾い冷蔵庫に入れる。

自分の弁当箱を持って職場へ向かう。

自販機で水を買って頓服を飲む。

頓服を飲まないと頭が痛くてろくに仕事が出来ない。

俺はもう長くは無いみたいだからな。

脳腫瘍が出来ているみたいだからな。

天罰に違いない。

だから俺は治療を拒んだ。

みっともなく這いつくばって生きたくないから。

それまでの間に俺は春歌に贖罪をしなければならない。

贖って人生を全うしてこそ俺の人生には小さけれど花は開く。

は…し…沁音…見ててくれ。

俺の最後の抗いを。


「うっぐっ…」


身体がふらついて壁にぶつかる。


『大丈夫ですか?』


沁音が心配そうに声を掛けてくれる。

おかしいな…し…沁音…沁音…どこだ?


「は…し、沁音どこだ!どこなんだ!?」


あ…そうか。

俺はどうしてしまったんだ。


「あっ…いてて…」


壁にぶつかる。

おかしいなぶつかる距離じゃないはずだったのに。

俺もだいぶガタが来ている。


会社に着き後輩が肩を貸してくれた。


「無理しないで下さい…先輩…見てられないです…」


俺は後輩に伝えた。


「もう辞めようとは思ってるんだ…春歌に贖罪をしなきゃならない…あの子を知らないと行けない。」


俺は昨日の出来事を話した。

今まで春歌に嘘をつき苦しませていた事も。

後輩は涙を流してくれた。

馬鹿ですねと呆れながら。


「貴方は今まで娘さんを信じた事がありましたか?貴方は結局いつだって自分しか信じていない…必要のない嘘まで着いて貴方は娘さんを苦しませたんです…もう少し知ってあげてください。娘さんはきっと…いや…これは自分で見つけて下さい。貴方はしっかりと向き合って下さいね。」


後輩のその一言で俺は気付いた。

信じてなかった。

春歌を。

春歌が憎むからと。

俺は確かにいつだって自分しか信じていなかった。

知ろう春歌を。


俺は会社に辞める旨を伝えた。

課長は快く受け入れてくれた。


「身体大事にするんだぞ…もうだいぶガタが来ているんだろう?」


俺ははいと可笑しくて笑いながら返事をした。


「もう君は帰りなさい。堪えるだろう。」


俺はすみませんと頭を下げる。

みんなが拍手をしながら俺を送り届けてくれた。


「本当は花束があれば送りたかった君に。あの若く活気のあった君がこんなに萎れるとは思わなかったよ。ましてや私より…泣くつもりじゃなかったんだがな…」


後輩は俺に抱き着いた。


「これが最期なら…伝えさせて下さい…あなたがずっと好きでした…答えは言わないで下さいね」


俺の頬に涙が伝う。

久しぶりに感じた温もりだった。

後輩はみんなは俺に頭を下げた。

俺もありがとうございましたと感謝を伝え頭を下げる。

俺は長年務めた職場を後にする。

これはきっと俺の架け替えのない一生残り続ける思い出の一つだ。

春歌…最期にチャンスをくれないか?




学校が終わり家に帰る。

まーくんからメールが来ない。

家の扉が空いていた。

メールが来ない苛立ちと父が居ると言う苛立ちが重なり頭が痛くなる。

扉を開けると父が玄関に立っていた。


「し…春歌…パパと少しは…は、話してくれないか…?」


私は苛立って父を殴った。

父は吹き飛んだ。

なんでこいつこんな力ないんだよ…なんでそんなに吹き飛ぶんだよ…


「うっぐっ…」


俺の視界がぼやける。

血がダラダラと溢れ落ちる。

頭がクラクラする。

春歌と…話をしなきゃいけないのに…


「春歌…父さんの…話…」


駄目だ。

涙が溢れ出て感情が狂ってまともに喋れない。

ズボンが何かで濡れる。

失禁したのか…


「あぁ…見ないでくれ…うっぐっ」


感情がぐしゃぐしゃになって自分と言う存在が出てこない。


「なに…なんで…は…?…」


父の情けないその姿が悲しくて何で私はこんなにこいつを憎んだのになんで…こんな痛々しいの…

私は家を飛び出す。

倒れる父を置いて。

家から遠ざかる度に後悔が胸を押し寄せる。


「うわぁぁぁああぁあ!」


叫ばないと壊れちゃう。

手の感触が鮮明に残り続けて離れない。


『見ないでくれ…』


あぁぁぁぁあぁあ!


夜になり私は家の前を行ったり来たりを繰り返し覚悟を決めて家の扉を開ける。

ご飯の臭いがした。

リビングに行くとお椀が二つ机に置いてあり料理を一生懸命に作る父の背中があった。

父は私に気付き振り返った。


「春歌…」


怒れよ私を。


「おかえり。」


何なんだよ…何で笑ってんだよ…気色…悪い…

私は家から飛び出す。


「春歌…あっ…」


父の弱々しい声と転げる重たくも軽い音を私は無視して飛び出す。

何で言えないんだろう。

ごめんなさいの一言ぐらい言えた筈なのに。




春歌…ごめんな。

本当に。

俺の所為で俺の所為でお前はそんなに傷付いたんだろ。

俺に謝らせて欲しい。

春歌にメールを送る。

ブロックされてるから意味はないんだけどな。




メールの画面を見詰めていると通知が来た。

長押ししてメッセージを見た。


"迷惑かもしれないけど一応ご飯置いてるから…いつでも帰ってきなさい。

駄目なパパで本当にごめんなさい。

気が向いたらで良いのでパパと話をして欲しいです。

あの事をもし気にしているなら父さんは全然気にしてないから気負わないで"


いい…迷惑なんだよ…クソ親父が…

私の事なんか愛してないくせに…腹の奥で憎んでるんだろうが…

嘘つき…嘘つき…嘘つき!




「春歌…おかえり。」


何で…なんで私にそんな微笑みを向けるんだよ…


「春歌…話をしてくれないか…?」


私は無視してリビングまで歩く。

椅子に座って置いてある新品のお椀に…割ったお椀にそっくりのお椀のラップを取ってご飯を食べる。


「春歌…うっうぅ」


泣くなよ…クソ親父…

私の頬に涙が伝う。

父は私の向かいに座る。


「春歌…母さんの事ずっと気にかかっているよな…もちろんそれだけじゃない…はずだ。お前はきっと愛に飢えていたんだろう…父さんは確かに…お前を見れていなかった…うっ…馬鹿だよな父さんは…お前を信じず自分ばかりを見ていた……母さんはな…俺が…殺したんだ…」


私は涙が止まらなかった。

私に気付いてくれたのはまーくん…違う…パパ…だけなんだ…


「母さんと春歌どちらかを選ばなければならなかった…俺は春歌…お前を選んだんだ。だが優しいお前はきっと苦しむと思った…違う…俺を憎むのだと思った…幸せを自分だけの幸せの為にお前を苦しませたんだ…」


馬鹿…馬鹿…馬鹿…

私が…


「馬鹿…私がそんな事でパパを…憎むわけないじゃない…」


春歌…

春歌の笑った顔に俺は救われた。

春歌の笑った顔なんてもう見れないかと思っていた…


「ありがとう…春歌…」


私達は何十年ぶりに微笑みあったのだろうか。

お互いに傷付き過ぎた。

私は許せる事が出来た。

気付かされた。

私は間違えていた。


メールの通知が鳴る。

まーくんからだった。

何で私まだ彼に会いたいんだろう。


「春歌…あの子とはまだ続いているのか…­­?」


私は頷いた。

父はそうかと俯いた。

まーくんから呼び出された。


「パパ、ごめん私ちょっと出るから。」


ご飯を食べ終えて私は立ち上がる。

父は何も言わなかった。


俺は全てを察した。

この子はきっとあの男から抜け出せないんだ。

春歌は抜け出さないと幸せになれない。




『何をしてるんだ…春歌…』


春歌は何かを吸っていた。

タバコではない何かを。

男と一緒に。


『勝手に入んなよ!クソ親父が!』


春歌は俺にゴミ箱を投げ付けた。

倒れたゴミ箱には大量の使用済みのコンドームが入っていた。


『悪いなおっさん。』


扉が閉められる。




俺はその時何も出来なかった。

情けない。

本当に情けない。

覚悟はもう出来ている。

俺は春歌の後をこっそりと追いかける。




公園に着いた。

まーくんとまーくんの友達が葉っぱを吸いながら私が来るのを待っていた。


「春歌、また抱いてやるよ。」


私は嬉しかった。


「だけどこいつらも抱きてぇんだとよ良いだろ?」


私が頷こうとした時後ろから走る足音が聞こえた振り返った時にはもう姿はなかった。


「なんだよおっさん!」


吹き飛ばされる。

息が出来ない。


「パ…パ…」


まーくんは父に馬乗りになり何発も何発もパパを殴った。


「やめて…辞めてよ…死んじゃうよ…」


まーくんとまーくんの友達はパパをリンチした。


「やめてお願いだから!やっと…パパと話せる様に…」


私はパパに覆い被さる。

なんで…パパ…息してないの…

動かなくなったパパを見てまーくん達はその場から去った。

サイレンの音が響く。


「パパ…ねえパパ…冗談辞めてよ…いつもみたいに話し掛けてよ…ねぇ…ねぇ!嘘なんでしょ!ねぇってばぁ…お願いだから…お願いだから…」


私はまだパパに…謝れてないよ。


「パパ…ごめんなさい!ごめんなさい!嫌だ嫌だ嫌だ…!一緒にご飯食べようよ!また一緒に…また一緒にあの橋に行こうよ…私達まだ出来てないこと沢山あるじゃない……だから…だから…起きて…行こうよ…」


パパの身体が冷たくなる。

それが私に現実と言うどうしようもない事実を押し付けてくる。

警察官が駆け寄ってきた。

私はもう声を発せなかった。

何も考えられなくなっていた。

だけどこれだけは言わないと。


「パパ…大好きだよ愛してるよ。憎んでなんかいない。ありがとう、私を愛してくれて…愛してくれて…」


私は何を勘違いしていたんだろう。

パパはずっと私を愛してくれていたじゃないか。

私は本当に駄目な娘だ。


「息が少し戻りました!」


私は振り返った。

父の手が微かに震えた。

私は走って父に駆け寄った。


「は…か……い…ろ…お……は…やさしいこだ…」


私は父の手を握る。


「パパ…お願い私を置いて行かないで…!」


父は優しく微笑んだ。


「ずっとそばに…いる……だいじょぶ…だ…おまえは母さんに似て…つよい…こ…だか……さい…ご…まで…め…わく…を…かけて…すま…ない……いきて…くれ…お前は母さんと俺の命を…背負ってるんだからな」


父の言葉は力強かった。


「ごめんなさい…パパ…」


もう返事は返ってこない。

父の手の力が抜け落ちる。

心電図がピーと音を鳴らす。


父に届いたろうか。

私の言葉が。

パパ。

ありがとう。

迷っていた私に道を与えてくれて。


春。

雨が降らず空気が心地よい。

納骨が終わった。

父の後輩だと言う人はずっと泣いていたっけ。

父は母親の眠るお墓に入れさせて貰った。

母親の両親…私のおじいちゃんとおばあちゃんはパパの事を嫌っていたそうだ。

私が事情を話すと二人は抱き締めてくれた。

父は母の墓に入れるのが一番だ。

そう言うと受け入れてくれた。


私は母と父の墓前に話し掛けた。


「パパ、ママ、天気が良くて温かくて気持ちいいね。」


私は口を抑える。

涙が溢れ出す。


「うっうぅ…居なくならないって言ったじゃない…パパの…嘘つき……ごめんなさい…ごめんなさい…」


私は押し寄せる後悔に自分の犯した罪に感情がぐしゃぐしゃで悲しみで涙が止まらない。

私は涙を必死に拭った。

強がって微笑んだ。


「またね、ママ、パパ」


墓に水滴が伝う。


「え…雨なんか降ったっけ……ふふ…パパは嘘つきなんかじゃ無かったね。」


春歌の笑顔が太陽の様に墓を照らした。

春歌は二つの風に抱き締められる。

私は歌った。


「はあるがきいた、はあるがきいた、どおこにいきたあ」



─ 墓場の水滴 ~完~ ─


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