普通になりきれない
Floraison
―フランス語で「開花」を意味する―
過去に場面緘黙症を抱えていた霞と仲間たちと一緒にアイドルとして花開く。
栃木県足利市を舞台に
『場面緘黙症×アイドル×足利市』
今までにない繊細でリアルなアイドル成長ストーリー。
「そういえば、明日から週番だ…」
日曜日の夜、ベッドの上で独り言のように呟いた。
この高校では週番というものがある。
週番になるとその1週間は、学級日誌を書いたり、毎授業ごとに黒板の文字を消したり、移動教室の際に鍵締めや電気の消灯などをする担当を、出席番号順に1人ずつ回ってくる。
来週はいよいよ霞の番だ。
週番にはもう一つ重要な役割があり、それは朝の挨拶や授業の前後などに必要な“号令”をかけなければならない。
小学校や中学校では“号令係”というものが存在し、毎日ずっと同じ人が号令をかけていた。
だから号令をかける機会なんて滅多になかったし、私には縁のないことだったのが。
ついに私にもやるときが巡ってきてしまった。
正直にいうと…出来ればやりたくない。
たぶんみんな号令をかけることくらい、いちいち悩んだり気に留めることなんてないのだろう。
私みたいに、たった“一瞬一言”発することに対して緊張したり、怯えたりすることなんてないのだろう。普通の人なら、健常者なら、一般人なら、
普通にさらっとこなすはずだ。
小中学校ではクラスで少し浮いていたり、煙たがられてもいた。一部の人からはかなり嫌われてもいたかな…。私と同じグループになったりペアになったりすると、露骨に嫌な顔をしてくる人もいた。
それはきっと私が普通じゃない人間だから、一緒になったことに気分を害してしまったのだろう…。
私が喋らないおかしい子だから、話し相手がいないことに対してご立腹だったのだろう…。
私のせいで申し訳なかったな…。
同じことは二度と繰り返したくない。
私は高校で普通の女子高生を演じる!
誰とグループになっても普通にお喋りできる女子高生になる!
その通過点として号令(週番)をみんなのようにしっかりかけなくては!
霞は電気を消していつもより早めに眠りについた。
今日から霞は週番だけど大丈夫かな…。
特に号令…。
足利駅北口改札の前で、蘭は心配しながら電車通学の霞を待っていた。
この間の作戦会議では椿の問題発言にいちいち反応してたせいで全然霞を気に掛ける暇がなかった。
みんなが盛り上がる中、ずっと静かに見守るように口を閉じていた霞。
そして急にみんなから注目を浴びたときの怯えるような反応。
私や椿といる時は普通に話せていたのだが、2人増えた途端に口数が減り、人数が増えた空間で話さなければならない状況にかなり弱そうだった。
きっと今日の号令だって…
あぁ、すごく心配だ…。
そんな事を一人でぐるぐる考えていたら小山方面から電車がやってくる音がした。
電車がゆっくりと停車してドアが開く。
高森千里の渡良瀬橋が流れると、改札口からぞろぞろと人が出てくる。
騒がしくなった改札口を見ていると、パッと目を引く人物に釘付けになった。
同じ制服を着ていたので同じ学校の生徒だろう。
透き通るような白い髪の内側に藤色のインナーカラーを忍ばせていた。
浮き世離れしたような雰囲気を纏う彼女にしばし目を奪われていたが、後ろから見覚えのある桜色の髪が見えた。
その彼女と目が合うと蘭は手を振り声をかけた。
すると向こうも手を振り嬉しそうに駆け寄ってきた。
「おはよう、霞」
「蘭ちゃんおはよう〜」
2人は横に並んで駅の自動ドアから外へ歩き出した。
足利学校の向かいの歩道を真っ直ぐ進んで学校へ向かう。
「今日から週番だけど大丈夫か?」
心配のあまり聞かずにはいられなかった。
「……正直ちょっと不安だけど、頑張るよ」
少し間があってから弱々しい笑顔で答えた。
「号令だけでも私やろうか?」
蘭が助言をするも、みんな順番に回ってくるんだし、私だけやらないっていうのはまた嫌われちゃうかもしれないし…と霞は苦笑いした。
蘭は霞の幼少期の事情を知り、場面緘黙症についても霞から話を聞いた後、自分でも少し調べてみた。
確かに軽度は軽そうに見えるが、明らかに一般人と比べるとコミュニケーションの経験の差が大きい。
霞は幼稚園から中学生の間、クラスメイトと会話や雑談をほとんどしてこなかったらしく、授業で発言したり、大勢の前で発表するなんてことも避けていたらしい。
そんな子がいきなり号令係なんてハードルが高過ぎる…。
「席が近かったらフォローとか出来たんだけど…」
蘭は出席番号順でいくとだいぶ後ろの方で霞とはかなり席が離れていた。
深刻そうな顔をしてる蘭を励ますように
霞はガッツポーズをして空元気に声を上げた。
「大丈夫だよ蘭ちゃん!1週間だけだから!」
「声、震えてるよ」
蘭はとりあえず霞の頑張りを見守ることにして、万が一のことが起こればフォローするつもりで教室へ入った。
小学校とは違い、授業の先生は教科ごとに変わる。
まだ新学期が始まったばかりなので、霞の号令を大目に見てくれる先生が多かった。
霞なりに大きい声を出しているつもりかもしれないけど、やはり声量が足りないのは私から見ても思った。(あと、緊張で声が震えてる)
昼休みになると、2人は霞の机で学級日誌を広げながらお弁当を食べていた。
前に担当していた人が書いたページを眺めながら霞に声をかけた。
「号令、ちゃんと出来てるじゃん」
「え、本当!…でもまだちょっと緊張するなぁ」
「そのうち慣れてくるから大丈夫だよ」
蘭はなるべく傷つけないように霞の頑張りをフォローした。
すると、2人組のクラスメイトが声をかけてきた。
「ねぇねぇ!相沢さんってもしかしてみんなの前で喋るの苦手?」
「え……」
急に図星をつかれ、固まる霞。
スーッと血の気が引きそうになる。
蘭が慌てて弁解をしようとした時、
「私も苦手なんだよね〜!号令かけるのやったことないし…」
「私も〜。だからすごいなと思ってちょっとお話ししてみたかったの」
思っていた反応と違い拍子抜けした2人だったが、敵意がないことに安心した。
「2人は同じ中学だったの?」
「いや、私は足利の中学だけど、霞は隣町の佐野から通ってるんだ」
「へ〜珍しいね!」
「電車通学なんて憧れるな〜」
この前の作戦会議でも起きた現象で、霞も雑談に参加したい気持ちは山々なのだが、なかなかパッと言葉が出てこない。
返答を考えている間に次の話題になってしまって入るタイミングを失うのがデフォ。
霞にとって大人数での雑談は高難易度なのだ。
人数が増えれば増えるほど透明人間化が進む。
いきなりは自分の癖を変えられないということを痛感した。
順調に授業が終わり、帰りのホームルームの時間にになるとB組の担任が教室に戻ってきた。
細かい連絡事項を伝え終えると、霞に帰りの挨拶の号令を促した。
「…それでは今日はこれで終わりにしまーす!
じゃあ、相沢さん!号令をお願い!」
「あっ、はい…!起立」
霞の小さな声でみんなが立ち上がる。
「礼…」
「「さようなら!!」」
みんなが声を揃えて挨拶をする。
無事に一日が終わったと胸を撫で下ろそうとしたその時。
「ちょっと待って!相沢さん、ちょっと声が小さかったからもう一回!」
先生が申し訳なさそうにもう一度霞に号令を促した。
え、、どうして…?
霞は先程よりも声を張って号令をかけた。
「…礼!」
「「さようなら!!」」
「まだ小さい、もう一回!」
うぅ…なんで…?
まだ小さいまだ小さいと、何回もやり直しをさせられた。
霞なりには大きい声を出しているつもりなのだが、それは霞視点の話で、普段から大きな声で話す先生から見れば霞の声は小さく聞こえるのだろう。
霞の失態にクラスメイトまで巻き添えにしてしまっていることへの申し訳なさと、みんなの前で何回もやり直しをさせられる屈辱感も相まって、この状況にだんだん耐えられなくなってきた。
「…れ、礼!」
視界がうるうるとぼやけてきて限界を感じた霞は震える声でこれが最後だと力を込めて振り絞った。
声を発した途端、大粒の涙がボロっと落ちた。
クラスメイトが霞の涙を見た途端、教室中がどよめいた。
「さようなら!」
その様子をずっと離れた席で見ていた蘭が耐えきれず霞の号令に応えた。
すると他の生徒も続いて挨拶をしてくれた。
先生も観念したように霞に対する執着を解放した。
「っ…霞!」
いち早く霞の元に駆け寄ると強く抱きしめた。
他のクラスメイトも霞を励ますように周りに集まり、先生に対してもやり過ぎだ!と非難してくれる生徒もいた。
あぁ、、学校生活終わった……、と思った。
放課後、しくしく泣きながら学級日誌を書く霞を見守るため、蘭は教室に残っていた。
「かなりスパルタだったな、あの先生」
「ぐすっ…私のせいでみんなを巻き添えに…
それに、みんなの前であんな失態…
もう、私の高校生活は今日で終わりだ……」
どんよりとした空気を纏う霞を励まそうと必死になっていると、ガラガラと勢いよく教室のドアが開く音がした。
「蘭と霞ちゃんいるー??」
聞き覚えのある声が教室に響いた。
振り返ると椿が教室を覗いていた。
「どうした?」
「みんなでグループの方向性決めようと思って、今美萌里ちゃんと陽茉莉ちゃんで集まってたから2人を呼びに来たんだけど……
そっちこそ、何があった?」
明らかに様子がおかしい状況に、椿は珍しく突っ込む。
「まさか蘭が泣かしたの??!」
「そんなことするわけ無いだろ。とりあえず、
今日は霞が無理そうだから3人で進めてて…」
「いやいや、メンバーとしてちょっとほっとけないっしょ!ここに2人呼んでくるから待ってて!!」
特に事情も聞かず2人を呼びに行ってしまった椿を止めようとしたが、霞から離れる訳にはいかなかった。
「なるほど。不安症を抱えてたんだね。蘭が異常なほど霞ちゃんに過保護になる理由が今、理解できたわ!」
「幼稚園から、だとすると結構長い期間、症状が続いてたのですね…」
蘭から一通り説明を聞いていたみんなは、それぞれ納得したり霞を気遣うような反応をしていた。
誰一人霞を責めるようなことをいう人はいなかった。
「それ、絶対担任の先生には伝えておいた方が良いと思うよ!!」
珍しく大人しく聞いていた陽茉莉が急に声を上げた。全員が陽茉莉を振り返る。
「実は〜、私もこう見えて障がい者手帳持ってるんだ!!」
ゴソゴソと鞄から手帳を取り出し、みんなに見せるように胸の前で、じゃん!と手帳を開いた。
全員がびっくりして声をあげる。
「え?!嘘!!全然普通に見えてたんだけど!!」
「私も全くわかりませんでした…」
「確かに言われなきゃ全く気づかないな…」
霞も驚いたように、涙で赤く腫れた目で陽茉莉を見つめた。
「私、ADHDと境界知能って診断されてるんだ〜!
だから苦手なことが人よりもめちゃくちゃ多いけど…、この現実は変えられないし、せっかくの人生楽しまないと!!」
とびきり眩しい笑顔で霞に笑いかける。
霞は微かに目を見開く。
「あと、公表しちゃえば、みんなが助けてくれるから、中学の時も、今の担任の先生にも、手帳持ってること言ってあるんだ〜!」
陽茉莉の笑顔が眩しい。
目を背けたくなるほどに強い光に思わず目を細める。
障がいを抱えているのにこんなに明るく振る舞うことができているのは、きっと自分の欠点を受け入れているからこそ、現れる強さなんだろう。
こんな自分じゃダメだ…と自分を否定している私とは大違いだ。必死に普通を取り繕おうとすればするほど事態は悪化してしまう。
だんだん俯きがちになっていく霞に目線を合わせ、陽茉莉は優しく声をかけた。
「ずっと隠し通すのは、かすみん自身がしんどいと思うよ…?」
ハッと弾かれたように霞は顔を上げた。
「もしかして、その気でいた?
毎日そのプレッシャー抱えながらじゃ、
かすみんが疲れちゃうよ?
現に今、らんらんに助けてもらってるじゃない!
助けてくれる人が、理解してくれる人が増えたら、もっと肩の力が抜けて話しやすくなると思うよ!
きっと号令だって簡単に出来ちゃうから♪」
普通になりたい。みんなみたいに普通じゃなきゃダメ。こんなプレッシャーをかけて苦しめていたのは自分自身だった。
「うぅっ…」
抑えていた涙が再び溢れ、それを見たメンバーは優しく笑って温かく見守った。
霞は本日2回目の号泣で翌日、目が真っ赤に腫れ上がった。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
いきなりの衝撃回で驚かせてすみません。でもこのお話、どうしても書きたかったのです。
懲りずにまたよろしくお願いします。




