入学式(後編)
Floraison
―フランス語で「開花」を意味する―
過去に場面緘黙症を抱えていた霞と仲間たちと一緒にアイドルとして花開く。
栃木県足利市を舞台に
『場面緘黙症×アイドル×足利市』
今までにない繊細でリアルなアイドル成長ストーリー。
「新入生代表、夢眠美萌里」
「はい!」
柔らかくも芯のある声が体育館に響き渡る。
返事をした彼女が立ち上がると、まさに『歩く姿は百合の花』という言葉が当てはまるだろう。
凛と背筋を伸ばす彼女はかなりの高身長。
ハーフアップに結い上げたブロンドの髪が滑らかに揺れ、優雅な足取りでステージへ向かう。真っ直ぐ前を見据える瞳は淡いミントグリーンをしている。
ステージに上がり校長先生がいる演台の前に立つとポケットから几帳面に折り畳まれた紙を取り出し、新入生代表挨拶を読み上げた。
入学式が順調に終わると各クラスでホームルームが始まる。
落ち着け…落ち着け…深呼吸…深呼吸…。
霞はバクバクと脈打つように暴れる心臓を必死に鎮めようと戦っていた。
なぜこんな事態になっているのかというと、先生から出席確認をする際に返事をするよう指示があったからだ。
出席番号順に呼ばれるシステムなのだが、霞の名字は『あ行』なので前から3番目。
小学校では全く返事ができなかった。
クラスメイトや先生は私が話さないことは理解していたし、喋らない子だとみんなが認識していた。
だから私がいきなり話し出したらきっとみんなびっくりするだろう。
「急にどうしちゃったの?」
「霞ちゃんが喋るなんて珍しいね」
ってドン引きされるのが怖かった。
だから私は余計学校で話せなくなっていた。
でも今ここには私の過去を知る者はいない!
私の緘黙症は軽い方だと先生も言っていたように、全然知らない人には実は話せたりしてたのだ。
他県のおばあちゃんの家の近所の子どもや、遠方に旅行に行ったりした際に出会った同い年くらいの子など。この子達なら私が普段学校で話さない子だってことは知らないから、喋っても驚かれず普通の人のようにお喋りすることができた。
でももし仮にその場に学校で話さない私を知っている人がいたとしたら…私は話せないだろう。
脳から危険信号が送られる。喉に遮断器が下りる。
軽蔑の目を向けられるかも。気持ち悪がられるかも。ドン引きされるかも。不安が一気に押し寄せ
声を出そうとしても恐怖が打ち勝つ。
わざと話さない訳じゃない。話せないのだ。
そう。私は普通になりたい。
みんなみたいに普通の人としてみんなとお喋りを楽しんだり遊びに行ったりみんなと友達になりたかった。もう一人ぼっちは嫌だ…!!
だから私はわざわざ隣町の高校を選んだ。
みんな知らない人ばっかりの環境にくれば、また新しくやり直すことが出来たら、人生変わるかもって、友達たくさん出来るかもって思ったから!
「相神さん」
「はい!」
「愛川さん」
「はい!」
刻々と自分が呼ばれる順番が回ってくる。
握りしめた両手に力が入る。
口を軽く開け、声を出す準備をする。
「相沢さん」
「っ!……ぁッ、はい!」
今朝の出来事がフラッシュバックする。
朝教室に来て、次に体育館に移動して、また教室に戻ってくるまでに、実は誰とも一言も会話をしていなかった。久しぶりに声を出すこととなった最初の一声は喉に詰まってワンクッション遅れてしまった。
先生は気する素振りもなくそのまま続けて生徒の名前を読み上げていく。周りにいた生徒たちも特にこちらをわざわざ振り返ったりすることもなかった。
誰一人気にしてはいなかった。
けれど霞はワンクッション遅れたことにショックを受け、頭の中で猛反省会を繰り広げていた。
その様子を少し離れた席から見つめる者がいた。
「藤咲さん」
「はい」
彼女から目を離し前を見て慣れたように返事をすると、また彼女に視線を移した。
あの髪色、あの声、あの姿。やっぱりあれは幼稚園の頃仲良くしていた霞だ。先生に呼ばれて返事をしていたことにも少し驚いたけれど、それよりも霞の様子がおかしい。俯いた顔が青ざめている。
ホームルームが終わったら声をかけてみるか。
そう頭の中で考えながら先生が読み上げる名前をぼーっと聞いていた。
ホームルームが終わり休み時間になると霞はフラフラとよろけるような足取りで教室を出ていく。
なんでみんなみたいに普通に返事ができなかったんだろう…。
朝教室に来た時に誰かに話しかけてお喋りしていたら良かったのかな…。
普段から返事の練習しておけば良かった…。
などと、まだ反省しながら一旦外の空気を吸いに行こうと教室を出たものの、まだどこに何があるのかも把握できておらず、とりあえず廊下の真ん中に設置された丸テーブルと椅子が目に入り腰掛ける。
長い廊下の先には大階段があり、そのまま上を見上げていくと、3年生がいる3階の天井まで吹き抜けになっていた。
改めてすごい学校に来たんだな〜としみじみしていたが急に我に返る。
あぁ、まだ初日なのにこんな気持ちになるなんて…。想像していたよりも現実は厳しいんだと打ちのめされた瞬間を味わい、鼻の奥がツンとしてくる。
やっぱり私は普通になれないんだ。
これじゃあ昔と変わらない私のままだ。
今まで通りまた一人ぼっちの学校生活を送るんだ。
一人で休み時間を過ごしたり、授業でペアを組む時に私だけ取り残されたり、一人寂しく移動教室をしていた時を思い出し、涙が込み上げ視界がぼやけていく。
「…あれ?」
ホームルームが終わり、目を離した隙に霞が座っていた机が空席になっていた。
ガラガラとドアが動く音が聞こえた方を見ると、柔らかな桜色の髪の生徒が出ていくところを捉えた。
蘭は慌てて後を追うように教室を出ると、そう遠くには行っておらず、廊下の中心にあるテーブルセットに座っている彼女を見つけた。
蘭は驚かせないようそーっと近づき顔を覗き込むように名前を読んだ。
「かすみ」
「…っ?」
聞き慣れた声に反射するように顔を上げると目の前に見覚えのある人物がこちらを覗き込んでいた。
ぼやけた視界から必死に目の前の人物に焦点を合わせる。
ブワッと強い風を一気に浴びるかのように幼少期の記憶が頭の中を駆けていく。
肩辺りまでしかなかった青い髪はお腹のくびれ辺りまで伸び、昔のように綺麗に切り揃えられていた。
サイドの触覚もまるで昔のお姫様のように、スパンっと切り揃えられていた。
容姿や身長は変わっていたが昔の面影が残った顔を見て思わず声をこぼした。
「ら、…らんちゃん?」
蘭はフッと微笑み、久しぶりと声をかける。
俯いていた彼女が顔を上げた瞬間、ガラスのように透き通るような瞳がこちらを捉えた。
ああ、やっぱり霞だと認識したと同時に彼女の顔を見てギョッとした。
その瞳は下瞼では支えきれなかった溢れんばかりの大粒の涙がこぼれ落ち濡れていた。
「どうした!?やっぱりどこか具合でも悪いのか?」
教室を出る前に青ざめていたことを思い出し、近くにあった椅子を霞の隣まで引きずり霞に寄り添うように座る。
霞は唯一の知り合いが現れたことに安心したのか、肩から力が抜け緊張が解けた反動によって、プツンと糸が切れたかのように泣きじゃくり、蘭が更に慌て出す。
蘭は霞が落ち着くまで背中を擦りながら見守った。
ひとしきり泣いた後、霞は恐る恐る蘭に尋ねた。
「…蘭ちゃん、どうしてこの学校にいるの?」
「どうしてって、家から近い高校だったってのもあるけど、ダンス部が強いって聞いてたから…」
「家から近い…?」
霞はキョトンと首を傾げる。
「あれ、言ってなかったっけ?足利に引っ越すって」
「え…そうだったの?
たぶん、蘭ちゃんがいなくなるのがショック過ぎてあんまり覚えてなかったのかも…」
霞は懐かしさと蘭に会えた嬉しさで段々と笑顔を取り戻した。
「良かった。少し元気が出てきたな。
それよりも霞がこっちの高校に来るなんて、そっちの方が気になるんだが…」
霞はこれまでの経緯を全て説明した。
蘭は最後まで霞の話に耳を傾け、そして少し罪悪感を覚えた。
もし親の反対を押し切り引っ越しを拒んでいたら、
霞と一緒の小学校、中学校に通えていたら、
ずっと隣で守ってあげられていたのに。
蘭の顔にスッと影が落ちる。
「…でもっ!」
急に霞が声を上げた。
「でもまた蘭ちゃんに会えて、しかも同じクラスだなんて嬉しい!勇気を出して進学して良かった〜」
満面の笑みの霞を見て、蘭は眉を下げ優しく笑みを浮かべる。
「はい、どうぞ」
「?」
2人は突然声のした方を見ると、たしか今朝の入学式で新入生代表挨拶をしていた人物がテーブル越しにお菓子を差し出していた。
「気分は落ち着きましたか?
気になって遠くから様子を伺っていたのだけど…
心配で見に来てしまいました」
まるで聖女かのように優しく微笑む彼女。
そんな彼女に見惚れていた2人だが、蘭は急にハッとして霞を見た。
「えっと…確か夢眠、さん?」
霞が小さく呟くと、
「覚えていてくださって嬉しい♪改めて夢眠美萌里といいます」
美萌里はにっこり笑う。
蘭は霞の発言に少し驚いた顔をするも、すぐ美萌里に対して反応した。
「わざわざありがとう。心配させてしまって申し訳ない」
「いいえいいえ。良かったらうちのお菓子をどうぞ」
そう言って手渡されたお菓子はダクワーズだった。
「え、うちのお菓子ってもしかして…」
蘭が美萌里の顔を見上げると
「うん、私の父が経営してる工房なの」
と美萌里は変わらない笑顔で答えた。
足利でダクワーズのお菓子といえばあの有名なブランド。まさかのその会社のご令嬢であった。入学式での美萌里の気品ある佇まいを思い出し納得がいった。新入生代表挨拶をするくらい成績も良いのだろうと推測しながらお菓子を受け取る。
隣を見ると目を輝かせてお菓子を受け取る霞がいた。更に機嫌が良くなった霞を見て、もう心配はいらないなと安堵する束の間、遠くから美萌里を呼ぶ声が聞こえた。
「みもり〜ん♪一緒にお昼食べよう〜!」
遠くからでも目立つ肩の下辺りまで伸びたオレンジ色の髪を両サイドで三つ編みにした生徒がこちらに駆けてくる。
「なになに〜?美少女の集まり?私も入れて〜♪」
嵐のようにやってきた彼女を少し警戒する2人とは裏腹に、美萌里は先程と変わらず穏やかに彼女に話しかける。
「あら陽茉莉ちゃん、いらっしゃい♪」
美萌里は彼女を優しく迎え入れる。
「初めまして!C組の、なるせひまりでーす!!」
とてつもなくハイテンションな彼女の圧にしばし押されていた蘭だったが、やっと声を上げた。
「…初めまして。2人はお知り合い?」
「いいえ、今日初めてお会いするのだけど…こんな私にもみんなと変わらず接してきてくれる彼女が珍しいなって思って。ここに入学して初めて出来たお友達ね♪」
そう答えた美萌里は少し憂いた表現を覗かせたがすぐに笑顔に戻った。
きっと今までご令嬢というレッテルのせいで、本人は対等な関係を築きたいと思っていても、クラスメイトからは一線を引かれてあまり友好関係を築いてこれなかったのだろう。
霞は陽茉莉の気迫にしばし固まっていたが、話を聞いている内に2人へ尊敬の眼差しを向けた。
入学初日にいきなり友達を作るなんて。
陽茉莉のコミュ力の高さに感動していると、
「2人は同じクラス?何組?」
陽茉莉は興味津々に霞にズイッと顔を近づけ質問を投げかけた。
「あっ、えっと……」
いきなり陽茉莉に話を振られしどろもどろしていると、すかさず蘭はフォローに入った。
「そう。同じB組で、私が藤咲蘭。
この子は相沢霞。」
蘭が霞の分まで自己紹介をすると、霞は申し訳なさそうに目配せした。蘭は視線に気づくと目元を緩める。
「随分親しげな様子ね♪」
その様子を見た美萌里は微笑ましそうに2人に尋ねた。
「霞とは幼馴染なんだ。偶然この学校で幼稚園以来に再会して…」
「え〜!そんな偶然あるんだね!奇跡みたい!」
陽茉莉が目をキラキラさせて2人を見る。
素敵ね〜と美萌里もニコニコしながら相槌を打つ。
美萌里と陽茉莉はいつの間にか同じテーブルを囲むように椅子に座っていた。
あまり会話に参加出来ていないことに霞はもどかしさを感じていたところで休み時間終了のチャイムが鳴った。
またね〜と手を振りながら教室へ戻っていく2人を見送り、霞と蘭は2人並んで教室へ向かった。
いきなり神回では…!(自画自賛)
とりあえずメンバーは一通り登場させることができました。
また不定期で続きを更新します。
気長にお待ちくださいm(_ _)m




