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第7話:「予想通りにバグるAI」

「これ、またバグってますね」


佐藤は、誰にも聞こえない声でつぶやいた。


新しいAI監視システムが導入されて半年。

「異常検知精度は95%以上」「24時間365日自動監視」──導入当初のスライドには、そんな勇ましい文言が並んでいた。


だが、佐藤は知っていた。


このAI、バグるときは“いつも同じ場所で”バグる。


エラーログの特定パターン、あるいは閾値ぎりぎりの負荷スパイク。それにAIが「正常」と返すのを、もう何度見ただろう。


「まあ、想定内ですね……」


AIが“予想通り”に誤判定するたび、佐藤の中で何かがすり減っていった。



ある日の午前、AIから「異常なし」の通知が届いた。

だが、佐藤の目には明らかに“何か”がおかしかった。DBの応答が断続的に遅れ、グラフに細かい“ノイズ”が混ざっている。


「前もこれだったよな……」

彼は、古いログを遡った。全く同じ波形。

そのときは深夜にバッチが失敗し、復旧に36時間かかった。


今回も、予兆は出ている。


Slackに報告を書いた。

──「AIは異常なし判定ですが、DBの応答に揺れ。再発の兆候かと」


返事はない。スタンプもつかない。


午後。会議室で「生成AIを活用した社内業務効率化」なる講演が開かれていた。

上層部の関心は「次の導入事例」に向いていた。


その夜、ログが真っ赤に染まった。DBの応答が20倍に遅延。AIは「通常の範囲内」と報告を出し続けていた。


「だよな……」


佐藤はPCを閉じ、ため息をついた。



翌朝。会議室には、報告書を前にした管理職たちが集まっていた。


「で、何が原因?」


「まだわかっていませんが……AIは“異常なし”と判断していました」


「ということは、AIの設定ですかね?」


「そうですね、閾値を少し調整すれば……」


その議論は、数分で終了した。

“AIが間違えた”のではない。“設定が悪かった”だけ。


誰も、「そもそも人間が気づいていたこと」に触れなかった。



「AIは人間より正確」

「AIは人間より早い」

「AIは人間より疲れない」


──すべて事実かもしれない。だが、


「人間が間違いを予測していたのに、それを無視する世界」ができたとき、

それはもう“AIがバグった”というより、

“人間の信仰がバグっている”のかもしれない。


佐藤は今日も、また似たログの山を眺めている。


「そろそろ、次のバグが来る頃だ」


それは、ほぼ確信だった。




【初心者向け用語集】

ログ

システムの動作や異常を記録したデータ。エンジニアが不具合の原因を探す手がかりとなる。


閾値しきいち

ある判定をするために設定された基準値。たとえば「CPU使用率80%を超えたら異常」といったように、超えたかどうかで判断される。


Slackスラック

社内で使われるチャットツール。スタンプやスレッドで気軽なやり取りができるが、深刻な報告も埋もれやすい。


エラーログ

システムのエラー(失敗や異常)が記録されたログ。重大な不具合の兆候となる。


バッチ処理

決まった時間に一括で実行される処理のこと。請求書の発行やデータの集計などに使われる。


異常検知AI

サーバーやアプリケーションの動作状況を学習し、通常と異なる動きを“異常”として検知するAIの一種。


【あとがき】



この物語は、「AIファースト企業」の、どこか現実にも似た不条理な日常を描いたものです。


社内の空気は「人間より、AIを信じろ」という“無言の社是”で満たされ、

AIの判断に疑いを持つことすら、いつの間にか許されなくなっていました。


作者自身は、このブラックユーモアを完全に理解しているわけではありません。

むしろ、「なにが笑いどころなのか、わからない」「こういうのは嫌だな」という違和感とともに、

この物語を書きました。だからこそ、表面的にはユーモアであっても、

その奥には真面目な怒りや不安が、静かに沈殿しています。


この作品は、いわば「作者とAIの合作」かもしれません。

人間の“わからなさ”と、AIの“無感情さ”が交差しながら、

奇妙に滑らかに、“笑える現実”を紡いでいく構造です。


たとえば今回の話には、こんな風景が描かれています。


AIにレビューを任せて「見たこと」にしてしまう人たち


問題が起きても、誰も責任を取らず「AIの設定を強めて」で済ませる管理職


誰も内容を読んでいないのに「レビュー済」という文字だけが残る現場


……それって、怖い。でも、どこかバカバカしい。

だからこそ、真顔で「AIがレビューしました」と言い切る人たちに、

ほんの少しだけ乾いた笑いを向けたくなるのです。

それが“ブラックユーモア”なのかもしれません。


現実にも、似たようなことはたくさんあります。

そして、そうした不条理な日常を笑えるようになる瞬間──

それはきっと、あなたの中に「ブラックユーモアへの耐性」が育ってきた証です。


それは、つらい現実と向き合いながらも、

心をすり減らさずに生きていくための、“やさしい防御”なのかもしれません。



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