第6話:「効率化が招く悲劇」
「全自動ワークフロー、すごいね。もう人間、いらないんじゃない?」
新システムのデモを終えた会議室で、部長が笑った。
佐藤は、愛想笑いすら浮かべられなかった。
確かに、新しい自動化システムは素晴らしかった。
申請が自動で振り分けられ、AIが内容を評価し、ルールベースで処理まで完了する。
人手は一切介在しない。ミスも、遅延もない……ことになっていた。
しかし、実際の運用では、違和感が積み重なっていた。
──ある日。
AIが「申請内容に問題なし」と判定した契約書。
だが中身を読んだ佐藤は気づいた。
添付されていた書類が、まったく無関係の他部署の議事録だった。
「これ、処理して大丈夫ですか?」
佐藤は、AIの出した処理結果を覆そうと上司に確認を取った。
しかし返ってきたのは冷たい一言だった。
「効率を下げるの、やめてくれる?」
それ以来、誰もAIの判断に異を唱えなくなった。
問題が発覚しても、「設定を見直しておく」と一言メモが残されるだけ。
人間が判断を止めた瞬間、効率だけが暴走を始めた。
──そして、ある月末。
自動処理された請求業務で、数百件の誤請求が発覚した。
原因は単純。テンプレートが古いものに戻っていたことに、誰も気づかなかったのだ。
「AIが確認してたんですよね?」
「ええ、AIは“正常”と判定していました」
社内では誰も責任を取らなかった。
システム担当者は異動。管理職は「次回から注意します」とだけ言い残した。
それからも、AIは静かに動き続けている。
誰も確認せず、誰も止めようとせず。
まるで、人間の「思考の代行者」として。
【初心者向け用語集】
ワークフロー
業務の手順や処理の流れを定義したもの。自動化されることも多い。
ルールベース
あらかじめ決めた条件やルールに従って判断・処理を行う仕組み。
誤請求
誤った内容で発行された請求。金額ミスや違う相手への送付などが含まれる。
自動処理
人間が介在せず、プログラムやAIが判断して処理を行う仕組み。
思考停止
考えることをやめてしまい、習慣やルールに従うだけの状態。
あとがき
この物語は、「AIファースト企業」の、どこか現実にも似た不条理な日常を描いたものです。
社内の空気は「人間より、AIを信じろ」という“無言の社是”で満たされ、AIの判断に疑いを持つことすら許されません。
作者自身は、このブラックユーモアを十分に理解しているわけではありません。
むしろ、「なにが笑いどころなのか、わからない」「こういうのは嫌だな」という気持ちを抱えたまま、この話を書きました。
だからこそ、物語の根底には、真面目な怒りや不安がしっかりと横たわっています。
この作品は、作者とAIの合作とも言えるかもしれません。
人間の“わからなさ”と、AIの“無感情さ”が交錯し、互いに手を取り合いながら、不思議な形で“笑える現実”を紡いでいます。
たとえば今回の話。
・システムの異常に気づいても、AIが「問題なし」と判定すれば終わりになる現場
・手動で発見されたミスより、AIの通知ログの方が重視される対応フロー
・実際に動いた人間の行動が無視され、「AIが対応中」と記録される報告書
そんな馬鹿げた運用が、「現実にも起きている」ことが、最大のブラックユーモアかもしれません。
あなたがこの物語を読み、「ちょっと笑ってしまった」「いや、笑えなかった」と感じたなら。
それはきっと、あなた自身がこの世界の歪みに敏感である証です。
“笑えなさ”を笑うこと。
“ありえなさ”を「ありえる」と感じてしまうこと。
それこそが、今を生き抜くための“やさしい防御”なのかもしれません。