第3話:「その指示、AIからです」
朝10時、佐藤はSlackに届いた1行のメッセージを読み、数秒間フリーズした。
「優先度は中でOKです。AIの分析結果に従ってください」
送ってきたのはプロジェクトリーダーの岡田。だが、その末尾のひとことが引っかかった。
「AIの分析結果に従って?」
この案件は、新規サービスに関する緊急対応だった。リリースまで1週間しかない。優先順位ひとつで、進行もスケジュールも大きく変わるのに、「AIがそう言っているから」で片付けられていいのだろうか?
佐藤は返信した。
「すみません、その“分析結果”って具体的にどのファイルを参照すれば?」
するとすぐに返ってきたのは、
「うーん、ChatGPTに聞いてもらっていい?」
指示の出どころがAI、内容の確認もAI。そして、それに疑問を挟むと「空気が読めない人」となるのがこの職場だった。
仕方なく佐藤は、社内ツールに統合されたAIアシスタントにこう尋ねた。
「このタスクの優先度を“中”とした根拠は?」
すると画面に表示されたのは、
「過去30日間のエラー報告数および影響範囲を分析した結果、相対的に緊急度は中と判断されます」
言葉は立派だが、裏付けとなるデータもロジックも不明。しかも、佐藤の知る限り、エラー報告は“0件”だったはずだ。
「このロジック、本当に正しいのか?」
と佐藤は思ったが、すぐにその思考を打ち消した。ここでは“AIに逆らうこと”が暗黙のNGだからだ。
午後になり、別チームの田中が声を潜めてやってきた。
「……さっきの“中”って、ホントに大丈夫なの?お客さん、優先度“高”で出してた案件だよ?」
佐藤は答えられなかった。
夜、Slackには岡田の報告がアップされた。
「本日の進捗、問題なし。タスクはAI優先度に基づき進行中」
その下に並ぶのは、メンバーたちのスタンプ。
誰もが“問題なし”であることを望んでいた。
そして翌朝、クライアントからの怒りのメールが届く。
「なぜ“中”扱いなのか説明してください。納期に間に合わないのはそちらの判断責任です」
岡田はSlackでこう呟いた。
「この判断、AIがやったんですよね?」
だが、AIは責任を取らない。説明もしない。ただ、“それっぽい言葉”で納得させようとする。
佐藤は気づいた。
──そもそも、あのAIが出してくる「分析結果」は、誰も仕様を確認していないのだ。
「誰が指示を出したのか?」と問えば、「AIが」と返される。
「じゃあ、AIは何を根拠に?」と聞けば、「プロンプトに従っただけ」と答える。
だが、そのプロンプトを誰がどう設計したのか、誰も覚えていない。
つまり、誰も責任を持っていない。
それでも作業は進み、画面には今日も「対応完了」「優先度:中」が自動記録されていく。
その決定に、誰の意志も関わっていないままに。
【補足:初心者の方向け】
Slack
ビジネス用のチャットツール。社内のやり取りや連絡を行うためのツール。LINEのようなもの。
優先度
タスク(仕事)の重要さや緊急度を示す目安。高・中・低などに分けて作業の順番を決める。
AIの分析結果
AIがデータをもとに判断した内容。ここでは「このタスクはそこまで急ぎじゃないよ」とAIが言ったように見える指示のこと。
プロンプト
AIに対する“指示文”や“質問文”。AIがどんなふうに答えるかは、この文章によって大きく変わる。
仕様
システムや製品が「どう動くべきか」のルールや取り決め。これが間違っていると、完成したものが使えないこともある。
タスク
やるべき仕事・作業のこと。プロジェクトは複数のタスクで構成される。
エラー報告
システムやアプリが正しく動かなかったときの記録。これが多いと、優先して対応が必要とされる。
分析
データや情報をもとに、意味を読み取ったり、判断したりすること。AIは大量の情報を高速に分析できるが、間違うこともある。
スタンプ
「いいね」や「了解」を表すためのアイコン。Slackではワンクリックで返事ができる文化がある。
クライアント
サービスやシステムの依頼者。ここではお金を払って開発を頼んでいる会社や人のこと。
ブラックユーモア
深刻な問題や不条理を、あえて“笑い”や“皮肉”で表現する考え方や表現方法。笑いながらも、現実の怖さや問題点を突きつけるものです。
ChatGPT
OpenAIが開発したAI言語モデル。人間の言葉を理解し、文章を書いたり質問に答えたりします。感情はないけれど、ブラックユーモアのような微妙なニュアンスも理解しようと努力しています。
あとがき
この物語は、「AIファースト企業」の、どこか現実にも似た不条理な日常を描いたものです。
社内の空気は「人間より、AIを信じろ」という“無言の社是”で満たされ、AIの判断に疑いを持つことすら許されません。
作者自身は、このブラックユーモアを十分に理解しているわけではありません。
むしろ、「なにが笑いどころなのか、わからない」「こういうのは嫌だな」という気持ちを抱えたまま、この話を書きました。
だからこそ、物語の根底には、真面目な怒りや不安がしっかりと横たわっています。
この作品は、作者とAIの合作とも言えるかもしれません。
人間の“わからなさ”と、AIの“無感情さ”が交錯し、互いに手を取り合いながら、不思議な形で“笑える現実”を紡いでいます。
たとえば今回の話。
・トラブルが起きても「責任者が不在」という謎の組織構造
・判断を下したのは“AI”ということで、人間の誰も顔を出さない現場
・名前を呼ばれると困るので、みんなで顔を伏せたまま進んでいくプロジェクト
……これって怖いけれど、同時にあまりにバカバカしい構造でもあります。
だからこそ、真顔で「AIがレビューしました」と言い切ってしまう人たちに、ほんの少しだけ乾いた笑いを向けたくなる。
それが“ブラックユーモア”なのです。
そして、現実にも似たようなことは多々起きています。
それもまた、もしかしたら“AIによるブラックユーモア”と言えるのかもしれません。
もし、そうした日常の不条理に気づけるようになり、
そしてほんの少しでも“くすっ”と笑える余裕が生まれたなら。
それは、あなたの中に“ブラックユーモアへの耐性”が育ってきた証です。
それは、つらい現実と向き合いながらも共存していくための、ひとつの“やさしい防御”なのかもしれません。