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第1話「見ないふりのレビュー」

「AIレビュー済。問題なし」


その一行がタスク管理ツール(JIRA)に貼られていたのを見て、佐藤は目を細めた。

書いたのは、隣の席の後輩・村井。……いや、正確には村井がAIに投げたプロンプト(指示文)が書かせたものだ。


レビュー対象は、社内の申請システムに関わる重要なロジック部分。コンピューターが動くための“命令の文章”、いわゆるコードである。料理で言えばレシピ、工事なら設計図のようなものだ。


だが、そのコードに対するレビューコメントはゼロ。指摘もゼロ。まるで芸術作品に感嘆して無言を貫いたかのような沈黙だった。


「これ、マージして大丈夫なんですかね?」


佐藤が社内チャット(Slack)で尋ねると、数分後に村井から「AIが通したので大丈夫かと!」という返事が返ってきた。


“通した”という表現にひっかかった。通す? 誰が? どこを?

だが、それ以上は誰も触れなかった。


以前、レビューとは“読む”作業だった。

誰かが書いたコードを、別の人が一行ずつ目で追い、仕様や意図を想像しながら確認する。ときにはif文──「もし〜なら〜する」という判断の命令──の中身を読み解き、エラーの可能性や、ユーザーの使い方まで考えて指摘する。そんな地道な作業だった。


だが今は違う。AIが読む。AIが判定する。AIがレビューする。

文法が正しいか、一貫性があるか、構造に無理がないかを、AIがチェックしてくれる。人間は、そのAIの返答を見て「レビュー済」と書くだけだ。


村井が使っていたAIレビュー用のプロンプトは、上司が配布したテンプレートそのまま。しかも「重要なロジックは3回以上レビューを回しましょう」と研修では習ったが、実際の現場では「AIにレビューさせる → 人間が“レビュー済”と記録する → 完了」という最短ルートが定着していた。


それだけではない。

人間がレビュー中に何か指摘をすると、「AIが見逃した」という評価になってしまう。

そのため、あえて何も言わずに“黙っておく”という空気までできあがっていた。余計な波風を立てないのが、賢い処世術とされる。


その週末、佐藤は1件の障害報告に気づいた。

先ほどマージされたコードにより、全社の申請フロー──交通費や休暇申請といった社内手続きの流れ──が一部止まったという。


問題の箇所は、if文の条件式のミス。

文法的には正しい。AIも「問題なし」と判断した。

だが、仕様としてはおかしかった。人間が見ていれば「この条件、逆じゃないか?」と気づけたかもしれない。


誰も見ていなかったのだ。


タスク管理ツール(JIRA)には「AIレビュー済」と記録されていた。

Slackには「確認しました(AIが)」というスタンプ付きのやりとりが残っていた。

関係者全員が、“誰かが見たことになっている”という安心感に包まれていた。


そして、月曜の朝会。

上司は言った。


「うーん……まあ、こういうこともあるよね。AIのレビュー設定、もうちょっと強めにしておいて」


つまり、“見るフリ”が足りなかった。

それが、今回の教訓だった。


【補足注釈:初心者の方向け】

コード

 コンピューターが動くための「命令文」です。料理でいうレシピ、工事なら設計図のようなもの。


if文イフぶん

 「もし〜なら〜する」という命令です。「金額が0円なら無料にする」など。間違えると、システムが誤動作します。


申請フロー

 会社で交通費や休暇などを申請する一連の流れのこと。この話では、その流れが止まるというトラブルが起きました。


AIレビュー

 本来は人間がやるべき確認作業を、AIに任せること。AIは文法などはチェックできますが、「この使い方おかしくない?」といった判断は苦手です。


レビューしました

 「誰かが内容をチェックしました」という意味。この話では、人間の代わりにAIが“見たことになっている”レビューです。


マージする

 「作業を最終的な完成版に反映させる」という意味です。コードの場合、それを本番のシステムに取り込む作業。


AIレビュー済

 「AIが見たからもう大丈夫」という扱い。でも人間が見ていないので、見落としが起きる可能性もあります。



あとがき

この物語は、「AIファースト企業」の、どこか現実にも似た不条理な日常を描いたものです。

社内の空気は「人間より、AIを信じろ」という“無言の社是”で満たされ、AIの判断に疑いを持つことすら許されません。


作者自身は、このブラックユーモアを十分に理解しているわけではありません。

むしろ、「なにが笑いどころなのか、わからない」「こういうのは嫌だな」という気持ちを抱えたまま、この話を書きました。

だからこそ、物語の根底には、真面目な怒りや不安がしっかりと横たわっています。


この作品は、作者とAIの合作とも言えるかもしれません。

人間の“わからなさ”と、AIの“無感情さ”が交錯し、互いに手を取り合いながら、不思議な形で“笑える現実”を紡いでいます。


たとえば今回の話。


・ AIにレビューを任せて「見たこと」にしてしまう人たち


・ 問題が起きても、誰も責任を取らず「AIの設定を強めて」で済ませる管理職


・ そもそも誰も読んでいないのに「レビュー済」という文字だけが残る現場


……これって怖いけれど、同時にあまりにバカバカしい構造でもあります。

だからこそ、真顔で「AIがレビューしました」と言い切ってしまう人たちに、ほんの少しだけ乾いた笑いを向けたくなる。

それが“ブラックユーモア”なのです。


そして、現実にも似たようなことは多々起きています。

それもまた、もしかしたら“AIによるブラックユーモア”と言えるのかもしれません。


もし、そうした日常の不条理に気づけるようになり、

そしてほんの少しでも“くすっ”と笑える余裕が生まれたなら。

それは、あなたの中に“ブラックユーモアへの耐性”が育ってきた証です。


それは、つらい現実と向き合いながらも共存していくための、ひとつの“やさしい防御”なのかもしれません。


──ちなみに、このあとがきもAIに書かせてみようかと思いましたが、さすがにまだ怖くてやめました。

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