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沖谷幸生にしあわせを  作者: 椋木美都
第1章『沖谷幸生と篠木威弦の出会い』

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 第7話『剥がれた仮面』

幸生がキャンペーンシールを集めていると知るや否や、威弦の行動は素早かった。駅周辺にある『ハッピーステーション』を片っ端から周り、総菜パンを買い占めたのだ。ほぼ全てのパンを1人で食べたが、気に入らない味や菓子系のパンは兄や友達に押し付ける。当然のことながら、彼等は一様に威弦を訝しんだ。


――なんで急にハピステのパンをそんな大量に……?


誰に聞かれても威弦は答えず、密かにシールを回収していく。そして金と力にモノを言わせ――たった2日で必要枚数を集めた。


「俺は何を……」


我に返った頃、威弦はビルの5階で幸生を待っていた。右手には煙草ではなくラーメンどんぶりの交換用紙。勢いで集めたはいいが、これをどうするかを全く決めていなかった。


――別にフツーに渡せば……。たまたまだろこんなん。


「篠木?」


「っ!?」


威弦は振り向くと同時に手を伸ばしかけ、幸生の眼前で止める。気づくのがコンマ数秒遅ければ、幸生の体は後ろに吹っ飛んでいただろう。


――あぶねぇ……素だとマジ幽霊じゃねーかコイツ!なのにいい匂いするってどうなってんだコラ!


「あ、驚かしてごめん。陰キャだから影薄くて……」


「……いや」


容易く背後を取られたことによる衝撃で、威弦は完全に幸生のペースに乗っかってしまう。そして彼女は見覚えのある紙に気づいた。


「あれ。篠木もシール集めだしたの?何枚埋めた?」


「…」


幸生は威弦が拒否しないのをいいことに彼の手から用紙を奪う。そして瞳を輝かせた。


「えっ凄い!30枚全部埋まってるじゃん!もうこれ今日交換できちゃうよ?」


――これやったら流石に懐くだろ。また『いいの!?』って……。


それは幸生にあげるやつだと、威弦がその先に待っている感謝を期待して言おうとしたその時。


「じゃあお揃いだね」


「……!?」


――おそっ……お揃い!?お前がそんなこと言うからあげにくくなっちまったろうが!


思考が溶けて幸生一色に染まる。それでも絞り出すような声で幸生に譲ると伝えた。


「えっ。でも、この『先着30名様限定!シール30枚でもらえるコスミックマラーメンどんぶり』狙いだったから爆速で集めたんじゃないの?」


「なんだコスミックマって」


「スミックマの知り合い。って知らないの?ならどうして……」


「……っ!たまたまだよバーーカ!」


威弦は小学生男子並の捨て台詞を吐いて追及から逃れる。1人残された幸生は少しシワが寄った紙を見つめ――


「たまたま集まるなんて凄いな」


――全く疑問に思うことなく呟いた。なお真顔である。


(=^・^=)

威弦にとって、幸生の営業スマイルは例え作り笑いでも可愛すぎた。しかし彼女のテンションを素に戻したことで、直視できなかった顔を今はしっかり見ることができる。これで心に余裕が生まれ、口八丁手八丁で幸生を翻弄しやすくなると――数分前の威弦はそう思っていた。


――かわいい……。


居酒屋の個室席にて。嬉しそうな顔でサラダを頬張る幸生があまりにも可愛らしく、ついぼーっと見惚れる。彼女は流石に自分が見られていることに気づき、少しだけ元気を取り戻した瞳を威弦に合わせた。


「…」


「…」


暫く何も言葉を交わさず見つめ合う。先に半ギレでギブアップしたのは勿論――


「……しつけぇ!」


「えっ……ごめん?」


――威弦の方だった。彼は赤くなった顔を手で隠して再び幸生を盗み見る。


凛とした姿勢に丁寧な箸使い。メインとなる揚げ物や刺身より野菜を好んで食べている様は小型の草食動物を彷彿させる。最初は死んでいた表情が、ご飯を食べるだけで少し復活する単純さも――威弦の胸を締め付けてやまなかった。だからこそ、これ以上想いが加速する前に荒野が投げた『彼氏いそう』という爆弾を今日こそ撤去してしまおうと決意したのだ。


「幸生って彼氏いたことあんの」


「え。そ、そりゃあ私ももう19歳なので、彼氏の1人くらい……」


「は?」


空気が割れる。幸生は凄絶な殺気を浴び、何故こうなったのかを必死に考え始めた。


――え?なんで?めっちゃガチの『は?』じゃん。これは……冗談で流すのが正解?


「本気で言ってんのか?なぁ」


幸生は自分の発言が彼の気に喰わなかったと判断し、動揺をそのまま表に出した。


「ご、ごめんなさい強がりました……い、いやぁ。生活を送るので手一杯で中々……」


「なんだ冗談かよ。後輩に聞いたけど、大学1年って意外と忙しいらしいな」


「う、うん」


――よ、よかった。何か知らないけど戻った……。


威弦から圧が消え、幸生が胸をなでおろしたのも束の間。彼はそれに。と付け加えて笑っていない目を尖らせる。


「彼氏持ちなのに俺とサシで飲む訳ねーよな?そんな奴よっぽどのビッチか馬鹿だろ」


幸生は慌てて頷く。馬鹿で本当にごめんなさい。と何度も心の中で謝った。


――一瞬、物騒めいたモノが……ごめん(たいら)君。なんか彼氏いるよって迂闊に言っちゃいけない気がする。


ラーメンどんぶりの恩もあり、幸生は今回も彼氏を理由にご飯の誘いを断ることが出来なかった。彼女自身もこの状況はあまりよくないと思っている。


――でも何故?どうしてこんな身の危険を感じるんだ?


漠然とした恐怖から目を背け、幸生は全く別の話題を振る。その後も恋愛に関する話を避けるように場を回した。


「――明日もバイト来んの」


「うん」


「そ。気をつけて帰れよ」


「うん……篠木もまたね」


威弦は後ろ髪を引かれる思いで幸生を見送る。明日も無理矢理会うつもりだというのに、もう幸生の顔が見たくて(たま)らなくなってしまった。


――クソ……なんでだよ。別に顔見れただけでも十分満足してただろ。


威弦の足は自然と友人である海飛の家に向かう。駅から少し歩くが、家賃の割に広くて泊まり心地が良い点がお気に入りだった。


事前に告知してから近くのコンビニで食材等を買う。店から出た瞬間――威弦の視界は、今ここにいるはずのない人物を捉えた。


「幸生……?」


見つかってはいけない人物に目撃された幸生は、そのことに気づかず夜の道を歩いていた。


――なんか。意外と仲良くなってないか……?また奢ってもらったし。


幸生は威弦と別れた後、地下を通って南口方面に出た。それも彼女が最初に実家暮らしだと嘘を吐いた所為である。威弦と会う度この無駄な遠回りがこれからも続くのなら、早めに一人暮らしを始めたと告げるべきだ。


――分かってんだけど……やっぱり怖いな。4階だけどオートロックじゃないし。ドアホンにカメラついてないし……。


彼女の心は葛藤に揺らいでいた。


実家暮らしという嘘。祖父と2人暮らしだという嘘。彼氏がいない感じになっていること……それらは全て、ほぼ他人であればバレる心配のない嘘だった。


――今もそうだ。正直に話してればこんな人目を気にせず近道で帰れるのに……面倒くさ。


幸生が索然とした瞳を伏せた背後で、威弦は見覚えのある駐車場と彼女を交互に見ていた。そして一つの結論に至る。


――コイツ……実家暮らしって嘘かよ。だからあの時に俺を見つけて……。


狂熱に身を任せ、静かに距離を詰める。幸生が威弦に弁当を渡した夜、彼女があの場所にいた謎はずっと解けないままだった。正直彼にとっては二の次で、深く考えないようにしていたというのもあるが。


――明るいキャラは演技で実家暮らしも嘘。俺のこと聞くのも沈黙が気まずいってだけで、本当は俺に興味ないんだろ?それに彼氏の話になった時も……舐めやがって。


意識するまでもなく凄みのある声が出かけたその時。幸生が蚊の鳴くような声で呟く。


「誰も怒らせたくない……でも無理なのかな。私みたいな人間は」


「……」


威弦はその場で立ち止まり、幸生が駐車場の隣にあるアパートに入っていく姿を呆然と見つめる。やがて我に返った彼は大きく舌打ちをして海飛の家に押し掛けた。


「遅かったね……うわ」


「あんだよ」


「凄い顔してる。誰かに絡まれた?」


威弦はその質問を無視してドカッと座る。いつもは気にならない階上の音漏れも今日だけは癪に障った。


「……うるせーな」


「宅飲みやってるんでしょ。佐古学生みたいだし」


「佐古学生?」


「上に住んでる男の子。多分佐古学園大学の子だと思うんだよね。この前そこ行きのバス乗ってるの見たから」


――確か幸生も……あと『groovy(グルービー)』に入り浸ってる奴等も何人かそこに通ってるっけか……。


威弦は佐古で有名なクラブ『groovy』にいる常連の若者を何人か思い出す。特に経営者の息子とその相棒は顔が広く、独自の情報網を持っているので割と役に立つといった印象だった。


「そこってどんなとこだよ」


「えっ。ううん……通ってる人には申し訳ないけど。男しかいなくて進学する人が滑り止めで選ぶイメージ」


「……へぇ」


聞き捨てならない情報を聞いた威弦は勢いよく缶ビールを飲み干し、片手で握り潰した。

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