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沖谷幸生にしあわせを  作者: 椋木美都
第1章『沖谷幸生と篠木威弦の出会い』

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 第4話『篠木威弦は自覚する』

――何でこんな緊張……会いたくねぇ!


「……篠木さん?お疲れ様です」


扉の外にいた相手が知り合いだと判明した瞬間、幸生は切ったばかりのスイッチを入れ直して外面の笑みを貼り付ける。作り物でも威弦にとっては十分すぎる程の破壊力だった。


――マジでコイツ……!舐めんなよ!?


「俺、今から飯食おうと思ってたんだけど。ダチにドタキャンされてさ……」


威弦は1歩近づき、操作盤の前に立つ幸生を至近距離で見下ろす。そして――


「飯……付き合えよ」


――半ば脅すような声色で幸生を誘った。


流石の幸生もこの言葉に込められた強制力に怯む。苦し紛れの真実「財布が無い」と「酒はあまり(沢山の種類を)飲めない」を発動しても威弦は全く動じなかった。寧ろ呆れたように笑って頭を撫でる始末。幸生は彼氏がいることを言えないまま、駅近くにある回転寿司屋に連行された。


――確かに酒は無理的な言い訳したけど。あとなんか……この人に彼氏いるって言ったらヤバい気がする。まぁ自分を語らないようにするのはいつものことか。


幸生は聞かれたら正直に話して謝罪しようと決め、レーンの上を流れる寿司にキラキラした目を向ける。


――そういや寿司なんて暫く食べてなかったな。居酒屋で刺身はあったけど。


「好きなの頼め」


「ありがとうございます。篠木さんお茶飲みますか」


「あぁ」


ここまで幸生は威弦に自分の年齢と通っている大学と学部、地元と趣味を正直に答えた。それも全て――


「はい実家暮らしです。鯉川(こいかわ)にあるおじいちゃん家に2人で」


――この嘘を見抜かれたくなかったからである。


誘いや頼みを断ることが苦手な幸生だが警戒心が無い訳ではない。若い女性の一人暮らしがどれだけ危険なのかをそれなりに理解していた。


「……そうか」


――え親は?てか鯉川ってどこだ……?


威弦はそれ以上深堀することを止め、適当な寿司を取る。幸生も届いた品に笑顔で醤油をつけた。


――サーモンだサーモンだわーーい。


「美味しい……!!」


「!」


威弦はゴクリ、と生唾をほぼ咀嚼していない寿司ごと呑み込む。ここまで精一杯保っていた大人の余裕に亀裂が入った。


――はぁ?ただの100円寿司だろうが!もっと良い店なんて他にいくらでもあんだろ!


「回転寿司なんて4年ぶりかもです」


「は!?」


「やっぱサーモンが一番おいしー」


――いやおかしいだろ。爺さんと2人……ってそういうことか?


威弦の中で『沖谷幸生は親がいない上、経済的に苦しい生活を送っている』という背景が構築されていく。ほぼ毎日アルバイトで残業を希望し、小説は全て図書館から借りる。極めつけは――


「なんだそのペットボトル」


「スーパーにある給水機の専用ボトルです。今日も帰る前に水汲んで帰ろうと思ってて……」


「嘘だろ……」


――わざわざ水まで無料のものを持って帰る姿勢だった。2Lのペットボトルに触れて誇らしげな幸生が痛々しい。威弦は何も考えず彼女の弁当を奪ってしまったことを今更ながら後悔した。


「金欠だからコールセンター?」


「はい。時給高いので」


「じゃあ何で大学行ってんだよ」


幸生はそのツッコミを『貧乏なら大学行くな。お前が通ってる大学なんてそこまででもないだろ』と解釈して箸を止める。彼の言い分は最もであり、不躾だと思った。


「篠木さんは大学行ったんですか?」


「いや。興味もなかったし」


「私はあったんです。マーケティング戦略とか消費者心理とか。確かに家の人に迷惑かけちゃいましたけど、大学は絶対行きたかったんです」


「…」


「それに、就職してたら篠木さんと会ってなかったんで。美味しいお寿司もご馳走になれないし」


威弦は前半の言葉に圧倒され、後半の冗談は耳に届かなかった。


――大学と地元あとで調べるか。てか全然食えねぇ……コイツの食べ方がなんか……なんかっ!


自分より小さい手と口で丁寧に食べる幸生から目が離せない。普段なら20皿は余裕だというのに……今日の威弦は10皿も食べられていなかった。


「――私これで最後にします」


「はぁ!?4皿しか食ってねーじゃねーか!」


「えっ8貫って十分じゃ……少ないですかね?」


「……サイドメニューは?味噌汁とかデザートとか」


「じゃ、じゃあ……赤出汁頼んでもいいですか?」


「っ……!いいよ」


ささやかな甘えにさえ胸が高鳴る。威弦の周りにいる女性なら絶対にしないような要求だからか、はたまた小さすぎるおねだりが珍しかったからか――幸生を見る度、心がざわついて仕方なかった。


――可愛いな!可愛いけど……小動物みたいなもんだろ。ボルト達が猫の動画見てかわいいかわいい言ってんのと同じ……。


幸生で胸がいっぱいになった威弦は彼女を駅まで見送り――その足で行きつけのダーツバーに向かった。


――女とかそこら中にいるだろ。何でアイツだけ……。


「あ」「威弦来た!」「お疲れー」「うーっす」「ん?なんかお前顔赤くね?」


威弦は佐古で知り合った5人を一瞥してすぐ馴染みの定員に唐揚げと炒飯を頼んだ。


「あれ?今日は飲まないんすか?」


「……後ででいい」


5人は顔を見合わせてジャンケンする。いつも弱い海飛(カイト)が諦めて威弦の隣に座った。


「最近様子変だけど、何かあった?」


「あ゙?」


「図星じゃん」


「いい加減教えろって!何で髪とピアス変えた!?」「俺らが解決したるって!」「最近の威弦マジで変だぞ。どした?」「待って当てるわ……ヒントくれ」


――うぜぇ……。


威弦は睨んでも引かない友人達に根負けして渋々口を開く。


「兄貴の事務所の上でバイトしてる奴が……変」


「は?」「変ってなんだよ」


「18のクソガキの癖に……何なんだあの女。ちょっと飯が上手くて可愛く笑えるからって調子に乗りやがって。ふざけんなよ。何で俺が……マジで腹立つ」


「「……」」


この話を聞いた全員が硬直し、唖然とした表情で威弦を見る。彼は至って真面目な表情で続ける。


「寿司4皿とか終わってんだろ。あんな100円寿司如きで喜びやがって……普段なに食って生活してんだよアイツは!」


「ちょっ、ちょっと待てぇ!」「落ち着け!?何のことか分かりそうで分からん!」


――女?そういやあの時電話で……。


亜錬(アレン)は腕を組み、先週の出来事を思い出す。


「もしかして……先週お前を介抱した女に惚れた?」


「あ゙ぁ?何でソイツが俺を助けたこと知ってんだよ」


威弦の威嚇をものともせず、亜錬は脳内でピースをはめていった。


「その子が電話で威弦の現在地を教えてくれたんだよ。俺とカイトが来た時は誰もいなかったけど」


「え……ガチ?威弦が?」「嘘……」「えっ。てことはさっきまでその子と回転寿司食ってたってこと?」「バカ食う癖にその子の手前セーブしたってこと?」


威弦が無言で暴力に走ろうとしたその時。幸生からお礼のメッセージが届いた。


「!」


丁寧で少し砕けた文に心がじんわりと温かくなる。他人から『篠木さん』と呼ばれても何も思わなかったが、幸生に対しては段々と違和感を抱くようになった。


――やっぱさん付けって距離遠いよな。てか俺もアイツのこと名前……。


威弦が短い文を何度も読み返している隙を狙われ、背後と両隣から圧がかかった。


「この子?」「ちゃっかり連絡先交換しとるが」「いや読みムズっ」「えっ……さちお?男じゃ――」


威弦の裏拳が荒野(コウヤ)にヒットし、危険を察知したその他が後ろに飛んで距離を取る。彼は幸生に返信した後、冷たい声で一言。


「勝手に名前呼んでんじゃねぇ」


「「お、おう……」」


なんだかんだで恋バナ大好きな5人は顔を見合わせ、誰が威弦に突っ込んだ質問をするか決める。互いに押し付け合った結果、聞き上手な亜錬と海飛が両隣についた。


「えーー初恋?」


「ちげーよ。普通に彼女いただろ」


來雫(ライダ)の「いやあれほぼセフレみたいなもんじゃろ」というツッコミをスルーし、大盛り炒飯を搔っ込む。まるで別人と見紛う程の食べっぷりだった。


「告白しないの?」


「は?する訳ねーだろ。てかしたことねーし」


整った顔立ちに高身長、スタイルの良い体、惑わす美声。威弦が道を歩くだけで男女の視線を独り占め。外見だけは満点の彼が見つめて囁くだけで――落ちない女性はいなかった。


「うわこいつ」「死ねクズ」「てかまだ繋がってる子いたくね?どーすんの」


威弦は(ボルト)の問いを一旦無視するも、答えは聞かれる前から決まっていた。もう幸生のことしか考えられない。幸生のことを思い出すだけで感情が燻り続ける。幸生以外の女性に全く興味が湧かなくなっていることに気づいた。


「ま、威弦なら口説き文句の一つ言えば楽勝だろ」


亜錬のポジティブな発言とは裏腹に威弦の顔が曇る。これまで2度、幸生に出会ったが――彼女は明らかに今までの女性とは毛色が違った。


――攻略できっかな……いや。もーちょい仲良くなればすぐ尻尾振ってくるだろ。


「絶対俺に惚れさせる」


威弦がそう零し、諸々の覚悟を決めたその時――荒野が爆弾を落とした。


「でもあの威弦が本気で狙ってる子やろ?普通に彼氏いそうじゃね?」

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